第21話   再びサマディーへ
その時は、やってきた。
あの時のショックから、すでに2ヶ月は過ぎていた。
私は精一杯やってきた。
そして、再びサマディーを訪れた。
ミスティック・ローズの三週目は、サマディーでの瞑想であった。
「一週目の笑い、二週目の泣きは、この週のための準備運動にすぎない。」
と和尚は言っている。
何?あんなに過酷だったのに・・・あれが準備運動ぉ〜?
わ〜どうなるんだ、これから〜? ふぅ〜〜〜。
ま〜私は目の前の仕事をコツコツとやるしかなかった。
ただやるだけ!先のことなど考えられようか。
私は誰よりも早くサマディーに入室し、戦闘態勢に入った。
すでに外界へと向かう意識をシャットアウトしたはずだったが、
次に入室してきたリビヤを見て、目が点になった。
彼女は、スペインから来ていて、笑いの週では共に笑い合った。
あまり笑い過ぎて、彼女は鼻水が垂れ、拭かずに垂れていくその鼻水が、
汚いやら可笑しいやらで私は笑い転げ、
彼女自身も、そんな滑稽な自分の姿がますます可笑しいやらで、
二時間以上は笑いが止まらなかった。
その間、リビヤの鼻水は、鼻と床をつなぎっぱなしだった。
そんな彼女が、三週目が始まるこの日、ばっさり髪を切って来ていた。
元々短めだった髪は、とてつもなく短くなり、
ツルツル、ピカピカに剃りあがっていた。
あ然としている私に、彼女は軽くウィンクした。
並々ならぬ決意で望んでいるのだろう。
いやそれは彼女だけではない。
これに参加しているみんなが、同じ気持ちなはずだ。
私は、”やるな!”という思いを含み、頭をゆっくり横に振った。
そして、お互い微笑み、アイコンタクトで確認が済むと、
再び次なる準備に取りかかった。
そしてみんなが揃うと、和尚のテープが流れ、
三週目の瞑想についての説明が始まった。
「丘の上の観照者」となる瞑想であった。
呼吸を観つめるヴィパサナ瞑想でもなく、マントラを心の中で唱える瞑想でもない。
少しずつマインド(心)から自分を離し、
「遠くの丘から自分を眺める」といった瞑想だった。
そして、チベタンベルの音と共に、瞑想が始まる。
ドッグレースの犬が、今すぐ飛び出したいと、
スタートの合図を今か、今かと待を焦がれ、落ち着きがないように
私はこの音を待ち望んだ。
チ〜〜〜〜〜〜〜ン・・・・・・・・・・・・
この音を聞くやいなや、私は猛烈に飛び出し、一気に深海を目指した。
それはイルカのように、いやクジラが一息で一気に数千メートルもの深海を
目指すがごとく、ぐんぐん加速をつけ、深く深くへ見たこともない深さへと突き進んだ。
まだ深く・・・・・・・まだ深く。。。。。。。。。。。。
まだ行ける。まだ深く。。。。。。。。。。。深く・・・・・・・・・・深く。。。。。。。。。
静かだ・・・・・・・・・・・。あまりにも静かだ・・・・・・・・・・・・・・・。
気持ちがいい〜・・・・・・・・・・・・・・・・。
おかしい・・・・・・・。こんなに深いのに苦しくない・・・・・・・・・・・。
それより呼吸をしているのか?・・・・・・・・していない?
それすら分からない・・・・・・・・・・・・・・・。
姿勢も全く苦しくない・・・・・・・・・・・・・。
というより、体の感覚すらない・・・・・・・・・・・・・・。
静かだ・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
チ〜〜〜〜〜〜〜〜ン・・・・・・・・・・・・・・・・・。
遠くにそんな音が聞こえた。
えっ?もう終わり・・・・・?
今のは5分間だけの、デモンストレーション?
それならそうと、初めに言ってくれなきゃ〜・・・・・・。
せっかく、めちゃくちゃ気持ち良かったのに〜・・・・・。
まったく〜〜〜〜〜。。。。。。
ゆっくり、ゆっくり浮上してきた私は驚いた。
すでに45分が経過していた。
だがこの感覚は、この一回限りではなかった。
この後の瞑想でも、いやこの週一週間ずっとそうだった。
言葉では、なかなか言い表せないが、ただただ静かだった。何もなかった。
一、二週目がかなりハードであり、それが準備運動と言われていただけに、
あっけないオチで終わりそうだが、別に何も無かった。ただそれだけだ。
元々何も無いのだから、何も無かった。それで良かったのだろう。
・・・・・・・・・・・「」。。。。。。。。。。。
だが、このミスティック・ローズで私は、革新的な気づきがあった。
インドで学んだ大きな2つ、とも言える。
それは、マインド(心と普通訳されるが、私は頭と訳したい)は、
実は私ではないということ。
あ〜だこ〜だと分析し、悪魔のささやき、天使のつぶやきかは分からないが、
普段誰の心の中でも、色々言ってくる手に負えない奴のことである。
誰かとけんかした時、また悩んでいる時なんかうるさいほど勝手にしゃべりまくり、
他人はもちろん、自分すらも攻撃してくるとんでもない奴のことである。
誰もが自分の声と思い、疑っていないだろうが、
実は自分のそのものの声ではないということ。
それと、何事に対しても「ジャッジ(判断、分析)するな!」ということ。
これもマインドの声を、ジャッジするな、ともつながるのだが、
『マインドに振りまわされるな。』
『ジャッジするな!』は、
私にとって大きな学びであった。
7/12