| 2003年2月8日:移動(東広島→福岡空港→那覇空港→石垣島泊) |
| 去年までは広島→石垣島の直行便があったのに不便になりました。一日では目的の与那国に到達する事が出来ませんでしたが。2年前の夏にお世話になった「トムソーヤ」の坪田さんが独立して「シーン」というショップを開いたので夜一緒に食事に出て、楽しい時間を過ごさせていただきました。かなり盛り上がったのですがこの時の飲みすぎが翌日のダイビングにかなりの悪影響を及ぼしました。飲みすぎ、食べ過ぎに注意→紙さん。 言い忘れてましたが、今回のメンバーは引率の紙さんを含め6人です。Mさん、Sさんは始めて一緒に行きますが、Dさんは昨年柏島でご一緒していますし、Aさんは船酔いに弱いのが玉にキズですが何度も一緒にツアーに行っていますし、一緒に行けばいつもバディーをお願いしています。 |
| 2月9日:移動(石垣島→与那国)、1本目(ヌルガン東)、2本目(遺跡) |
| 思ったより大きな飛行機で与那国に11時前に到着、空港からは今回お世話になる、与那国ダイビングサービス(YDS)のスタッフが迎えに来てくださいました。与那国の印象は思っていたよりかなり大きい島!です。 ショップでダイビングの荷物の準備をしてさっそく昼食。石垣島のホテルで朝食をおかわりしていた私は、この後苦しむ事になろうとは夢にも思わず、ここでもそばをおかわりしてしまいました、、、(そばはおいしゅうございました) ![]() 荒波にもまれる前のまだ元気な私達(使用前) 1本目:ヌルガン東(13:21〜13:56、チェックアウト) ポイントが近いところが多いので基本的にYDSではピストン(注)でポイントまで案内してくれます。 最初は飛行機で着いたばかりのお客さんと言う事でチェックアウト(実力判定)のため簡単なヌルガン東というサンゴ畑に案内してくれました。水深は平均13m、最大でも23mと確かに簡単そうですが前日低気圧が通過したためか波とうねりが高く食事直後の私達は船上でちょっと気分が悪くなりました。 このポイントはサンゴ畑、イソギンチャク畑でクマノミ・ハナビラクマノミがそれこそ大量にいました。クマノミはだいたいどこのポイントでもいてそんなに珍しくはないですがこんなにいるとやはり感動します。チョウチョウウオもそれこそ売るほどいましたが、エグジット直前にキハダマグロ(もしかしたらイソマグロ)が中層を泳いでいました。 イグジットの前後、気分の悪さが限界に達した人が何人かおられました、合掌。 ![]() 一本目の後YDSの前で記念撮影(使用後) 2本目:海底遺跡(16:56〜17:38、遺跡探検) ポイントは港から少し遠く約25分。この回も波、うねりともに高く船酔いに弱い人を苦しめました。ですが与那国と言えば遺跡かハンマーヘッド(正直私はハンマーには興味ありませんが)、「遺跡を見ずしてダイバーとは言えず」と張り切ってエントリー。意気込んでいたわりに事前調査不十分でこんなに波打ち際が近いとは知りませんで、波が荒い日は危険だということでいくつかの重要なポイントは見ることが出来ませんでした。 かなり速い流れの中のドリフトということで「1.2.3ハイ」でエントリーしてだんごになって流れていくので非常に人口密度が高くけったり、けられたりと大変でしたが。順を追って説明しますと。 エントリー前−すでに船上から遺跡の輪郭が見えていて興奮しました(笑) 城門−エントリーして集合したあたりに小さい門。1人がようやく通れる位の小さな門ですが最初に門を通ると言うのがなんだか「始まり」と言う感じで良いですね。 2枚岩−このあたりの地層はすべて左右に流れているのだがこの岩は大きな平たい板が縦に割れていてしかも15cmほどの隙間で並んでいる非常に不思議な岩。岩を切り分けて運ぶ直前と言うイメージ。これまた巨大なサザナミヤッコが岩の隙間を泳いでいた。 ![]() 2枚岩(隙間は15cmほど) メインテラス−2枚岩から出てメインテラスまではかなり流れが速くメインテラスのふちにつかまって下から眺める。大勢がいっせいに流されるのでせっかくつかまっていたのにぶつかられて一緒に流されて行く人も(泣)。私はここで流されていく乙女を一人助けましたよ。「ふぁいとー、いっぱーつ」と叫びながら。 亀岩−亀というより☆(星)でしょうか三角形のでっぱりがきれいに切り取られています。これは人工物といえそうです。ここは流もほとんどなく岩の上を歩く事も出来ました。 ![]() 亀岩 亀岩の上に立っているのがカリスマダイバー和泉用八郎さん 祠(ほこら)−4、5mの竪穴です。ここも人口密度が高く私は入らなかったのですが、後から人に聞くと大きな黒いウツボがいたそうです。残念、入ればよかった。 イグジット−うねりの強い中、中性浮力は大変です。 感想:条件がよければホームページで良く見るような遺跡の全景を見れたのでしょうが、少々運がなかったようです。出来ればもう一度潜ってメインテラスやアッパーテラスの上をフィンを脱いで歩いて見たい物です。 注:ピストン‐お客を何チームかに分けチームごとにポイントまで連れて行き、また連れて帰る。スタッフは次のチームを連れて行くが最初のチームは次のダイビングまで陸で休憩したり食事が出来たりするのでショップは効率を追求でき、お客は体力を温存できる。今回YDSでは2隻のボートを使い、チームを4つに分けて1日で10ダイビングをこなしていた。 |
| 2月10日:1本目(赤土)、2本目光の宮殿、3本目(西崎) |
| 1本目:赤土(通称ハンマーウエー、10:29〜11:05、ハンマー狙い) 人気のハンマーヘッドを狙って潜行。20m前後の中層をドリフトしながら探す。ハンマーはなかなか出て来なかったが後半ようやく遠めに1匹だけ確認。あまりに遠すぎてハンマーかどうか自信ないが、ハンマーだったと自分に言い聞かせる。 2本目:光の宮殿(13:43〜14:23、地形) ![]() 光の宮殿のアーチ、大勢の気泡で前が見えない 昼食の後、アーチやトンネルなど地形がきれいと噂の光の宮殿。噂にたがわないきれいな場所で、魚もタップリ。アーチを何個かくぐった後に紙さんが全力で泳ぎだしたのでなんだろうと思っているとコブシメ(甲イカ)を追ってきてくれました。さすがツアーガイド、見所を作ってくれます。結局2匹出てきて後でガイドの人に聞いてみるとツガイでメスの方は産卵直前だったようです。 ![]() 大勢のダイバーに囲まれても落ち着いているコブシメ。優雅。 今回のダイビングで唯一魚の宝庫でした。きれいどころではケショウフグ、サザナミヤッコ。きれいだけどどいつもでけぇ。海シダの中にコマチテッポウエビ。そしてイグジット直前に見つけたハタタテハゼ。超プリティーでした。あたしゃハンマーにあえなくても十分幸せだったよ。 ![]() 3本目に行く前に。左端が用八郎さん(見た目よりうんと若いみたいです) 3本目:西崎(16:54〜17:24、再度ハンマー狙い) ポイントは近いけれどうねりが激しいため2本潜って皆けっこう疲れていたがハンマーが見られるならと挑んだ3本目。はたして首尾はいかが? ところで今回のポイント西崎と書いてイリザキと読みます。西表と書いてイリオモテと読むのと同じですが。理由は太陽が沈む・入る(イル)のが西だからと言う事でした。そうすると東は?ですが、答えはアガリです。 さあ、小ネタも披露した事だしさっさとログを、、、 1回目と同様水底は50m位あるところの中層をドリフトしながらハンマーを探します。ダイバーも15人くらいいて大集団です。20mぐらいの中層をドリフトしていると、どこを見ても青でどっちが上でどっちが下かわからなくなってきます。しかも前を見ても横を見ても、上を見ても下を見ても人人人。