また駄目だった。
これで何度目の失敗だろう。
夜風に当たりながら、
僕は、彼女の肩に頭を乗せて息を一つ吐き、
そして言ったんだ。
「欲しいものはみなこの手からすリ抜けていくよ。 何も残らない。
--------- 何もだ」
すると彼女は肩から僕を落とし、大きな目を僕に近づけたんだ。
彼女の大きく黒い目に、僕は貪り喰われてしまうんじゃないかと
思ったよ。
ぞくりとした。
マストのてっぺんで、脚を柱に絡ませて
思い切って逆しまになって御覧なさいな。
・・・・・・あんた、それができない野暮な男じゃあないだろね?
僕を鼓舞するように強く、
僕を打ちのめすように低く。
声はびょうびょう吹く夜風を縫ってやってきて、
僕を空気に縫い止めた。
僕は、靴を脱いで甲板に立つ。
恥ずかしくて目を瞑ったままマストにしがみついたよ。
「目を開けなさい。世界を見るのよ」
遠く下の方で彼女が叫ぶのが聞こえたんだ。
僕の女神。
だから僕は安心して目を開けた。
海は頭上にあった。
夜空が足元にあった。
海が黒々として墨を流したみたいだったよ。
海の表面が灯りできらきらして星空みたいで。
踊る貴婦人、シャンパンの泡。
甲板が光って見えた。
「ね、あんたまだ怖い?
……世界も捨てたもんじゃないでしょ?」
知らないからといって、それが未知だとは限らないのよ。
01.国際フォーラム (有楽町)
〜 Joao Gilberto 初来日最後の夜の