カナダ縁側日記 バックナンバー 2005

 

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12月30日

2006年はどのような年になるのか。

正直言ってまったくわかりません。この1週間も来年の目標についてまったく考えもしないうちに過ぎてしまいました。

今年の1月頃はどんなことを考えていたっけなぁと思いこのコーナーを読み返してみたらなんとなく思い出すことができました。確か「30代男のプライドと頑固」について考えていたのでした。

30代も半ばになるとオレはオレなりにやってきたというプライドや自信が肩や背中および眉間のあたりにちらついてきます。でもそれを自分の中でのプライドとしながらも変化に適応していける人と今までの自分のやり方に固執してしまって変化を受け入れられない頑固者とは全く別の人格です。では自分が果たしてどこまで自分にプライドを持っているか、そしてそれでも変化に柔軟に対応できるやわらかい感性を持ちつづけられているか?というと、当時は全然自信がなかったのです。つまり「自分は単なる頑固野郎」になってきているんじゃないかと疑っていたわけです。

今改めて考えると、確かに自分に頑固な部分があることは認めますが、それでも自分は単なる頑固野郎などではなくきちんと自分の中でプライドを持ちつつ変化を受け入れる寛容さも持っているんじゃないかなぁと思います。

ということで1年かけて自分は頑固じゃないということを一方的に確認したワタシの来年のテーマはなんなのか?

柔らか頭で来週まで考えてみます。

それではみなさん良いお年を。

 

12月25日

35歳という年齢をめざしてきたと以前にもこのコラムに書いてきましたが、その35歳もあっという間に半ばを過ぎてしまったわけですからなんだか焦ってきています。まぁ子供が生まれたことは「想定外」でしたが、カナダにやってきてそろそろ10年くらいになるわけですからワタシもきちんとしていかないといけないなぁと感じている今日この頃です。

35歳と言う年齢は日本では充分「中堅」くらいのベテランになってきますし、そろそろオジサンと呼ばれてもまったく違和感が無くなってくる頃でもあります。現実を直視しなければならない世代になってきました。

今の自分を表現してみると、「体力的にはもう20代の元気は残ってないのですが、それに寂しさを感じつつもそれでもあの充実感というか疾走感が忘れられず、若干気持ちが空回りをしつつも闘争心を燃やしている30代」っていうところでしょうか。「まだまだ老け込むのは早い!」と皆様に怒られそうですね…。

2006年、今はまだ来年の目標すら考えられずにいますが、自分らしさや生き方から脱線せずにそれでいていつも新鮮で活き活きできるような自分でありたいです。

 

12月17日

2005年ももうすぐ終わろうとしています。

ワタシの人生にとってはとても大切な、そして非常に貴重でかなり重大な一年になりました。

今思えば明らかに11月1日を境にワタシという人間に新しい変化が起きていました。

自分で自分の変化に気がつくというのは人生のなかでそう何度もあることではないと思うのですが、今この日記を書きながら確信しています。

「ワタシは変わりました」

もちろんそんな大きく変わったわけではありません。

今までよりも少しだけ強くなった自分がいることに気がついただけです。

いままでの人生の中で諦めようと思えば諦められること、辞めようと思えば辞められることは素直に諦め、辞めるのがワタシで、それがワタシらしさだと思っていました。でもどうしても諦められない、辞められないものを持ったことによって自分の中に「芯」というか「核」みたいなものができ、それがゆるぎない強さとなってワタシの背中を力強く押してくれている気がします。

なんというか自分でもうまく表現できないのですが気持ちが心の奥でマグマのようにいつもグツグツと煮えたぎっている、そんな感じなのです。

2006年が果たしてどんな年になるのか、子供と一緒に成長する自分を楽しみに見守りたいと思います。

 

11

 

11月26日

気がつくともう12月。子育てにもそろそろ慣れてきて、なんとかなりそうだなぁと感じ始めている今日この頃。先日、申請していた子供の出生証明書がカナダの保険局から届きました。これが何を意味するかというと、「子供はカナダで生まれ、カナダ国籍を取得する権利がある」ということです。そしてバンクーバーの日本領事館にも日本の出生届を出してきました。この申請用紙には次のような文章が入っています。

「国籍の取得を留保する」

これはつまり「日本国籍の両親から生まれた子供だけれどもカナダで生まれたために将来はカナダ国籍を取得する可能性がある。ついては日本国籍の取得は最終的にどちらかの国籍を選ぶまでは留保する。」ということです。

日本領事館によると子供は22歳の誕生日を迎える前までにどちらかの国籍を選ばなければないそうです。それまでは日本国籍とカナダ国籍の両方を持ちつづけることになります。カナダは二重国籍を認めていますので、同じく二重国籍を認めている中国の人たちなどは二つの国籍を同時に持ち、二つのパスポートを持っていたりします。しかし日本は認めていないため、カナダの方針に関係なく、どちらかに決めなければいけないわけです。ですからこういった事態は日本ならではなのでしょう。

彼女はしばらくの間Japanese Canadian(日系カナダ人)としてカナダで暮らしていくことになります。これが彼女の人生にどのような影響を与えるのかはワタシにもまったくわかりません。でも、結果としていい人生に繋がってくれることを願っています。

 

11月13日

11月1日の出産日から取っていたワタシの休暇がそろそろ終わります。子供が予定日どおり生まれてくれたおかげでキッチリ2週間子供と過ごすことができ、まさに“育児休暇”ってことになりました。

