*第10章 おもしろ『久美子ハウス』 *


世界中のいろんな街に、日本人旅行者達の間で有名な日本人宿というものがある。
「せっかく海外に来ているのに、わざわざ日本人ばかりで集らなくてもなぁ。」 とも思うので、そんなに利用したことはないけど、あまりに心細い気持ちの時や、思 いっきり日本語でしゃべりたくなった時などにお世話になることもある。

人気の日本人宿の共通の特徴としては、だいたい以下のような事かな。

☆日本から移住された方か、親日家の現地の方が経営されていて、  旅人の相談や質問に親切に答えてくれる。
☆ドミトリー(共同部屋)もあり宿泊代も安い為、長期滞在者にも人気。
☆旅行者同士が集って自由にのんびり出来るフリースペースがあリ、
みんなでワイワイと情報交換なども出来る。
☆誰が置いていったのか、日本語の本やマンガがたくさんそろっている。
☆洗濯可能なスペース・安く美味しい食堂・ネットカフェなど
生活に便利なものが近くに揃ってる。

ここバラナシにある『久美子ハウス』というガンガーに面した安宿も、 そんな最も有名な日本人宿の一つだ。
けど、以前テレビでこの宿が取材されているのを偶然観た時、ちょうど大学生の春休 みシーズンだった為か、ドミトリーはオシャレな若者達で溢れ返っていてさながら サークルの合宿風景の様だった。 「しまった…。1度泊まってみたかったけど、ちょっと無理そう。あのキャピキャピ した雰囲気、もう馴染めないかも。」と思ってしまった。

夜行列車で早朝バラナシに到着し、旅の道連れのエダッチ達と宿探しのため歩き回っ ている時、小学生くらいの男の子に「ジャパニーズか?グッドでチープな宿がある よ。僕について来て!」と話しかけられる。 そして連れて来られたのが、ちょうどその『久美子ハウス』だった。

おっ!これがあの有名な!どんなトコかちょっと覗いてみよう!
すると、「泊まり?ドミトリーは1泊30ルピー(=約90円!)ね。あらっ、女の子 (一応、私の事。)もいるの?シングルも一部屋空いてるよ。」と、恰幅のいい江戸っ 子肝っ玉かあちゃん風の女性が現れた。オーナーの久美子さんだ。
チャキチャキと切 り盛りをする久美子さんの頼り甲斐のありそうな様子に、一瞬にして「ここに泊まっ ちゃおう!」と心が傾いた。

宿の中を見せてもらう。
「こんちにちは〜。」と何人かの長期滞在らしき日本人に挨拶。その他、トルコ人と韓 国人の旅行者もいる。テレビで観た時の印象と違って、落ちついた様子に安心した。
中は決してキレイとは言えない。でも、夜行列車やここまでの道中、ず〜っと心のど こかで警戒心と緊張感を持ちながら過ごしてきた身には、清潔感などどうでも良い。 リュックを降ろしてホッと出来る状況や、旅行者同士の仲間意識のような温かさが、 何にも変えられない居心地の良さだ。 窓の外に広がるガンジス河の景色にも惹かれ、ここで数日お世話になる事に決めた。

今まで何十軒か泊まった安宿の中でも、特に個性的で居心地の良かったこの『久美子 ハウス』の様子をちょこっと御紹介!

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バラナシでは、電力量不足のため、昼間はよく停電になった。
久美子ハウスの共同トイレは、窓の無い廊下の奥にあるもんだから、 停電の時は全くの暗闇状態。
おそるおそる感触を確かめながらを、真っ暗なトイレに入る。

あれ?足元に何かにある!
何か大きなモップのような物を踏んだぞ。

すると…

「ワンッ!」

ん???まさか・・・?
足元を懐中電灯で照らしてみる。
おっ!やっぱり犬だ!でっかい犬が眠ってる!!

「あの〜、もしかして、トイレに犬 住んでます?」
ワンちゃんの眠りを妨げないよう何とか用を済ませて 宿のオーナー久美子さんに質問。

「そうなの。あそこがお気に入りみたいよ。一番冷やっこいもんね。」とのこと。 あら、普通に答えられちゃった。でもなるほど。確かに。納得。

それにしても、犬って私たち人間の何倍も鼻が利くんじゃないの?
臭くないんやろか?
ともかくトイレに入る時はワンちゃんの気持ち良さそうな眠りの邪魔にならない様、 要注意なのでした。


トイレの住人。
お食事中の方(いる?)ゴメンナサイ。
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『久美子ハウス』では、宿泊代に数十円プラスすれば、朝食と夕食をいただく事が出 来る。 1階奥にある台所で作られたおかずや重ねられたアルミの食器を、3階のドミトリー (相部屋)までみんなで運ぶ。細長〜い階段をバケツリレー。初対面の旅人同士で も、妙に息ピッタリで楽しい作業。

それから、大鍋に入ったスープやご飯、数種類のおかず、やかん丸ごとの紅茶等をみ んなで取り分ける。
しっかり者の学級委員キャラの小学生時代の血が騒ぐ!
給食当番みたいにチャキチャキと仕切って食事の準備。
でも、みんないい加減いい大人なんで、「男子〜、サボらないでちゃんと働いてくだ さい!」なんて言わなくても、和気あいあいと協力し合って準備完了。

