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ドイツ・クリスマスの旅


文・写真 谷中 央
    長橋 由理
   東京書籍
  定価(1600円)
ドイツ・クリスマスの旅(3) 
   クリスマスを生み出す村              
ドイツmap

  
 
           
         
   ザイフェンの村
      
手作りの木工品を作る人 手作りの木工品を作る人  手作り木工品 手作り木工品 手作り木工品

 旧東ドイツの南、チェコとの国境地帯は、古くからスズの鉱山で知られている。エルツ山系といわれているここ一帯は、ドイツ木工芸品、クリスマス用品を産出している地域でもあり、ドイツの人々の心のふるさとといわれている場所になっている。
 遠く、中世の昔から、エルツ山地は豊富な鉱物資源で栄えてきた。しかし封建君主の圧政と、ドイツ南部であるにもかかわらずアルプス山系につながる山岳地帯のため、雪に閉ざされる長く厳しい冬で、村人たちの生活はとても苦しいものだった。そこで、村人達は、身の回りにたくさん生えている菩提樹やブナの木を使って、いつも自分達と一緒にいる動物の置物や、ロウソク立てなどを作るようになった。はじめは、自分と家族のなぐさめのため、のちには、それで少しでも暮らし向きを楽にするためである。
 エルツ山地の鉱山で働く人々は、昼間も太陽を見る事ができない。家に帰るころ、短い冬の太陽はもう沈んでいて,鉱夫たちは休みの日にしかお日さまを見ることができなかった。エルツ山地の木工芸品に、ロウソクたてやロウソクを持った天使の人形が多いのは、そうした鉱夫たちをなぐさめたいという家族の気持ちのあらわれといわれている。天使はいうまでもなく、家で温かく迎え入れてくれる妻や子供たちの姿だ。
 かつて東独と呼ばれていたころ、同じ東独の別の地域からさえ「貧しいエルツの人々」といわれていた。当時もクリスマスマーケットには、エルツの木工芸品が並んでいて、しかもその質の高さは、海外の玩具メーカーも一目置くほどだった。しかし玩具の国際見本市などには出品するものの、基本的には地元の家内工業のような性格もあり、同じ旧東独のマイセン磁器のようにはならず、細々と輸出するていどだった。
 ザイフェンは、そのエルツ山系の代表的な村である。その村は、「クルミ割り人形」を初めて作ったり、「ザイフェンの教会と5人の聖歌隊」「花売り娘と3人のおばさん」などの独特のモチーフを持っている。かつては訪れる人もまばらで、唯一、木工芸品に興味のある人だけが知っているくらいの静かな村だった。
 旧東独時代からエルツの木工玩具を輸入している日本人に会った。「統一されてから、ザイフェンは変りましたね」という。かつては訪れる人もまばらだった村に、観光客がどっと押し寄せてくる。とくに、旧西独の人々が、まるで日本人が京都にるように魅かれるように、この小さな村にやってくる。そうすると、これまで各家庭でそれぞれの人形を作っていたのに、「ヒマワリの顔した人形に人気がある」ということになると、どの家もどの家も同じ人形を作り始めてしまうのだ。また、最近は台湾などに下請けにだすケースの増えた。
 日本人は手先が器用であると世界的にいわれている。が、ドイツのクリスマスマーケットでその木工製品がほとんど手作りであることを知り、その製作過程をザイフェンで目のあたりにしたら、ドイツ人の手先の器用さに脱帽するだろう。
 日本人が木工細工に長けているのは、その道具に秘密がある。昔の宮大工はさまざまなノミやカンナを使い分けていたものだった。ザイフェンの」木工博物館には日本の宮大工がびっくりするほどの道具がそろっている。刃先の微妙に違うノミが十数本もある。一見して、どうやって細工したのだろうかというモミの木をモチーフにした木工細工、ピンセットで摘み上げるような小さな木工人形、あちこち凹凸はついているがただの木の輪と見えたものが、その輪をバームクーヘンを切るように切っていくと、牛や馬が何十個もできてしまう発想など、ドイツの職人芸は普通ではない。
 エルツ山地と呼ばれる地方は、こういった手作りの木工製品を作り出すふるさとである。クリスマスマーケットで見る木工細工製品のほとんどがザイフェンの職人の手によって作り出されているのだ。シュルシュルときれいな線となって削り出されていく一本の短い角材。非常に鋭利な刃物を持ったノミで、なんでもないようにして削っていくそのさまは、見ていて気持ちいいほどだ。腕のいい職人ほどいい道具を持っているのは日本人と同じではあるが、刃先を形成を形成している鋼の部分がモノをいうのである。ナマクラな鋼だと、いくら上手に研いでもすぐ刃こぼれしてしまうのだが、ザイフェンでは次から次へと材料を削っても刃こぼれしない。
 いい木工細工を作るには、刃物(道具)や職人だけではだめで、いい材質がなければならない。このどれか一つが欠けてもいい製品はできないのだ。ザイフェンの人達だけが手先が器用というわけではないが、手先が器用になる時間と伝統がこの地方で培われたことは確かである。それは生計をたてるための内職であった。雪に閉ざされた長い冬を手作りの内職で過ごしたかつての日本の北国」と同じような状況がこのザイフェンにもあった。
 ザイフェンは、メイン通りが300メートルそこそこの小さな村である。日本で入手できる地図には載ってないほどで、旧東ドイツの都市で手に入れた地図にようやく名前が出ていた。その村の中央に「木工玩具博物館」がある。古くからザイフェンで使われていた道具類をはじめ、この村から生まれた数々の木工製品を見ることができる。いまやここは、近郊の小中学生のかっこうの社会見学の場所となっているようで、村の街道を歩けば、入り口に子供が鈴なりになっているので、すぐわかる。
 この博物館から、バロック風屋根の教会までは歩いて数分。木工製品を売る店や工場などが軒を連ねている。訪れるのは小中学生ばかりではない。東西分断で,来ようにも来られなかった人々が、一気に「ザイフェン詣で」をしている。この村の木工細工には、ドイツ人の心のふるさとがある。
 

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