第20話   ミスティック・ローズ(V)
この泣きの週では、泣こうとせずとも涙に明け暮れていた。
3日目から、なぜだか「子供」のことで涙した。
それもたった一つのキーワード「いい子でいなさい。」が引き金であった。
私が言った一言ではなく、その日の朝に私の耳に届いたこの言葉だけで、
その後の3日間は涙が止まらなかった。
3日目のグループ中、突然「いい子でいなさい。」という言葉が、頭の中で鳴り響き始めた。
そして、分からず屋の娘と格闘している自分の姿がイメージとして、浮かび上がってきた。
「親の言うことを聞きなさい。いい子でいなさい。」と子供を押さえつけようとしている。
しかし、言うことを聞かず、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった私は、
15階位の建物の屋上から、子供を放り投げてしまった。
その瞬間、2人の動きが止まった。私も子供も「あっ!」と我に返ったが時すでに遅し。
お互い目が合うが、どうすればいいか分からない。
私の体は硬直し、全てが終わってしまった瞬間であることを感じている。
そのまま子供は、「助けて〜。いい子でいるから助けて〜。お父さ〜〜〜ん。助けて〜〜。」
小さくなって落ちていく声と共に、暗闇に包まれた。
強烈なイメージだった。
私は声を張り上げ泣いた。
「ごめんね。ごめんね。・・・・・いい子でいなくてもいいから。。。。ごめんね。」
全てが終わった。。。。。
こんな信じられないようなイメージは、何十回と、これでもか、これでもかと
私に映し出されてきた。
現実でないのは分かっていても、あまりにも生々しかった。
その度、声を張り上げ、恐怖に打ち震え、絶望の淵で泣き叫んだ。
時には、落ちていく子供を助けようと、自分も一緒に落ちていくイメージも浮かんできた。
落ちていく恐怖、地面に叩きつけられる想像を絶する痛み。
どこまでがイメージなのか?私は硬直し、震えていた。
ここ数年、幼児虐待や信じられないような子供殺害のニュースが取り沙汰されている。
しかし、事件発覚後、ほとんどの容疑者の素顔は、ごく平凡な普通の人の場合が多い。
誰の中にも、身の毛のよだつほどの狂気が隠されているのかもしれない。
たまたま運悪く容疑者の現実世界に、その狂気が顔を出してきただけなのかもしれない。
彼らを責める前に、それぞれが自分の心の中を覗いてみることの方が、
はるかに大切なような気がしている。
さらに私の恐怖は続いた。
イメージの世界で、娘は10歳になっていた。
舞台は、インドで借りていたアパート(4階建て)の屋上。
10歳になった娘は、突然「もういい子でいるのは疲れたよ。」と言い残すと、
屋上の塀に足をかけると、そのまま自ら飛び降りた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
私は何もすることが出来ず、その場に立ちすくみ、泣き崩れた。
絶望。孤独。脱力。空白。放心。悲しみ。寂しさ。せつなさ。憤り。落胆。。。。。。
これらのイメージは、一日限りの悪夢で終わることなく、3日間色あせることなく、
その度ごとに強烈に私を恐怖のどん底まで導き続けた。
それはまるで、死んでも殺されても風が吹けば生き返り、
血の池地獄、針の山を歩き進まなくてはならない地獄絵のようであった。
私の目は、誰にも見られたくないほど赤く腫れ上がった。
「いい子でいなさい。」という言葉の持つ本当の悲しみ。
その子が、そのままでいることを許してくれない重圧。
誰もが心の中に想像できないほど、いや思い出したくないほどの悲しみを隠し続け、
その人がその人であることを表現できずに生きている。
私の場合、たまたま「いい子でいなさい」という言葉が引き金になっただけで、
悲しみの感情を吐き出すシチュエーションは、実は何でも良かったのだと思っている。
話はそれで終わらない。
5日目が終わり、子供を迎えに行き、抱きかかえて歩いていると、
突然、娘が「落とさないでね。」と言った。
”えっ?俺落としたことないのに、何を言い出すんだろう?”と不思議に思った。
その後も、もう一度娘はそう言った。訳分からなかった。
そして、夕方アパートの階段を娘を抱きかかえながら登る途中だった。
”そういえば、今日もよく泣けたな〜”とあの時のイメージが浮かんだその瞬間!
「落とさないでね。」
・・・・・・・・・・・・私の体は再び硬直し、全てを理解した。。。。。
そして娘を抱きしめながら、止めることなど不可能なほどの悲しみと涙が噴き出した。
娘は”どうしたの?大丈夫だよ。”とでも言っているように見つめていた。
自分の奥深くに眠る闇。それは無意識層深くに潜んでいる。
夢を見たのに、朝目覚めたら、忘れてしまったということがよくある。
これは、無意識層を覗いていたから。
私が、最初”ピン”とこなかったのは、それほど深い闇だったからだと思われる。
2003/7/9
PS.悲しみを吐き出すためには、映画なんかも役立つ。
悲しみの感情を「涙」で放出してやればいい。
人それぞれに、感動の度合いが違うだろうが、
私的にお勧めは、(ちょいと恥ずかしいが・・・・m(j◇j)m )
「ステラ」「今を生きる」(クライマックスにぐらぐらくるね)
「A・I」(後味が悪く、あまりにもせつなすぎるが、そこにたくさん訴えてくるものがあった)
見たら、意見でも聞かせてちょ!(^∇^)