人を見に来たのかと勘違いしてしまいそうです。結局この回も遠めでハンマーが30匹(推定)ぐらい底のほうを泳いでいくのを見たのですが、すぐにいなくなってしまいました。どちらかと言うとハンマーを追って突進していくダイバーをガイドが捕まえて回るのが面白かったくらいです。 ツイシン クロ吉様、今回のダイビングツアーは神様が与えてくださった試練でした。大きな波、うねり、強い流れ。この環境の中で中性浮力がちゃんと出来るよう練習して出直して来いというメッセージだったように思います。 また、船酔いの危険のある中、飲み会やおかわり自由の食事が用意してあるなど神様もいたるところに誘惑を用意し、心弱い子羊がどんどん脱落していくのをどこかで見ていたのでしょうか。 |
| 2003年2月11日:与那国ちょっとだけ観光、移動(帰広) |
| 司馬遼太郎の著書「街道をゆく」の第6巻は副題が「沖縄、先島への道」で先島とは宮古諸島と八重山諸島を言うようである。与那国はこの八重山諸島の中に石垣島、西表島とともに含まれている島でご存知のように日本最西端の島で実際のところ与那国からは石垣島より台湾の方が距離的には近い。ちなみに同じ八重山諸島の中の波照間島は日本最南端の島である。 ダイビング以外にも今回のツアーを興奮するものにしているのはまさにこの日本最西端の国境の島に来ているという事実である。 さて今回泊まったホテル入船は司馬遼太郎が「街道をゆく」で昭和49年泊まったホテルでもあり、その他に椎名誠などの著名人も利用した島一番のホテルようであるが特にこれといった特徴はない。 ![]() ホテル入船 ホテル近くのナンタ浜 このホテルのある祖内という集落は与那国の北側にあり空港から近いという利点があるが主要なダイビングポイントは島の南東側であり、ダイビングのためには便利が良いとはいえない。しかし、島最大の集落でホテルや民宿などもたくさんある。下の写真は入船から目と鼻の先にある沖縄の伝統的な作りの民家のようであるが門のところにメッシュバッグが置いてあるところを見ると民宿になっているようである。こういうところに泊まってみたい気もする。 ![]() 沖縄民家風の民宿 ホテル入船から山の方に3分ほど歩くと与那国民族資料館がある。訪れてみると館主の池間苗子さんみずから資料の説明を丁寧にしていただけます。この池間さんも「街道をゆく」に空港の売店の主人として登場されている。当時で「初老の品のいい婦人」と記述されている通り、30年近く経過した今ではかなりのお年であると推測されるがやさしい語り口のおばあさんであった。今回見たかったもののひとつ、世界一の大きさの蛾「ヨナクニサン(与那国蚕)」の標本もここで見ることが出来ました。 資料館で説明を聞いているときにやはり近所を散策していた紙さんとMさんに偶然会ったので一緒にさらに山の方に歩いていき、小さい川を渡るとそこに与那国馬の牧場があった。与那国馬とは日本に8種だけいる在来種の一種で体格は小さく、人なつこい。資料館の池間さんによると「最近の与那国馬は働かされなくなったせいか体格が小さくなってきてかわいそうだ」と言われていた。
与那国馬と紙さん、Mさん
YDSより西崎展望台を見る 実は、前日のダイビングの終了後、与那国西端(ということは日本最西端)の灯台、西崎(いりざき)展望台で夕日が沈むのを見ました。条件が良いと110km先の台湾が見えるという話でしたが残念ながらこの日はかすんでいて台湾は見えませんでしたが、夕日は水平線のかなり上で消えていったのであれが台湾のシルエットだったようです。
西崎展望台から西・台湾方面を見る。地球は確かに丸い! おまけ ![]() 与那国の家ネコ 街道をゆくはおすすめです。今回私達がいけなかったビアガーデン国境(はて)も出ています。 参考:与那国町のホームページはこちら |