皆さんからいただいたメールの中に「子育てを楽しむ」という言葉がたくさん入っていました。ワタシ自身、「子育てを楽しむ」などという表現をいままで聞いたことがなかったのですが、実際にまったくの「真っ白」の状態で生まれてくる赤ん坊を自分達の手で育てるというのは実は楽しいことだなぁと気がついたわけです。しんどい時もあるけど楽しい、実感しています。

そしてもう一つ気がついたこと。それは「子育ては夫婦の共同作業」ということ。

よく結婚式でケーキカットをする時に「新郎新婦のはじめての共同作業です!」なんていう決まり文句がありますよね。「あんなもん共同作業じゃねえよ」なんて若い頃はよく馬鹿にして笑っていたものですが、子育ては本物の共同作業です。というよりも二人で分業したり助け合ってやっていかないとできないんです。

結婚して4年ちょっとですが、今回初めて「夫婦の共同作業」をしている気分になりました。

 

11月05日

ワタシもいよいよ父親というものになってしまいました。

子供の誕生後はそのまま病院に滞在したわけですが、毎日3時間おきに起きて子供に母乳や粉ミルクなどを飲ませなければならず、しかもその間にもいろいろとやることがあったり、ぐずる赤ん坊が気になったりで全然寝ることができません。

話には聞いていたものの、やっぱりこれは大変だぞと納得しました。でも分娩室で出産に立会い、子供が出てくるその緊迫感と迫力と感動に飲み込まれている今はそれもあまり苦になりません。

ただただ子供に健康に育って欲しい、無事に大きくなって欲しいという純粋な願いだけです。

だけどいつか子供が生意気な口を利くようになって親をバカにするようになった時のために今からヤツの弱点となりそうな写真をたくさん撮っておこうと思います。(全然純粋じゃない)

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10

 

10月30日

現在日曜日の夜7時半。今もなんとなく落ち着かない気持ちでこの日記を書いています。

火曜日の11月1日が予定日なんですが、「いつ出てきても全くおかしくないし、なんとなく出てきそうな気もする」という感覚で向かえたこの週末。まったくもって奇妙で落ち着かない、ハラハラする2日間でした。特に今朝は妻が「“おしるし”らしきものがあった」というので心も頭も完全に出産モードになってしまい、匿名希望の妻が「あっ」とか「痛いっ」とか口走るたびにドキッとして身構えてしまうのですよ。

このまま何も起こらなければ明日は普段どおりに仕事に行くことになるのでしょうが、これで仕事になるかどうか心配だなぁ…。

でもあんまり今から力が入っていると生まれたら大変なことになりそうなので少しリラックスしなければいけないですね。

 

10月23日

妻の妊娠の発覚以来、少しずつ時間が過ぎていっていることを実感しているところです。

まだまだだいぶ先の話だと思っていたことが少しずつ近づいてきていて、気がつくとすぐ目の前にある。もちろんこれは人生全般に当たり前のようにあることですけどね。

日本にいる家族と電話で話している時はもう10年近くカナダに住んでいてもすぐに昔の実家に住んでいた時の感覚に戻ることができるし、学生時代の友達と会えばバカばかりやっていた当時の気持ちにすぐ帰ることができる。

だけど確実に時間は過ぎている。

そう思うと今を一生懸命に生きなければいけないなぁと改めて思います。

何かの映画で見たセリフで、「もし心の中が空っぽだったら、どれだけ頭の中がつまっていても役に立たない」っていうのがあったけど、知識とか情報に踊らされることなく、自分の気持ちと意思で堂々と生きていきたいものです。

 

10月16日

非常に勝手で自己中心的な考えなのですが、我が子の予定日は今年のNBAの開幕日なんですよ。まさにワタシにとってはエキサイティングな1日になりそうだ!と勝手にウキウキしております。

でも子供は無理に予定日どおりに生まれる必要もないんでお好きなときに出てきていただきたい、できるだけおとなしく、そしてまたスムーズにスマートに誕生していただきたいと考えているわけですね。

メジャーリーグやアメフト、ホッケーなどがそれぞれ盛り上がっている時期なので、バスケットのほうも試合中継をテレビでやってくれるかどうかもわからないんです。

まぁそのように考えていくと11月1日はさほどエキサイティングでもなく、静かに過ぎていくかもしれない。たんたんとしたいつもと同じ、「人生の中のとある一日」である可能性も高いわけです。というかこの日は火曜日なんで本当に「平日」なんですよね。

「外は雨、仕事を終えて帰ったらスポーツ中継はすでに終了。子供はまだ出てくる気配はなく、奥さんはまだ昼寝していた」なんてことになったりして。

 

10月07日

いよいよ37週目に突入しちゃうなぁ。なんといっても「臨月」!もういつ生まれてもおかしくないという状態なので若干の緊張感が我が家を包んでおります。

いつ来るかわからない緊急事態に備えつつも、自分が父親になるということにまだ現実味がわかないし、じゃぁいざ生まれてきたらどうやって世話すりゃいいんだかわかんねー、どうやってオムツ替えるんだ?何食うんだ?えーっとそもそも何をやればいいんだ?などといろいろな心配が時折頭の中をぐーるぐるしてるわけです。

