カナダ縁側日記 バックナンバー 2004

 

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2月

 

12月19日

ワタシが学生の頃、世の中の若者はみなディスコやクラブと呼ばれるところへ出かけ、夜通し踊り明かしたりしていたらしいのですが、残念なことにワタシ自身はそんなところに行ったことがないんです。(いまだに本当にディスコやクラブというところへ行ったことがない)

どちらかというとキャンプとかが好きで郊外にでてばかりいたために、そういう晴れやかな場所を心から楽しむということができないのです。

カナダに住むようになりパーティーなどに行くことがあると、ワタシはそんな自分がとてもかわいそうになります。

北米ではクリスマスパーティーなどの季節モノだけでなく結婚式などでも、場を盛り上げるためのイベントとして必ずダンスタイムがあるんです。

一通りのスピーチやイベント、食事などが終わると会場に隅で待機していたDJとおぼしき男性が、たくさんのCDの束とスピーカーなどの機械を携えて会場の中心までやってきて「ズンズン、チャッチャッ」と音楽が流れ始めるわけです。

一般的に考えて、もしもそれが日本だったら特にテーブルに座っている人たちがそれを聞いて何かするわけでもなく、お互いの話を続けたり、窓のほうを眺めたりしてタバコでも吸おうかなぁなんて顔をしてるんだと思うのですが、こっちの人たちは違います。

ワタシが心の中で「あぁまたダンスだよ…、困ったなぁ」なんて思っている間にすでに数人のカップルが踊りだしているんです。しかもノリノリで。

宴会場の床は基本的には絨毯ですが、必ず中心部にダンスができるようにタイルを張ったスペースが作られているので、まぁ早い話が「ここに来たらみんな必ずダンスだよ」と始めっからわかってるわけですね。(ちゃんとそこだけテーブルはよけて設置されている)

みんながノリノリで楽しそうに踊っている中、「踊る」ということができないワタシはテーブルから離れずに極めて切ない、寂しい時間を過ごすわけです。でもまぁ切ないだけならまだマシで、踊っていたノリノリの友人たちがワタシを手招きなどし始めたあかつきには顔面蒼白、見るも無残な忌まわしい事態になってしまうわけです。

「おまえは男のくせにダンスも踊れないのか」と人々から呆れられ、お叱りを受けるワタシですが、これだけは今後もできそうにない宿題です。

 

12月12日

北米では年賀状という習慣がないし、日本ではクリスマスカードという習慣も基本的にはない。

さてカナダから日本へ送るときにはどちらの習慣を尊重するべきか?と、こんなことで毎年思案してます。

北米ではクリスマスは家族と過ごすのでクリスマスカードが届いても問題ないですが、日本に送る場合は忘年会で忙しい時にクリスマスカードなんぞをもらっても困るのではないか?とふと思ってしまうのです。特に日本ではお正月に家族と過ごすという文化ですよね。

そのためにカナダ国内用にはクリスマスカード、日本の人用には年賀状なんていうふうに気の利いたことをできたらよいのですが、そんなこと面倒でなかなかできないわけです。

正直言うとウチの場合、どちらかに決めずにその時の気分で変えます。たとえば去年は年賀状だったけど今年はクリスマスカードみたいに。

時には「メリークリスマス&ハッピーニューイヤー!」なんて両方あわせちゃったりしてかなりいい加減です。

しかしながら、どちらで送るにしてもやっぱり悲しいのは自分の字がヘタなことですね。

PCに向かってこうやってタイプしていると活字が勝手に出てくるのに、いざ紙に向かって字を書こうとするとモロにヘッタクソな字しか書けず、さらに漢字もうまく出てこないので間違えてばっかり…。

頭の中ではちゃんと文章になっているのに、手が勝手に「あけましてお願いします」とか「今年もほろしく」なんて書いてるんですよ。

世の中がコンピューター社会になっちゃって文字という文化が廃れてしまうかも?なんていう危機感をこんなときほど感じることはありませんね。

みんなEメールなんてやめて手紙を書こう!などと勝手なことを考えた週末であった。

 

12月05日

実を言うとここ2ヶ月ほど本当に久しぶりに歯医者さんに通っていたんですよ。

昔バンフで治療してもらって以来数年間ほっておかれたかわいそうな歯たちはなんとか健康を維持してくれていたものの、やはり傷つき若干ヘソを曲げ、ワタシに反逆をしてきたというわけで、いよいよ彼らにも日ごろのご好意にこたえなければならなかったのですね。

ことの始まりは10月の中ごろ、いよいよ明日からサンクスギビングの三連休だという金曜日の夜でした。

仕事を終え家に帰り、三連休をどのようにすごそうかと考えながらリラックスした時間を過ごし、思いっきり寝坊をしてやろうと気合を入れて床についたそんな時、「ギリギリ…、ギリギリ…」、右側上の1本の歯が痛み出したんですよ。

だいたい皆さんも同じような経験があるとは思いますが、一瞬「ドキッ」として「まさか…、違うよな?すぐ治まるよな?…」と考え直し、再びに眠りにつこうと気持ちを鎮めてみたのですが、やはり世の中はそんなに甘いものではなくて「ギリギリ…、ギリギリギリギリ…、ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ!」といよいよ本格的にワタシを攻撃してきたのです。

そうなるとこちらもだんだんと反撃の機運が高まってきて、「あぁそうかい、そっちがそういうつもりならこっちもやってやろうじゃないか!」と歯と歯茎のあたりをガンガンッと殴ってみたりしてその痛みで歯の痛みを忘れようという悲しい努力を始めるわけです。

まさに「歯には歯を」って感じです。

しかしながら、その痛みは1本だけの歯の痛みから徐々にその周囲の歯茎全体の痛みへ、そして上の歯から下の歯や歯茎にまで広がり始め、必死に応戦していたワタシは夜中の2時頃あえなく「もう勘弁してください」といままでの不徳を侘び降参。

ひとまず痛み止めの薬を飲み眠りについたわけです。

結局その三連休は薬を4時間おきに飲みながら友達のパーティーに行ったりして楽しく過ごし、月曜日の朝一番で歯医者に行ったワタシはその後何度も歯医者に通うハメになり、麻酔を打たれては顔半分が動かないような状態で仕事をし、動かないのを忘れてコーヒーを飲もうとしてはこぼすという情けない日々を送りましたとさ。

 

1月

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11月27日

2003年6月16日から書き始めてぼちぼちと更新してきたこのコーナー、なんとなく数えて見たら2003年に61回、2004年が今回で41回ということで合計102回だということが分かりました。

いやぁ本当にダラダラと気がついたことを時に適当に時にはマジメに書いてきたのですが100回超えとは自分でも驚きました。

始めたばかりの頃は気合が入っていて3日に一度くらいの割合で更新してたことを考えると最近の怠けぶりは情けないかぎりですが、まぁ気にしない気にしない。

そういえば先日ワタシの住むブリティッシュコロンビア州の州税(州内だけで適用になる消費税)がある日いきなり「今日から7%です」と変わってしまいました。もともとは7%だったのが、数ヶ月前に突然「今日から7.5%です」と発表になり、また「思ったよりも税収が多かったから7%に戻します」だって。

