『上海6日間徒然日記』 1999年1月13日(水)記


第10号

3日目の1―目の前も真っ白、頭の中も真っ白/蘇州到着の巻

1999年2月26日 発行


■ 朝食2

 朝5時30分起床。大急ぎで身仕度をする。
 今日の予定は蘇州観光。上海駅7時54分発の列車に間に合うようにホテルを出なくてはならない。30分前には駅に着いていたいから、逆算すると7時出発が目標だ。

 もっと時間的にゆっくりできそうではあるが、銀に朝食を食わせないといけない。こいつは食にこだわるのだ。
 昨日の夜、さんざん明日の朝は早くて時間がないから、朝食はコンビニ弁当でがまんせい、と言ったのに、ついに首をたてにふらなかった。冷たい食事は嫌とのこと。こういうところで頑固なんだよな、こいつは。
 もっともこんなことでいちいち本気で腹を立てていたら、とてもアパートをシェア(share)なんでできなかったろう。今回はわたしが折れて、早朝の起床となった。

 けっこう早く支度できてしまう。レストランは朝6時半から営業開始。まだ5分ほど早いが行ってみることにする。
 すでにスタッフの人がいて、席に案内してくれる。よかった。出かけるのは少しでも早いほうがいい。

 だが、ビュッフェの方はほとんど用意ができていなかった。ふうむ。
 夏に泊まった北京の北京飯店(知人のお供で行った)では、確かもっと早い時間(日記を見ると6時くらいのようだ)でも、きちんと朝食のビュッフェの用意が整っていた。卵だって焼いてくれた。
 ここも一応5つ星なんだけどなあ。疑問がつのる。

 まあ、文句を言ってもしかたがない。あるもので済ます。シリアル2種、トマト、キュウリ(いずれも生です)、いり卵、ソーセージ、コーヒー。
 朝が早いとレストランは回転していない。この方が落ち着いてていいな。

 窓の外はまだ暗い。今日の天気は悪くなるのだろうか?
 ところで上海の建物は、どんなに高いビルでも屋上に満足な警告灯がついていない。東方明珠もだ。
 たまについているビルがあっても、白い光がずーっとついたままで夜空の星みたいだし、点滅しているものは光が弱すぎて警告になっていない。
 日本なら、ちょっと背の高いビルやマンションでも必ず、赤く点滅する(しないのもある)警告灯がついているけど。
 いいのかなあ。危なくないのかなあ。


■ 蘇州へ

 6時45分。あわただしい食事を終え、レストランから直接地下鉄駅へ。
 地下鉄車内はそれほど混んでいなかった。学生の姿がけっこう多かった。

 7時10分、上海火車站に到着。軟座用の待合室(候車室)が、駅に向かって右側にあるはず。すぐに見つかる。切符を係の人に見せて中に入る。
 中はちょっと暗かったが広い。ソファがいくつも並べてある。
 奥にはファースト・フード(快餐と書いてあったと思う)の店もある。なんだ、焦ってホテルで食事しなくてもここで食べればよかったんだ。待合室の中に食事ができる店があるなんて知らなかった。

 意外な物も発見。ひなびた温泉街では今でも見られるという電動マッサージ椅子だ。1元コインを何枚か入れて動かすらしい。
 実際に動かしている人はいなかったが、全体的にふかふかしているので、寝椅子にしている人がいた。むう、日本製か?

 待合室内には電光掲示板があり、列車の電車番号と出発時間、ホームの番号、それにチェック・インが始まっているか否かを確認できるようになっている。これは便利。言葉が通じなくても、これなら一目瞭然だ。

 わたしたちの列車は11站台(ホーム)から出発する。チェック・インも始まっている。さっそく向かう。

 係の人に切符を見せて、今ではなつかしい鋏でぱっちんと改札してもらい、エスカレータに乗る。11番ホームもすぐに見つかる。
 階段を降りるとすぐそこに、わたしたちが乗る11号車があった。列車の一番最後の車両だ。車体の横に「上海−>南京」のプレートがかかっている。これは写真にとっておくべきだろう。

 100%観光客になりきり(そのものなのだが)、ホームで撮影会をしていたら、若い男性に日本語で「撮りましょうか?」と声をかけられた。ありがたく銀とふたりで撮ってもらう。
 ところが、この時の写真、なぜか撮れていなかった。どうやらうまくシャッターが押せていなかったようなのだ(フィルムのコマに空きはなかった)。

 恨んではいけない。せっかくの好意なのだ。
 恨んではいけない。でもねー(T_T)。
 というわけで、この時の写真はわたしが写っているものがない。
 くそー、銀、おまえが写っている写真をよこせっ!

 車両の入り口についている階段を登って車内に入る。先客はいない。
 やったっ! もしかして空いてる?
 青いシートカバーのかかった座席。頭が当たる部分には、別途コカコーラの模様がプリントがされた白いカバーがかかっていた。
 わたしたちの座席は向かいあわせのボックスシート。真ん中に車両の壁から突き出たテーブルがあり、やはり白いテーブルクロスがかけられている。アルミのトレイも置かれている。お茶とかがこぼれた時用の受け皿かな?

