●:=: Angkor 5 days :=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=○

     ア ン コ ー ル 5 日 間 ★ 徒 然 日 記

 第7号 2日目の2――アンコール・ワットはおあずけ/
              とりあえずアンコール・トム南大門 の巻

                        発行責任者 ちはる
                        2001.8.22  発行
○:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=:=: Turezure Diary =:=●

§--< Attention! >-------------------------------------------------§
▼この日記は、ちはるが実際にアンコール・ワットのある町、シェムリアッ
 プでつけていた日記をもとに、加筆、修正、再構成したものです。
▼もしかしたら文中に、不適当な発言、あるいは間違った記述があるかもし
 れません。その場合はどうぞ容赦なくご指摘ください。ただし、旅の折々
 で胸の内に生じた感情については、あえてそのまま書いている場合もあり
 ます。どうぞご了承ください。
§------------------------------------------------------------------§

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《2001年5月28日−2》

■ アンコール・ワ〜〜〜〜ット(←ドップラー効果)

 シェムリアップ[Siem Reap]の町からアンコール遺跡群へとまっすぐ続く
道が、シアヌーク国王のドデカい肖像画が掲げられている突き当たりにまで来
ると、その向こうはアンコール・ワット[Angkor Wat]の四方を囲む環濠(お
堀)だった(概略図は下記)。

 環濠の向こうには木々が生い茂る平たい島、のようなものが見える。

  ・ ・ ・ ・ 《アンコール・ワット周辺概略図》 ・ ・ ・ ・ 
  
         ↑||               北
    アンコール・||            || ↑
    トム南大門へ||            || ┼
          |├――――――――――――┤| |
         ↑||////////////||
         ↑||/┌――――――――┐/||
         ↑||/|        |/||
    ←空港へ ↑||/|        |/||
      ――――┘└―┘  アンコール  └―┘└――
      ――――┐┌―┐  ・ワット  ┌―┐┌――
         ↑||/|        |/||
         ↑||/|        |/||
         ↑||/└――――――――┘/||
         ↑||////////////||
         ↑|└――――― ● ―――――┘|
         ↑└――――――┐┌――――――┘
          ←←←←←← ||
       ちはるたちの進路 ↑||↓シェムリアップへ
                ↑||
                ↑||

 *●のところにシアヌーク国王の肖像画がある
 *「/」部分は環濠
 *縮尺はテキトーです

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 おおっ、これがアンコール・ワットかっ!
 全然建物見えないけど。

 肖像画のあるT字路を車は左折し、アンコール・ワットの環濠沿いにしばら
く走って今度は右折した。

 すると、アンコール・ワットのある浮島のようなところから、環濠を横切っ
て車道へと道が1本のびているのが見える。これは西参道というそうな。

 アンコール・ワットは、数あるアンコール遺跡群の中でもめずらしく、西側
に正面入口がある遺跡なので、西側に参道がもうけられているのだ。

 建物は見えないのかなー、と思っていると、西参道が近づくにつれて浮島上
の森が途切れ、あっさりとアンコールワットの一番外側を囲む回廊が見えた。
 そしてその向こうには見覚えのある形の塔が。

 あ、アンコール・ワットだっ! と思ったのはほんの一瞬。
 じっくり見る間も感動するヒマもなく、車はすい〜っと西参道正面を通過し、
アンコール・トム[Angkor Thom]南大門へ向けて走り去ってしまった。

 ああっ、アンコール・ワットがもうあんな後ろにっ! Σ( ̄∀ ̄;)!

 「アンコール・ワットは午後に来ますからね」とガイドのKさんが言ってく
れたが、なんかまるで「おあずけ」をくっているかのよう(笑)。

 アンコール遺跡群というのは、いくつか代表的な遺跡めぐりコースがあっ
て、それにしたがうと今日の午前中はアンコール・トムの遺跡群めぐりになる
のだが、アンコール・ワットを魅せられながらそこに行けないのは、なんとも
生殺しのような状態だな、と思った。

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■ イタチ?

 アンコール・ワット前を通り過ぎ、背の高い木が両側に並ぶ道をしばらく走
ると、車の正面に石造りの大きな門が見えてきた。

 これが、アンコール・トムの南大門だそうな。

 車の中、遠目で見る南大門は、まあようするに石でできた大きな門で、ふう
んという感じ。まだあまり感動はわきあがってこない。
 
 それよりも、わたしはふと視界を横切った何かに気をとられた。何か、動き
の敏捷な動物が見えたのだ。
 何だろう、とそちらに向かって目をこらす。ものすごくほっそりした柔軟な
身体付きと動きからイタチか? と思ったのだが(わたしの実家の方ではまだ
出る)、どうもそうではないらしい。

 そして、はっと気付いたのだが、それは猫だった。
 それも、おそろしくやせこけた猫。

 がーんっ! 何だ? あの骨ホネな猫はっ!?

