●:=: Angkor 5 days :=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=○
ア ン コ ー ル 5 日 間 ★ 徒 然 日 記
第5号 1日目の5――シェムリアップの夜 の巻
発行責任者 ちはる
2001.8.13 発行
○:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=: Turezure Diary =:=●
§--< Attention! >-------------------------------------------------§
▼この日記は、ちはるが実際にアンコール・ワットのある町、シェムリアッ
プでつけていた日記をもとに、加筆、修正、再構成したものです。
▼もしかしたら文中に、不適当な発言、あるいは間違った記述があるかもし
れません。その場合はどうぞ容赦なくご指摘ください。ただし、旅の折々
で胸の内に生じた感情については、あえてそのまま書いている場合もあり
ます。どうぞご了承ください。
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《2001年5月27日−5》
■空港からシェムリアップの町へ
空港前ロータリーを出た車は、とりあえず今夜わたしたちが夕食をとる
「チャオプラヤ」というレストランがあるシェムリアップ[Siem Reap]中心
部へと向かった。
午後7時を過ぎているので、すでに外は暗い。
そういえば、海外旅行で現地に夜到着するのはひさしぶりだ。
記憶の中にある夜に到着した旅行は、タイのバンコクへ行った時くらいしか
ない。
あの時は、夜なお煌々と明るいバンコクの街を、マイクロバスに乗って高速
道路をかっとばし、市内へ向かった。もう午前12時近い深夜だったにもかか
わらず、町中には人と車と屋台があふれ、喧騒かまびすしく、ものすごい活気
にあふれていたのにびっくりしたっけ。
わたしの中にある東南アジアの夜、というのはそういうイメージだったので、
シェムリアップもそんな感じかな、と想像していた。
だが、実際にはまったく違った。
空港を出ると、ほぼすぐに道の両側には木立が並んでいた。いや、並んでい
たというよりも、正確には広がっていた、であろう。
ああ、いつかどこかで通ったポプラの並木道みたいだ、と思った時には、車
の周囲は真っ暗になっていった。
先ほどの空港駐機場の、うっすらとオレンジ色の光がある暗さではない。
自分が目をつぶっているのかいないのかもわからなくなるような、真の闇で
ある。
うおおっ、何だ? この暗さはっ!
視線を前に戻せば、道は車のヘッドライトが照らす範囲しか見えなかった。
そうか、街灯がないんだ、と思い至る。
しかし、車が走るうちに、所々明るいところがあった。どうやら家のようだ。
家といっても日本のような家屋ではない。木で高床式の家の枠を組み、それ
の壁と屋根をヤシの葉などで葺いた簡単な造りの家だ。
しかも、家の前面には壁がない家もある。
オープン・カフェじゃなく、オープンお家か・・・
「カンボジア人の暮らし、800年前からあまり変わっていません」と現地
ガイドのKさんが言う。
はあ、なるほど、とうなずくしかない。
そのところどころにある家の明かりのおかげで、道の両側にはジャングルが
広がっていることがおぼろげながらにわかってきた。
しかし、そのわずかな家の明かりから離れてしまえば、またしても一面の暗
闇である。
――こんな真っ暗な中で戦争していたのかよ・・・
ふと、そんな考えが頭の中をよぎった。
その瞬間、背筋がぞくっとした。
こんな闇の中、絶えず銃口におびえて暮らしていたら、恐怖で気が狂っちま
いそうだ。
正直な話、わたしはけっこうお気楽な気分でカンボジアにやって来た。
だが、この真っ暗な夜を目の当たりにして、はじめて「ああ、この国の人た
ちは本当に大変な時代を過ごしたんだな」と思った。
今にしてみると、かなり的外れなことを考えていたような気もするが、とに
かくシェムリアップに向かう車の中で、わたしはそんなことを考えていた。