まったく計画性があるのかないのかまったく良く分からない国です。

ちなみに2004年の州の歳入は今年ものすごい黒字らしいと噂で聞きました。(払った税金返せ)

 

11月07日

いやぁもう11月か、なんだか本当にあっという間だなぁ…。

何も変わっていないような気がしているけど、実は着実に時間が進み世界というのは変化していってるんですよ。

米大統領選挙が終わってニュースではなぜブッシュが勝ったのかというような分析をしてるんですけど、非常に興味深いですね。

「フットボールのワシントンレッドスキンズが選挙前の本拠地での試合で負けた時は現職が負ける」とか、「選挙権のない小学生へのアンケート結果が意外に当たることが多い」などのジンクスではすべて民主党のケリー候補が勝つことになっていました。でも今年はメジャーリーグで86年ぶりにボストンレッドソックスが優勝するなどなにか常識を覆すようなことが起こりそうな予感もしていたのです。

で、フタを開けてみたらブッシュ大統領が再選されたわけですが、これにも「戦時中」というある特殊な状況の中で国民心理が保守的になったのではないかと推察される部分もあります。

番組にでてくるキャスターの人たちはみんな中立的な立場ではありながらも、なんとも複雑な表情でその結果を見ていたような気がします。なんとなく独断的な政治をする傾向があるブッシュ大統領に対して国民が反逆をする、またはケリー候補が出身地でもあるボストンのレッドソックスのように最後に大逆転劇を演じるというような結果を期待していたのではないかと思えてくるのです。

まぁワタシの勝手な推測ではありますが…。

ブッシュ大統領が今までの4年間にイラクの戦争やらなにやらいろいろと広げてしまった風呂敷を今後の4年間できちんとまとめて掃除していってくれることを願います。こんな状況がこれから何年も続くとなると「米ソが対立した冬の時代の再来になる」とニュースキャスターが心配してました。

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10

 

10月29日

今年ものこりあと2ヶ月。この1年は本当にじっくりといろんなことを考えながら過ごしてきた気がします。とはいえ色々なことを考えつつも、「考えているヒマがあったら体を動かしたほうがいい」ということを感じたのもまた事実です。

来年はいよいよ35歳。自分が20代前半の頃に目標にしてきたシブイ自分に果たしてなれているかははなはだ疑問ですが、逆にいつまでも若い時の情熱とか、だらしなさとか、強さと弱さも持ちつづけたいなぁとも感じるようになってきています。

たぶんこれは「35歳になったら次の目標を見つけなければ」という若干の焦りとか、35歳のシブサだけが男のかっこよさではないということもまた感じ始めているのかもしれません。

でも改めて考えて見てもなんで自分は35歳を目標にしたんでしょうねぇ…。自分でもまったく理由がわからない。とにかく35歳はかっこいい!と勝手に決めていたようです。まぁ簡単にいえば働き盛りということなのでしょうか。

何を書いているのか分からなくなってきたので今日はこの辺で。

 

10月24日

ここ1-2年、ワタシは週末になるとハイキングやキャンプに出かけているため、会社では「かなりアウトドアな人」だと誤解されているフシがあるのです。しかしそれはまったくの誤解なのです。

まぁ面倒くさいのでわざわざ「いえいえ違うのですよ、ワタシはいつも家の中に閉じこもっているタイプなんですよ」などと説明してまわるようなことはしませんが、それでもやはり明らかにワタシは「面倒くさがりで、出不精」なのです。

もちろん夏場は気持ちのいい天気に乗せられていろいろと遊びにいきますが、冬はそうはいきません。

なんといっても秋口にはメジャーリーグのワールドシリーズがあるし、それが終わるとすぐにNBA(プロバスケットボール)が開幕します。さらに1月にはNFL(アメフト)のスーパーボールがあり、その後はNBAが6月のプレーオフまで盛り上がるのです。

とてもアウトドアなんてやってる場合ではないのです。

これだけスポーツのイベントが立て続けにやってくると、こうやって書いているだけでもわくわくしてきます。秋から冬、春まではワタシはテレビにかじりつき、迫力のあるスポーツを見なければなりません。

だからはワタシは夏も好きですが、暖かい部屋とスポーツ中継がある冬も大好きなのです。

 

10月16日

近ごろは仕事帰りの電車の中で本を読むようになりました。開いている座席に腰掛けて正味20分くらい、他のことはいっさい考えずに本のストーリーに没頭するこの時間がなんともいえない楽しみの一つになっています。

今は日本語版のジュラシックパークUを今さらながらに読んでいるのですがこれがまた面白い。

フィクションであることが分かっていながらも、ここまで理路整然と分かりやすい科学的な根拠を示されるとなんだかもっともらしく思えてしまい、読み進んでいくうちに結末を知っているかどうかとはまったく関係のない単純なそのニセモノのリアリティーに魅了されてしまうのです。

もうすぐこの本も読み終わってしまうのでまた何か別の本を探してこなくては。

 

10月03日

最近日記更新が滞っているのが悩み。

忙しいのだけが理由ではなく、どうもこのところ「何を書くべきか」というテーマ探しにやたらと苦労しているのです。

このコーナーは日記だからその日の出来事を書くのが基本なんでしょうけど、それでもなんとなく自分のなかで筋の通っていない日々が続いているような気がして「オレはこれがいいたい!」という気持ちが湧き上がってこないんです。

これってなんなんでしょうね。

実は今日図書館に行ってきたんですけど、そこに「椎名誠とあやしい探検隊」というビデオ(本ではない)があって、好奇心につられて借りてしまいました。中味は本当にただの50才を過ぎたオジサンたちが無人島に行ってキャンプをしながら遊んでいるというそれだけのものです。

このビデオは一体何を言いたいのだろうか?と画面に対して問いかけつつも、熟年を過ぎようとしている彼らが「特に意味とか理由はない」と言い切ってしまっているものですから、見ているこちらも「ああそうですか」としか答えようがないわけなんです。

おじさんたちはみんなある意味で「楽しければいいじゃねぇか、おれたちゃその分きちんと仕事もしてるぜ」というような雰囲気を背中に漂わせているので、自分が今感じているこの不快感はやっぱり「まだまだ一人前に仕事ができてない」ということなんでしょうかねぇ…。

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9月25日

我が匿名希望妻がまた友人からDVDを借りてきました。DVDを持ってないのに!