現在の自分の心境というのは非常にうまく表現しにくいですね。

エキサイティングなんだけど、とても心配もしていて、にもかかわらずワクワクしている。

生まれたら生まれたでまた新たなエキサイティングと心配とワクワクが待ってると思うんで、これはこれで楽しんでおきます。

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9月25日

今週末は何にもせずボーッとして過ごした。

ソファに寝転がりチップスをつまみながら本を読んだり、スポーツを見たり、子供の名前を考えたり…。

テレビでは「Half Ton Man(体重0.5トンの男)」という番組がやっていた。世界一太っている人のダイエットの記録だ。

いろんなことを考える有意義な一日もあれば、何も考えずにボケーッとしているうちに過ぎてしまう一日もある。

今日は間違いなく後者だ。

頭に浮かんだことといえば「前回風邪を引いたのはいつだったか?」とか「カレーとご飯を分ける人はいるが、スパゲティとミートソースを分ける人はいるか?」とかそんなしょうもないことだけだった。

ふと気がつけば11時。もう寝る時間だ。

 

9月18日

近ごろ我が匿名希望の妻は家の中でも外でも突然に「痛っ!」と叫ぶことが多くなりました。どうやら子供がお腹の中でやたらとどこかを蹴っ飛ばすようです。「腹の中に生き物がいて自分の内臓を蹴る」というこの事実だけを考えると、これがもしも自分の子供でなかったらまさにエイリアンか!?と恐れおののくところです。

我が家には畳2畳分くらいの英語でDen(デン)と呼ばれる小さな部屋(というかスペース)があります。数週間前まではコンピューターデスクがまさにデン!と置いてありワタシの遊び場として使っていたのですが、今はもうCrib(クリブ)と呼ばれるベビーベッドが置かれ子供用品に埋め尽くされた子供空間と化しています。

ワタシが気軽に衣類を放り投げていたクローゼットも今は整理され、新しく購入したタンスの中に子供の衣類と共に納められています。

日々入ってくる先輩からは「夜泣きで寝られないぞ」とか、「遊ぶ時間もお金も無くなるぞ」「育児と家事の手伝いをしないと夫婦ケンカになるぞ」などなどと脅されまくっており、実は我が子は「腹の中で内臓を蹴る」くらいではすまないような本物のエイリアンなのかもしれないと恐れおののいている今日この頃です。

 

9月10日

ワタシもいままで何度か「人生の分かれ道」というものを前にしていくつかの選択をしてここまで来ました。もちろんその答えが正しかったのかどうかはもはや引き返して違う道を選びなおすことのできない今となっては知るすべはありません。ただその時その時にベストだと思うほうを自分で選び進んできただけです。

誰しもがより良く生きたいと思っているし、思うような自分になりたいと願ってその日を送っています。ただ、それはその人一人の力によって成し遂げられるようなものではなく、様々な周囲の環境や偶然、時には他人の気まぐれなどによって大きく左右されてしまうこともあるのです。

ワタシは自身の過去の経験からも「いつか転機は必ずくるもの」と思うようにしています。

「自分の選んだ道を正しいと信じて前向きに生きていくこと、そして誤ったと思ったら引き返すことを恐れないこと、迷った時は人の言葉に耳を傾けること」

ワタシなりにいつも肝に銘じていることです。

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8月27日

ダメおやじ宣言(まだちょっと早いけど)

親兄弟に囲まれ遊ぶこと以外は何も考えずに生きていた少年時代から、親離れして友達とばかりつるんではバカなことばかりしていた学生時代、そして若さに任せてあっちにふらふらこっちにふらふらしていた青年期を過ぎ、徐々に中堅から中年への道を突っ走り始めているにも関わらずまだ大人になりきれない自分のような人間が人の親になっていいものなんでしょうか。

きっとワタシは子供のおやつを食べてしまうでしょう。

ヒゲの伸びた顔で頬擦りしてしまったり、寝かしつける前に横で自分が先に寝てしまったりもするでしょう。

子供のおこずかいをちょろまかし、「子供のため」といいながら自分の好きなものを買ってしまうに違いありません。

チャンネル争いでもスポーツ番組だけは譲るつもりはありませんし、一緒にスポーツをやっても「わざと負けてあげる」なんてことはしません。

もしかすると「大人のジュース」などと言って子供にビールを飲ませてしまうかもしれません。

ウチにあまりさわやかとはいえないようなオジサン軍団の友達を呼んで嫌がられることもあるかも。

「遊園地に行きたい」とねだられてもハイキングに連れて行き大泣きされることは目に見えています。

こんなお父さんです。どうぞよろしく。

 

8月22日

名付け。これほど難しいとは思っていませんでした。

妊娠が発覚した当初はあまり現実味もないままにああでもないこうでもないと気楽に考えていたのですが、月を経るにしたがって徐々にリアルになってきて今では字画が良いやら悪いやら音の響きがどうの、カナダ人受けするのかどうかとか日々頭を悩ませております。

周囲のあらゆる環境にマッチしてそれでいて無理がなく、人々の心に深く残るような名前…。

カナダで子供が生まれた場合、名前のつけ方には大まかに3通りあります。一つは完全な英語名“キャサリン”などを思いっきりつけてしまう正統派。二つめは日本語の漢字をあてながらも響きを英語風にして“ハナ(花)”とか“エミリ(絵実理)”などとつける折衷派。三つ目は英語名と日本名をそれぞれ別々にしてミドルネームにする二刀流。例えば“山田スティーブ太郎”みたいになるわけです。

