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この日記は癌が転移している事が分かってから書き残した物です。

平成8年10月1日(火)
都民の日で三男は学校に行かない。少し遅く起きる。雨でジョギングができないので、お風呂とトイレの掃除をする。
昨日の言葉が気になるので、15分ばかり早く会社を出さしてもらい病院に行く。窓の方を向いているので、気が付かないようだ。
病棟付添いの人から、午前中は悪かったと聞く。
テレビがついているだけ、今までの悪い日よるも良いのだろうと思う。 今日は次男が遅い日と分かっているのか、帰って食事を作ってやれと言う。18時5分病院を出る。
窓際のかごの中に、テレビの宣伝で見た”紙オムツ”があったことが頭に浮かぶ。もうトイレの始末は、 自分ではできないことは理解できるが、何とも言えない可哀そうな気持ちになる。家にいればどうなっていたか考える。

平成8年10月2日(水)
もっと早く会社を出る予定が、昨日よりも遅くなってしまった。しかし、ずっと駆け足したので、病院には昨日よりも5分位遅いだけだった。
病室にはテレビがついていた。窓の方を向いているので、気が付かない。
どうも吐き気止めの薬を飲むと、眠くなるようだ。5分ほどで気がついた。次男が来たと言う。 三男はクラブ活動がないので早く帰っていると言ったようだ。久し振りに歯を磨くと言う。少しは気分が良いのだろうか。 アイスノンを取り替えて、18時過ぎ病院を出る。

平成8年10月3日(木)
今日は、入口の方を向いていた。テレビもついていた。しかし、昨日よりかなり悪いようだ。アイスノンを一個づつ取り替える。
病院の入口で、昔職場で一緒だったI氏に会う。また出会ってどうして病院にいるのか聞かれるのが、不安になる。 何もすることがないので、テレビを見てただ椅子に腰掛けているだけだ。がんセンターの資料では不安を取り除く為に、手や足をもっているとよいと書いてあったが、 両手を結んでいるので手を出すこともできず、じっとしているしか方法がない。
テッシュペーパーの新しいのを取り出して、台の上に置く。看護婦さんの巡回時間なので体温を計ると言うので出してやる。37度ちょっとあった。 看護婦さんがこないので、19時30分になったので帰る。
時間が遅いので、I氏には会わずに済んだが、彼のことだろうから、何かを感じたろう。しかし、まだ人に話す時ではないと考える。

平成8年10月4日(金)
金曜日は次男が夕食を作ってくれる日であるが、今日は遅くなると聞いていて、早く帰る予定であったが、調子が良いようなので19時までいる。
シーツに血の痕が二箇所あるのに気が付く。買ってきたテッシュペーパー(ネピア)は白いのが3箇しかなく、タンの色が分かりにくいと言うので、 2箇は持って帰ることにし、お母さんが持ってきてくれたお土産も食べられないと言うので持って帰る。

平成8年10月5日(土)
会社のソフトボール大会に出て、試合を終えたので病院に行く。14時30頃に着く。すごく元気だ。 T先生も安心していることがはっきり分かる。長男はいつ帰国するのかと聞かれる。今日、看護婦さんの 引き継ぎ時間にシーツを取り替えると言う。
佳子は、家の事を話してくれと言うが、何を話すれば良いか分からない。何も言う事はないと言ってしまったので怒ってしまった。 そのうえソフトボールで足が疲れているので、靴を脱ぐと汚いと文句を言う。そっと歩いているつもりが、足音が大きいと叱られる。
15時に次男が、銀座までわざわざ買いに行ったという、土瓶蒸しを持ってきたので帰る。
三男が学園祭に持ち出した、長男の部屋のテレビとビデオを見に行くと、接続せず放置してあり、長男が明日帰ってくるのに!と言いながら接続する。 画面が出ずイライラする一日であった。気を取り直してシチューを作る。

