近衛天皇のころ仁平三年(1153)、京の御所・紫宸殿に夜ごと「鵺(ぬえ)」という怪物が現れ、帝を悩ませていた。
侍臣の源三位頼政が、この怪物を弓矢で射落とした。
怪物を調べてみると、頭がサル、胴体がタヌキ、四肢がトラ、尾がヘビの姿をしていた。
これを丸木舟に乗せ淀川に流したところ、当時湿地帯であったこの辺りに流れ着いた。
祟りを恐れた村人たちは、この鵺の遺骸を土に埋め、祠を建てて「鵺塚」と呼び、心を込めて祀ったという。
現在の塚は、明治のはじめに大阪府が改修したもの。

鵺塚と塔(2003.06.07)
塔には、「鵺塚」と彫られている。墓標代わりだろうか…。
石碑には、発起人の名前が数十人分刻まれている。
祠は、昭和32年(1957)に地元の人々によって改修されたもの。
祠
大阪港の紋章のデザインに、この鵺が使用されている。
大阪港紋章(鵺塚で掲示されていた)
紋章=青地。チーフ(楯の上部)には、金色の大阪港のマーク。
ベース(楯の下部)には、銀の波の上に二本マストで帆を張り、赤い旗をなびかせた金色の古代日本船。
これに挟まれた金のフェス(横帯)の上に、二枚・三枚・二枚と並んだ七枚の緑色の銀杏の葉。
冠部=金色と赤色のリースの上に、大阪市庁舎の“みおつくしの鐘”。
サポーター=両側に鵺。頭はサル、胴体はシシ、尾はヘビ、四肢はトラ、声はトラツグミに似ていたといわれる。
標語=名声と進歩。
商店街をつらぬく通りの裏手に、ひっそりと在る鵺塚。
祠には花束が供えられ、大切にされていた。
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