さあどれにするか。

個人的には「日本名を英語名に似せる」というのはあまり好きではありません。日本名にはそれ相応の親の思いや意味ある漢字を使いたいので、そこに「英語っぽい響き」などというふにゃけた条件が加わるのはその名前を一生使うことになる子供にも迷惑な話です。

 

8月14日

ワタシは5人兄弟の3男坊として育ったんですが、出生率が低くなった近年の日本では同じように5人の兄弟がいる人に会ったことがないんです。自分の中では5人兄弟と両親の7人家族というのはとても巨大家族の部類に入るのだと信じ込んでいた時期もありましたね。まぁもちろん世の中にはもっともっと子沢山の家庭があることは知ってましたが…。

最近は身重の妻を連れていると立ち話の話題も子供のことになることが多く、いろいろなカナダの人たちの話を聞けて楽しいことも多いです。

先日、旅先で話したおばあさんはなんと子供が10人!とてもお喋り好きで一番下のお子さん(33歳女性)と二人でドライブ旅行を楽しんでました。

まぁ10人も子供を産んですごい人もいるもんだなぁと話していた矢先、同じ日にある海岸で知り合った若い女性がまだ生まれたばかりらしい赤ちゃんを抱いていたので「「初めてのお子さんですか?」とそれとなく聞いたところ、帰ってきた返事は「11人目なのよ」。

目玉が飛び出そうなほどビックリしたっすよ。「11人!?」いったいどうやったらその若さでそんなに子供を生めるのか…。

やっと一人目が生まれようとしているだけでヒヤヒヤしている自分からすればそのパワーと勇気に敬服したしましたばい。

 

8月06日

先日ある仕事を通じて知り合った人たちに誘われてボランティアしてきました。

バンクーバーに住む日系のカナダ人が毎年開催しているパウエル祭というお祭りの手伝いでした。市内の警察や日系のさまざまな団体、日系だけに限らないお祭りに関わるあらゆる人たちが協力を惜しまずに働く様子はとても感銘を受けるものでした。

若かった頃はボランティアというと「困っている人を助ける活動」というような偏見を勝手にもっていたりもしましたが、ボランティアが生活に浸透しているカナダではそういう認識はあまり強くないという気がします。(もちろんそういったたぐいの活動もありますが)

子供の頃は地域のお祭りやイベントを誰が仕切っているのかとかどのように運営されているのかなど考えもしなかったけど、今思えばああいった活動はすべて地元の魚屋のおっちゃんや酒屋のにいちゃん(商売にしている的屋のあんちゃんは除く)などがボランティアとして活躍してくれたおかげなのだなぁと感慨深く思い出されてしまうわけです。

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7月16日

7月も半ばに入りやっと天気予報には晴れマークが目立つようになってきました。

過去数年は5月以降9月くらいまで暖かい日が続くことが多かったので今年はあまりよくないのかと思っていましたが、専門家によると「これが普通でいままでが異常だった」ということになるそうです。

30度までほとんど上がることのない気温に湿度の低いさわやかな気候が特徴のバンクーバーの夏は日も長いので運動するのにもってこいなのですが、この夏を本当に楽しむためには雨が多くじめじめした冬の間から体力作りを欠かさないことがとても大切なのです。

「なのです」なんて言ってますけど、最近自分も若干運動不足になりがちなのでちょっと反省してます。

 

7月14日

35歳になって2ヶ月ちょっとが経ったわけですが、なんとなく中途半端な年齢になったのだなぁとよく感じますね。もちろんそれは悪い意味ではないんですけど、相反する二人の人間が自分の中に存在していることを最近感じるんです。

自分自身を振り返ってみると、20代の頃の無鉄砲さやチャレンジ精神がなくなってきて少しずつ今あるものをさらに磨いていこうという感覚に近づいていっているように思うんです。でもそれと同時に自分のためにならないもの、必要でないと思われるものを自動的に自分の視野からカットしていくという動きもでてきてしまうので、他人の意見を聞くとか新しいやり方を試してみるとか、いままでにない何かを見つけようと努力するという感覚が失われていってるように感じるわけです。

つまり創造性を失うかわりに蓄積したものを応用するという方向に思考が働いているということだと思うのですが、たぶんこれは今の自分の社会的な立場がそれを必要としているのでしょう。

まだ自分には蓄積も足りないので蓄積しながら応用することになっちゃいますが、創造性も忘れずに磨かなくちゃ。

 

7月10日

床屋さんに行って、さっぱりしてきました。ここのところ仕事が忙しかった上に気分的にもテンションが上がらず困っていたんです。やっぱり髪が伸びてダラッとしていると気持ちも今ひとつ締まらないので気分転換に床屋は最適ですね。

匿名希望の妻のお腹も突き出し具合が徐々に鋭さを増してきており、周囲からは「これは典型的な「男腹」ではないかと言われ始めています。どうやら「女腹」というものも存在するらしいのですが科学的な根拠や統計学的な根拠はまったくないらしく、あくまでも周囲の人たちの経験からくる言い伝えによるもののようです。本当のところはどうなのかまったくもって分かりません。

子供の名前を考えようと真剣にいろいろ調べた時期もありましたが、なんだかそれにも飽きてしまい最近は「どうしようかなぁ」とつぶやくばかり。

生まれてくる子供に説明できるようにちゃんと考えなくてはと思うのですが、調べれば調べるほど近年の子供の名前はまったく新しい感性で名付けられているようで、自分には到底イメージできる種類のものではなくなっております。