平成8年10月6日(日)
ソフトボールの影響が出ているが、ジョギングから始める。自動車の洗車と、廊下にワックスをかける予定であったができなかった。 それでも廊下の掃除と布団干しと扇風機の収納はできた。
京成電車の上野駅まで長男を車で迎えに行き、上野のメガネドラックで長男のメガネの修理を依頼し、二人で病院に行く。
昨日の元気に比べれば、少し悪いのではないかと思う。頭の毛が一部真っ白である。本人は気が着付いていないであろうが、気が付けば大変だと思う。
病棟付添いの人や、看護婦さんも、先生までもが、長男との面会を喜んでくれた。本当に嬉しいのは、佳子であろう。お土産のオルゴールを鳴らしてくれと言う。
長男と話をしている。自動車にお茶を入れてきたペットポトルを取りに行き、食堂で帰り用にお茶を詰めたりして二人だけにしてやる。
アイスノンを取り替え「飛行機の中で眠られなかったようだから、また明日来るよ」と言って帰る。
次男が寿司屋に行ってくれた。20時30分になってしまったが、四人で食事をする。オリンピックのTシャツをお土産にもらう。 アメリカでの自動車の話から”卵は縦方向の力に強いと言うヒントから軽自動車を作った”と言う話に進み実験となった。 長男がやっても割れなかった卵を三男が割ってしまい、居間の大掃除になってしまう。 三男は、親指と人差指がまっすぐでなかったと長男が言い出し、もう一回やろうとするので、次男が慌てて卵をビニールの袋に入れる。今度も割れてしまった。
田舎のお袋がよく、他人の飯を食べなければ一人前になれない、と言っていたことを思い出す。 長男がアメリカに行ってから何回か帰ってきたが、今回初めて死んだお袋の顔を思い出す。

平成8年10月7日(月)
ソフトボールの打ち上げで、19時を回ってしまった。家に電話すると誰も出ないので、病院に行くことにして会社を出る。 病院では長男がいて話をしていた。気持のせいか髪の毛の白いのは、消えているように見える。
長男と次男にかけてあるらしい、生命保険のことを長男の運転する帰りの車の中で知る。

平成8年10月8日(火)
今日から薬の何かを、半分にしたとのこと。吐き気がなくとっても良いと言う。次男が三男の剣道初段の試験の申込のことでチョと寄ったこと、 長男が彼女と来たことを話す。
今日は、一時間前に会社を出さしてもらっているので時刻は早いが、10分程度いただけで帰る。 テッシュペーパーはスコッティが一番柔らかいとのこと。明日、隣の薬屋で買うこととする。
スーパーで夕食の材料を買って帰ると、鍵を忘れたという三男が帰って来たので、もっといてやればよかったのにと思っていたが、 病院を早く出て正解だったと思う。

平成8年10月9日(水)
病院に行くと長男がいた。たった今来たところではあるが、状況が良くないと判断して二人で帰ることにする。 ソックスが不足したので、次男に新しい物を持ってきてもらったが、ゴムが強いので鋏で切り落としたところ、今度は抜けてしまうと言う。 古い靴下のゴムを切ってつけるしかないと思う。買ってきたテッシュペーパーをロッカーに入れる。
帰りに長男から、小倉医院から健康保険証について問い合わせがあったこと、高校時代のIさんという人から 会合の件で電話があったが、お母さんの具合が良くないので、聞かなかったと言うので、いつか確認すると答えた。

平成8年10月10日(木)祭日
朝久しぶりにゆっくりできた。アメリカでは食べられない物として、次男提案のおでんを大鍋いっぱい作ると昼になってしまった。 ベランダの足を支えるCチャンネルの錆が屋根に落ちない対策だけができた。
病院に着くと、今次男が帰ったとのこと。長男の都合で二人で出掛け、次男が車を家に持ち帰ったようだ。 長男一人で運転し、ここの駐車場に置いておけば、次男を煩わせず、俺が運転して帰れば済んだのにと反省する。
浣腸剤が効き過ぎて、看護婦さんを急に呼び出し、処置してもらう。これが済んだので帰宅。 長男の為に作ったおでんを、次男、三男と三人で食べる。

平成8年10月11日(金)
一日中曇り。会社を出る17時30分には、もう暗くなって外は良く見えない。傘は持って帰るが、降られずに済む。
病院に着くと、先生から「何でも食べてよい」と言われたと言う。駅に向かい寿司屋で一人前握ってもらう。 ご飯がしょっぱいと言っていやいやのように食べている。良い品物を買ってこなかったのではないかと言う。 寿司屋のことは分からないので、何とも答えようがない。明日からは、上等にしよう。
歯磨きをしてから帰る。次男が作ってくれたギョーザの他、近所の人が持ってきてくれたおかずで夕食を食べる。