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■ 国道6号沿いの風景
車は途中から国道6号という道に入ったようだ。
だからといって、周囲が明るくなったということはない。相変わらず暗いま
まである。
ふと横を見ると、どう見ても運転手よりかなり大柄な白人男性を後ろに乗せ
たバイクタクシーが走っていた。タイヤがつぶれるんじゃないか? と見てい
る者に思わせるほどの重量感だ。
こんな暗い中、あんな大きな人を乗せてバイクで走るか。根性だ。
道が進むにつれ、今度は家でなくホテルが道沿いに現れた。
ホテルの高さは、どれも3〜4階建てで、東南アジアのお寺風というか宮殿
風みたいな造りをしていた。
そしてたいがい、屋根の稜線や端っこ、建物の角などを電飾(ネオンではな
い)で明るく飾り立てられている。でも、ぽつん、ぽつん、と離れて建ってい
るので、国道6号を明るく照らすほどではなかった。
それでもだいぶ町中に近づいたようである。薄明るい闇の中に歩いている人
の姿もちらほらと見え始める。
よーく目をこらすと、広場のようなところに屋台が出ているのもわかった。
しかし、屋台自身に照明はなく、青みがかった暗闇の中で営業しているので、
何をうったりしているのかはわからなかった。
「この国道6号線は、オブチ首相の援助のおかげで整備がすすんでいるんで
すよ」とKさんが言う。
オブチって誰だ? と思ったら、なんと日本の故・小渕首相のことだった。
へえ、小渕さん、カンボジアに来たことあるんだ。
(※Attention! 小渕首相は2000年1月にアンコール・ワットなどを訪
問したそうです)
このKさんだけがそうなのか、カンボジア全体でそうなのかは不明だが、と
にかくKさんに限って言えば、小渕首相は大人気だった。
白い光を放つ、何かものすごく明るい建物がある、と思ったらガソリンスタ
ンドだった。
ガソリンスタンドはふたつ見たが、どれもぴかぴかできれいだった。
この後何度か道を曲がったところに「うわー、ハワイにある高級ホテルみた
い」って外観のホテルがあった。「ここはオブチ首相が泊まったホテル」とK
さんが言う。
というわけで、このホテルはシェムリアップ滞在中、わたしにオブチ・ホテ
ルと呼ばれていたが、実際にはグランド・ホテルという超高級ホテルだった。
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■ チャオプラヤ
オブチ・ホテルを左手に見ながら車が左折すると、まもなくして目的のレス
トラン、チャオプラヤについた。
チャオプラヤって、タイのバンコク市内を流れる川の名前じゃなかったっ
け? なんでカンボジアでチャオプラヤなんだ? と思っていたら、このレス
トラン、実はタイ料理の店なのだと後で知った。
しかし、実際には各国の料理をビュッフェ形式で食べられるレストランだっ
たので、そんなの全然気付かなかった。もちろん、日本を代表しては寿司が並
んでいた。
このレストランでは、テラス席でショーを見ながら食事もできるのだが、わ
たしたちは店内で食事。すでにわたしもマダムも長旅で疲れていたので、蒸し
暑いテラスよりもエアコンの効いた店内はありがたかった。
食事は代金に含まれているが、飲み物は別というのがツアーの基本。ミネラ
ル・ウォーターを2本注文すると、EUROTECHという銘柄のイギリスの国旗が描
かれた500mlのペットボトルがやってきた。1本1ドル。
食事は、いろいろ食べたかったのだが、いかんせん疲れた身体が受け付けな
い。
それでも、ベトナムの生春巻きや、どこの国かは知らないがエビのグリーン
・カレー、骨の多い白身魚のフリッター、炒飯、生野菜などを食す。
その他、サティというインドネシアの串焼きやミーゴレン、ソムタムなどの
サラダもあった。
一番おいしかったのはMOK-OHという料理。笹の葉で作った楕円形の型の中に、
ココナッツ・ミルクがきいた鶏のつくねみたいなのが入っていた。これが辛く
てうまい。何度かおかわりしに行ったと記憶がある。
食事をしながら窓の外を見ていたら、店員の女性がココナッツ・ミルクが
入ったズンドウ鍋の中から何かをすくって捨てていた。
何だろう、と思ったがすぐにわかった。虫だっ!