味もなかなかイケルし、野菜を沢山使ったメニューは栄養もたっぷり。
みんなで地べたに座りついて、マッタリおしゃべりしながら食べるご飯は、一段と美 味しく感じられる。
今日あった事の報告だったり、長期滞在のインド通の人達にオススメ情報を教えても らったり、今までの旅のエピソードなどなど。
“同じ釜の飯”を食べると、グッと心の距離も近付くものだ。
まるで昔からこうして一緒に暮らしている気分。

でも、毎日変わるメニューのように、今日一緒に楽しいお食事タイムを共有している メンバーも、その時限りの組み合わせ。
明日にはまた誰かが旅立ち、また誰かがやっ てくる。
「何てことない事だけど、当たり前の事だけど、貴重だな〜。それにしても美味しい な〜。」なんて思いながら、お食事タイムはいつまでもダラダラと続くのだった。


朝食は質素(パン・卵・ジャム・ヨーグルト・紅茶)
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何年も(何十年も?)この地で安宿として多くの旅人達を迎えている『久美子ハウ ス』のドミトリーの壁には、味わいのある落書きがあちらこちらに大胆に書かれてい る。いったいいつ誰が書いたものだろう?きっと、いろんな旅人がいろんな思いでな がめたりしているんだろうな。 ここでいくつか御紹介。



写真じゃ分かりにくいけど、力強く書きなぐられてるダルマの絵。
強力な眼力で、ドミトリー内をにらんでます。 (その先で、ゴロゴロしてるのは誰?)




けっこう前向きな落書きが多い。
色褪せたカーテン、淡いパステルグリーンの壁、
書かれた文字に差す光がスポットラ イトの様。




アイ・ラブ・人生!
右手に“ガンガーの日の出”の絵も。上手過ぎて写真みたい。
数日間しかバラナシにいられなかった私は、
毎朝日の出を拝むために早起きをしてい たのに、
数ヶ月も滞在している旅人達の中には、
1回も本物の日の出を見たことがな いって子もいた。
「いつでも見れると思ったら、ついつい寝坊しちゃってさ…。
まぁ、この絵の朝日拝 んでるから、いっか。」な〜んて言ってた…。
なるほど!な使い道。


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『久美子ハウス』には、久美子さんのパートナーであるインド人のシャンティーさん というおじさんがいる。まるでサドゥー(ヒンドゥ教の修行僧)か仙人のような風体 で、とってもインパクトのあるおじさんだ。 大体いつも入り口の所に立っていて、私たち宿泊客が宿から出掛ける時に日本語で一 言声を掛けてくれる。

「悪イ人沢山イルケド、人ノ言イ成リニナラナイデ。
自分デ考エ、自分デ決メテ行動シナサイ。
ミンナ、頭1個ツイテマス。」
「薬、絶対買ッチャダメ!バカニナル!」
「気ヲ付ケテ、死ナナイデ!命ヲ落トサズ帰ッテキナサイ!」 ― 等など。 
笑っちゃうくらいシンプルでとっても明快なアドバイス。

(インドから帰ってきて知ったんだけど、この宿って宿泊をお願いする時にシャン ティーさんの簡単な面接(?)がある場合もあるそうだ。あまりに怪しげな身なりだっ たり、モラルが低かったり、薬に溺れてるような旅行者は宿泊を断られるらしい。)

でも、このアドバイスの言葉を本気でしっかり肝に据えておかなきゃ!
と、ドミトリーの壁に何種類も貼られている『MISSING』の張り紙を見ると思い知ら される。
その古びた紙切れは、気心知れた同宿の日本人やバラナシの町の魅力的な風景に気が 緩みかけた心を、キュッと引き締めさせる。

その張り紙は、インドに旅立ったまま行方不明になった息子を探してやって来た親御 さん達が張っていったものだ。明るく快活そうな若者の写真に、名前・大学・分かっ てるまでの旅の経路・背格好・特徴などが書かれ、情報の連絡先が書かれている。 いろんな所を廻ってきたり、長い期間旅している日本人が多く集っているこの様な宿 だと、何らかの情報が得られるのでは?と、わずかな可能性を期待して貼られている のだ。消息が途絶えてしまった時期も、数年前のものから数ヶ月前のものまで様々。

彼らはいったいどこに行ってしまったんだろう?
日本で取り立ててニュースになる事もないまま。 何か事故に遭ってしまったのか、事件に巻き込まれてしまったのか? それとも自分の意志で連絡を絶ち、どこかで新しい人生を生きているんだろうか?

いずれにしても、年老いているだろう親御さん達が、こんなインドくんだりまでやっ てきて、日本じゃ想像もつかないだろうこんな場所で、必死の願いを込めてこの張り 紙を貼っていったのかと思うと、胸が痛い。

「死ナナイデ、命ヒトツダケ」
シャンティーさんの言葉が、グサリと胸に突き刺さる。
さぁ、気を引き締めて今日もいこう!と自分に渇を入れ、宿から町へと1歩踏み出 す。
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