平成8年10月12日(土)
三男の朝ご飯だけであり、5時30分に起きる。ジョギングをして洗濯を終わると、9時過ぎになってしまう。 10時に病院経由で出掛ける長男に、近くの薬局で買ってきたスコッティのテッシュ(このメーカーのが一番柔らかいという理由から) と近所の人が持ってきてくれた、花を持たせる。アメリカに持って行きたいというポットを持って、了解をもらってくると言って出て行った。
玄関のポールのペンキを塗り終えても時間があったが、今日はこれで作業は止めて買い物をする。
病院に17時目標で家を出るが、近所ではどうしても見つからない、洗濯石鹸と三男の弁当に入れてくれというふりかけを、 御徒町で下車して買い物をしていたので、遅くなってしまった。
何となく雰囲気が違う。何だか分からないが、今までのような気が張っているという感じがしない。 何か食べるかと聞くと、寿司を食べるというので、駅と反対方向に探しに行くと、お客がいない寿司屋があった。 病人が食べることを話し、マグロのトロと赤身を2個づつ握ってもらい、食べやすいように半分に切ってもらう。 一貫300円なので、前回より良いだろう。
「今日の寿司は良い」と言う。トロを食べさせてやると、トロはいらないと言う。筋があるので嫌らしい。 赤身のシャリを半分にしてやると、赤身は全部食べてくれた。
吐き気がないようで安心できるが、何となく元気がなくなってしまいどこか、淋しいような雰囲気が伺える。
三男のことを考えて19時少し前、歯磨きをしてやってから帰る。駅で家に電話すると三男が出たので、ご飯を炊いてもらう。 昼間スーパーで買っておいたステーキにするが、21時になってしまった。梨の皮をむいてやる。

平成8年10月13日(日)
今日は長男がアメリカに帰る日である。昨日痛かった腰の痛みを考え、ジョギングも洗濯もしないで、腰痛用のバンドの止める位置がおかしいので 修理するが、完成しないので途中で長男と出掛ける。
病院の駐車場に車を置き、昼飯をそば屋で済ましてから病室に行く。昨日とおなじようで、何となく元気がない。 12時50分まで病院にいて長男を送って行く。今日は、また、戻ってきてくれと言う。
上野には、13時25分過ぎに着き、友達との約束の時間に早過ぎると思っていたが、歩行者天国の為迂回していたら、約束の時間ぎりぎりだった。
家に帰ってから、すぐに病院に戻ればよかったのに、買い物、ガソリン補給、洗車用のワックスを買いに行ってから、洗車していたので遅くなってしまった。 駅まで自転車を使って急ぐ。
やっぱり「遅い」と言いたいようであったが言わずに、洗車するなら長男が帰って来る前にやってやれば良かったのにと言う。
昨日の寿司屋さんは、タネ切れで作ってもらえないので、止むを得ず京樽の寿司と頼まれたセンベイを買って戻ると、痰と一緒に吐いてしまったと言う。 歯磨きをして、19時20分に帰る。
家では夕食作りは手がついていなかったので、すぐに作るが21時30分過ぎになってしまった。
長男が帰ってしまい、緊張が無くなったのか、それとも病院に戻ってきてと言われたのに、すぐ行かなかった反省か、何となく淋しい夜であった。

