*第16章 祈りの灯火 *
バラナシでちょっとのんびりし過ぎたので、カルカッタまでは明日の飛行機で移動する事に。今晩は、バラナシで過ごすこの旅最後の夜。
宿での食事を済ませ、夜風に吹かれて涼むため屋上に上がってみる。
そこには、とっぷりと暮れた夜のガンガーの姿があった。
賑やかな沢山の人達の喧騒と対照的に、音もなく静かに流れている。
暗くてよく見えもしないけど、確かに“そこにある”という圧倒的な存在感を漂わせている。
遠くの方に目をやると、岸と水面の境目の分からない真っ黒な闇に、点々とオレンジ色の光の列が、ユラユラと緩やかな曲線を描きながら揺れている。
夜に溶けた景色に目を凝らすと、光の列の先頭には一艘の小さな手漕ぎの舟がいるようだ。
同宿のインド通の子に聞くと、あれはお祈りの儀式らしい。
小さな土皿にオイルと花びらを入れたものに火を灯し、一つ流すごとに一つお祈りを捧げるそうだ。
波間にユラユラ見え隠れし蛇行しながらゆっくり進んでいく光の列。
目を凝らして見てみると、一つ、また一つと新しい光が生まれて繋がっていっている。一つ一つの灯りにどんな願いが込められているんだろう?
マッチ売りの少女が、マッチを灯しながら、いろんな風景を思い浮かべたように
河の水面に揺れる小さなオレンジの光を数えながら、
なんとなくぼんやりと今までの旅の風景を思い出していた。
バラナシに到着してすぐにみた不思議な夢。
バリ島の夜の暗闇に存在する目に見えないものの気配。
トルコの夜行バスで出会った若夫婦と女の子の笑顔。
カンボジアでの木登りのはしゃいだ気持ち。
ヒマラヤの朝日とチャイ屋のおじさんの丸眼鏡の奥の優しい瞳。
サハラ砂漠の満点の星のきらめきの音色。
沖縄の民家の庭先で聴いた島唄に込められたおばぁちゃんの魂。
・・・。
いろんな場所のいろんな思い出が次々と浮かんでは消えていった。
旅の中で心を揺さぶられる瞬間。
それはいつも、初めての出来事のはずなんだけど、実は忘れてしまっていただけの事かもしれないような不思議な懐かしさを感じる。
過去や現在や未来なんてものを超えて、職業や人種や年齢なんてのも関係なく、
水や土や風や花や人間なんかが周りまわって繋がっている、その大きなサイクルの中に自分もいるのを感じる瞬間。
旅先では、そんな普遍的な何かに触れた気がする一瞬がある。
そしてそこには、たった一瞬の永遠がある。
ガイドブックにも載っていないし、予定表にも組み込めないけど、私は旅にそんな“一瞬の永遠”を求めているのかもしれない。
夜風に吹かれ河の灯火を眺めながら、そんな事を思っていた。
さぁ、明日はまた次の街へ進もう。
そして数日後には、目の前のこの風景も夢だったように感じるんだろうな。
またバタバタと慌しい日常に追われる日々が待っている。
でも、意識の中にははっきりと残らなくても、旅での出会いや経験の一つ一つの全部が確実に自分の中に積もっていき、無意識の記憶として私の血となり肉となっていくはず。
この一つの旅が終っても、このユラユラ揺れてる灯火は、きっといつまでも私の心の中に宿りつづけていくだろう。
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