いままでならば同じ映画のビデオを借りてきてそれを見ることによって「アリバイ作り」をしていましたが、なんと今回借りてきたのはテレビシリーズのDVDで、6枚ものDVDでストーリーが成り立っています。さすがにそんなにビデオを借りるのもバカバカしく仕方なく買うことにしました。

ところが電気屋さんに言ってみてビックリ。最近はDVDにもピンからキリまであって、安いものだと50ドルで買えるんですよ。

こういうときにその人の性格がでるのでしょうけど、ワタシにいわせればDVDが見られればメーカーがどうだろうが、機能がどうだろうがあまり気にならないんですよ。実際DVDを見る機会もきわめて少ないことも分かってますし。

というわけで謎の安いDVDを買い付けて家で見ていますが、まったく問題ないですね。だって「DVDが見られる」以上の機能がいらないんですから。ワタシは投資するべきもの以外には余計なお金を使いたくない性質(タチ)なんですよ。

そんなことよりも借りているDVD「24」というテレビシリーズがとても面白くてはまってます。

 

9月11日

電車通勤もそろそろ板についてきたそんなある日、仕事で帰りが遅くなり11時過ぎのスカイトレインに乗りました。

乗客もまばらな車内でポツンと外を眺めていると、途中の駅からギターを抱えたオジサンが乗り込んできました。最初はだまってイスに座っていたのですが、次の駅から乗ってきた若いカップルがそのギターを興味深そうに覗き、一言二言話をし始めました。最初は面倒くさそうな顔をしていたそのオジサンもやがて嬉しそうな顔になっていき、ポロンポロンと何かの曲を弾き始めました。

夜11時過ぎ、駅員が乗らないバンクーバーの電車の車内で乗客は1組のカップルと車両の奥のほうに座っていたワタシだけ。

真っ暗で音のない窓からの眺めと明るい車内に響くギターの音色が奏でるハーモニーはなんとも不思議な空間を作っていました。

若干後ろ髪を引かれつつ駅を降りたのですが、ミニギターコンサートはワタシが降りた後も続いていたようでした。

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8月21日

今日は本当にひさしぶりの本格的な雨。

州内では400を超える山火事が現在もどこかで進行中、これは過去50年でも最悪の状況だとニュースが伝えています。今日の雨でいくつかは消えてくれるのではないかと思いつつ、実はこのBC州だけで日本の3倍近い面積があることを思い出してバカらしくなるのです。

夏というのは慌しくて人にじっくりとモノを考える時間をくれません。ボーッとしているとあっという間に過ぎてしまいます。

なぜだか自分でもわからないのですが、ずーっと以前からワタシは「35歳」という年齢をある一つのくぎりとして考えていました。

35歳だから何かをするとか、そんな目標があるわけではありません。ただ漠然と自分は35歳を目標にして頑張っていこう、成長していこうという気持ちがあったのです。

さて、その年齢を来年に控え、いったい自分は今から何をしたらいいんだろう…?というまた突拍子もないことに困っています。学生の頃に成人式を前になんとなくソワソワした、あんな感覚があります。

でも35歳という目の前ことに気を取られていると、実は人生はその3倍近くもあるという事実にまたバカらしくなるのです。

 

8月08日

7月の終わりから8月の頭にかけて、バンクーバーでは毎年花火大会が開かれます。

世界各国から3ヶ国が参加してその花火の素晴らしさを競うのですが、今年は会社の上司のお誘いでお宅にお邪魔して部屋のベランダからの花火鑑賞となりました。

住まいというものに関していままで部屋からの眺めというものをあまり重要に考えていなかったのですが、やはりこうして眺めがよく海を広く見渡せる部屋に来てみると、それはそれで心が豊かになってなかなかよいものだなぁ、結構いいかも知んないなぁと一人で感心していました。

カナダのパーティーで楽しいのはとにかくいろんな国の人と話すチャンスがあることで、それぞれのお国事情や意見を交換しながら会話が弾むととても楽しいものです。

初めて会った色々な国の人たちとお酒や会話を楽しみ、その後ベランダからみんなして花火を眺める。

我ながらなかなかおオシャレだなぁと一人でほくそえんだのでした。

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7月31日

もう8月ですねぇ。今年は4月の終わりくらいからハイキングやカヤックなどアクティブに過ごしてきたので、自分の中ではすでに夏が3ヶ月くらい続いている感覚です。

そんな暑いさなかでの引越しも無事に終わり、少しずつ部屋の中もまとまってきました。

モノが少ないからなのか家の中での会話が部屋の壁に共鳴して響いていたりしてなんだか落ち着かないところもありますが、ひとまずは人間の住む場所になってきた感じです。

大学時代以来ひさしぶりに電車で通勤をすることになり、この20分くらいの貴重な時間をどのように過ごすかというテーマになんとなくウキウキしている自分がいます。今まで歩いて通勤していたので頭の中を空っぽにしてボーッとするわけにもいかなかったのですが、電車の中で座っていればそれができるのです!

どなたか電車の中でできる面白いこと教えて下さい。

 

7月24日

3年半に渡って我が仮の住処として過ごしてきたこのアパートともいよいよお別れです。

今思えばアルバータ州はカナディアンロッキーのキャンモアという街から1泊2日の予定で部屋を探しに来たことを思い出します。

当時の自分は仕事に行き詰まりを感じていて、これからどうやって生きていくべきなのかという悩みを心の奥で抱えていました。

そのタイミングでやってきた転勤の話にひょいと乗っかってバンクーバーに来ることを決めたものの、まだまだ自分に自信がなくてフワフワした感じだったのを覚えています。何軒かのアパートを見て、でももう少しじっくり探したくて、でも時間がなくて空港に向かわなくてはいけない出発前ぎりぎりで契約書にサインをしたのでした。

部屋を気に入った理由は相場に比べて安い家賃とともに、台所とリビングの間にある壁にあいた穴でした。

今思えばどうってことのない穴なのですが、狭いアパートの空間を必死に快適にしようとして開けたのではないかという設計者の努力が垣間見えるのが、なんとはなしの暗いトンネルの中にいたその頃の自分と重なったのかもしれません。

あれからあっという間に3年が経ち、その間に自分にもいろいろな苦労や変化がありましたが、その穴からいよいよ抜け出せる時が来たのかなぁなんて思ったりもしています。がしかし、人生なんぞというものはそんなに甘いもんじゃないので、また第二、第三の穴をくぐり抜ける必要があるのでしょうね。

人生は旅、住まいも旅のコースにあわせて変わっていくものなのかもしれません。

 

7月12日

友達が仕事でバンクーバーにやってきました。久しぶりに会ったのですが、彼はどうやらバンクーバーの夕陽が好きなようです。

忙しい仕事の合間をぬって会う時でも待ち合わせはかならず「夕陽が見える場所」です。

最近のバンクーバーの日没はだいたい9時半。彼は夕陽の見えるそのレストランの特等席を6時から押さえ、その最高の瞬間が来るのを待っていたのです。日が傾き、空が赤く染まっていくにつれて明らかに彼は興奮していましたね。

この週末バンクーバーは久しぶりの雨に恵まれ、地元の我々にとってはありがたかったのですが、この「瞬間」を待っていたこの男にとっては許せない日々だったに違いありません。

やがて真っ赤な太陽が水平線の向こう側へと消えていくとき、その高ぶっていた気持ちは逆に静寂へと変わっていったのです。

日が沈み、トイレに立った彼が帰ってくると目には涙が…。(ちょっと表現は誇張しています)

誰にでも人生の中で「この瞬間」という心に残っているシーンがあると思いますよ。

きっと彼はあのシーンを心に刻んで日本へと帰っていくことでしょう。

 