平成8年10月14日(月)
夜の会合が無くなったので、次男に知らせる為メールするが、操作ミスなのかなかなかうまくいかない。それでも何とか連絡ができて安心する。
雨が強い。病院近くのデパートで刺身がある事を確認してから病院に向かう。
昨日と同様元気がないが、それでも以前よりもずっと楽のようだ。ボーとしているようなので、どこまで通じるか分からないが、刺身を食べるかと聞くと、 信用できる店があるのか、疑っているようだ。お父さんは、新宿に2年間勤務していたので、この付近は詳しいから大丈夫だと言い聞かせ、 ”マグロの赤身”でいいか再確認して買いに出掛ける。
昨日よりは「うまい」と言う。ホッとする。ワサビなのかニンニクなのか分からないが、匂いがするから食べてみろと言う。 しまったと思う。テッシュの軟らかさが分かる神経になっているのだから、自分で食べてから出すべきであったが、そんな考えは思いもつかなかった。 何ともないので、どんな神経になっているのだろうかと思う。五切れは食べたろうか。
食べると体の調子が良いと言う。病院に入って初めて、笑い顔を作っていた。歯磨きをさせて家に帰る。
家に電話すると三男が出て、ご飯は炊いたと言う。上の兄達と比較して何となく可哀そうになるが、 ご飯だけでも炊けていれば早く食べられるので、有り難いと思う。

平成8年10月15日(火)
会社を少し早く出させてもらう。「お父さんに食べさせてもらうのが遅いので、他の人と比べ眠るのが遅くなる」と言われたので、致し方ないと自分に言い聞かせる。
病室に入って行くと元気がない。大丈夫かと聞けば、大丈夫だと言う。話をしているうちに、中野のお姉さんがきた事が分かる。 一時間ほどいたらしいが、気を使ったのか疲れたようだ。
昨日と同じ物でよいかと聞くと、”ホタテ”が食べたいと言う。もし無かったら”マグロ”でよいか確認してデパートに行く。
ホタテは二パックだけあった。昨日は、雨降りだったので多くの品物があったのだろうと思う。ホタテの刺身二切れ半とマグロの赤身を三切れ食べた。 三男が一人だからと言うと、「そうだね」と言うので、歯磨きは看護婦さんにお願いすることにして後片付けする。
入院する前に、どこかからお中元の封筒が届いていたが、何にするかの返事を出していないので、その封筒を次男に探させていると言う。 見つかっかどうか聞いておく、と言って病室を出る。
この状態がいつまで続くのだろうか。悪い状態ではないが、手に入る品物を言われている間は何とかなるが、もっと別な物を言われたらどうすればよいか不安になる。 本当なら、佳子が知っている”○○屋の刺身”と言うようにすべきなのだろうが、それは俺にはできない。
置いていってと言われた千円札を渡すのを忘れた。家の前で自転車をを持って待っていた人に、様子はどうかと聞かれるが、大分元気になったと言うしかなかった。

平成8年10月16日(水)
よい天気になった。会社を出たのが昨日より15分遅れたが、駆け足をしたので10分遅れまで取り戻すことができた。
うつろな顔をしているが、吐き気や痛みは以前の比べ良いようだ。寒いのか手にホカロンを持っている。 いつも同じ刺身しか気が回らないが、途中でマグロの赤身とホタテを買ってきている。
今日のマグロの赤身は、昨日より色がよく、品物は良いのではないかと思う。一切れを残しただけだった。ホタテも一切れ食べた。 しかし、昨日胸焼けしたことを気にしている。
次男が入って来て、お中元の品物を”桃”に決めて返事を出したと言う。佳子も食べられるので、その時は、「良い品物があってよかったね」と 言ったが、もう季節でないと気が付いたが何も言わずにいる。
今日も三男が一人でいるから帰ったらと言う。三男が好きだったハンバーガーはどうしていたか聞くと、自分で作っていたが出来上がりも売っていると言う。 しかし、三男の為に作ることはしなくてよいと言う。外でいつでも食べているだろからと言う話であった。

平成8年10月17日(木)
会社の近くに新しいビルがオープンし、寿司・刺身など比較的良い品物だと昨日買いに行った人が言う。 昼休みに覗きに行くが、病院近くのデパートより、品数・種類とも少ないようだが通り道にあることは魅力だ。
会社を出て、昼見た店で食べられない時は三男が食べるだろうと思い、マグロの寿司を買って病院に向かう。外はもう暗い。
病室ではいつもの形で寝ていた。枕がずれて、首の筋を痛めてしまったと言う。枕の真ん中に頭を乗せてやる。 何となくいつもの点滴とは違うと思っていたが、輸血をやっているのだった。輸血は初めてなので先生にその旨を言ったらしく、 しばらくして先生が巡回にきてくれた。ここ二・三日元気がないと思っていたが、貧血が原因だったのかも知れない。
寿司を食べるかと聞くと食べると言う。マグロの赤身だけ食べさせてみるが、おいしいと言う。いつかの寿司屋のマグロより良い色をしていた。 ご飯は固いだろうが、二口ほど口にいれてやる。マグロは五切れ食べた。
輸血が不安と言っているので、終わるまでついている気持ちでいると、19時になってもう峠を越えたと思ったのか、三男のことを考えたのか分からないが、 歯磨きしたら帰っていいよと言うので、それに従う。

