■この手紙はTさんが私の職場から去って行く時いただいた手紙です。何かから卒業する時、何かをやり遂げたと感じた時、私はいつも帰国して初めて日本を見た時のことを思い出します。
物心のついた時から海外で暮らしていた私は、父の転勤で様々な国で暮らす経験をしましたが、 転勤の度におりる空港でその国の色を付けて見ていたように思います。
その国々の特徴や雰囲気は空港にいるだけでも伝わってくるものです。
そして、日本の色は灰色でした。やわらかいイメージの桜色を想像していた私はショックを受け、不安になりました。今考えると、その理由がよくわかります。@『人の区別がつかなかった』
白人が黄色人の区別をつけにくいように、私は同じ日本人でありながら、人の区別がつきませんでした。
ようだとしかわかりませんでした。
もっと言ってしまうと、人の感情が読めませんでした。 同じような服、髪型、性格で、表情を見ても笑っている
楽しいのだろう・・・たぶん程度しかわからないように思います。・・・目は口ほど物を言わない・・・。A『くしゃみをなぜ何回もするのか』
なぜ、すましていなくても良いところで、自分を飾るのでしょうか。
日本で初めて驚かされたことは、女の人がクシャミをする時、”クシャン、クシャン、‥‥”といつまでも何回にも分けて、かわいくしていたことでしょうか。
私もまねしてみました。できることはできるのですが、すっきりしないんですよね。
これ以外でも、例えば、ハンバーガーの食べ方。ああいうものは、がぶりと食べるからこそ、おいしいのだと思うんです。
それがお店に入ってみると『まずいけど食べているの』とチビチビ食べている女の子の多いこと多いこと!!』B『好きじゃないなら、つき合わなければいいじゃないの』
なぜ好きでのない人と仲良くして、後で悪口を言う人が多いのですか?
自分と合わないと感じた時にそれ相当のつき合いをすれば良いのに、自己嫌悪は持たないのでしょうか。C『個性??』
よく”個性を伸ばす○○”と言った言葉が目につきます。だけど、個性を伸ばして発揮できるところならば、 そんな標語いらないですよね。だってあたりまえのことなんですから。
つまるところ、何か大切なものが、欠けているような気がしたんです。センター長はどう思われますか?
日本に住み、9年になります。変だなと思えたことは、今でもやっぱり変なままです。
ですが、灰色の景色に晴れた部分を作るのは自分ですからね。今回も、今勤めている会社を退職することになり、 晴れの部分の面積をどれくらい広げられたか、ふり返えって見てしまうのです……。
センター長と初めてお話したのは、」センター長が腕章をつけて、SVが決められた席以外に座っていないか、 100円罰金のために見回りに来た時でした。
名札をつけていなかったセンター長に「100円罰金ですよ」と言ってしまったと思います。
おとなしいイメージの私が突然そんなことを言って驚かされたでしょう。
私はとっても楽しい気分で一日をすごしました。たくさんの思い出の中、二つ、とても印象に残ることがありました。
私がマルチチームの出勤簿を勝手に持ち出し、サブマネージャーに「持っていく時は一言、言ってから持っていってよ!」 としかられた時に、
「ああいう時は、なんて言うか知っている?」とおっしゃいました。落ち込んで考えが浮かばないでいると、
「出勤簿を持ち出す時は、一言声をかけるなんて、どこにも書いてありませんよ!って言うの!」とおっしゃいました。
その場の雰囲気はやわらかかくなり、私もみんなも笑っていました。もう一つは送別会での出来事です。私も含め、歓迎される人と送別される人も少し緊張ぎみに座っている中、 センター長はコショウを頼さんにふりかけました。びっくりしましたが、みんな輪になって笑いました。
その時、センター長が、ポソッとおっしゃった言葉。明確には思い出せませんが、
「雰囲気にとけ込みにくいと感じてそうな人を引き込んであげるには、こういうことが効果的なのだよ」の様なことをおっしゃいました。こんなことを書くと「センター長に失礼なことを言うな」と叱られそうですが……。
緊張している人をうちとけさせ、落ち込んでいる人を自然と元気付かせ、仕事をしながら、いつもいつもその場の雰囲気を読んで、 良い面を、緩和策を引き出して、私達を見ていてくれたセンター長が大好きです。最後に、センター長へのプレゼントです。前に置いてあるものは、食べもの(おかし)ですが、食べられないものはどれでしょうか。
答えは菊池さんが知っています。「木は森の中にかくせ」です。
・・ちょっと意味が違うかな?
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