いやはやどうなることか…。

 

7月03日

昨年の7月に引っ越してからというもの、以前はよく散歩に行っていたスタンレーパークもそうちょくちょくは立ち寄れない距離になってしまって正直ちょっと寂しい気持ちがしています。海に囲まれて日当たりの良い海岸があり、周囲は遊歩道になっていて休憩のできるベンチや木陰も豊富、休日のひと時を過ごすのにこれほど最適な環境はないんです。

天気の悪かった5月6月が過ぎ、7月最初の日曜日が見事に晴れてくれたので久しぶりに行ってきました。

バーナビーはもちろん静かでノンビリ過ごすにはとても良い環境ですが、やっぱり近くに海があるというのはこれまたいいなぁと実感したのでした。

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6月25日

おかげさまでこのホームページも3年目に突入。更新頻度は落ちつつも、なんだかんだいいながら何とか続いております。今後も変わらずさしたる変わった趣向も、特殊な仕掛けもないまま、たんたんとやっていきます。今まで何度も書いてますが、あくまでも基本は「気が向いた時に来てみたら、まだ更新していたのね!」です。こつこつと積み上げていきたいと思っています。こういうことは思い立った時にはじめて粘り強く続けていかないとね。なんと言っても年輪ですから。

そういえば小学校の担任の先生が教室に貼っていたなぁ「継続は力なり」。今となって考えると非常に重みがありますね。今の自分があるのは今までの自分の生きてきた結果で、積み重ねなんですから。自分がやってきたこと、やっていること、これからやろうとしていることが将来の自分の力になると考えるときちんとしないといけないなぁ、鼻なんかほじってボーッとしててはいけないなぁと思います。

 

6月18日

いやぁ最近仕事が忙しくってシンドイなぁ。8月になったら落ち着くのでもうちょっと頑張ろう。

今年は天気がやたらと悪く、1週間の半分以上は曇りか雨という天気がずっと続いてる。個人的には今年は奥さんが妊娠中ということもあり、あんまりアウトドアに出ないのであまり悔しくはないものの、やっぱり晴れないと気分はよくないね。

逆にモーレツに忙しい平日の午前中とかがきれいに晴れ上がっていたりするとムカついてしょうがない。「週末に晴れろ!」と心の中でつぶやいて見るものの、実は出勤前に家のテレビで週末がずっと雨になるという予報を見てきているのでムカつき具合が倍増したりする。

こういう時は近ごろ我が家で大流行のTV番組「サバイバーマン」を見るに限る。

カナダ出身の30代くらいの男性が冬の雪山とか灼熱の岩山、ジャングルの密林というようなエリアに一人で入り、すぐれたアウトドアの技術と知識で規定の7日間を生き延びるというドキュメンタリータッチだけど、どことなく遊び心のある番組なんですよ。

彼が使うさまざまな創造性あふれる技術と工夫は見ている人たちに参考になるようなものでこれまた毎回新鮮な驚きに満ちていて自分もサバイバルしている気分になるんです。

彼自身のキャラもなんかおかしいんだよね。なぜか彼はいつも複数のカメラを持ち歩いて自分を写しているのでアングルもまるで一人で写したとは思えないくらい見ていて飽きない。「山の山頂付近を登る自分」を写すために、カメラを上向きのアングルで置いたまま山頂まで登り、またカメラを取りに降りてくる。ただその画面を取りたいためだけにこんなことをする。しかもそういうシーンが写るのは番組中のわずかほんの数秒。いったい何のためにサバイバルしているのか?と単純に意味不明になったりする。

でもそれがこの番組をいっそう面白くしてくれるのだから不思議だ。 http://www.exn.ca/OneWeek/ 

 

6月11日

最近家の中でクラシック音楽を聴く機会が多くなった。もちろん胎教やらなんやらで子供のためにいいらしいという理由からだったんだけど、ところがどっこいこれがまた自分にとっても非常にいいリラックスになってる。

特にお気に入りは「G線上のアリア」。これが“音楽の父”バッハの作曲だったこともしらなかったけど、近ごろは通勤中の電車の中でつい口ずさんでしまうほど頭の中に染み付いている。

聞いて見ると名前は知らなくてもメロディーは知ってるという曲が意外にたくさんあるのに驚いた。

何十年も何百年も人々に愛されるような音楽を作り出した人たちというのはやはり偉大だ。その辺のポップだかピップだか同じような曲を垂れ流し的に売り出している輩とは訳が違う。

時代が変わり、世代が移り変わっていって、新人類がオジサンになるときが来ても必ずどこかで世代を超えて共感できるものがあるといいなぁと願いつつ今日の日記はおしまい。

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5月29日

10月30日。順調に行けばワタシの血を受け継ぐ(ちょっと古い表現ですが)子供が生まれてくる日です。

人生何が起きるかわからないことは百も承知です。その日までどうぞ皆様暖かく見守っていてください。今まさに我が家は巣の中で卵を懸命に温めている鶏の気分なのです。見事子供が殻を破って出てきた時には“コケコッコー”とでも鳴いてみたい気分になるでしょう。

あさっては我が母ヨシコさんの誕生日。

今さらながらにワタシを生んでくれたことに感謝したいと思います。

命の営みとはかくも尊いものなのかと35歳にしてしみじみとかみしめているところです。

 

