第22話   笑わせんなよ、ビノー
先日、インドの写真を整理していて、出てきたビノーの写真を見て、
何故だか噴き出してしまった。
そして、このタイトル名が浮かんだ。
ビノーとは、私たちのアパートの掃除、洗濯などをしてくれたお手伝いさんの名前である。
私たちが、そのアパートに入居する前まで、この部屋のオーナーに雇われていたのだが、
私たちは、「いらない。」と断っていた。
だが、1ヶ月もすると、清掃、洗濯もめんどくさくなってきて、
また部屋のオーナーにしつこく「彼も仕事がないと大変だから・・・」と口説かれ続け、
しょうがなくお願いすることにした。
インドの人々は、ほんとによく働く。
1年365日に休みの日ってあるの?
日曜日って何?という感覚ではなかろうか。
時々私が「明日は、日曜日だから休んでもいいよ。」と言っても彼はやってきた。
たぶん、休んだ分だけ、給料が差し引かれると思っていたのか。
それだけではなく、休みがもらえるという感覚自体分からないようであった。
1ヶ月の給料、800ルピー(約2,100円)で契約。
これで部屋中の掃除、3人分の洗濯、皿洗いをしてくれた。
私なら1日、この値段でも働くたくなかった。
”自分がしたくないことを、よくも他人にさせれるね。”と突っ込まれそうだが、
これが日本とインドの経済格差であり、
これでバランスが取れているんだろうから、従うしかあるまい。(単なる言い訳)笑。
それでも私は前のオーナーの倍の給料を払っていたみたいだし、
帰る頃には、さらに100ルピーの上乗せ要求にも応じるお人よしでもあった。
さて、そのビノーの話に戻るのだが、
休んでもいいと、言っても休まないのに、よくずる休みをしていた。
「インド人、嘘つかない」ばりのバレバレの嘘で・・・。
突然、2日間ほど来なくなる。
すると3日目に電話が掛かってくる。
「マドラスのおばさんが亡くなって、葬式に行ってきた」とか言う。
マドラスと言えば、プーナからかなりの距離がある。
ましてや、そんなところにおばさんなんかいたのか?
それよりお金もないのに、マドラスまでどうやって行くんだ?と疑っていると、
次の日、せきこんで、熱っぽい顔をして、やってきた。
どうやら風邪で寝込んでいたようである。
だが、本人はマドラスに行っていたと言い張る。
この手口のずる休みが、3度あった。(笑)
インド人も、働きすぎると体調を壊すのである。
ちなみに、ビノーは朝6時から夜8時まで働いていた。
空いた時間に我が家の掃除に来てくれていた。
数日後、頼んでもいないのに、「今日、暇だったから晩飯を作っといたよ。」と
豪華?な食事を並べていた。
ずる休みの埋め合わせなのか、”おっ!気が利くね〜!”と思ったら、
ちゃっかり300ルピー(約800円)を請求された。
どう見ても材料費は、100ルピー以下だったので、半額に値切ってやった。
苦い顔をしていたが、あやつは、腹の底では、笑っていたに違いない。
その後も懲りずに、この手口で3度ばかし小遣い稼ぎを企ててきた。
そしてその3度目に、「もう余計な仕事はしなくていい。」と印籠を渡してやった。
しょんぼりした顔はしていたが、腹の底では何を思っていたのか。
私は同情する気持ちも沸いてこず、今度は何を企んでいる?とニヤニヤしてしまった。
また、私たちが必要でなくなったものは、何でも持って帰った。
ある時、蚊取りマットを買ったが、あまりにも臭いがきつく、
喉が痛くなったので、ゴミ箱に捨てていたら、
目ざとく彼が見つけて、「これもらっていいか?」と持って帰った。
翌日、「どうだった?」と聞くと、「ヘビー(強烈)だったよ。」と目を真ん丸くした。
インド人にも強烈なものが、私たちに使えるはずはなかった。(笑)
だが、帰国する時、自分たちが使っていた蚊帳、毛布、大きなバケツ等
生活用品を彼にあげたら、部屋のオーナーに全部没収された。
私が「それは彼にあげたものです。」と言っても、「彼らには必要ない。」と
相手にもされず、ビノーも何も言えずにうつむいていた。
インドに歴然とあるカースト制と呼ばれる身分制度。
日本人の私には、理解しがたい悲しい制度の現実を見せられた。(涙。。。。。)
帰国直前には、ビノー家へ招待された。
入りくんだ路地の中に家はあり、珍しい来客に近所の子供たちまで集まってきて、
周辺は大騒ぎになった。
家の中は、6畳ほどの広さにキッチンがあり、
残りのスペースで家族6人寝るということだった。
折笠ならないと、寝れないんじゃないの〜?と思えた。
ドアがないので、蚊はブンブン、うじゃうじゃ飛び回っている。
こんな場所で寝れるなんて、忍耐というゲームがあったら、
日本人はコテンパンに負けることだろう。
カメラを持っていたので、近所の子供たちも何枚も撮ってやった。
カメラというものも初めて見たようだった。
「俺にはこんな友達もいるんだよ。」と、ビノーは誇らしげだった。
数日後、写真を現像し、子供たちに写真を配った。
「自分たちの写真。」
これからの人生で、彼らはもう一度写真に収まることがあるだろうか。
一生の宝物になってくれることだろう。
いや、私にも最高の宝物となった。
・・・・・・ビノーを始め、出会った子供たちに感謝!ありがとう〜!
どの子が、この家の子?
自分の家という敷居もないみたいだった。
こやつが、ビノーです。(笑)
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