平成8年10月18日(金)
今日も会社の近くの店で、マグロの寿司とする。一パック6個の寿司を購入するが、マグロ6個と少しのご飯を食べる。 昼に2回目の輸血が終わったと言う。次男が夕飯を作ってくれる日なので、ゆっくりする。 今日でほぼ一週間調子の良い日が続いている。家に帰ると、田無から電話があったが、今忙しいので明日電話すると言うって電話を切る。

平成8年10月19日(土)
三男が中間テストで弁当を作らなくてよい。いつもの時刻に起きてジョギングの後洗濯を済ましてペンキ塗りをする。
屋根のとよの奥を塗り終わり、ペンキを厚く塗り過ぎて、縞になってしまった所を塗り直すと13時になっていた。 昼飯の支度をするが、少ないと思い二人前の冷麦を追加するが、三男が全部食べたので、”残ったら夕飯でも食べられる”と思ったことがおかしかった。
夕食の買い物を終えてから病院に行く。汗が出た為、輸血は止めたということで、いつもの点滴をしていた。 マグロの赤身とホタテを買いに行き食べさせる。
野菜炒めはいつも何を材料にしていたか聞いて、三男がテストで家にいるからと言って帰る。 三男が刺身の残りを食べ、良い刺身だと言う。
22時なってしまったが、田無と日立に佳子の状況を電話する。

平成8年10月20日(日)
今日でペンキ塗りを終えようと頑張るが、雨が降り出したうえ、ペンキが後少しなのに無くなってしまい完了しなかった。
病院に着いたのは、18時になってしまう。すぐに刺身を買いに行く。 今日はよく食べたという感じでいると、昨日はホタテの刺身を食べ過ぎたと言って、ホタテは二切れでよしていた。 いつも同じ物で、飽きてしまうだろうが、生ものが一番良いのだろうと考えている俺にとっては、他に何が良いのか考えつかない。
次男が今日は出掛けて居て帰りが遅い、と言うことを話して帰る。

平成8年10月21日(月)
副社長室にいて時間過ぎとなる。会社の近くの店の刺身を見るが、品数は少ないので、デパートに決めて駅に急ぐ。
今日は、マグロの赤身八切れとホタテ二切れであった。次男が一時間ほど前に帰ったとのことであるが、 昨日安売りをしていて、すき焼きをやってやろうと思っていたのでその話をして帰る。
家に着くと、いんげんと牛肉を炒め作ってあり、昨夜の残りのカレーを温めて食べられるように台所で働いていた。

平成8年10月22日(火)
地下鉄だとデパートが近い事に気がつき、デパートで刺身を買ってから病院行く。 何となく食べられないのではないかという気がしてはいたのだが、買いに行く時間が欲しかった。
病室に入ると元気がない。やっぱり状況を見てから買いに行けばよかったと思うと共に、何があったか不安になる。
朝のうちは良かったが、薬を送っている部品を取り替えてから、何回か吐いたので腰が痛いと言う。 食べられるかどうか聞くと、うなずいたので口に入れてやる。それでも五切れほど食べて、また吐くといやだからと言う。 残りの刺身を、氷をもらってビニールの袋に入れ、家に持って帰れるようにする。 ぶどうが出たが食べる気がない、と言うので同じ袋に入れる。
今日、近所 の人が見舞いに来てくれたと言う。朝電話があった時はよかったのでOKしたが、来た時は吐き気は治まっていたが、 看護婦さんが「吐いて気分はどうですか」と言ったので、具合が良くないことが分かってしまったと言う。
高校時代の友達であるYさん達との会合については、私を除いて三人でするように、タイミングをみて 言うつもりでいると言う。会社に勤めていた時の人達と一年に一回会っていたが、こちらから言わなくても、 不思議に思わないだろうから、何もしなくてよいとのことで、当面電話について気を使うことはない。