 そして車を降りると、今度は南大門前にあるお土産屋さんから犬が歩いて来
た。
 その犬がまたやせている。何しろ、あばら骨がすけて見えるんである。

 ええっ!? どうしちゃったんだ、あの犬?
 何であんなにやせてるのー?

 しかし、今回の旅行中アンコール遺跡群で見かけた犬と猫、そして牛はみん
なやせていた。そろいもそろって骨と皮だけみたいな姿だった。

 友人(銀)の家ではアメリカン・ショートヘアの血をひく猫を飼っている。
もともとアメショーは大きくなるタイプの猫なんだけど(大きいだけで太って
はいない)、友人宅の猫もかなり体格がいい。
 でも、あの猫といま目の前にいるこの猫じゃあ、同じ猫科の動物とは思えな
い。まるでまったく別の種類の生き物みたいだ。

 日本では、最近だと野良猫でもやせている猫ってほとんど見ない。
 日本の猫は食べ物には恵まれているんだなあ、とちょっと思う。

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■ アンコール・トム南大門

 さて、南大門。

 アンコール・トムもアンコール・ワット同様、四方を水をたたえた環濠に囲
まれている。
 アンコール・トムには5つ門があるのだけど、そのうちの南の環濠にかかっ
ている橋を渡るとあるのが南大門というわけである。

 門の形はかわっている。
 いちおうアーチはアーチなのだけど円いアーチではなく、アーチの先頭がと
がったえんぴつの先みたいなアーチなのだ。

 建築的に見ると、ヨーロッパなどでよく見られる(日本だと長崎の眼鏡橋と
か)円いアーチは「真性アーチ」といい、石材を円弧状に組み合わせて作られ
ている。

 それに対して今わたしが見ているアーチは「迫り出しアーチ」といい、平ら
な石材を少しずつずらして積み上げ、擬似的にアーチを作り出しているのだ。

 アンコール遺跡群にある門のアーチはすべてこの迫り出しアーチの門だった。

 そういや、中国の故宮も韓国のクァンファムン[光化門]も、門は真性アー
チだった。
 まあ、作られた年代が全然違うけど、同じアジアでも門の形が違うな、と思
う。

 門の手前の橋を見ると、幅およそ130mの環濠にかけられた橋の両側に
は、欄干の代わりのように大きな石像がずらり並んでいる。

 「これは、神様と阿修羅が蛇の身体を綱引きしているところ」とKさんが説
明してくれる。
 言われてよく見ると、おお、欄干の先頭が7つくらいの頭の蛇になっている
ではないか。なるほど。

 カンボジアには「乳海攪拌」という神話が伝わっているそうなのだが、これ
はすごく簡単に説明すると、ヴィシュヌをはじめとする神々とアスラ(阿修羅)
が、不老不死の妙薬アムリタを手に入れようとするお話である。

 その方法は、これまたすごく簡単に説明すると、まず海の中に山を置いて、
次にその山に大蛇の身体を巻きつける。で、蛇の身体を綱引きすることによっ
て山を回転させ海を攪拌すると手に入るのだそうな。

 南大門前の橋の両端にある神々とアスラたちの綱引き像は、まさにこの様子
を表しているのだ。

 この綱引きの像はあちらこちらで見た。だが、アンコール・トムの南大門が
一番よく残っていて、そして修復されているとKさんが言っていた。
 確かに他の場所の綱引き像は、どれもほとんど神様とアスラの首が落ちてし
まっていた。

 「門に向かって左側がヒンズーの神様。神様の顔は微笑んでいる。右側に並
んでいるのは阿修羅。阿修羅は悪い神様だから顔が怖い」とはKさんの説明。

 微笑んでいる・・・と言われれば微笑んでいるかも。怖い顔の神様もいた。

 橋を渡りながら、下の環濠をのぞきこんでみる。
 すると、橋の左側の環濠水面は、一面の緑だった。もしかしたら水が涸れて
野原になっていたのかもしれない、と思わされるほど草木が生い茂っていた。

 一方橋の右側水面には睡蓮やホテイアオイの緑の葉が浮かんでいた。よく見
ると、ピンクや白や紫色の蓮の花が咲いている。
 へえ、こんなところで蓮の花を見るとは。

 遠くに目を向けると、環濠の水辺では茶色の牛が草を食(は)んでいた。
 あ〜、のーんびりした風景だ。

 橋を渡りきった後、水面近くまで環濠の土手を降りてみる。
 橋を土手から見ると、橋の基部は火山岩のように表面にぼこぼこと穴があい
た赤い石で作られていた。
 ふうん、道の土も赤いけど、石も赤いんだな。

 橋のたもとから門を見上げる。門は白と灰色と黒のモノトーンの石でできて
いる。

 門は何やらごちゃごちゃと凹凸があるのだが、遠くから見ると何がなんだか
さっぱりわからない。
 だが目をこらしてよく見ると、門の一番上にくちびるのぶ厚い大きな菩薩の
顔がっ!