7月04日

先日買い物に出かけたとき、柄の長いクツベラを見つけたその瞬間に「あっそういえばウチには小さいクツベラしかなかった!オレはいつもあの小さいクツベラのおかげで毎回小さくうずくまって靴を履かなければいけなかったんだ!」ということを思い出し、しかもそのクツベラが99セントという格安だったのを発見した時は最近ではひさびさに感動した出来事でしたね。

それからもう一つ靴ネタで、もう7年くらい履いていたREGALの革靴がついにダメになったので新しい靴を買ったのですが、この靴がなんとまったく靴ヅレがおきない!普通新しい靴をおろした時って最初の1週間くらいは軽い靴ヅレができたり、慣れるまではちょっと時間がかかるものじゃないですか。でもそれがなかったときのあの感激はなかなか味わえるものじゃありません。

あっそういえば、もう一つ思い出した。我が家にはワインオープナーがなかったんです。もうずっと。どうしてなかったのか理由は定かじゃありません。いままでは十徳ナイフについていたコルク抜きで開けていました。特にワイン好きな家庭ではなかったからかもしれません。でも心の隅には「いつかいいのを見つけたら買おう」と思っていたのです。そうしたら先日、会社の先輩が「これあげるよ」といってなんと立派なワインオープナーをくれたではありませんか!まさに「ちょうど欲しいと思ってたんですよ」とお礼を言いつつ頂戴し、ポケットに入れたのでした。

しかし、特にワイン好きではない我が家では活躍の機会がないため、結局彼は実に1ヶ月近くワタシのポケットに入ったままでした。

最近感動した話でした。

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6月30日

カナダ時間の6月30日23時47分。ギリギリで今月3回目の更新です。

本当はカナダで28日に開かれた選挙のことなどについて書いてみようかなぁなどと考えていたのですが、あんまりややこしいことを書くと「あんたの書いていることはよく分からん。いろいろ余計なこと考えすぎよ。もっとシンプルなこと書きなさい」と我が母に怒られるのでやめにします。

というわけで前回書いた部屋探し作戦の結果、引越しが決まりました。

バンクーバーの中心部のアパートから郊外の住宅地のアパートへ移ることにしたのです。

通常カナダでは部屋を出ることを決めたら大家さんに必ず1ヶ月前の通知をします。大家さんはこの通知を受けたら次に入る人を探し始めるわけです。つまり、部屋を探す人は“他の人が部屋を出るのを決めて通知を出した後”にならないとどの部屋が空くのかが分からないわけですから、自分が部屋を出ると決めた時点ではどこに入れるかは基本的には決まっていないことのほうが多いわけです。

今回の我が家は事前に空いていた部屋に滑り込むので、このような問題は起こりませんでした。

やっぱりややこしい話になってしまった…。

これからボチボチ荷造りの段取りに取り掛かります。

 

6月26日

今のアパートに住んで3年半が経ちました。場所がいいこともありなんとなぁく過ごしてきましたが、やっぱりちょっと狭いなぁという当初からの気持ちを引きずりつつの3年半でした。

ここは思い切って引越しでもするか!と最初に言い出したのは我が匿名希望の妻です。

ワタシはどちらかというと「まぁ便利だし、別に動かなくてもいいんじゃないの?」と若干引き気味ではありましたが、いつものように思い込んだら後には引かない大奥のご意向に押される形で「じゃぁまぁ引越ししてもいいかもね…」と言わざるを得ない状況になってきました。

引越しするにしたって新しい部屋を探さないといけません。

この1年ではじめて日記の更新を月に2回しかしないという事態に陥っているかなだの亭主にとっては「部屋探しなんぞやっとるヒマはないぞえ」と言いたいところなのですが、思い込んだら命がけの匿名希望妻はすでにいくつかの候補地をリストアップし、いろいろと精力的な活動を行っているのです。

いやはや恐るべし。

どうなることやら我が住まい…。また決まったらご報告いたします。

 

6月12日

先日ニュースを見ていたら2010年に開催されるバンクーバー冬季オリンピックのことが報道されていました。

テーマは“ロゴ”。つまりオリンピックを盛り上げるために欠かせないロゴマークのデザインを一般から公募するという内容でした。

こういう話を聞くとあなたがデザイナー志望でもないかぎり我々一般市民にはなんの関係もないように思ってしまいがちですが、よく考えて見るとロゴマークというのは奥が深いのだなぁと思うのです。

カナダという国、バンクーバーやウィスラーという街、冬という季節などさまざまな要素を究極にシンプルに分かりやすく凝縮させたものがロゴマークなわけですから、それゆえに人々はみなそのマークに親しみを感じるんじゃないでしょうか。逆に言えばそれだけ重要ということです。

ちなみに今年のアテネオリンピックのロゴマークは青地に手書きの月桂冠をかたどった本当にシンプルなものだそうですが、まさにオリンピック発祥の地アテネを究極的に表現しているような気がします。

あなたの中のカナダ(または日本)を究極的に簡潔にデザインするとしたらどんなものになるのか。その人の個性や考え方によって随分換わったものになると思いますよ。

ワタシはホットチョコレートを飲みながらそのニュースを見ていてしばし考え込んだ後、奥さんが最近凝り始めたモザイクの壁掛けを眺めつつ、「オレならモザイクでネイティブインディアンのトーテムポールでも書くかなぁ…」などと頭の中で素晴らしいイメージを浮かべていましたがそれを表現する手立てもないままに時間は過ぎていきました。

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5月31日

男と女とは、夫と妻とは、これは人間の永遠のテーマです。

先日、友人たちと話をしていて「夫婦二人きりで車で走っている時に会話は弾むのか?」という話題が出ました。

ある夫婦は夫が運転に夢中でほとんど話をしないため、話題に乏しくほとんど無言だと奥様が不満を漏らしていました。我が家の場合もほぼこれに当てはまり、車中では比較的沈黙が長く続きがちです。

ところが、また別の夫婦では車をスタートさせてから約30分くらい経つと会話の盛り上がりがピークとなり、道を間違えるほどであるとか。

「道を間違えるほどの会話の盛り上がり」が良いことなのかどうかは別としても、それくらい共通の話題が豊富であるということなのですからある意味では良いことなのではないでしょうか。

我が家の場合は、家の中でもどちらかといえば会話は少ないほうではないかと思います。決して共通の話題がないとは思いませんが、お互いがマイペースなのかもしれません。我が匿名希望の妻もやはりワタシの口下手ぶり、および話題の乏しさに苦言を呈することしばしばです。

ワタシもいつか「ユーモアに富み、それでいて含蓄のある会話術」というものを身につけることができるのか?