5月22日

ワタシがバンクーバーに引っ越してきてから5月といえばさわやかな初夏というイメージだったけど、どうも今年は様子が違うらしいです。やたらと雨が降る、しかもそんなに強くないシトシト雨や空は晴れているのに降ってくるお天気雨といったきまぐれなヤツ。昨年までならこの季節はお弁当を持ってハーバーへ行って水上飛行機の着水を眺めつつ昼食というのが定番だったけど、なかなかそのタイミングを見つけられずにいるのです。

でもそのおかげでここ数年州内の森林に大きな被害を与えてきた山火事の恐れがなくなり、真夏の時期の水不足も心配なさそうだということになるとこの雨もあながち悪者にするわけにもいかないんです。

先日思い立って一気にたんすから冬モノを一掃してしまい夏モードに入ったばかりなのに、結局は「やっぱりまだ寒いなぁ」とかいいながら奥からトレーナーなどを引っ張ってくるハメになっています。

衣替えのタイミングというのは人類永遠のテーマです。

 

5月07日

いよいよワタシの大好きな5月がやってきましたよ。5月っていうのはバンクーバーの季節としてはベストではないかと勝手に決めているのです。

どんなものでも「始まり」が一番美しいって思わないですか?

季節の始まり、恋の始まり、一日の始まり、人生の始まり…。おぉっそういえば5月はワタシの誕生月ではないかっ!?

というわけで5月は素晴らしい月のナンバーワンということになりました。

先日我が家はここ数年の念願であったベッドを買いまして、昨日それがバラバラのパーツで配達されてきたんです。(バラバラで来るところが高級感がなくて庶民的でいい)これはつまり購入者、つまりワタシが自力で組み立てろということなんですね。

そこでさっそく今朝寝癖の頭もそのままに孤軍奮闘してくみ上げたわけです。

やっぱり新しい物はいい。誰がなんと言ってもいい。これで今月の我が家の家計が火の車になってもいい。

何か欲しい物を手に入れたときのワタシの口癖は「これでおれはもう当分何もなくても生きていける」。その数ヵ月後にはまた別のなにかが欲しくなっているのに…。

そんなわけで本日はこれまで。

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4月16日

「スーパーナニー(乳母)」という番組を時々みるんだけど結構面白い。

ようするにJOさんという子供の扱いに関してはベテランの乳母さんが子育てに悩む若い家庭にヘルプとして入り、親の言うことをまったく聞かない小さな子供たちをしつけながら、その親に子供への対し方やしつけ方などを教え、去る時にはその家庭は見違えるように和気あいあいとした家族になっているというお話。

これを見ていると子供というのは親の示す態度やしつけ方で簡単に扱いやすくなってしまうように思えるから面白い。

怒るだけでなく、何が悪いことなのか、悪いことをしたらどうなるのかを明確に示し、良いことをしたらしっかりと誉めることによって子供はしつけられるのではなく導かれるように「家族のルール」にはまっていく。

これは子供だけでなく大人でも充分に通用する方法なのではないかと思ったりしてしまう。

JOさん、仕事が「乳母」なんてもったいないくらいだ!

 

4月02日

また今年も夏時間の季節がやってきました。

4月の第1日曜日の午前2時に時計の針が1時間進むんです。

春にこれをやるとまぁ単純な話、朝の6時に起床する人は翌日の朝1時間得することになるわけです。(もちろんそのかわり秋に10月最後の日曜日には1時間損することになるんですけど)

この日を過ぎると本当に1日が長くなります。昨日7時に沈んでいた夕陽が今日からは8時に沈むんですから!

まぁなんにしてもこれは日本の樺太くらい北にあるおかげで夏の日照時間が非常に長いカナダだからできることなのかもしれません。

この伸びた日中の時間を仕事の後何につかうかは本人の自由。

去年の夏はアウトドアをテーマに過ごしましたが、今年は何にしようか現在考え中です。

 

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3月26日

さてさて、現在は4連休の真っ只中。イースターという祝日については昨年の今ごろにもちょっとこの欄で書いています。(バンクナンバー2004年4月10日をご覧ください)

まぁこれに関しては特に分かりにくいことは何もありません。ただキリストさんがグッドフライデーと呼ばれる金曜日に処刑されて、イースターと呼ばれる日曜日に生き返ったのを記念しているというだけのことです。

普通ならば「3月の第三金曜日」とかいうようにカレンダーで簡単にその日を探し出せるはずですが、このイースターはそうはいきません。「春分の日を過ぎた直後の満月から最初の日曜日」がイースター、そして「その3日前がグッドフライデー」なんだそうです。

どうしてなのか?…ワタシにはわかりません。

こういうことは考えてはいけないのです。カナダ生まれの人たちに聞いたところで「だってそうなんだもん」という返事しか返ってこないのです。

 

3月24日

気がついたらなんとほぼ1ヶ月近くも更新していなかった。

日常っていうのは本当にぼぉっとしてたら過ぎていってしまうものなんだなぁとつくづく思います。日々過ごしていく中で「あっこのこと日記に書こう」なんて思うことが良くあるんだけど、実際にこうしてPCの前に座って何を書こうかと考えると意外と何にも思い浮かばないもんなんですね。

なるべく教養あふれるものを書こうと努力してはいるんですが、なにぶんそういった素養には恵まれなかったようです。

なんだかやたらと眠くなってきました。

今夜はもう寝ます。おやすみなさい。

カチ。(電気を消す音)

 

