第19話   ミスティック・ローズ(U)
感情的な構造として、笑いの層の下に蓄積させた悲しみの層がある、と言われている。
そして平行して表裏一体に、怒りが大事に?保管されている。
満たされなかった愛、報われなかった思い、裏切られた出来事等が、
悲しみの記録として残っているのかもしれない。
また、怒りとは、攻撃的な悲しみの表現とも言われている。
そして、この悲しみの浄化に最も効果的なのが、「泣くこと」であり、
それを容易にするために、前週の笑いの一週間があったとも言える。
子供が笑い過ぎた後には、訳もなく泣き出すというのは、
この感情のメカニズム所以ではなかろうか。
そして、泣きの週は始まった。
笑いと違い、深く暗い闇の中へ、自ら下りていかねばならなかった。
あまりの辛さに、心をふさぎたくなるのだろう、突然睡魔が襲ってくる。
だが、泣きながらも、さらに深く埋没していく。
一日目、二日目、私は「死」について思い、涙した。
志半ばで死んでいった人々の無念さ、悲しみを思い泣き、
今まで出会った人々との今生の別れを思い出し泣いた。
辛かったであろう。悲しかったであろう。無念だったであろう。
自分の悲しみなのか、死に人たちの思いに共鳴し、泣いたのかは分からない。
その中でも特に、半年前に病床で死に逝く義母の姿を思い出し、
またその側らで、母の最期を看取る妻の姿を思い出すと、涙が止まらなかった。
父に続き、母までも亡くし、絶望の淵に立たされた妻の本当の悲しみを、
その義母のこの世への未練を、私がいくら考えても、到底理解できるはずもなかったが、
私は声を張り上げ泣いていた。
そんな三日目の朝だった。
妻が突然こんな話をし始めた。
「夕べね。お母さんが夢に現れたの。
生きている時には全く分かり合えなかったのに、
昨日は、お母さんが”ありがとう”とニコニコしていたの。
何故だかわかんないけど、初めてお母さんと分かり合えた気がした。
夢の中だったんだけどね。。。。」と言って、嬉しそうだった。
サイレント中(誰とも話してはいけない沈黙期間)の私は、
ただ静かに聞いて、「良かったね。」と一言だけ言った。
単なる偶然ではない。何かが起こったのだ。
この時は、半信半疑だったのだが、これが五日目には確信に変わった。
と、その前に、こんな話をしたい。
妻には一つの特技?がある。
夢の中で、両親に会えるという特技が。
無性に会いたくなったら、夢の中に出てきてくれるという。
偶然かもしれないけどね???
だが、もう8年ほど前の話になるだろうか。
ある明け方、朝4時前だったと記憶している。
突然、妻に起こされた。
見ると、震えていた。泣いていた。怖い夢を見たらしい。。。
「津波がくる。大きな大きな津波で、たくさんの人が死んでいく。恐いよ〜。恐いよ〜。」
と言って、なお震えながら、泣いていた。
「大丈夫だ。ただの夢だよ。もう大丈夫だ。」
と言って、抱きしめ、もう一度眠りについた。
ところが、朝起きてテレビをつけた私が、震えた。
時は平成7年1月17日。そうそれは、「阪神大震災」の明朝の出来事であった。
2003/7/4