*第2章 恐怖の洗礼 *
「あぁ、お月様 ●!どうか私をお守りください!」
深夜のデリー。
数人のインド人のおっちゃんと私を乗せたオンボロバスの中で窓から見えるちっこい満月に両手を合わせて懸命に祈っていた。
だけど残念ながら、インドのお月様に日本語は通じなかったようだ…。
* * * * * * * * * * * * *
深夜に到着したデリー空港。
空港から市内までバスが出ていることは事前に調べて知っていた。そのバスでデリー駅前まで行けば、その前がメインバザールという安宿の集るストリートになっている事も分かっていた。
とにかくそこに辿り着きさえすれば、バックパッカー達も集っているだろうし、宿も
簡単に見付かるだろう。今までもそうしてきたように、宿の予約もしないままインドの首都デリーに降り立った。
空港を1歩出ると、湿気とホコリっぽさと様々な香辛料や動物の匂いを含んだ“むわ
ん”とした生暖かい空気に包まれた。深夜だというのに、空港の外は人・ひと・ヒト
(たまに牛)で溢れ返ってい
た。人々の叫び声やけたたましいクラクションでとっても賑やかだ。
人込みを掻き分けつつ進みながら、異国についた実感を五感で大きく吸い込んだ。
とにかくバスに乗ろうとするも、それだけでも一苦労。
バス乗り場を探そうと歩き始めると、次から次へと人が集ってきて囲まれてしまう。
彼らはタクシーやホテルの客引き達だ。
「No Thank You!バス乗り場を探してるの!」と振りきると、じゃぁバス乗り場に案内
するとのこと。
ホントかよ?と疑心暗鬼のまま用心深く付いて行くと、どんどん空港から離れて、停
めてある自分たちのバンの所だったりする。
おぉ、危ない危ない。急いで引き返して、また自力で探す。
オドオドしたりキョロキョロしたら、余計目立ってしまって危ない。
そう思って、一生懸命気合いを入れて、テキパキ歩く。
だけどホントはいつも「怖いよ〜!助けて〜!何で私こんな事になっちゃってるんや
ろ…。」と後悔の真っ只中にいる瞬間だ。
どうにか市内行きのバスを見つけ、ホッとして乗り込む。
ガイドブックの写真で確認してた車体の模様と一緒だから、きっと正解。
第1関門クリアだ。
やっとちょっと安心して、落ち着いて空港の周りの様子を観察する。
しかし、本当にすごい数の人達だ。
いくら全世界の人口の6人に1人がインド人
だからといって、みんなこんな夜中になんなんだろう?
一向に減る気配もないし。
あぁ、この訳分からん感じ…、本当にイ
ンドに来てしまったんだなぁ。
と、しみじみしつつも、またまた不安になってくる。
この市内行きのバスがなかなか出発しない。
それどころか、私以外のお客が全く乗ってこないのだ。
同じ旅行者でも乗り込んできてくれたら、すんごく心強いのに。
しばらくすると運転手らしき人がやってきて、こっちの車に乗り換えてくれとのこ
と。
「人数が少ないから小さい車体に乗り換えるんやろか。」と思って素直に移動。
確かにそのちっこいバスには、インド人のおっちゃん達が数人乗っていた。
そして私が乗り込むと、やっとバスは動きだした。
今思うと、この辺りから既に、私の恐怖の一夜の筋書きにまんまとはめられていたの
かもしれない。
『しかしこの時のユミコには、そんな事
を知る由もなかった…』
な〜んて、ありがちなナレーションがきっと流れていたに違いない。
-------------------------------------------------
「ちゃんと市内に向かって進んでるんやろか?」と、方位磁針を確認したり、
「そろそろ着いてもよい頃やろか?」と、地図と時計をにらめっこしたりしつつ、
ドキドキしながらお月様●に無事到着を祈る。
バスの窓から道路に目をやると、ほとんど車は走ってない。
かわりに数台のオートリキシャ(三輪タクシー)を見つけ、ますますインド
を実感。
オートリキシャってこんなの
ん?・・・気のせい
だろうか?
だんだんオートリキシャの数が増えてくるのだ。
そして、6、7台になったリキシャ軍団が、私の乗ってるバスを囲んで並走し始めた
ではないか!
しかも、私に向かって何やら叫んでいる!
どうやら「俺の車に乗れ!ホテルまで案内してやる!」とのことらしい。
一人でバスにポツンと乗ってる日本人の旅行者なんて、かっこうのカモを見付けた♪というとこだろう。
しかもネギを3束くらいしょってる状態に違
いない。
あぁもう、怖い怖い怖い!なんだ、この展開!ついて来ないで〜。
バスを降りたら、すぐ適当な宿に走りこまなきゃ〜。デリー駅はまだぁ?