 

5月23日

今日はバンクーバーに引っ越してきて以来の念願だったMount Chiefへのハイキングに行ってきました。

この山はとにかく急な坂道がスタートからゴールまでひたすらに続くことで有名で、スタート地点の看板には「ここは公園を歩くような散策コースではありませんよ!」と念を押すかのように書いてありました。

確かになかなかタフなコースでした。実際には約1時間半ほど休めるようなポイントもないままに登りつづけます。

途中には鉄のはしごを上ったり、岩山をよじのぼったり、崖の岩の裂け目をつながれた鉄の鎖でエイヤエイヤと越えて行きます。

この山には合計で3つの山頂があるのですが、今回行った二つ目のPEAKはどちらもしんどいながらもなんとなくアスレチックコースに来ているかのような感覚で比較的楽しみながら登ることができました。

とにかくなんと言ってもハイキングの醍醐味は山頂を極めた時の眺望でしょう。

スコーミッシュの街を断崖絶壁の真下に見下ろし、遠く北方には白い雪をたたえた山々が横たわるというダイナミックな眺めを堪能しつつ帰ってきました。写真はいつか皆さんにもご紹介したいと思っています。

 

5月15日

いよいよ34歳となり、尾崎豊の「17才の地図」を聞いていた頃からほぼ倍の年月がすぎてしまったわけで、父さん、僕はなんだかしみじみとしています。

まぁついついこんな「北の国からタッチ」で書きたくなってしまう時もあります。

日記というのは基本的には「自分に対して自分が書くもの」なので「僕」という表現は使わない、「その日の出来事を書く」ので「今日」は使わないなどの原則が本当はあるはずなのですが、この縁側日記は「他の人が見る」ことが基本になっているのであんまり恥ずかしい話題を赤裸々に語るというようなことはできません。

そもそもこの「縁側日記」の構想の元祖は学生の頃の友人宅に置いてあった「交換日記」に由来しています。

彼は友達を自分の部屋に呼ぶのが好きで、いつの日からか訪れた人達はその「交換日記」に日ごろ感じたことやいろいろな出来事などを書いていくようになりました。みんな別々に彼の家に遊びに来ていますからほとんど顔を合わすことはないし、もちろん当時はまだインターネットなんてないので、まさに「ものすごく時間のかかる」チャット状態なのですね。ほとんど顔を合わせることのない人どうしがノートの上で語り合うというのもなかなか面白い話で、なかなか熱い内容だったように記憶しています。

そのノートにある友人が書いていたのが、「水を入れた洗面器の上に小さなろうそくを灯したアルミ箔を浮かべながら酒を飲んだ」とかそんなようなしょうもないことを延々とつづる「縁側日記」というコーナーでした。なぜかそれを読んだ時の衝撃が忘れられなかったのですね。

本当にどうでもいいことをただ書き連ねているだけですが、誰かの目にとまってふと「縁側に座ってもの思いにふけってみる」というような気分が味わってもらえれば幸いです。

 

5月02日

今日はバンクーバーで行われた国際マラソン大会のお手伝いに行ってきました。

いや〜、驚きましたね。日本にこれほどまでにマラソン好きの人達がいるということに。

なんとある参加者は今回がフルマラソン完走300回だと言っていたのですが、仲間の中には1000回という人もいるそうな…。

センカイ!どうやって走るんだ?

いわゆる並のマラソン好きでも月に1回くらいはフルマラソンを走るそうです。でももちろんそんなレベルでは1000回という偉業を成し遂げられるはずもなく、完全なるマラソン中毒者になることが求められます。“我こそは”という方、1週間に1回フルマラソン走ってください。

1年間は約52週間ですから、年間50回フルマラソンを走るとしてなんと20年かかります。

ここまで来るともう本当にライフワークです。まさに偉大な「足跡」ですね。人生の中でこれだけ打ち込めるものがあるというのは素晴らしいことです。

ゴールしたランナー達のあのすがすがしい表情、汗まみれになりながらもなんか「生きてる」っていう顔をしてました。

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4月25日

先週バンクーバーでは毎年恒例のSUN RUNと呼ばれる10キロの市民マラソンのイベントが開かれました。

我が匿名希望の妻は果敢にも出場し、無事完走?を果たして帰ってきました。

まぁこのイベント、はっきり言って走らなくてもいいんです。つまり10キロを全部歩いても“完走”ということになって翌日のローカル新聞に参加者全員の記録が名前入りで発表されます。もちろんその徒歩組の中に我が匿名希望の妻が入っているのは言うまでもないことですが、記録が1時間だろうが2時間だろうがおかまいなしなので若い人からお年よりまでみんな参加できます。

ワタシは過去にこういった市民マラソン大会なるものに参加した経験がないので知らなかったのですが、「基本的に歩くことも可」ということが前提となっているためにエンターテイメントも盛りだくさんでランナーを飽きさせない工夫がされています。コーヒーやパン、果物などの支給はもちろんのこと、コース脇ではライブ演奏まで行われていてとにかく楽しむことを最優先にしているのです。

今年の参加者はなんと48640人だったそうです。コースのスタート地点はものすごい人だかりができていましたが、いろいろな仮装をして走る人たちもいて、とても楽しそうでした。

日本の市民マラソンってどんな感じなのでしょうか。知っている人がいたら教えて下さいませ。

ちなみにこのバンクーバーサンラン、来年は4月17日開催だそうです。

 

4月12日

以前千葉県でサラリーマンをしていた頃の話です。

ある日営業で訪れた郊外の小さな保育園で見事な桜の木々が咲き誇っていました。「園長先生、あの桜の木見事ですね」と話しかけると、当時70歳前後だったと思われる園長先生は遠くを見つめるような目をしていろいろと話してくれました。

園庭からその裏にある丘の上へと続く小道の桜は園長先生がご自身で植えたものだということでした。

実はこの保育園はその丘の上に障害を持つ子供のための養護施設を運営しており、保育園に比べ訪問者の少ない施設の子供たちを元気づけることに苦慮していたそうです。そこで植えられたのがこの桜たちで、「保育園を訪れた人たちに丘の上の養護施設にも顔を出して欲しい、丘の上へと続くこの小道をみんなに登って欲しい」という園長先生の思いをこめられた並木道だったのです。

数十本にもおよぶその桜の木々が植えられたのは今からもう何十年も昔の話だそうです。その間丹念に思いを込めて育てられた桜たちはやがて鮮やかな花をつけて人々を魅了するようになり、その丘には花見やいろいろな機会を利用して人が集まり施設を訪れる人の数も増えたといいます。

今年もあの桜はきっと素晴らしい花を咲かせて町の人々や施設の子供たちを元気づけたことでしょう。

もう10年も前のことですが、今も心に残っている印象的な出来事でした。

 

4月10日

カナダは4月9日(金)からイースターホリデイと呼ばれる連休となります。会社によっては月曜もイースターマンデーと称してお休みとなり、4連休になるところもあります。

正直なところ、「イースターなので休みです」といわれてもワタシ自身あまりピンときません。頭に浮かぶのは「イースター島」の石像のイメージばかり…。日本にはほとんどなじみのない言葉ではないでしょうか。そこでちょっと調べて見ましたら、「キリスト経の最大のお祭り、キリストがゴルゴダの丘で十字架に架けられた後復活したことをお祝いするもの」なのだそうです。この時期には“イースターエッグ”という子供たちが卵に絵を書くという風習があり、これは「生命誕生」を意味する卵と「キリストの復活」を掛けているらしいです。