平成8年10月23日(水)
会社を少し早く出る。そのことがあるので、駆け足をして早く着かなければという気が起きない。 デパートに寄るが、様子を見てからにすることにして、何も買わずに病院に向かう。 誰かが粕漬けで有名と教えてくれた”魚久”に人が並んでいた。夕飯のおかずに買おうと一瞬思うが、子供達は食べないだろうと思い止める。
元気はないが食べるというのでデパートまで行き、マグロの赤身とホタテを買う。刺身を食べさせる準備をしていると、三男が入ってきた。 三男もお母さんの事を、気にしていることが分かった。
ホタテ一切れとマグロを五切れ食べるが、用心しているのか、いつかのような食べ方ではない。 三男に残りを食べるか聞くと、学校を出てから食堂に寄ったのでいらないと言うので、氷をもらい家に持って帰ることにする。 三男が久しぶりにきたので、話をしたいだろうと思い、二人にして帰る。
夕飯ができる頃、三男が帰ってきた。お母さんと話込んでいたとのことで、三男としても、 お母さんが良い時間を過ごすように努力していることに、感謝しなくてはいけないと思った。

平成8年10月24日(木)
仕事の都合で病院には、18時30分になってしまう。様子を見てから買い物に行っている時間がないので、マグロだけは買って行く。
元気がない。先日吐いた時に肩を痛めたので、よく眠れず眠いと言っている。気を使っているのかわからないが、 それでも五切れ食べる。すぐ帰れる雰囲気でないので、車検をどのように出していたか聞き、ボーナスは何に 使っていたか聞いていくうちに、お歳暮は誰にやっていたか聞いてしまう。 「そんな先のこと……家に帰って処理する」と言う雰囲気になってしまい、後味の悪いことになってしまう。
19時に歯磨きをしてやろうと思っていたが、看護婦さんの巡回の時間になってしまい、 湿布を取り替えていたので、歯磨きは19時20分になってしまう。 久しぶりの歯磨きである。今日浣腸したとのこと。今夜はどんな状況になるのか気になるが帰る。

平成8年10月25日(金)
デパートで刺身だけを買って行く。何となく元気が見られない。眠いようにもとれる。 刺身を食べるかと聞くと、少しで良いと言う。いつか吐いた為に痛みが出たことを気にしているのだろう。歯磨きして帰る。
家では、三男が居間にいた。金曜日は次男が夕飯を作ってくれる日だが、早く帰れないという電話があったので、 ご飯は炊いたと言う。コンニャクがあったので、大根とコンニャクの味噌おでんを作ったが、足りないので、冷凍庫の残り物でおかずを作る。

平成8年10月26日(土)
倉庫の屋根のペンキ塗りをする。15時30分に出る予定が少し遅くなってしまう。
病院に着くと変わった様子はないが、マグロだけ食べると言う。デパートに行くが遅い為なのか、土曜日 でお客が多い為なのか、いつもの物がないので、量が多いマグロを買う。
18時に、三男が早く帰っているかも知れないからと言って帰る。お母さんが持ってきてくれた、 スイカとカルピスを家に持って帰って、今度来る時、冷やして食べれるように切って持って来てほしいと言う。 重いが床や地面に置くのをいやがったことを思い出し、我慢して手に持って帰る。三男は試合があったと言って21時過ぎに帰ってきた。

平成8年10月27日(日)
三男がいつもと同じ時刻に出掛けたので、また布団に入って寝たてしまい、朝飯を食べたのが10時であった。 予報では天気が良いというので、布団を干してから倉庫の屋根のペンキ塗りを始める。今日で予定していたペンキ塗りは、全て終えることができた。
念願だった三男の部屋の前に、Yシャツ掛けを作っていたので、昨日より遅くなってしまう。
病院には三男がきていた。スイカを五切れ持ってきたが、量が多いと思ったのか、一人で食べられないと苦情となる。
マグロとホタテを買いに行く。ホタテが残り、三男が食べてくれた。食事当番だと言って、18時20分に帰る。 何となく帰ってもらいたくないという雰囲気であった。