ひ〜、と心の中で悲鳴をあげたが、しかし、ビュッフェの料理はすべて外に
並べられている。
気にしていたら食えん。ちはる、心の一部のシャッターを閉じる。
デザートは、さすが南国、フルーツの種類が豊富。ランプータンにパパイヤ、
パイナップル、バナナ、スイカ、ライチなどなどなど。この店は洋菓子もけっ
こう種類があって、わたしはなぜかプリンを食べた。
途中、トイレに行く。
さあ、初めてのカンボジアのトイレ。どんなもんだろ? とちょっとドキド
キしながら行ったが、とってもきれいだった。
まあ、ここはレストランだからきれいだったのかもしれないが、その後、現
地の人向けトイレに行った時も、設備が古くて汚いということはあっても、不
潔で汚い、ということはまったくなかった。
中国のトイレでさんざん苦労したことのあるマダムは、「国民性の違いかし
らね?」とそのきれいさにいたく感心していた。
そんなこんなで、1時間ほどで食事終了。
8時45分、頃合いを見計らって、Kさんが迎えに来てくれる。
外に出たら雨が降っていた。あたたかい雨だった。
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■ シティ・ロイヤル・ホテル
車で今度はホテルに向かう。
わたしたちが泊まったホテルはシティ・ロイヤル[City Royal]というのだ
が、このホテルはどのガイドブックにも載っていなかった。
なので、わたしもマダムも「どんなホテルなんだろう?」と心配だったのだ
が、Kさんに聞くと「できたばかりの新しいホテルなのできれいですよ」との
ことだった。
なるほど、それで本に載っていなかったのか。
到着したホテルはKさんの言葉通り、4階建てのきれいなホテルだった。
ひろびろとしたロビーは、白い壁に天然の木材をふんだんに使ったゴージャ
スな造り。
うん、さすがホテルはデラックスのコースを選んだだけある。
しかし、人が少ないな・・・
ホテルの従業員は、ドアボーイがひとり、カウンターの奥にいる人がふたり、
の3人くらいしかいなかった。
しかも、わたしたち以外の宿泊客が見当たらない。
オフシーズンだからこんなものなのかな、と思ったが、その後このホテルで
他の宿泊客を見たのは、1日に1組がせいぜいだった。
経営はなりたっているのだろうか? と人事ながら心配したが、このホテル
の持ち主はカンボジアの政治家だという。しかも、ここ以外にもいくつかホテ
ルを持っているのだそうな。
どうやらもうかっているらしい。
わたしもマダムも疲れていたので、Kさんにチェックイン作業をしてもらっ
た後は、ウェルカム・ドリンクもそこそこに部屋へ行った。明日は8時半にロ
ビーで待ちあわせとのこと。ツアーにしては、けっこうゆっくりしている。
部屋は2階。中に入ると、うおおー、なんじゃこの広さはーっ! というく
らいに室内は広い。
部屋の中にはベッドがふたつにクローゼット、テーブルとソファがふたつ、
そのほかにテレビがのった横長の机やスーツケース置き用の机などがあるにも
かかわらず、空いたスペースを使って余裕でエアロビでもできそうなほどの空
間がそこにあった。
これは、ゴージャスというかデラックスというか、いたずらに土地が余って
いるというか。
まあ、せまい部屋よりは全然いい。
いくら散らかしても、足の踏み場がなくなるということは絶対ないという、
ありがたい部屋だった。
バスルームも広くてきれい。アメニティ・グッズも各種そろっている。
しかし、不思議だったのはトイレの横に設置されている銀色の金属でできた
ホース。先にはハンドルを握ると水が出てくるアタッチメントがついている。
水源はトイレのタンクからとっているようなのだが、これの用途が不明。
そういや、バンコクでもトイレに紙がないかわりに、コンクリで作られた水
槽と手桶が置かれていたことがあったっけ・・・これもその一種なのか? つ
まりこれは、自動ではなく手動ウォシュレットということなのか? 謎。
(※Attention! 手動ウォシュレットの可能性が大です)
とりあえずシャワーを浴びる。
お湯は出たが、しかし途中から水に近い温度のお湯になってしまった。
フロントに言いに行くような度胸もないし、完全な水でもなかったのであき
らめる。
しかし、この現象は3日間ずっと同じだった。
部屋のTVは日本の衛星TVが入る。ありがたい(^ ^)。
っていうか、あちらこちらの衛星TVが入るようだ。欧米の有名どころから、
近くは台湾や中国のTVも見られた。
カンボジア自体にTV局が少ないせいなのかな?
