2002年 セリーグペナントレース
最終結果





     
勝数 敗数 引き分数 勝差
読売ジャイアンツ 86 52 2 優勝
ヤクルトスワローズ 74 62 4 11.0
中日ドラゴンズ 69 66 5 4.5
阪神タイガース 66 70 4 3.5
広島東洋カープ 64 72 4 2.0
横浜ベイスターズ 49 86 5 14.5
      




  振り返って
 周知のとおり、開幕直後は星野阪神フィーバー。阪神巨人で首位を争っていました。しかし、怪我人も多く出たのもあったでしょうが、夏ごろから阪神には勢いがなくなってきました。
 
 球宴前には最下位横浜が残り5チームの借金をほとんど全て背負い込むほどの低迷ぶり。今年からと気合を入れていたTBSからは森監督への文句ぶーぶーでした。
 
 逆に、球宴前には上位5球団の差がほとんどないということでした。ところが、それまで直接対決互角で闘っていた中日は対巨人戦9連敗という他球団ファンから非難ごーごーの低迷・・・。この頃には巨人が独走体制を固めつつあり、今年はもう・・・、とやや諦めかけていた時、アンチ巨人ファンの期待を一身に受け、ヤクルトが8月怒涛の11連勝で首位巨人に接近!
 
 しかし・・・、終盤になるとその連勝の勢いは消え、最後には遅まきながら段々と調子を上げていた中日に2位を脅かされるまでに凋落。もはや巨人を止めるものはなく、戦列を離れていた、よしのぶ・やくざ清原なども戻ってきて原巨人優勝!・・・・・・・

 ところが、M1で迎えた巨人−阪神戦。星野さんは簡単には優勝させてはくれませんでした。9回裏、河原が出てきてこれで終わるはずだったが、阪神濱中同点ホームラン!そして、延長戦でなんと巨人まさかのサヨナラ負け!!優勝の胴上げの前に「六甲おろし」が歌われるという、びみょーな展開。
 最後は中日福留に首位打者を取られて、松井の3冠もならず。でも優勝したんだからいいよなあ。

 やっぱちゃんと若手を使ったからな。例えば、長島さんなら清原が戦列を離れた時、江藤を上げるか、後藤を使うかしただろう。よしのぶが抜けたときも元木や川相とかを出しただろう。原さんは斉藤を5番におき3番に調子のいい阿部を用いた。河原を完全固定したのも大きかった。やっぱり、今まで優勝できなかったのは・・・。



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