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2月27日

大学時代の友人と久しぶりに会いました。

会ってみてつくづく思うのは「昔からの自分のことを知っている人」、「利害関係なく話ができる人」というのはいかに大切かということでした。

待ち合わせ場所に少し早めに着いて、自分が知っているはずの、でももう10年も会っていない、もしかすると見た目もかなり変わっているかもしれない友達を探すというのはスリルに満ちていて、それでいてワクワクする宝探しゲームをしている気分でした。

誰しも日常の仕事とか生活の中では疲れていたり、つらいことがあったりしてそりゃあんまり楽しいことはないわけです。

でも10年っていうブランクを飛び越えてもすぐに昔の自分を思いださせてくれて、バカな話に花を咲かせることのできる友達というのは新しく作ることはできないんです。やっぱり常に連絡をとったりしてお互いに大切に暖めていかないといけないものなんだなぁと痛感しました。

正直なところいままでの自分はそういった点をまだよく分かっていなかったと思います。友達への連絡もせず、ふらふらと勝手気ままに過ごし、今までの人間関係を大切にしようという意識もあまりありませんでした。

10年ぶりに会った友達にこれはいけないことだぞ!と改めて認識させてもらいました。

そんな友達にもこの「かなだらいふ」を通じて交流していければうれしいですね。

 

2月23日

小学生の頃によく遊んだ近所の杉山神社や神社公園、はげ山と呼ばれた山林や空き地などを少し散歩してみた。

どれもこれも自分にとっては宝の山のような思い出深い場所ばかり。服をどろどろに汚し、転げ回るようにして遊んだ頃のことを思い出した。

学校帰りの小学生がワタシをみて「こんにちは」と挨拶をしながら走り去っていく。ふと見ると、通学路に沿うようにして壁には「あいさつ運動展開中」という小学生の絵を添えた自治会のポスターが貼ってあった。

こういう私的な風景というのは兄弟などを除けばそう簡単には人と共有できるものではない。

学生の頃に読んだ司馬遼太郎の「草原の記」という本のことを思い出した。人々が草原に暮らすモンゴルという国に憧れた頃のことだ。

その本の中で「360度草原のこの国ではどのように自分の場所を知るのか」という疑問に司馬遼太郎は「うねるような草原の形や空の色、風のにおいなどのごく一部を極めて私的な感覚や瞬間として捕らえる」のではないかと結論づけていた。

もしもこれが本当なら恐れ入る。なぜなら自分がその念願の草原を訪れ、周囲になんの障害物もないただひたすら草原一色の中に足を踏み入れた時、帰り道を見失わないことに必死でそんなことを考える余裕もなかったからだ。

だけど今日自分が生まれ育った場所を歩いた時に気づいた。ここでいう「極めて私的な感覚、瞬間」というのは本当に感覚や一瞬という意味ではなく、長い年月をかけて刷り込まれた写真のネガのようなものなのだと。

 

2月20日

休暇としては本当に久しぶりに日本にきました。いままでは仕事で来ることが多かったので、実家に顔を出したり、親戚や友達とのんびり会ったりするような余裕もないことが多かったのですが、今回はゆっくりと楽しめそうです。

雲の上を飛んでいた飛行機がゆっくりと高度を下げ、真っ白なケムリの中にもぐりこんだかと思うと、次第にもやもやとした中から地上の街並みがうっすらと見えてくる…。あの瞬間がなによりも好きですね。なんだか筋斗雲にでも乗っているような気持ちになるんですよ。

いったん地上に降りてしまうと、やっぱりペースの速さとか時間の正確さ、あまり愛想のない人たち(一部おばさんを除く)や奇抜な服装の若者に目を奪われてしまい、無意識のうちにやたらときょろきょろしてしまう自分を見つけるわけです。

ワタシなりの視点でわが故郷を見直してみようと思っています。

 

2月12日

今年の冬はプロアイスホッケーリーグNHLがストライキでまったく試合が行われないという異常事態になってるんですが、このストライキの直接の原因となっている「サラリーキャップ(チームの年棒総額を固定する制度)の導入」という問題、個人的にはとてもビミョウな気持ちで見守っているのです。

というのも、北米に限らず日本でも選手の年棒の上がり具合というのは恐ろしいものがあり、3億、5億は当たり前というくらいの記事がスポーツ欄を賑わしています。でも選手寿命も短く、その後の生活の保障もない選手からすればもらえるものはいくらでも欲しいと思うのはごく当然のことだと思います。

でも経営者側としてはもちろんそんなにお金を払いたくないわけで、現在メジャーリーグやバスケットボールのNBA、アメリカンフットボールのNFLそれぞれですでに導入されているサラリーキャップをホッケーリーグにも適用したいということなんです。

1個人としてこの問題をみるとNBA好きな私としてはサラリーキャップ=1チームが選手の獲得に使えるお金が制限されるということになり、まぁ言ってみれば各チームの力が均等になりやすい傾向があるということが言えます。それに誰にたくさんお金をつぎ込むか、どんなチームを作るのかというのは完全にそのチームの戦略によって決められていくので見ているほうも面白いという面があります。

しかしながら、このルールをそのまま普通の企業に当てはめるとなんともいえない状況が見えてきます。

会社の経営者は利益を生み出す能力のある社員にはたくさんの給料を支払い、その他大勢のワタシのような社員にはスズメの涙しか配分されないということになります。まぁいわゆる超能力主義になってしまうわけですね。これはツライ!しかも給与の総額が決まっているわけですから、誰かの給与が上がると必然的に他の社員の給与が下がっちゃうんです。これはかなり社内の雰囲気が悪くなるはずです。