と、突然、なんにも無い真っ暗な道端でバスが止まった。
「ここだよ。降りて。」と運転手さんの冷たい一言。
「うそ!?私、デリー駅で降ろしてって言ったじゃん!こんな何にも無い所どこよ!
ちゃんと駅の真ん前まで連れてって〜!Please〜!!」
「ここは駅の裏側。あとは彼らが連れてってくれるよ。」って、彼らって…?
見ると、バスの出口のところにオートリキシャの運転手のおっちゃん達がわらわらと
集ってきている。
ダラダラとよだれをたらしているハイエナにしか見えないこの人達の車に乗れってぇ
?…そんなぁ。
バスの出口付近でイヤダイヤダと駄々をこねてると、荷物を引っ張られ、
あっけなく一台のリキシャに乗せられてしまった。
バスは“やれやれ”といった感じでとっとと行ってしまった…。
あんなに苦労してバスに乗って、やっと一安心だったのに。
また振出しに戻された感じ…。
って言うより、振出しどころかかなりマ
イナス!
ここどこ
よ〜?!あなた誰〜!?
-------------------------------------------------
「 とにかくデリー駅の前まで行って下さい。
」
なるべく冷静をよそおい、取り合えずオートリキシャの運転手のおっちゃんに丁寧に
お願いしてみる。
「 安心しろ。5ルピー(約15円)で行って
やる。でもこんな時間だし、メインバザールの辺りはもう閉まっていて真っ暗で危険だ。
まず、危険かどうか確かめてからだ。」
ほらほら始まった。
結局そうやってどこか決まったホテルに連れて行く手なんだ。
お客を連れてくれば、ホテルからマージンがもらえる仕組み。
「もう、宿に予約を入れてるんだから(ウソ
だけど)、とにかくそこに連れてって!」
と適当な宿を指定する。
けれど、リキシャはしばらく走り、真っ暗な道で停まった。
「メインバザールはここだよ。ほら閉まって
るだろ。」
って、うそばっかり〜!
こんな何もないトコのはずないじゃん!
私だっていろいろ写真見て、ちょっとはどんな所か知ってるもん。
「もう、そんな嘘つきならいいよ!自分で探
すから!」
と、車を降りる振りをする。
「ダメだ!ここは危険だ!」
と言ったかと思うと、暗闇から一人の体格のいい男の人が突然やってきて、オートリキシャに近付いてきた。
そして、なんといきなり運転手のおっちゃんを殴りにかかったのだ!
何?何?今度は何よぉ!?
と、大ビックリ!
「いてててっ!やめてくれぇぇぇ。!」
と、おっちゃん、ちょっとベタな演技。
「ほらな。危険だろ。こんな所に君を置いて
行く訳には行かないよ。俺がいいホテルに連れてってやるって。安心しな。」
―って、ますます安心できません!!
どんだけ手の込んだ作戦やねん。
リキシャが出発する時、運転手のおっちゃんが、殴りかかってきた道端のおっちゃん
に手を振ってたのを私は見逃してないぞ!
「もう嘘つき〜。駅に連れてって頼んだじゃ
ないよぉ。そうやって自分の知り合いの高〜いホテルに連れて行こうとしてるんでしょ?
さっきのも演技じゃん!ふぇ〜ん!私、お金持ってないのに〜。」
と、今度はこっちも泣き落とし作戦に出てみる。
するとおっちゃんは突然優しい口調になり
「だったら、家に泊まりにくるかい♪」
・・・しまった。この作戦、失敗。却下。
もう本当に後悔。
旅慣れたつもりで、また宿の予約も無しでやって来た私が悪いんだ。
しかも深夜到着なのに。調子に乗ってたバチが当たったんだ。
今回は高い授業料だと思って諦めるしかなさそうだ。
こんな夜中(既に深夜2時頃)に、どこだかさっぱり分からない真っ暗な場所にいる
んだもん。
今はとにかく 安全+第一
だ。
渋々観念し、おっちゃんオススメとやらのホテルに到着。
人通りの少ない場所にある、なんて事の無い中級のホテルだった。
深夜だというのに、ロビーには案の定たくさんのスタッフが待ち受けていてウエルカ
ム状態。はっきり言って、怖いぞ。
どうなる私?!ガンバレ私!
-------------------------------------------------
「部屋は空いてますか?」
(悔しいけど聞くしか仕方ない…)
「君はラッキーだなぁ!ちょうど一部屋だけ
空いてるよ。」
(もったいぶっちゃってさ〜!)
「一泊いくらですか?」
(ドキドキ〜!)
「 360ドルだ。
」
なんですと!?んなアホな!
ふっかけられるとは覚悟してたものの、あまりの大胆な価格設定にたまげてしまっ
た。
私が泊まろうとしてた宿の目安は200ルピー(約600円)以下だったし
高級ホテルのシェラトンなどだって、200ドルくらいなのに!
それに私、日本でもそんな高いホテルになんて泊まったことないってば!
