第6話   カルマの解消
前回私は、「自由の女神」だの「エンパイヤーステートビル」の話を書いたが、
実はこんなことは私の中では他愛もない話でしかない。
旅日記を書き始めて、友達から「なぜ”サマディー”をオープンしたのか?あちこち旅して何を見て、
どう感じたのか?それがどうサマディーにつながっていくのか?を書いて欲しい」と言われた。
「エンパイヤーステートビル」の上から、ニューヨークの夜景を見ても魂が揺さぶられるほどの衝撃が
あるわけではない。
夢が一つ実現できたという自信にはなるだろう。感動もするだろう。
しかし海外に行かなくても、心が何かを獲得する出来事は、日常の中に潜んでいるように思われる。
そしてニューヨークで最も私の心深くに染み込んだ出来事は、こんな一日から始まった。
まず「タカホ駅」から「セントラル駅」への切符を買う際、小銭がたくさんあったのでそれで購入すること
にした。しかし10セントと50セントを間違えて、大量に50セントだけで切符を買ってしまった。
係の人にも「間違ってない?」と確認したが、私の顔を見てうなずいただけだった。
自分のミスに気が付いたのは、電車の中でだった。
そういえば係員が、”二ヤッと!”した気がした。誰でも悔しく、嫌な思いをするだろう。
そして「セントラル駅」で地下鉄を乗り換え、中華街へ向かう電車の中で、若い黒人浮浪者?が、
大声で騒ぎ出した。
私は突然のことでビビッてしまった。周りの空気も一瞬で豹変した。
「寄付をくれ!」と空き缶を差し出し回った。
私には無視をするしか方法はなく、早く立ち去ってくれることを子供を抱きながら祈るしかなかった。
しかし、勇気ある2,3人の小銭によって騒ぎは収まった。
そして中華街で食事をした際、伝票にチップが含めてあるにも関わらず、定員さんに2重にチップを
払ってしまった。これも店を出た後に気づいた。
2,3時間、中華街で遊んだ後、帰りの地下鉄入口を間違えたと思い、あちこちうろちょろしたが、
結局は元の入口まで戻る結果となってしまった。
そして乗るべき電車が来たのに、私達は乗り過ごしてしまった。
そうこうしてやっと乗り込んだ電車で、その偶然は起こった。
行きの電車で出会った若い黒人男性が、また騒ぎ出したのである。
こんな時よく感じる”空間のよじれ”みたいな、一瞬何が起こったのか分からなくなる状態になった。
ニューヨークにも東京と同じように縦横無尽に地下鉄は通っている。
この若者は地下鉄の中で、小銭を稼いでいるのだろう。
しかし、全く同じ電車に、それも同じ車両に乗り合わせるとは、単なる偶然とは思えない。
ましてや、私達は何本も電車を乗り過ごしていた。
小銭を差し出せば騒ぎは収まるのに、これが単なる偶然ではないことは分かっていたのに、
私は動くことが出来なかった。
この私の勇気のなさは、この後ずっと自分にささやき続けた。
そして、夕食後の会計でも私は計算ミスをおかし、多めの精算をしてしまった。
私はこの日一日を振り返り、ある”こと”が頭をよぎった。
縁のある人々に出会い、お金を少々分け与えることによって、”カルマの解消”が行われた気がした。
少なくとも電車で出会った若者には、それをせねばならなかった。
そう感じた一日であった。
その私の中に深く刻まれた後悔は、インドでの行為に反映されていくことになる。
瞬間、瞬間の判断には、取り返しのつかない瞬間も隠れている。
そのチャンスを逃さぬよう、恐怖で判断ミスしないよう、勇気を持って瞬間を生きたいものだ。
一つ書き加えたいが、精算でのミスと行動出来なかったミスは、全く別物、正反対であると思われる。
12/6