第8話   最大の山
デリーから「和尚コミューン」があるといわれている”プーナ”には、飛行機で向かった。
帰国する時は、この全く同じルートを汽車で戻って来た。
プーナ〜デリー間の30時間の列車の旅が、インドを締めくくる最後の思い出になった。
ビザの切れる最終日にデリーを飛び立とうとするのに、1,2日遅れることも珍しくないこの国の列車を
よく最終手段に選んだものだと、今でも感心する。
一応、12時間の猶予はあったのだが、超予想外の予定通りの時刻にデリーに着いたのだった。(笑)
しかし、この列車の中で、私達はインドの最終試験を受けることになった。
私達の思い出の詰まったフィルムが入ったままカメラが盗まれたのだ。
ポイントごとの記録の詰まった36枚撮りのフィルム。おまけにほとんど撮り終えていたものだった。
帰国後、部屋を飾れそうな写真達であったのに・・・・・(x。x)゜゜゜
もちろん気づいた時はあせった。
「フィルムだけでも返してくれ!」という気持ちになった。
しかしここからが、インドを体験した最大の効果、成長であろう。
夫婦共々「しょうがね〜か、インドだもの。。。」で終わってしまったのである。
これでは最終試験でさえ”合格”であろう・・・・?(*^^)/
私は何も盗られないように、ほんと気は抜いていなかった。
特にカメラ、お金、貴重品についてはそうだった。
なのに、それなのに、それなのに・・・・である。
恨むどころか、逆にすげ〜な〜と感心してしまったほどである。
よりによって最後の最後に、最も貴重なお金では買えないものを盗んでくれたものだ。。。f(^_^;)
まったく〜〜〜〜(*^o^*)。
・・・・・・・・・・というわけで、インド編の外堀は埋められたように思う。
これからは真っ直ぐ進んでいけるであろう。(・・・・たぶんf(^_^;)。)
いよいよ中に攻め込んで行くわけだが、半年間の旅を振り返って、
プーナ空港到着直後のこの事件こそが、私自身にとっては最大の山だったように思われる。
別にトラブルに巻き込まれたとか、ハプニングが起こったわけではない。
傍から見れば、実は何も起こってはいない。
その証拠に、この事件?のことなど、妻は全く覚えていないのだから・・・・。
”最大の山”とは、自分が作り出す巨大な壁、「内なる戦い」にほかならない。
旅立ち前編・最終話でも書いたが、「内なる旅」を乗り越えたら、後は流れに乗って行っただけ・・・・・。
まさにその通りであり、自分の中に潜む巨大な壁、巨大な恐怖心を克服できたら、
後は流れに身を委ねると、そこにはたくさんの宝物が転がっている状態になるのだ。
ちょっと回りくどくなるかもしれないが、これこそがポイントであり、
私のインドの爆発点であるこの「何もない一点」を見て頂きたい。。。。
夕暮れ時、プーナ空港に降り立った。
「和尚コミューン」とやらを探すのは、明日以降にするとして、その日はホテルへと向かう為、
プリペードタクシーに乗り込んだ。
無愛想で、無口なおじさんは、窮屈で汚い車を走らせ始めた。
前日のデリーは真夜中だった為、インドの景色を初めて見た私の感想は、
「何もかもが傾いている。」である。
日本はどこを見ても、地球と垂直に建物は立っている。
それに慣れ親しんでいる私の目は、すごい違和感を感じていた。
おまけに目に映るもの何もかもが汚く、日本中探してもこんな汚い場所を見つける事は不可能であろう。
空港が近くにあるとはいえ、なんと貧しそうな町なんだろう。
そして、ふと、この人々から囲まれてしまったら、私は何も抵抗できずに身包み剥がされ、
無一文になるに違いない。・・・と急に怖くなってしまった。
なんと、なんと、この感覚がほんとの恐怖心を引き出してしまう現実を作ってしまったのだ。
それからしばらく走ると、気がつけば小さな町は通り過ぎ、全く何もない、車も通らない道を通っていた。
すると突然、おじさんは車を止め、エンジンを切り、何も言わず外に出てタバコを吹かし始めた。
陽は沈み、辺りは暗くなりつつあった。
「ここはどこなんだ。」私達は、狭い車内に閉じ込められたままだった。
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