| 第5話 空手道場 | |
| 玄関に”ストーンヘンジ”のポスターを張ってから数日後、私はある事に気づいた。 | |
| 私が通っている空手の道場にイギリスからきた女性”ハリー”がいることだった。 | |
| 今,イギリスに惹かれまくっている私にとって、なんだかうれしい”ひらめき”であった。 | |
| この道場には、国際交流として都城周辺で働いている外国人がたくさん来ていた。 | |
| 限られた滞在生活の中で、少しでも日本の文化を吸収しようとする彼らの姿は、私にとって | |
| 凄いプラスになった。 | |
| 私達日本人より過酷な労働条件の中、一所懸命働き、その上夜は道場に通い、休みの日は | |
| キャンプに出かけ、ロッククライミングに行き、パラグライダーをやり、地元で行われる外国人 | |
| だけで公演する劇の練習に明け暮れた。片足がないオーストラリアから来た”ダーク”なんか | |
| フルマラソンに参加し完走した。その後アメリカのミシシッピー川を単独カヌーで下った。 | |
| ワニは怖くないのか? | |
| どっからそんなエネルギーが沸いてくるのか不思議だったが、母国を離れ、知らない国で1人 | |
| で生きていく”ケタはずれの魂”を持った彼らであることを考えると、当然であるといえば当然で | |
| ある。私もそんな生き方をしたい!そう思ってくるのも当然である。 | |
| それまでの私は、社会人になり働いて、お金も貯めて、家庭を持って、家を建て幸せな人生を | |
| 歩んでいく、といったまさに型にはまった道を多少なりとも疑問ではあったが、それが人生だろ | |
| うと考えていた。しかし、彼らを見ていると有り余るエネルギーに圧倒され、羨ましくもあり、 | |
| 憧れさえも抱かせた。 | |
| でも、そんな彼らと知り合えたんだから、これも何かの縁であり、私にもそんなパワーがあるの | |
| ではないか?とさえ思えてきた。 | |
| そんな不思議な縁を感じさせる出来事があった。 | |
| 私の誕生日は、11月5日であるのだが、11月2日に、道場で練習後、ハリーの誕生会が突然 | |
| 始まった。3日後は、私の誕生日であることは、誰にも言わなかったが、 | |
| 心の中で「へー近いじゃん!」と思っていた。それだけであった。 | |
| ところが、11月4日に私は度肝を抜かれた!! | |
| 練習中に突然、道場の電気が消え、「ハッピーバースデイー、トゥーユー♪」という歌声とともに、 | |
| 20人程の外国人が乱入してきた。 | |
| 先生も苦笑いのまま練習をやめなければならなくなった。 | |
| 誰にも知らされていない乱入であった。日本人にはとてもマネできない行動である。 | |
| その日は、ニューヨークから来ている”ケン”の誕生日であった。ある高校の英語の先生として | |
| 7年前から都城に住んでいて、みんなの相談相手、世話係として、リーダー的存在であった。 | |
| それで、都城周辺の外国人が、ケンの誕生パーティーをする為に、手作りのケーキ、シャンパ | |
| ンを持って駆けつけたのであった。 | |
| 私はその行動力と仲間を祝福するといった文化というか、人生をほんと楽しんでいるといった | |
| 日本人が忘れ欠けている大事なものを見せつけられた。 | |
| また、この時も私は誰にも言わなかったが、次の日は私の誕生日であったので、不思議な縁 | |
| に操られて、私の誕生日の前夜祭として、たくさんの人が仲間が世界中から集まってきてくれ | |
| た、と勝手に解釈していた。 | |
| また忘れてならないのが、こんな展開になってもニコニコとしている平川先生の姿であった。 | |
| これが国際的な道場である所以であるのかもしれない。 | |
| この道場で黒帯になり、母国に帰り道場を開いた人も何人かいる。そんな絡みもあり、私の人 | |
| 生は見えない方向へと進んで行くのであるが、それはもちょっと先の話である。 | |
| 話はそれたが、それだけでは終わらなかった。 | |
| 忘年会の席で、「ハリーが、11月2日で、ケンが4日で、私の誕生日は5日だったんですよ。」と | |
| 話した。すると、目の前に座っていた前田さんが言った。「俺の娘は、11月3日だよ。」 | |
| 「・・・・・・・・・」 | |
| 8/13 | |