うーん…。この制度は本当にいいのか悪いのか、自分でも判断を下しかねているところです。

 

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1月

1月30日

最近いささか活力の減退を感じているんです。なんというか粘りがないというか、モノゴトを楽観的に見られないというか…、「どうせこんなもんだろう」みたいな気持ちをすぐにもってしまうんですよ。

だからどんなことでもやることが中途半端になっちゃうし、自分も楽しめないから余計なストレスもたまる。

生活全般がこんな感じなんでどうしたもんかと困っています。

気分転換にスポーツするとかドライブに行くとかいろいろと出来ることはあるんでしょうけど、こう毎日毎日雨ばかり降られた日にゃぁスポーツもドライブも楽しくなんかありゃしない。かといってTVスポーツ観戦以外には家の中で楽しめることもたいしてないし…。

こんな状態はいったい何が原因で起こってるのか自分でもよくわからんのですが、やっぱり天気が一番ではないかと思うんです。

天気が悪いというのは先週も書いてますが、まったくもってイライラします。だって2週間も3週間もほとんど一日中晴れてる日がないんですから。もう少しの辛抱すれば4月になって毎日イヤッていうほど晴れる日が来るのは分かってるんです。分かってるんですが待ちきれない。

この焦りが自分を粘りのない情けない男にしているのではないかと思うわけです。

うーん、しかし自分が情けない男であることを天気だけのせいにしていて良いのだろうか。

 

1月23日

年が明けて以来本当に連日雪か雨が降りつづけている。朝起きて窓のブラインドを開けては「また雨かよぉ!」と叫んではどんよりと低くたれこめた雲に向かって悪態をついてみるが、ちらっとも青空がのぞく気配はない。

ワタシは猛烈にこのイライラ感をどこかに発散したくなり、リビングにポツンと置いてある埃をかぶった鉄アレイを両手にし、「ふんはっ!、ふんはっ!」と振り回してみるもののそんな自分によけいに腹が立ってきたりする。

しかたがないので台所の冷蔵庫を開け空腹を癒すことでこんな気持ちを鎮めようとする。賞味期限ギリギリとなった牛乳をコップになみなみと注ぎ「ンゴック、ンゴック、プハー」と一気に飲み干す。

これはなかなか良かった。若干晴れ晴れとした気持ちをさらに高めようとテレビをつけてみた。もしかしたらなにか自分を気分爽快にさせてくれるスポーツがやっているかもしれない。映し出されたのは天気予報だった。

「今週末、さらには来週もこのままはっきりしない天気が続くでしょう…」

もう何も言うことはなかった。ワタシはただひたすらテレビのチャンネルを変えながら味付きピーナッツを食べつづけた。

(私小説風)

 

1月16日

日本ではよく「出る杭は打たれる」と言われます。まぁあんまり目立ちすぎたり、独占的になりすぎるとバランス感覚というものが働いて周囲から攻撃を受けやすくなるというような使われ方をします。しかしながら、北米の人たちは非常に自立心や自尊心が強い(又はそうなるように教育されている)のでバランス感覚などというもの自体をあまり持っていないような気がします。

つまり「自分が先に出ないと他の人に打たれる」というか「杭が出ることはいいことだ」という認識のほうが強いんですね。だからみんな我先にと杭をぐいぐい出します。自分の意見を積極的に言うし、自分を攻撃してくるような意見には真っ向から反撃する、自分の意見を簡単には曲げずにその正当性を最後まで主張するなど…。

そんな中で生きていくと知らず知らずのうちに日本で言う頑固者になってしまうんですよ。他人の意見を聞かなかったり、自分の意見を聞かない人を敵対視したり。ワタシも気がつかないうちにそういう風な感覚に陥ってしまいがちです。

でもそれは単なるいじけた人間のやることなのです。本当は「自分の意見を説明する義務を怠らないこと」や「最後まで議論することで本当の意味での合意を導き出す努力をすること」が大切なのであるということにだんだん気がついてくるわけです。

でも根っからの日本人であるワタシにはそういう北米の文化に完全になじむにはもうちょっと時間が必要かもしれません。

 

1月11日

なんと気がつけばもう11日!1月がすでに3分の1も過ぎてしまっている!ということでお恥ずかしながら新年からの更新がなんだかんだと滞ってしまいました。

昨年から今年にかけての年末は友人のお宅にお呼ばれして夜遅くまでお酒を飲みながら「紅白歌合戦」を見るという暴挙に出てしまいました。早寝が身上の私が久しぶりに夜中まで起きていたために、明けた新年3が日はせっかく週末と元旦がかさなって三連休になったのにダラダラとした寝正月になってしまいました。

そんな正月からもう10日が過ぎ、あの時に見た紅白歌合戦の中で記憶にあるのは「ギター侍」という若い男性の威勢のいい「紅白歌合戦、赤が勝とうが白が勝とうが全然関心ありませんから!」というネタのみ…。

あれには笑った。

さて、今年の目標はみなさんたてましたか?発表してもいいという方は掲示板にでも投稿してみてください。

正直言いましてワタシはまだ何も考えていません。

ギター侍のように「タブーに挑戦する」なんていうのはどうでしょうか。

 

 

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