カナダはマルチカルチュラリズム(多文化主義)の国。あらゆる宗教、風習、生活文化がモザイクのように共存している国です。

その中でこのイースターだけが国の休日として存在しているのは、このイースターの時期が春休みのタイミングになっているということもあるようですが、ワタシの中でもこのイースターはカナダ版ゴールデンウィークです。

人々はイースターの4連休で暖かくなった気候を心行くまで楽しみ、気分も新たに「復活」して仕事に戻っていくのです。

 

4月03日

人間関係にはいろいろあって、腐れ縁とか幼なじみ、遠い親戚などなどそれぞれにビミョウな距離感とか因縁とかが必ずありますよね。

これって面白いなぁとふと思うのです。

いろいろな運命のめぐり合わせかどこかで再会しちゃったり、変なところに共通性があって何かにつけて気に入られてしまったり…。

または“友達の友達の前の彼氏のお父さんからのお願い“などというトンデモナイところから手が伸びてきて昨日までまったく会ったこともない人と話をしないといけなくなるとか、まぁ人生の交通事故みたいな出会いとでもいうのでしょうか、そんな経験は誰にでもあると思います。

また逆に、これはカナダに住んでいるとよくあるのですが、留学生などとほんの一時期だけ仲良くなったりして楽しく過ごし、彼らと涙の別れをしたけど帰国したらもうそれっきりなんていうのもよくあります。まぁ留学生は貧乏暮らししている人が多いのでウチに呼んで一緒に鍋をしたりして過ごすこともあり、それはそれでなかなか面白いものです。

どんな出会いも楽しめるように生きられたらいいなぁとは思うものの、いつもそうとは限らないのもまた人との出会いの面白さでもあります。

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3月27日

先日いかりや長介さんが亡くなりましたねぇ。どうしてなのか良く分かりませんが、普段あまりメールを書かないような友達までもが「いかりや長介」というタイトルのメールを送ってきたりしました。

別にいかりや長介と引っ掛けて書くわけではないのですが、「もしも〜だったら」ということについて考えたことありますか?

ところが、実際にこの「もしも」という言葉について思いをめぐらしてみると実は非常にやっかいなヤツなのです。だってどんなことだって「もしも」という枠にはめたら成立してしまうじゃないですか。もしも女だったら、もしもアル中だったら、もしもプロレスラーだったら等等。はっきり言って不可能も可能になってしまうので、今までの人生のいろんな出来事と勝手に絡めて「あの時にああしていたらオレはもしかすると花火師になっていたかも」などという仮想とともにどんどん脱線してしまってまともな結論にたどりつかないのです。

それはさておき、もっとも身近な部分から自分のいままでの人生を振り返ってみると面白いかもしれません。

もしも自分が大学に入っていなかったらたぶんバイトしていた引越し屋か本屋さんでしばらく働きつづけ、25歳くらいになってから自分の今後を少し真剣に考え始めて海外留学などに挑戦し、偶然仕事をみつけてカナダに住んでいるかも…。(結果が同じじゃん)

でもこうやって想像力を無限に働かせて見るのもなかなか面白いものです。

 

3月20日

2年前の春に中古で買った89年製のジープチェロキー。とにかくよく壊れます。

昨年1年間で5回ほど、そして今年に入ってからもつい先日路上で止まりレッカー車のお世話になっています。大まかに言っても2-3ヶ月に1回は車が壊れるという計算です。時にはボンネットからケムリを吐いたり、エンジンルームから大量のオイルが漏れ出したり、突然エンジンがかからなくなったり、何度このポンコツを売り飛ばしてやろうと思ったことか

ところがコイツはタチの悪いことに「もう乗れない」というふうには絶対壊れない、つまりちょこちょこと少しずつどこかがダメになるという“持ち主に諦め心を抱かせない”壊れ方をするのです。1回1回の修理費が安く済むし、修理後は何もなかったかのように快適に走り始めるので、「これでもう大丈夫だろう」と思っているとまたいきなり道路の脇で止まるハメになるのです。

しかしながらいくら毎回の修理費が安いとはいってもこの2年間で1500ドル(約10万円)近くのお金を払っているわけだし、止まるたんびにtow される(レッカー移動する)のでは乗ってるワタシも悲しくなってきます。

温情派を自負するワタシもいよいよ買い替えのことを真剣に考えなければいけないところまで追い詰められました。

「さらばじゃチェロキー」という日も近いのです。

 

3月13日

月曜から金曜までの仕事と仕事が終わった後に週2回通っている学校、帰ってからはその宿題、そして週末は健康のために続けているフィットネスジムといままでにないくらいさまざまなことで忙しくしています。

どうしてこうなってしまったのかよくわからないのですが、一つづつ始めていくうちにいつの間にか増えてしまったという感じです。

まぁ学校は4月前半で終わるし、ジムはとりあえず週末だけなのでそのうち落ち着いてくると思いますが、自分の中で驚いているのは「今まで仕事だけ」というような人間だった私が仕事以外のことに積極的に取り組んでいるという事実です。

考えて見ると「一つのことをわき目も振らず」にやるというのは先があんまり見えてない状態だったようで、結局いつかは疲れてイヤになっちゃうんですね。ところがいくつかのものを期限を決めて同時進行でやっていくと、確かにシンドイですが、ひとつづつを別々に考えながらもそれぞれ楽しんでやることができるんですね。しかも期限も分かっているからペース配分もできるし。

近ごろでは仕事に持っていく弁当も私が作ることにしました。料理は苦手なので毎日がお手軽サンドイッチですが…。

とりあえずできることは今のうちにヤットケ!てな感じであんまりリキまずにやってます。

 

3月05日

今までの社会人生活で見てきた限りでは人の仕事との関わり方は大きくわけて三つあるのではないかと思っています。

一つは生きていく上で仕事に精を出し、多少の私生活の乱れも気にせず働く生き方、二つ目は会社の人間関係とある程度の距離を置き、仕事以外の自分の世界を大切にしていく生き方、三つ目は仕事に全てを捧げるつもりはないが、かといって私生活の中に打ち込めるなにかがあるわけではないという生き方です。

どの生き方もその人の選択ですから何も意見をいうことはできませんし、どれがいいとも思いません。私はどういうわけかいままでは仕事人間で、奥さんにイヤミを言われながらも会社のためとひたすら仕事に精を出してきたほうでした。今もそれが特別に悪いとは思いません。人間どんな形にしても社会には貢献しないといけないのですから。

できれば三つ目の人生の目的を見つけられないような生き方だけはしたくないなぁと思ったりはしています。

あなたはどんな生き方をしていますか。

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2月20日

つい最近転職をしました。

仕事が変わると色んなものが新しくなります。新しい職場、新しい出会い、新しい生活などどれもこれも今の自分にとっては新鮮なものばかりです。こういうときこそ生活習慣や生き方をガラッとかえるチャンスなのだと感じています。

正直言ってこのところ自分自身少し行き詰まりを感じていたのです。若いときってどうしても友達付き合いなどが人間関係の中で優先しがちですが、最近自分はそういった「ヨコ」の人間関係というものとはまた別にいわゆる「タテ」の人間関係が不足している気がしていました。ものごとを相談する人がいなかったり、アドバイスが欲しいときにそんな知人がいなかったりするというのは実際あまりよいことだとは思えません。

