津和野の象徴・青野山。
お椀を伏せたような、丸いこの山の中腹を、青野林道が走っている。津和野に降りる道は、この青野林道から数本しかない。
林道から見える津和野のこじんまりした町が、またいい。
町というより、大きな集落、というイメージ。盆地ゆえに、町は広がりにくい。きっと昔から、この町の、この風景に、そんなに違いはないのではないか…と思う。
ここには観光に来るのではなく、ただ、ぼんやりしに行きたい。 |
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| この写真は、森鴎外の墓の辺りから撮影したもの↑ |
| ■日本史選択者には「西周」は懐かしい…でしょ?■ |
森鴎外、西周、安野雅光…。全員が、この小さな津和野町の出身。
車をとめて、あとは歩いて回ることにした私は、最初に儒学者、西周(にし・あまね)の生家を訪ねた。
津和野町を貫く川を越え、少し入り組んだ場所にあるが、しっかりと標識もある。
西周が勉強していたという蔵は中には入れないものの、縁側に腰掛けてゆったりすることはできる。
なぜか、ここの写真を消去してしまったらしい。
風情があるいい場所だったのに…。 |
| ■森鴎外■ |
川を挟んで、青野山側にある森鴎外生家には、西周の生家とは比べ物にならない観光客の、波、波、波…。
知名度からいくとそうなるのかな…。しかし少し寂しい気も。
入場するために、向かいにある商店でカードを購入。
中には入れないものの、開け放たれているので、四方八方から覗くことはできる。 |
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生家の裏には、立派な「鴎外記念館」。
左の写真のような透明感あるエントランスを抜けると、中には、森鴎外にまつわる資料が展示されている。
上京以来、実は一度も津和野に戻ってきていない鴎外。帰る約束をしながら、病でかなわなかった彼の遺言は
「石見人森林太郎トシテ死セソト欲ス」。
この文字が、いたるところで目に付く。
実は森鴎外は西周の親戚で、鴎外は上京時、居候をしていたこともあったらしい。
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| ■散策がたのしい町なのです■ |
津和野は「鯉の町」と聞いたことがあった。
そのとおり、町を歩いていると右の写真のように鯉が泳いでいる道に出た。
ちなみに写真はないが、昼食は駅近くの小さなそば・うどん屋へ。いろいろと名物を探してみたものの、3時という時間のせいか、見事にどの店も閉まっている。
観光地のわりに、こののんびりしたところが、またいいのかもしれないけれど…とにかく、空腹にせっかくのいい気持ちが妨げられそうになりながら、やっと見つけたのが一軒のうどん・そば屋。
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この店、美味しかった。サクサクの海老天が忘れられません。でも、名前は忘れちゃいました。ゴメンナサイ(入り口が小さくて、奥行きのある店です)。 |
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| ■安野光雅美術館■ |
「旅の絵本」などで知られる画家、安野光雅。つい先日もNHKの番組に出ていたし、有名だから知っている人も多いと思うけど、彼の美術館が駅の近くにあります。
幼いころ、母に連れられて、山口県の下関美術館に氏のサインを求めに行ったことが何度かある私は、ちょっと特別な思いがしていました。
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中は学校を思わせる作りで、氏のアトリエもある。時々ここで描くこともあるんだそうな。
展示作品の中に「津和野」という本の原画がある。これはふるさとの「津和野」の風景を描いたもので、その様子を追ったドキュメンタリーがNHKで放送されていた。
歩き回った津和野の風景を思い浮かべながら、この絵を見ると、また感慨深くて、とてもよい。 |
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| ■永命寺■ |
線路を渡って、乙女峠側にあるのが、森鴎外の墓がある永命寺(ようめいじ)。
ひときわ大きなお墓なので、すぐ分かるはずだが、鴎外の墓自体は寺の手前(?)にある。
墓の後ろには、青野山が見えて、「ああ、ここは津和野だな〜」(滞在時間、8時間程度で、浸りすぎ?)という雰囲気。
ここには、悲劇の武将・坂崎出羽守 (さかざきでわのかみ)の墓もある(千姫を大阪城から助け出したのに、約束を反故にされ千姫は他の武将の下へ嫁いだ。で、彼は自害)。
いっしょにお参りして帰りました。 |
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| ■番外編■ |
津和野リンク。
さすが、観光地。HPもきれいです。
津和野観光協会
http://www.iwami.or.jp/tsuwanok/ |