17話   怒り
「インドってどんなとこ?」と質問されたら、私はいつもこう答えている。

「最初は、脳みそをぐちゃぐちゃにさせられるね。」と思い出し笑いでもしながら答えている。

「そして人間に会えるね。」と今度は真摯な面持ちに変わり、感慨深い私となっている。
今でも軽い気持ちで乗り込めるほど、私にとって、インドは軽くない。

あるガイドブックに、真にうまくこれを表現している一節をみつけた。

  『インド。それは人間の森。
  木に触れないで森をぬけることができないように、
  人に出会わずにインドを旅することはできない。
  インドにはこういう喩えがある。
  ”深い森を歩く人がいるとしよう。
  その人が、木々のざわめきを、小鳥の語らいを心楽しく聞き、
  まわりの自然に溶け込んだように自由に歩き回れば、そこで幸福な1日を過ごすだろう。
  だがその人が、たとえば毒蛇に出会うことばかり恐れ、
  歩きながら不安と憎しみの気持ちをまわりにふりまけば,
  それが蛇を刺激して呼び寄せる結果となり、
  まさに恐れていたように毒蛇に噛まれることになる。”

  インドを旅するあなたが見るものは、天国だろうか地獄だろうか?

  インドはあなたに呼びかけている。
  さあ、いらっしゃい!私は実はあなたなのだ。』と。
これを読むたび、深くうなずく私がいる。
出会う人、出来事全てが私の心をそのままに、グロテスクに反映してくる。
それはまさに、見たくないものを見せつけてくる鏡のようだ。
もちろん日本にもそんな鏡はあるのだが、インドはあまりにもダイレクトであり、残酷だ。
隠すことのできない感情を必要以上に突付いてきて、炙り出してくる。
目をつむっても、そむけても、それは容赦なく映し出す。
ありのままの自分の姿を受け入れるまで、その鏡は、汚いのもばかりを映し出してくる。
私のインドの大半は、怒り狂う日々が占めていた。

何がそんなに怒らせる。と思えるほど、私の頭は事あるごとにオーバーヒートをしていた。

それは、坐禅の翌日だった。
台所の浄水器が壊れていて、水が出なくなっていた。
修理の電話をしようと思ったら、日曜日でお休み。
翌日、電話をすると「明日3時」という返答。
ところが翌日は来ない。“今日は忙しかったに違いない。”と相手を弁護し、
プラスに考えられたが、次の日も来ず、ぶち切れる。
電話で怒鳴り散らし、再び「明日3時」で約束を取りつける。
次の日、5分遅れて帰宅。
すると、「3時まで待っていましたが、いませんので帰ります。」という張り紙。
インドでも予定より早く来る?と苦笑い。
ちょいと反省しながら、電話する。また「明日3時」で約束する。
次の日は、昼からずーと待っていたが来ない。次の日も来ない。
堪忍袋もぶち切れ、電話で怒鳴る。相手も怒り出す。
英語でわーわー言っている自分にも苛立ち、日本語に切り換え、
声がかれるほどわめき散らし、受話器を叩きつける。
頭の蒸気でお湯が沸く、とはこういう状態を言うのだろう。
翌日、バツが悪そうに修理屋はやってくた。
一所懸命修理しているのに、むっつり顔の私。
帰りにチップが欲しそうに訴えているが、“誰がやるか!”と追い帰す。
(この人は、何も悪くないのに・・・。今だからごめんなさい。笑)
お陰で、綺麗な水が出始めたのに・・・。
時は同じ頃。
借りていたバイクが動かなくなる。1kmほど押してバイク屋に持っていく。
頭上にはサンサンと太陽が照りつけ汗びっしょり。
だが夕方には直り、胸を撫で下ろす。
ところが、2日後にまた突然止まる。
怒り頂点に、バイクを放ったらかしに、バイク屋・バルーを探す。
怒りをぶつけるが、ニコニコ聞いてるだけ。それがなお、怒りを加速させる。
翌日、アパートにバイクを届けてくれるも、にらみを効かし、カギを受け取るだけの私。
それが、5度は続いた。
もうどこに怒りをぶつければいいのか、頭がパンク状態。
さらには、妻がそのバイクで横転し、あちこち擦り剥いて帰宅した。
妻もバイクも傷だらけ。
またもや修理。私の心も傷だらけ?。
その時の事故で、バイクの燃料のメーターが壊れてしまい、
何度となく、ガス欠でエンストの悲劇にも見舞われ、怒る気力さえ失っていく。
故障するたび、私はバルーのアパートの下で、怒鳴り散らしていた。
「バルー、出てこーい!バルー、どこだー!!この野郎〜!!」
人目など気にする心の余裕さえなかった。
「クレイジー・ジャパニ」と陰で笑われていたに違いない。間違いない。(笑)

話によると、インドでは新品のバイクを修理に出すと、

故障した部分は良くなっているが、他の部分は全部、中古の部品と換えられているらしい。
そのお陰で、一度修理に出すと、次から次にお世話にならざるを得なくなる。恐るべしインド。
さらにだ。時は同じ頃。

音楽が聞きたくて、CDラジカセを5,000ルピー(約13,000円)をいう高額で購入する。

ところがそれが2週間足らずで、壊れてしまった。
しょうがなく修理に出したが、なかなか直らない。
急かしても、急かしてもラジカセは修理できず、結局戻ってくるのに2ヶ月かかった。
おまけに直っていなかった。
部品が無いのだという。
その部品だけでも2万円はすると聞いて、CDはあきらめた。(テープは聞けた。)
そして帰国前日、元の持ち主へ1,000ルピー(約2,600円)で売買(バイバイ)した。
よくもま〜と感心するほど、私の怒りは炙り出された気がする。
こんなもんではない。さらに、さらにジャブの連打で、鋭い縫い針で私の怒りは突付かれ続けた。
リキシャとのバトル。物を買うときのバトル。食いもんでのバトル。
考えただけでも無尽蔵に出てくる。
怒りとは、自分の中の常識との戦いだったのかもしれない。
それを縁あるインド人たちによって、引き出されていただけなのだ。
解決方法は、ただ吐き出し、捨てていくだけ。
そしてガチガチだった脳みそは柔らかくなっていったような気がする。
今となってみれば、怒り狂った出来事ほど、ただただ笑うしかない。(爆笑)(*≧m≦)
2003/6/17
(左)借りていたバイク
よく買い物に行っていたコンビニ(何でも屋)の前で・・・。
写っているのは、バルーではないよ。(笑)
バルーとも一緒に写ったはずだが、写真はなかった。超残念。
またいつか会いに行けたらいいな〜♪
このバイクに家族3人またがり(子供は真ん中)、
ヘルメットも着けずに、インドの風をきっていた。
写真の後ろの店のおやじとも何度喧嘩したことか・・・。
全て今では最高の思い出。ありがとう〜!