もちろん今までのヨコのつながりも大事にしながらも、少しづつタテへのつながりも広げて生きたいなぁと思ってます。

 

2月15日

近ごろアジアでは狂牛病で牛肉が輸入停止となり、鶏インフルエンザで鶏肉が輸入停止となってにわかに食料不安がでてきているようですね。豚肉にも何やらウイルスが発見されたりしているようです。皮肉にもいままで我々が当たり前のように食べてきた「食用に飼育される動物たち」が無言の反乱をしているような気もします。だって彼らにすれば生まれた時から将来は焼肉になるって決まっているんですから自分だったら自殺しかねませんよ、っていうか生きていく望みなんてないです。このような現状を知って世界の将来を憂いベジタリアンになっていく人の気持ちもわかります。

しかし40億人を超える人類を養っていくためにはさまざまな研究や努力を重ねて技術を高めていく以外にないこともまた事実です。

学生時代に環境問題というものについて考えたり本を読んだりするという奇跡的な時期があったのですが、当時参加したシンポジウムでノーベル賞を受賞したばかりの頃の利根川進さんが言っていたのは「人類の創造性がすべて」だということでした。ノーベル賞を受賞するような世界最高レベルで頭のいい人が地球の未来を「創造性」にたよるしかない…。つまり現状のまま普通に生きていたらダメってことなんですね。個人的にはとてもショックを受けて帰った覚えがあります。

そんなとき天才ならば科学者を目指したり、学問に取り組んだりするのでしょうが、残念ながら凡人だったワタクシは逆に開き直る方向に脳みそがねじれてしまったみたいです。それ以来自分は学問という言葉からほど遠い存在になってしまいました。

でもそんな今でも諦めずに日夜研究を続けている人たちがいることに我々は感謝しなくちゃいけませんね。

 

2月09日

年末年始の寒さはどこへいったのかこの頃の陽気は暖かいとまではいかなくてもだいぶ過ごしやすくなってきました。気温も8度前後で安定しており、「冬には間違いないけどそんなにつらくない」という感じです。

そんな中、ある友人のお家に呼ばれて食事をご馳走になってきました。彼らはメキシコからの移民夫婦なのですが、とにかくめちゃくちゃに明るい!良きにつけ悪しきにつけとにかくズバズバと本音で物を言い、いろいろなことを笑って吹き飛ばし、明るい豪快に忘れ去っていくそんな感じの二人なのです。よくスペインや南米などに代表されるラテン系と呼ばれる人たちはとにかく感情表現がストレートなのでとても付き合いやすいです。“細かいことは気にするな”というライフスタイルを貫いているので若干のあいまいな部分を見逃すことができれば、これほど楽しく過ごせる友達もいません。

日本にいたころもこんなふうに周りを楽しくさせるという特技を持った人に出会うことがありました。彼らの共通する特徴は ・付き合いがいい ・体力的にタフ ・唄が好き というような感じでしょうか。いわゆる釣りバカ日誌に出てくるハマちゃんみたいな人です。

ああいう人を元気にさせることができる力って素晴らしいなぁと思います。

 

2月04日

新聞で見つけた面白い記事から。

2月2日は北米では“Groundhog Day(マーモットの日)と呼ばれており、アメリカのペンシルバニア州では祝日にもなっているそうです。

マーモットというのは齧歯目リス科マーモット属として分類されるリスの仲間で、山の中でハイキングなどをしているとよく岩場などでみかけられるリスとしてはかなり大きなぬいぐるみみたいな哺乳類です。

そもそも“冬眠していたマーモットが2月2日に巣穴からでてきて、その時に影が見えるかどうかで春の訪れをつげるというドイツの伝説が北米に伝わったもので、マーモット協会なる団体から指定を受けた正式なマーモットを使ってこの日にイベントが行われます。影が出るとまだ春は遠く今後6週間寒い冬が続くといわれ、影が出ないと春が近いことを意味するそうです。カナダでもこの日、東部のオンタリオ州やノバスコシア州、西部ではアルバータ州でこのイベントが行われており、ノバスコシアでは影は出ず、オンタリオとアルバータでは影が出ました。

まぁだからといって本当に春が早く来るのか、来ないのかということを真剣に調査したりするわけではありません。あくまでも伝説ですから…。

それでもこんな迷信が毎年のイベントとなり、祝日にまでなってしまうというのはなんとも夢のある話ですねぇ。

 

2月01日

最近友人たちから言われること、それは「DVD持ってないの!?」という驚きの言葉です。

ワタシが生まれた頃は画面のところに扉のついたテレビと小さなレコードプレーヤー、カセットレコーダーくらいがまともにメディアと呼べるようなものだったのですが、時を経るにしたがってビデオデッキやCD、レーザーディスクなどなど次々に新しい電気製品が生み出され、そのたびにその新機能を加えた商品を買うはめになるのです。最近ではこれにコンピューターやDVDなる新たなる刺客が送り込まれてきた!

新聞によるとカナダ家庭の2/3はすでにDVDを持っているそうです。(本当かなぁ?)

ある友人などはまったく聞くこともせずに一方的にDVDの映画などを貸し付け、我が妻には「もっていない」の一言を返すスキすら与えなかったという。しかたなくまったく同タイトルのビデオをレンタルし、それを見てから「面白かった!」と言いつつDVDを返すというとんでもない愚行を犯してしまいました。

ちなみに我が家は当分DVDを導入するつもりはありません。みなさんはもう導入済みなのでしょうか?

はてさて今度はいったいどんな「まだ持ってないの?」という声を聞くことになるやら…。

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1月25日

バンクーバーに引っ越してきたのは2001年の2月1日でした。もうすぐ丸3年が経とうとしています。

本当にあっという間でしたし、その間にも色々なことがありました。

以前住んでいたアルバータ州のバンフやキャンモアという山の中の小さな街も心温まるとても魅力的なところでしたが、世界中からの移民が集まり様々な文化を共有しているここバンクーバーもまた違った意味でのカナダを見せてくれます。

最近夜間の英語の学校に通い始めたのですが、そこで出会う人々はいままで知ることのなかった世界を見せてくれることが多く、日本から比較的恵まれた環境の中で育った私からすると目からうろこが落ちるような新しい経験です。

モロッコで貿易商をやっていた人、中米のエルサルバドルから政治的な問題を嫌って亡命してきた人、戦争にからんでドイツやロシアなどから移り住んできた人などその経歴も十人十色です。

英語は一緒に勉強しているけれど、休憩時間になるとそれぞれの人たちが自分の母国語で家族に電話していたりしてまさに「人種のるつぼ」、「外国人のメリーゴーランド」といった感じです。

それぞれの文化について友達を作っていって一つ一つ学んでいったとしたらとても面白いだろうなぁなどと思ったりしています。

 

1月18日

日曜日は朝からグランビルアイランドのパブリックマーケット(いわゆる市場)へ行ってきました。

小雨はぱらついていましたが相変わらずの人手でにぎわっていました。ここは午後になるとまともに車も駐車できずに大渋滞になることで有名なので午前中にくることが必須なのです。おかげで今回は3時間無料の駐車場に止めることに成功しました。