「冗談はやめてよ!そんな訳ないじゃん!
」
「イヤなら出て行け。こんな深夜にどこに行
くつもりだ。さっきみたいに殴られても知らないぞ。」
くそ〜。弱みにつけ込みやがってぇ。くううぅっ!
もう、こうなったら少しでも値段交渉しなくっちゃ。
ガイドブックを広げ、似たようなレベルのホテルの写真と値段を探し、交渉を始め
る。
「ほら。このホテル、10ドルじゃん。ここ
が360ドルのはずないじゃん。10ドルにしてよ。ねっ、お願い。」
と、ちょっと下手に出つつも、大胆に値下げ交渉開始。
すると、リーダー格の兄ちゃんが、バ
ンッとカウンターを叩き、宿台帳を床に叩き付けた!
ひえ〜!
この人達、かなり本気!お互い楽しみながら価格交渉をし、コミニュケーションをは
かってきた今までの旅とは訳が違うみたい!と、一層事態の深刻さに気付き震える。
でも、同時にムカムカ腹も立ってきた。全くこれじゃぁ、恐喝じゃん!
意地でも言い値どうりには払うもんか!
しつこく(でも怒らせないよう慎重に)価格交渉を続ける。
と、突然ロビーの電話が鳴った。
「 はい、○○ホテルです。ふむふむ。ふむふ
む。。」
電話をとった兄ちゃんは、何やら少し話したかと思うと、私に向かってこんな事を
言ってきた。
「今空港についたばかりの旅行者からだ。一
部屋空いてないか?とのことだ。君が文句ばっかり言って泊まらないなら、彼らに部屋を譲るぞ。それでもいいのか?」
・・・。
もうビックリ。呆れすぎて面白くさえある。
この電話、他のスタッフが裏の部屋に行ってそこからかけてたんだもん。
その様子、見えちゃったよ。
「ちょっと、その電話、私に代わってよ!空
港からなんかじゃないくせに。」
「 いい加減にしろ!さっさと金払えばい
いんだよ!!」
やばいっ・・・。怒らせちゃった。逆ギレさせちゃったよ。
私VSインド人兄ちゃん達5〜6人。全く勝ち目なし。もはやここまで。ゲームオー
バー。ぐすん。
恥をしのんで告白すると、結局240ドル(当時のレートで3万円以上!)も払わさ
れてしまいました。
自分史最高のホテル代。
しかもインドでだなんて。
そして、今考えると「なんてお人よしでアホなんだろう。」と、自分の行動を不思議に
思うんだけど、私は240ドル以外に、オートリキシャの運転手のおっちゃんに5ル
ピー(約15円)を払いに行ったのだ。
おっちゃんは、私をこのホテルに連れてきた後、ずっと私達のやり取りをロビーで見
ていた。このおっちゃんの「5ルピーで連れてってやる。」っていう一言から始まった
出来事だった。
もちろん最初からそんな言葉は信じてないし、それはただの誘い水だったのだけど。
そのおかげで彼らは、夜道の殴り屋役のおっちゃんも含め、何人ものスタッフにマー
ジンを支払っても充分な大金を、たった一晩で一人の旅行者から取る事が出来たんだ
から、今更5ルピー(約15円)なんてほんのはした金に違いない。
でも、その時の私は、あんなに窮地に立たされていようとも、いやたぶん、あんな状
況だったからこそ、自分だけはウソをつきたくないと思ったんだ。
「これ、リキシャ代の5ルピー。」
代金を手渡しに近付くと、おっちゃんはとっても驚いた顔をした。
そして、その後ちょっと複雑そうな笑顔になって「Thank You」 と、それを受け取った。
やっと部屋に入って一人になると、ドッと力が抜けヘナヘナとベッドに座りこんでし
まった。もう深夜3時過ぎ。自分ちのマンションを出発して24時間以上たってる。
何してんだか、私…。気を抜いたら泣きそうになる。
それにしても悔しいなぁ。
「はっ!さっきお金を払った時、領収書をく
れなかったわ!この調子じゃ、明日になったらまたヤツラ、“まだお金をもらってない”なんて言い
かねないぞ!!」
そう気付き、領収書をもらいにロビーに行こうと部屋を出る。
すると、私の部屋のドアのすぐ前で、何人かのスタッフがたむろしてる。
もうやだやだ。怖いってば。ギブ〜。ハイ、おとなしくしときますぅ。
部屋に戻り、ドアに厳重にカギをかけ、椅子やサイドテーブルでバリケードをつく
り、明日からの為にとにかく眠る事にする。
身も心もくったくたのはずなんだけど、ムカムカして、ドキドキして、ハラハラし
て、シクシクして、なかなか寝つけない。
あー、明日からも大変な旅になりそうだ。
ZZZ・・・。(←あっ、寝てる。)
次の章へ進む→
← ESSAYコンテンツへ戻る