第7話   ボルダー到着
今度はニューヨークからデンバー空港に向かった。
デンバー空港に着いたのは、夜の12時を回っていた。
なんとここでもニューヨークの空港に着いた時と同じ展開になったのだ。
娘がまたもやの「おしっこ」攻撃の為、みんなについて行けずに路頭に迷ってしまったのだ。
しかし今回は荷物は受け取っていたのだが、乗るべきシャトルバスの場所が分からなかった。
私達の飛行機は最終便だったのか、人々の姿がどんどん少なくなっていく。
その後バス停は分かったのだが、今度はあまりにも広すぎてボルダー行きのバスが分からない。
誰もが帰路を急ぐあまり、声を掛ける隙すら与えてくれない。
大きなスーツケースと子供を抱きかかえていては、身動きも制限されていた。
私は荷物と妻と子供を残し、探し回ることにした。
もうすでにたくさんのバスが出発していたので、”間に合ってくれ!”と祈るしかなかった。
すると遠くに「Bouldar」(ボルダー)の文字をペイントしているバスを発見した。
しかしそれは、動き始めようとしていた。
猛ダッシュでバスに追い着くと、車体をバンバンと叩き、緊急停車させる事に成功した。
降りてきた運転手に、ボルダーに行きたい事を訴え、そしてスーツケースと家族が向こうで
待っているので、もうちょっと待って欲しい、と伝えた。
するとほぼ同年代と思われるその彼は、ニッコリと微笑み、快く承諾してくれた。
でも、何故なんだろう?
いつもこうやって助けてくれる人は、何故か初めて会った気がしない。
おまけに心から親しみが溢れてくる。 ありがたい・・・・・。
バスに乗ってから、私はゾッとしてしまった。
デンバー空港というのは、町からかなり離れた場所にポツンとある。
また帰国する時に、分かった事なんだが、空港から最も近いホテルまで、タクシーで30分以上
かかるということである。
もし、この時ボルダー行きのバスに乗り遅れてしまっていたら、
私達は1時間以上かけて、タクシーでボルダーまで行くか、
近くのホテルまで連れていってもらうしかなかったはずである。
どちらにしろ、莫大な出費、また何よりもすっごい不安、恐怖が私を襲ったことだろう。
目的地に着いた私は、荷物を降ろしてくれた彼に、10ドルのチップを渡した。
すると彼は、「多すぎる」と返そうとしたが、
私は、「You helped me. very very thank you.」と知ってる単語を並べ、心から感謝した。
すると彼もニッコリと笑い、「ボルダーで楽しい時を過ごしてね。」と握手して別れた。
もちろんお金ではないが、10ドルでは安過ぎるほどの洗礼を、温かい何かを受け取った。
さすが噂に聞く”世界一ニューエイジャーの多い町”だ。
町明かりからでも、お洒落な街並みである事が分かる。
とうとうやって来たぞ、ボルダー! 温かい町だ。 いきなり気に入ってしまった。
そして最後の詰めであるパンタさんへの連絡だ。
日本とハワイでの電話以来、連絡は取れてなかったので、ドキドキしたが、
この日は無事に、パンタ豪邸で眠ることが出来た。 やった〜〜〜〜!
こ、こ、これが「アメリカン・ドリーム」か・・・・・・・。すごい!
次回、私が感じた「アメリカン・ドリーム」を述べる事にしよう・・・・。
2001/1/11