平成8年10月28日(月)
雨降りという予報であったが、病院までは傘を使わずに済んだ。デパートでマグロだけを買ってから行く。 窓の方を向いて、半目の元気のない状態だ。
吐き気があるので、薬を半分にしてもらったので痛みが出ているらしい。学校の帰りに次男が寄ってくれ、 一時間ほどいてくれたので、気をまぎれさせることができたと言う。肉の料理ばかり作っていると耳に入ったらしく、 三男がこのところ太ったと言ったことから、「何をやっているの」と言いたいらしい。四切れ食べた所で、 看護婦さんが血圧測定に来たので、いったん片付ける。終わったから一切れ食べて、もういいと言うので、 残りは持って帰ることにして、歯磨きをする。19時10分病院を出る。 家には二人ともいた。既に夕食がお膳の上に準備されていて、三男は食べ始めていた。やっぱり肉の話が出て、 肉は一週間に二回以上はダメだということだった。食事を作るのに気を使うことと、時間をかけることに力を注ぐ必要がある。 三男がうれしがって食べることに、自然となってきていたのだろうか。
足が寒くなってきたが、ウールのサポータを今から使うと、真冬に火の気のない家に帰って耐えられないと思い、 古い靴下を利用してサポータを作る。

平成8年10月29日(火)
昨日の状態が気になっているので、会社を早く出ようと考えていたが、チャイムが鳴ってしまう。 一番小さいマグロを買って行く。
相変わらず元気がない。中野のお姉さんが里芋の煮物を持って、見舞いに来てくれたとのこと。
吐いたが食べると言う。心配ではあるが五切れなので食べさせる。病棟付添いの人がこの様子を見ていて、 何を作って食べているかと言う話になる。いつかの天ぷらの話をしたりして時間が過ぎた。今日は食事当番の日だからと言って帰る。
次男も早く帰ったので、三人で夕飯を食べる。

平成8年10月30日(水)
少し会社を早く出させてもらい様子を見て食べられるか確認し、買い物に行くこととした。 病院では、窓の方を向いていたが、様子に変化はない。薬を元に戻してもらったとのこと。 今日は栄養剤を点滴の中に入れているというようなことを言う。
マグロとホタテを買いに行く。沢山はいらないが、子供が食べるだろうから大きいのがよいと言う。 マグロは新鮮過ぎたのか少しでいいと言い、ホタテを三切れ食べた。
後片づけをしていると、Sさんが顔を出した。奥さんが目に何か出来物ができたので、手術したとのこと。 いつか家に泊まったことがあるので、覚えているだろうと思い紹介する。
いくつかの会話をしたようだったので、長くいて疲れてもと考えお礼を言う。買い物に出た時、言うのを忘れたというので薬局に行く。 もう用事はないと思い帰ろうとすると、歯磨きをしたいと言う。看護婦さんにやってもらうと時刻が遅いとのことだ。 歯磨きが終わるとスープが出てきた。スープを少し飲んだが、残りを始末して、今日は食事当番だからと言って帰る。

平成8年10月31日(木)
何があったか分からないが、昨日と比べ元気がないのが余りにも激しい。昨日はベッドを立てて上半身を少し起こしてくれというので、 動かしてやったり、頭が枕から落ちると言うので、真ん中に動かしてやったりしていたが、 こんなに元気が無くなるとは予想できなかった。
午前中”痰”の為に力を使ってしまったとのことだった。頭を枕の真ん中にしてやるが、入口の方をみていると右手がしびれるのでつらいと言う。 それでも、マグロ三切れとホタテ二切れを食べる。本当に欲しいのか、買ってきてくれた手前食べているのか分からない。 いつだったかホタテは少しと言っていたが、今日はホタテを欲しがった。
頭がずれてしまうのは、痛みを少なくする為ベッドを立てからだろうが、自分で頭を動かせないと泣かれて困る。 足も細くなってしまったと嘆く。何と答えてやればよいのか返事ができない。
「発狂しそうだ」とも言う。床ずれの痛みを言われるのは覚悟していたが、その前にこんな現象になるとは……。 いつまでついてやるべきか考えていると、看護婦さんが来てくれて湿布を取り替えるので、帰っていいと言うので帰ることにした。


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