窓口で記帳してから、ようやくミイラとご対面。
烏天狗と厨子
烏天狗といえば、学研『ムー』1993年7月号に「カラス天狗のミイラ」の写真(学研『ブックスエソテリカ24 妖怪の本』所収)が掲載されたことがあるが、これとは別もの。
ネットニュースによれば「十数年前、所蔵する地元の神社が同資料館に寄贈したが、これまで一般公開していなかった。」というものだ。
身長は25cm、頭の両側に耳があり、鋭いクチバシと鳥のような両手と両足をもっていた。
一番目についたのは、両足。まさに鳥そのものでした。
配布されているパンフレットによれば、同じく展示されていた巻物には以下のように記されているという。
「厨子に奉る尊像を迦樓羅王(かるらおう)といい、そのむかし日蔵上人が大峰の小さな岩窟にこもり、釈迦の遺風と役の行者の足跡を追い、密教と禅を修行していたところ、
奥深き谷にめでたき雲たなびき、この尊像と安産除悪の秘符をえた」
巻物の解説が、巻物と同じケース内にあり、それによると…。
「そもそも、この御厨子の中に安置し申しあげている迦樓羅王尊像は、むかし仏門に志した日像(蔵)上人が、
延喜16年(916)金峰山椿山寺に入り髪を切って頭を丸め出家し、塩や穀物を断ってただひたすらに修めること六年。
母が長く病気であることを聞き、山を出て京都に帰り、母の看病をした。
この時は密教を学び、そして金峯山と都を行き来していた。
天慶四年(941)秋、大峰山の笙の岩窟に籠り釈迦の残された教えを護り、役の行者の事跡を慕って両方の教えを修めていた。
この年の八月一日の朝、三つの密教の壇上に上り、一心に修行をしていると、はるか彼方の深い渓谷に五色のめでたい雲がたなびいていた。
上人はこれを怪しんで光に誘われて渓谷深く入って行った。すると不思議なことに、この尊像と安産除悪の秘符一巻を得た。
そのとき空中から声がして、『私は大徳和尚である。上人の勤勉に修行していることを感じたので、この像をさしあげる』と。
日像は喜び踊って、仏法をたいへん大切にして善神と敬い尊び申し上げた。
これより以来、人々に安産の秘符を与えると、与えられた人は一人として難産のものはいなかった。
病気の者は上人の加持をした秘符を授けると次第に身も心も快く元気になった。
一度でも拝礼する者は、憂いがあれば憂いから逃れることができ、願いがあれば叶えることができた。
本当に霊験あらたかでいらっしゃる霊神なので、謹んでこの像と縁を結ぶべきものである。」(2003/10/22追記)
烏天狗
知切光歳『天狗の研究』大陸書房刊によれば、天狗の遺物として
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