 さあ、他に乗客がいないうちに記念撮影だ。
 撮り終えて落ち着いたところで、銀がトイレに行って来ると席をたつ。だが、すぐに「ドアが開かない」と戻ってくる。  あ、そうだ、忘れてた。中国の列車は無賃乗車防止のために、駅に停車中はトイレのドアに鍵がかけられ、入れないようになっているのだ。
 列車が出るまであきらめる。

 他に乗客もあまりいず、広い座席で「このままずっと空いているといいね」などと好き放題言い合いながらふんぞりかえっていたら、ふいにどやどやと白人の団体様御一行が。確か、軟座の待合室で見かけた人たちだ。

 あっという間に車両内は満席。わたしたちの前にも老夫婦が座る。
 わたしたち以外の座席は、ほとんどが向かいあわせのボックス席ではない。あっちの方がいいなあ。なんかこれじゃ落ち着かない。
 ここで英語で旅は道連れ世は情けな会話ができればいいのだが、残念ながらそんな語学力は持ち合わせていない。わたし、貝モード(^ ^;)。
 なんのために中・高・大と英語の勉強したんだか。情けない。

 それにしても、こんなに列車が混むとは予想外だ。もしかして、おとといわたしたちが切符を買えたのはラッキーだったのだろうか? 7時54分発の列車しかすすめられなかったのも、それ以外の列車に空席がなかったからとか。

 やがて列車は何のアナウンスもなくふいに動きだした。ホームで日本のように音も鳴らなかったような。うっかりしてたら発車しちゃうわけか。

 列車が蘇州めざして走りだしてしばらくすると、お茶のサービスが。お茶とコーヒーが選べる。銀がお茶を所望する。
 すると、係の人が透明なプラスチックの大きめなコップを配って歩く。お茶もコーヒーも同じプラスチックのコップなのだが、底が2重底になっていて、その間にお茶っ葉、あるいはコーヒー・砂糖・クリームパウダー(三合一ですな)がはさまっている。2重底の上側のフィルムは把手がついていて、ひっぱるとペリペリとはがせる。で、現われたお茶やコーヒーに、係の人がお湯をヤカンから注いでくれるという仕組みだ。うーん、合理的。

 ところがこれ、サービスではなかった。がっちり3元とられた。なんだ、乗車料金に含まれているんじゃないんだ。
 銀にもらって、わたしも一口お茶を飲んでみたが、何茶かまではわからなかった。茶葉がなかなか沈まなくて飲みづらかった。
 席の向かいのオーストリア人夫妻も(そう話していた)お茶を頼んでいたが、一口飲んでやめてしまった。確かにくせのある味だった。

 列車の窓の外には田園風景が広がっている。ときおり渡る小さな川の水面からは、うっすらと霧のようなものが立ちのぼっている。寒いんだな、と思っていたら、畑の土の上に霜が降りていた。道理でね。

 ちなみに、列車列車とわたしは書いているが、中国の列車は基本的に「電車」ではない。しかし、わりと最近までわたしはそのことを知らなかった。

 わたしは去年の夏、西安から洛陽へ移動する時、初めて中国で鉄道を使った。
 そしてその時驚いたのは、まず列車の高さ。もともとホーム自体も低いのだが、うっわー、高いなあと車両を見上げた記憶がある。
 そしてその時初めて気付いたのだ。
 屋根の上にパンタグラフがない。電車じゃないんだ!

 中国語で地下鉄以外の鉄道を「火車」とか「列車」と言う理由を、わたしはこの時ようやく理解したわけだ。
 生まれてこのかた電車以外に乗ったことのないわたしには(蒸気機関車もない)、思いもつかない現実であった。

 路線によっては遥かモスクワの向こうまでつながっている中国の鉄道。見渡す限り地平線というような平原に、電柱を立てて電線を通して列車を動かしていたら、いざという時、立往生してしまう。列車自体に駆動力を持たせなくては危険なのだ(たぶんディーゼル車)。
 そんな中国と日本の、スケールの違いにちょっと呆然。

 列車の中で、銀はウォークマンを、わたしは暇つぶしに昨日の日記をつけていたが、ふっと外を見ると「蘇州○○」という看板が。
 ええ、もう蘇州なの?
 耳を澄ますと、確かに「まもなく蘇州駅に到着です」という中国語のアナウンスが。まだ50分くらいしか乗ってない。そんなに早いんだ。
 あわてて降りる準備をする。オーストリア人のツアー一行も蘇州で降りるようだ。大きな荷物を荷棚から降ろしたりなんだりで、列車の中がにわかにあわただしくなる。

