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     << 日文の 新ジャカルタ通信 >>


(第41回) 3年目のドリアン農園ツアー
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皆様お待たせしました!! 本日2010年5月13日この新ジャカルタ通信を再開します。前回37回目から

ブランクが有りました。 これから機会がある度に本日再開までの出来事を載せたいと思います。

では、主題であるドリアン農園ツアーから書くことにします。



2006年にジャカルタの某日本語雑誌からドリアン農園の取材を受けました。 その時、取材に来られた

記者さんから在留しいる日本人の方もドリアンの実は知っているが、木に生ってるドリアンは見たことがないので

観光をしたらどうか? と提案されました。 其の年は、雑誌社の応援があり初めての経験でしたが、

30数名の方が参加されました。 次の2007年は、雑誌社の応援もあり数回実施した次第です。


まずは、第一回目記念すべきドリアンツアーの写真です。


この写真が第一回目のドリアンツアーでした。 私の農園は、観光農園では、ありませんのでお客様が参観に来てくれた事は、良い経験になりました。 社員達が一番喜んだと思います。 毎日農作業だけで変化の無い生活をしていますので、 賑やかな外国人の団体が来たのが嬉しかったのでしょう。 ツアー前日の準備でも社員達は気合が入ってました。 


このドリアン農園ツアーを実施した関係で、2007年には、日本の某TV局から取材を受けました。 この取材を受けるかどうか家族会議をして決めました。 日本の両親に農園を見せてあげたいと言う私の意見で取材を受けることになりました。 この取材した番組は、2007年の5月に放送されたそうです。 ジャカルタでは、日本の民放は見ることが出来ません。 TV局から送られたDVDで私の家族はこの番組を見た次第です。 何時か機会があればこの取材を受けた経験も書き込みしたいと思います。

さて、今回のドリアン農園ツアーに移ります。 今年2月7日に実施しました。 参加者は、大人23人、子供9人、

全部で32人でした。 ジャカルタから農園までの距離は約100kmですが渋滞や道路事情により約3時間かかります。 

高速道路の休憩所でバス組と自家用車組を待ち、途中の休憩所(約半分の所で休憩)11時過ぎに農園に到着しました。 

まずは、集合写真から見て頂ます。 


この写真は、観光が終わり帰宅する前に撮った写真です。 もう ドリアンはごめんだ〜〜て人も居るかもしれませんね?


次は、順番が逆になりますが、 到着して農園を散歩してる写真と、食事中の写真、ドリアンを試食してる写真です。 

ドリアン以外にも農園内に有る果物も試食してもらいました。 実際ドリアンよりマンゴスチンの方が多かったかも?




農園到着後、事務所で簡単な説明(農園内の注意など)をして出発、10ヘクタールの半分5ヘクタールを

ドリアン農園にしていますので、ゆっくり歩くと1時間ぐらいかかります。 食事前の適度な運動になった事でしょう。 

それから食事とドリアン、マンゴスチン、その他の果物の試食です。 農園内にヤギも飼育しています。 

これはヤギの排泄物を使って堆肥を作るために飼育しています。


さて、食事も終わりドリアンの試食が終わると、、そろそろ帰宅の時間になります。 集合写真はこの時に撮りました。 

参加者の皆様に農園からささやかなお土産としてドリアン、マンゴスチン、ランブータンを準備しました。 

ただ、、この3年地球温暖化の影響でしょうか? 気候が変わってしまって、ドリアンの実が熟する頃になると

雨ばかり降る様になってしまいました。 この影響でこのジャワ島のドリアンは、枯れはしないのですが、

ほとんど収穫がありません。 勿論実は生ります。でも熟さないのです。 これでは出荷できません。 

現在は、枯れてしまったドリアンの代わりにカカオの木を植え替えています。 数年後は、ドリアンと

カカオ農園になることでしょう。 では、帰宅前の風景写真を3枚のせます。 これが今年のドリアンツアーでした。





新ジャカルタ通信 日文      13 MAY 2010


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(第42回) ジャカルタ今と昔 : 旧市街
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オランダの植民地だったインドネシアは、 各地にオランダ時代の建物が残っています。

ただ、 惜しい事に荒れるに任せている状況です。 最近のインドネシア政府もこれに気がつき保存を

始めた様です。 私は当地に住み、何でこれを保存し観光資源にしないかと、人事ならが心配していた次第です。  

素人の私ですが、 暇を見つけて昔の写真と現在を比べて見たいと思います。 それでは、 

ジャカルタ通信ならぬバタビア通信を書いてみます。


  ジャカルタとバタビア
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1,600年頃この地にオランダ人が砦を築いたのがバタビアの始まりです。 身を守るために砦を作ったのでしょう。 

あるホテルの工事現場で基礎の部分から昔の大砲が出てきた事もあるそうです。  詳しい歴史は、学者に任せて

1850年頃に写された写真と現在を比べてみたいと思います。


この写真は、 オムニバタビアホテル前にある橋です。 1890年に写した写真があります。今から117年前ですね。 

現在ジャカルタは、人口2千万人と言われています。 この時代はどのくらいだったのでしょう。  

隣に現在の写真を載せています。


 


次は、 この橋から100mほど上流に向かった運河沿いの建物です。 オランダ語の 看板なので読めませんが、 

元の建物は、こんな建物でした。 では、現在の写真です。比べると、道路側に歩道部分ができています。 

本来の建物に継ぎ足したのでしょう。 現在は、 使われていませんが政府の規則で保存されています。





三枚目は、 上記の建物の運河を越えた対岸にある建物です。 横に長い建物ですね。 建物の前には、 

沢山の人が写っています。  現在の写真には、 角の建物の一部に昔の面影を見つけることができます。 

窓枠を見てください。





(上記の古い写真3枚は、 Woodbury & Page から)