このマーケットは果物や野菜はもちろんのこと肉・ハム・パンなどの食料品、さらにコーヒーやピザ・ハンバーガーといったファーストフード店が軒を連ねる大きなホールの中にあります。ですから雨が降っていても室内でのんびりと買い物を楽しむことができるのです。イメージとしては日本の商店街が一つの大きな体育館の中に集まっている感じ?でしょうか。そのため市場はいつも人の話し声で潤っていてうるさいというよりはにぎやかな楽しい雰囲気に満たされています。

ところで、施設内のところどころではいわゆる街頭演奏をする人たちがいます。日によって演奏する人は変わるようですが、その日は白人のおじさん二人組がフォークギターとウッドベースで演奏していました。我々がなにげなくその周囲を歩いていると、なにやら聞きなれた歌が聞こえてきました…。

♪上を向ぅいて歩こぉぉう〜♪ 涙がこぼれなっいようぅに〜♪♪

そうです。二人のおじさんは「上を向いて歩こう」(北米ではスキヤキソングとして有名)を日本語の歌詞で歌っていたのです。弾むようなリズムのギターとベースが店内に軽やかに響き渡り、買い物を楽しむ人たちは歌を口ずさんだり、その場で踊りだしたりする人までいました。

彼らはほぼ完璧な日本語で歌詞をマスターしていました。

私は自分が学生の頃にビートルズの英語詞などを必死で覚えていたのと同様に、彼らもこの歌を一生懸命練習したのだろうなぁ…などと思いをはせつつも、日本で生まれたある歌謡曲がはるかかなたバンクーバーのとある市場で白人のおじさん達によって演奏され、そこで暮らす人々を楽しませているという事実に感動していました。

市場を出た後も我々の脳裏にはあのメロディーが焼きついてしまい、帰り道もずっと

♪思いだっす〜春の日〜♪ 一人ぼぉっちの夜〜♪

と歌いながら帰ったのは言うまでもありません。

 

1月15日

1月22日は中国の暦では“新年”にあたるそうです。なんでも中国ではいまでも旧暦を使用しているからだとか。

この暦のおかげでクリスマスや年末年始など町じゅうのほとんどの店が閉まってしまうときでも多くの中国人経営のスーパーやレストランなどは通常営業してくれているので、「ちょっとあれが買いたい」というときでも非常に助かります。

正月気分などすでに抜けている我々を尻目に、中国の富の象徴であるという赤や金の色をふんだんちりばめた派手な飾りが見られます。1月24日の土曜日には新年のイベントとしてパレードもおこなわれるらしいです。本来の元旦である1月1日にはパレードはおろか、正月らしいイベントなどほとんどなかったのに中国系の人々の相も変らぬマイペースな盛り上がりぶりには脅威を感じます。だって今はカナダに住んでいてカナダは西暦を採用しているんですからそれにしたがって生活すればいいのに、と思ってしまうのはワタシだけではないでしょう。

まぁそんなこといってもそれで買い物などで助かっていることもあるんですから一概に悪いと決め付けてはいけないんでしょうね。

このかたくななまでの歴史に対するこだわり、文化に対する誇りは日本人であるワタシも見習わなくてはいけないなぁと思ったりします。

 

1月10日

人間と言うのは不思議なもので、知らず知らずのうちに「歳相応」の人間になっている、またはなろうとしてしまうようです。

かくいう私も今年の目標に「さらに大人になる」などというしょうもないテーマを掲げており、より立派な大人になりたいという不思議な希望というのは図らずも持ってしまうものなのだなぁと今更ながらに驚いているのです。

しかしながら、いくら努力をしてもその人の本質的な人間性というのは変えることができないのだなぁということもまた感じています。もちろん歳を重ねるにつれて社会的な責任が重くなったり、世界に対する視野が広がったりしていろいろな経験をするにしたがって目指すものも変わってくるのですが、結局のところ気の利いたことがいえないとか、繊細な感覚をもっていないとかいうようないわゆる「持って生まれた才能」はどんなに頑張ったところでやっぱり持つことはできないのです。

つまりまぁ簡単にいうと「歳相応の立派な大人」になりたいと考えているワタシが「気の利いたことがいえな」かったり「繊細な感覚をもっていな」かったりするわけです。そしてさらに恐ろしいことにワタシは自分自身がそんなことをできるようにはならないということもすでに分かっちゃっているのです。

最近本当に繊細な心を持っている人や機転が利いて気の利いたことが言える人というのが羨ましくて仕方ないのです。

ワタシの人間的成長はもう止まってしまったのか…。このままどんどんオジサン化していってしまうのだろうか…。

 

1月6日

新聞の調査によると、カナダ国民の中で「2004年は2003年よりも良い年になる」と考えている人が60%にも及ぶそうです。

なんでもこの数字は世界でも10番以内に入る高さ(楽観的さ?)らしいですが

ふと、日本人はどのように考えているのだろうかと思い「世論調査」というホームページを見てみたら、なんと「同じ」または「悪くなる」と答えている人があわせて88%もいました。「良くなる」と答えた人は7.5%でした。

カナダという国は天然資源が豊富なこともあり、水や木材、原油、天然ガス、電気(水力発電)などの生活の基本ともいえるものに恵まれています。そういった背景からかもしれませんが、日本のように経済が爆発的に発展することがないかわりに「景気がよいわけではないけれども必ずしも不況ではない」というようなビミョウなところを行ったり来たりしているように思います。

こんな国のあり方が楽観的な国民性を生み出しているのかもしれません。

それにしても日本の悲観的さはちょっと極端すぎませんか?

 

1月1日

あけましておめでとうございます。

バンクーバー市内では珍しく雪が降ったり、我が家の周囲一帯が停電したり、アパートのアラームが鳴り響いて消防車が駆けつけたりと別の意味でなんだか騒がしい年末となりました。

車社会が進んでいる北米では飲酒運転を止めさせ、犯罪が起きるのを未然に防ぐために厳しい検問体制を敷くと共に夕方5時以降はバスや電車が無料になって夜通し走ってくれます。それに伴い普段は深夜にお酒を出すことを禁じられているレストランでも大晦日は特別に深夜4時まで営業を許可されていました。

シアトルやニューヨークなどアメリカの大都市では花火を打ち上げて盛大に新年を祝っているようでしたが、バンクーバーは本当に質素に静かに新しい年を迎えました。たぶん私のしらない街中のバーなどでは若者達が集まって大騒ぎしていたのでしょうね。

我が家はというと、年末から新年にかけては友達を自宅に招いて鍋をつつき楽しく過ごしました。普段の日とあまり変わらない、特別な感慨もない、それでいてなんとなくこの1年が振り出しに戻るこの不思議な感覚に不思議とお酒も進みました。

さぁ今年はどんなことをして人生を楽しもうか…。地に足をつけて頑張ろうと心に誓いつつほろ酔いで布団へともぐりこんだ年の瀬でした。

 

 

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