 列車がついに蘇州駅到着。やたらと幅の広いホームはどことなく閑散とし、寒々としている。日が当たらないせいだろうか。とにかく改札口へと向かう。
 改札口を出る前に、観光案内窓口のようなものがある。観光バスの受け付けや地図の販売も行なっているようだ。やはり有名な観光地なんだなあ。
 改札で切符を渡す。わたしは渡してしまったが、ちょっと端っこを切るだけで返してもらえるものらしい。銀の切符は手元に残った。

 改札を出ると、もうワンクッションゲートがあるのだが、そのゲートの向こうにものすごい人の数。なにやらゲートを乗り越えて、こちらに押し寄せてきそうな勢いだ。何か一生懸命改札の方に向かってしゃべっている。そうか、これがうわさに聞いていた蘇州の客引きか。

 わたしたちは自力で観光するつもりなので、これらの客引きに用はない。目を合わせないようにして通り抜け、駅前に出る。
 がらーんとした、だだっ広い蘇州駅前の広場がわたしたちの目の前に広がる。あまりに広すぎるため、一見ではその周囲にあるはずの建物すら視野に入ってこないほどだ。
 何かないのか、と一歩前に踏み出すと、いつの間にか現われていた太陽の光が、駅前広場のアスファルトに強烈に反射し、わたしの目の前を一瞬白く灼きつくす。
 その瞬間、「しまったっ!」とわたしは思った。
 何もない白い風景。
 これと同じ印象を、わたしはかつて別の場所で経験してる。敦煌だ。

 初めての中国旅行で、わたしは敦煌に行った。映画「敦煌」が公開されてから、だいぶたった頃のことだった。
 仏教美術フリークのわたしと銀は、この敦煌訪問をとても楽しみにしていた。
 だから彼の地にようやく積年の思いを果たしてやってきた時、きっとわたしは感動するだろうと思っていた。
 しかし、現実は違っていたのである。

 西安から1時間のフライトを経て、飛行機のタラップを降りて敦煌空港にその一歩を印した時、わたしはとっさに「しまったっ!」と思った。
 だって、なーんにもないのだ。

 空港とは名ばかりの、単なる空き地かと思わせられるような滑走路。見渡すばかりの黄色い土に、強烈な夏の日光の照り返し。見えるものといえば、遥か彼方の地面の上に、ちょこっと森のような緑がある程度。おいおい、空港を囲むフェンスとかはないのかよ。
 ふりかえってみた敦煌空港のターミナルは、日本の田舎の駅舎のようだ。こじんまりとして、パラボラアンテナとかがなかったら、とても空港とは思えない。

 片手で帽子を押さえつつ、全体的に白っぽい敦煌の風景を眺めながら、わたしは「しまった。こりゃ、とんでもない所に来ちゃったぞ」とため息をついた。薄暗い空港内にある飛行機の離発着予定表が、黒板に白いチョークで書かれているのを見た時、その不安はますます強まった。

 しかし、あの時はガイドさんがいた。添乗員さんがいた。あまりの何もなさにこちらが唖然としていても、きちんとホテルまで連れて行ってくれて、観光もさせてくれた。

 だが今回は、頼れるのは自分自身だけである。
 さあ、まずは帰りの切符を手にいれなくては。

おわり

 

● 今回の教訓 ●

 どんな旅行でも、自分自身が旅の案内人で
 あることを忘れてはいけない

 

● 今回のおこずかい帳 ●

地下鉄:2元
お 茶:1.5元(割勘)

*今回の小計:3.5元
*支払い総計:241.8元+74,020円

(※レートは1999年1月で、1元=14円で計算しています)

 

■ 編集後記

  補足事項です。
 「上海発―>どこ行」の列車に乗れば蘇州に行けるか、読者の方からよい情報をいただきましたのでご紹介させていただきます。
 なんと、

 ・蘇州行   ・無錫行   ・常州行  ・南京行
 ・青島行   ・北京行   ・西安行  ・合肥行
 ・フフホト行 ・ウルムチ行 ・済南行

が蘇州を通るそうです。ただし、蘇州を通過する列車もあるので、注意が必要だそうですが、これは駅で売っている時刻表(3元)で確かめられます。
 いやあ、こんなにたくさんの列車が蘇州に行くんだったんですね。次に行く時にはぜひ活用させていただきます。

 情報提供はおっきーさんでした。ありがとうございました。

 それではまた、次号でお会いしましょう。

 


 3日目の1―目の前も真っ白、頭の中も真っ白/蘇州到着の巻

 3日目の2―この選択は吉か凶か? 三輪車でGO! の巻

 3日目の3―張継にまさる句はひねり出せるか?/楓橋の巻

 3日目の4―鐘を撞いて煩悩滅却!?/寒山寺の巻

 3日目の5―九官鳥が「歓迎光臨」でお出迎え/昼食の巻

 3日目の6―あれれ? 銀まで傾いているぞ/虎丘の巻

 3日目の7―白い家並は日本の原風景に似ているか? の巻

 3日目の8―家(うち)に帰ろう/さよなら蘇州の巻

 3日目の9―夜の上海の街を徘徊?/
          果たしてわたしたちは夕食にありつけるかの巻

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