ベッドサイドのデジタル時計は止まっていた。
持参したポケット・ピカチューのアラームを朝の7時にセットしてから、
午前1時頃就寝。
おわり
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◎ 今回のアンコールMEMO ◎
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●カンボジア歴史年表(一部:1953〜1991)
今回、本編の中にちらっと戦争のことがでてきたので、歴史のことを少しだ
け。
とりあえず、カンボジア国内で内戦が始まってから終結するまでをまとめて
みました。
だらだらっと西暦だけあげても把握しづらいので、政権ごとに区切りをいれ
てみたのですが、こうしてみるとカンボジアって、ころころ国名が変わってい
たのですね。
現在のカンボジア王国になったのは、1993年3月からのことだそうです。
簡単ですが、どうぞご参考に。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
▼1863〜1953 フランス植民地時代
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
▼1953〜1970.3 シアヌーク政権【カンボジア王国】
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
▼1970.3〜1975.4 ロン・ノル政権【クメール共和国】
1970.3 シアヌーク外遊中に起きた、ロン・ノル将軍のクーデターによる政権
奪取。クメール共和国時代樹立。
シアヌークは北京へ亡命。中国の支援を受けてカンボジア民族統一戦
線を組織。共産主義勢力クメール・ルージュと協力し、政権奪回を図
る。これにより内戦が勃発。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
▼1975.4〜1979.10 ポル・ポト政権【民主カンボジア】
1975.4 ポル・ポト派によりプノンペン制圧
1976.4 民主カンボジア政府樹立
1978.12 ベトナムの支援を受けて、カンボジア救国民族統一戦線が結成される。
ベトナム軍、プノンペンに侵攻開始
1979.1 ベトナム軍とベトナムの支援を受けたヘン・サムリン率いるカンボジ
ア民族救国戦線がプノンペン制圧
1979.8 プノンペンで開かれた人民革命法廷でポル・ポトらに死刑判決が下る
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
▼1979.10〜1991 ヘン・サムリン(フン・セン)政権【カンボジア人民共和国】
1979.10 カンボジア人民共和国樹立
1982.7 クメール・ルージュ、シアヌーク派、クメール人民民族解放戦線
(ソン・サン議長)で3派連合政府を樹立。ヘン・サムリン政権との
内戦が続く。
1989.9 ベトナム軍、カンボジアからの撤退完了
1990.9 国連安全保障理事会は、紛争当事者4派による最高国民評議会(SNC)
の設置、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による停戦監視および
選挙実施の和平プロセス案を発表。カンボジアの4派もこれに同意。
1991.10 4派を含む関係18ヶ国が、パリ和平協定(カンボジア紛争の包括
的政治解決に関する協定)に調印し、一応の内戦終結
※このコーナーは不定期です。
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■ 編集後記
はい、シェムリアップ第1日目の夜リポートでした。
すんごく疲れていたので、ご飯なんかいいからホテルに行ってほしいなー、
とわたしもマダムも考えていたと思うのですが、行ったら行ったでけっこう
食べましたね、夕食。
マダムはパクチーやレモングラスなどの香草がダメなのですが、何も言わず
に食べていたのを思い出すと、そういうクセのある材料が入っていない料理が
多かったのでしょうね。中華も多かったです。せっかくカンボジアに来たのに、
「食べなれたものが一番おいしいわね」とバカなことをふたりで話したような
記憶もあります。
ホテルはとってもきれいでよかったのですが、どういうわけか本当に人が少
ないホテルでした。
まあ、シェムリアップの中心部からだいぶ離れたホテルなので、あまり人気、
なかったのかもしれませんね。
それではまた次号でお会いしましょう。
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