新ジャカルタ通信   日文  (14 MAY 2010)


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(第43回) ジャカルタ今と昔 : 中華寺院「金徳院」
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インドネシアには、中華系のインドネシア人も沢山住んでいます。 噂に寄れば約800万人居るそうです。 

一世二世の中華系なら先祖が何時頃インドネシアに来たのか、また中国の何処から来たのか先祖の話として

知っている事と思います。 しかし、数百年前に来た中華系の人では、昔先祖は中国から来たと言う事しか分からないでしょう。


歴史探索が趣味な私ですので、 旧市内の古い建物などよく探索しています。 資料としては、ポルトガル人や

オランダ人が書いた文献が当時の事を調べる手がかりですが、残念な事にポルトガル語もオランダ語も全くわかりません。 

運良くインドネシア語で書かれた歴史書を発見しました。 勿論当時のではなく、最近の出版です。 嬉しいことに、

1600年頃のオランダ総督が本国への報告書の原文とインドネシア語の翻訳文が付いていました。 

これを読むとオランダ人が当地に来た頃の様子がわかります。 第41回に載せた跳ね橋の写真、、

あの辺りに当地のジャヤカルタ王国(都市国家)がありました。1610年に滅びてしまいましたが、 

それを攻めたオランダ軍は、寄せ集め部隊で日本人傭兵も参加していたそうです。 あの頃にも日本人が

当地に来ていたのですね。 しかし、、約1000人の軍隊に負けてしまう王国って、どんな国だったのでしょうか?


話がそれてしまいました。 王国の話ではなく、今回は中華式廟(金徳院)の話です。オランダ人が

バタビアに来た時には、すでに中国人が住んでいる集落がありました。 遠い祖国を離れて心の拠り所となる廟を

建てたのでしょう。 廟の内部は、信者がこの様に線香を持ってお祈りしています。





この廟は1720年の暴動で壊されたそうですが、 後に有志たちが再建したそうです。 今でも沢山の

中華系インドネシア人がお参りに来ています。 古い写真は、19世紀後半にバタビアで有名だった

オランダ人写真家が撮った写真です。詳しい話は、後々書いていきます。


 


資料を探したのですが、何処かに仕舞い込んでしまったのか手元にありません。 記憶を頼りに書きましたので、

間違い勘違いが沢山あると思います。 間違っていましたらお許しください。

(古い写真は、Woodbury & Page より)

新ジャカルタ通信  日文    (15 MAY 2010)


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(第44回) ジャカルタ今と昔 : ポルトガル教会
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ジャカルタにオランダ人が来る前に沢山のポルトガル人が住んで居たそうです。 そのポルトガル語を

使う住民たちの教会として建てられたのが、この教会です。 現在もジャカルタ最古の教会として現存しています。

ポルトガル語教会時代の名前は、知りませんが、現在この教会はシオン教会と呼ばれています。 





この教会は、旧市内のKOTA駅近くにあり、庭にある鐘楼が時代を感じさせる教会です。 実は、20数年前

ジャカルタに来た時に一度訪問した事がありました。 この時代は、爆弾テロも無く自由に教会内を

参観できました。 しかし、写真を撮る為に再度20数年ぶりに訪問したら守衛さんが警備しており、

中を参観するために入るには身分を証明する書類が必要になりました。 時代の流れを感じますね。


(古い写真は、 Woodbury & Page より)  


新ジャカルタ通信  日文  (20 MAY 2010)


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(45回) 卒業式
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これはインドネシアの某中学校の卒業式です。 以前31回でも卒業式を載せました。 あれから6年が過ぎ

今度も同じ学校の卒業式です。 建物も同じ講堂でした。 ただ、前回2004年の卒業式より豪華になりました。 

式場となる講堂の入り口に下級生が民族衣装を着て招待された父兄を待っています。 この写真です。 





この写真のところでサインをし、会場となる4階に上がります。 ここには、卒業式を手伝う下級生、

学校の職員、教師、それと今日の主役、卒業生が待っています。 この講堂は、二階席もあります。 

参加した卒業生の両親兄弟でしょうか? 写真を撮っています。 さて、卒業式の開始となり全員起立して

インドネシア国歌を歌います。 日本では、いまだに卒業式では歌わないのかな? これから校長先生、

父兄代表、ミッションスクールなのでシスターのお話と続きます。尚、壇上には、下級生が民族音楽を奏でながら来客を待っています。 





これから一人一人名前を呼ばれ卒業証書を受け取り雛壇に並びます。 今年の3年生は176人でしたが、 

この日卒業したのは175人でした。 右側前から2列めの2番目が一人抜けています。 多分この席が

176人目の生徒だったのでしょう。 校長先生の話に一人卒業試験に合格しなかった生徒が居たとのことです。 

追試はありますが、まだ合格していなので今日の卒業式に参加で出来ないのでしょう。 

公立の学校では、かなりの不合格者がでるそうです。 このミッションスクールでは開校以来はじめての

不合格者が出て慌てたのかもしれません。 どうりで校長先生の話に他の公立学校は、何十人も落ちてるとか

話が出てました。 今年定年で退職する校長先生も自分が在職中に、まさか、自分の学校から出るとは

思ってなかったのでしょう。 壇上で担任の教師および他の教師にも是非補修をさせて追試に合格させてほしいと話してました。





さて、卒業証書を受け取り雛壇に並んだ卒業生は、校歌、卒業の歌と仲間の生徒の伴奏と指揮で歌います。 

尚、指揮しているのが私の次男です。 


新ジャカルタ通信  日文  (25 May 2010)


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