 おお、これがディズニーランドのジャングルクルーズでも見られる(←毒さ
れきっている)あの有名な巨大な顔か。

 へ〜、これってこんなところにあったのかー。

 と、感心していたのだが、それはなぜかというと、実はわたしはこの巨大な
菩薩の尊顔像は、アンコール遺跡群の中ににひとつしかないものだとばかり
思っていたからだ。

 しかし、これは大きな間違い。
 巨大な菩薩の尊顔像はアンコールの遺跡中あちらこちらにある。

 しかも、尊顔像はふつうひとつの塔の4面、つまり東西南北それぞれにひと
つずつ彫られているので、4つでワンセットになっているのだ。
 し、知らなかった。

 門の壁には菩薩の尊顔の他にも踊る女神のレリーフや、鼻が柱のように地面
にのびる象の彫刻もあった。

 門をくぐる。
 門の中に足を一歩踏み入れると、水がくさったようなにおいがする。
 上を見上げると真っ暗だが、何かが動いている。Kさんに聞いたらこうもり
だそうな。
 うかうかしているとフンが落ちてくると言われた。

 門の中はこうもりのフン害があるわけだけど、門の外ではハトのフン害の問
題がある。
 菩薩の尊顔像も女神のレリーフも、ハトのフンでところどころ白くなってし
まっていた。

 門を抜けると、ふたたび道の両側には大きな木の林というか森というかジャ
ングルがある。
 地上2メートルくらいの位置から幹が地面に向かって扇状に広がる巨大な白
い木がある。高さは何十メートルくらいあるんだろう? とにかくめちゃく
ちゃデカい木だ。

 「あれは何の木?」とKさんに聞いたら「ガジュマル」という答えが返って
きた。
 へー、これがガジュマルなのか。初めて見た。
 水辺に垂れ下がる木ってイメージがわたしにはあるけど(きっとマングロー
ブか何かと間違えている)、こんなところにも生えているんだな。

 この木、本には多く「スポアン」という名で載っていた。
 「スポアン」が何語なのかは知らないが、「ガジュマル」ってのは和名なの
だそうな。漢字では「榕樹」と書く。

 ということは、Kさんは日本人にわかるよう和名で覚えてくれていたのかな。

 初めて間近で見る遺跡をじっくりと堪能した後、わたしたちは車で次の目的
地に向かった。

                                おわり

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◎ 今回のアンコールMEMO ◎
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●アンコール・トム雑記(アンコール:都、トム:大きな、偉大な)

 アンコール遺跡群にはアンコール・ワットしかない、と思っている友人がわ
たしにはいて、「アンコール・トムでね・・・」というような話をしましたら
「トムって何だよ、トムって。ワットだろう?」と言われてしまいました(T_T)。

 まあ、別にそれはどうでもいいんですけど。

 アンコール・トムは都の名前です。
 ガイドのKさんに聞いたところ、アンコール王朝には歴史的に見て大きな都
が3つあったそうです。
 名前と造った王さま、年代は下記の通り。

 1.ヤショダラプラ  (ヤショヴァルマン1世 :10世紀初)
 2.アンコール・ワット(スールヤヴァルマン2世:12世紀前半)
 3.アンコール・トム (ジャヤヴァルマン7世 :12世紀末〜13世紀初)

 アンコール王朝最初の都城であるヤショダラプラは「ヤショヴァルマン王の
都城」という意味で、現在はもう残っておらず、プノン・バケンというアン
コール・トムの近くにある遺跡を中心に造られていました。

 アンコール・トムは正式名称を「ヤショラダプラ」というので、最初のヤ
ショヴァルマン1世が造った最初の「ヤショラダプラ」は第一次ヤショラダプ
ラとかとか言って区別するみたいです。

 アンコール・トムの遺跡というのはたくさんあって、一番有名なのがバイヨ
ン寺院。その他、象のテラス、バプオンなどなどなど10以上の遺跡がありま
す。

 他の遺跡はまたの機会に。

※このコーナーは不定期です。

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■ 編集後記

 アンコール・トム南大門リポートでした。

 本文中にも書きましたが、アンコール・ワットは西を向いて建っています。
 だから、アンコール・ワットを見るということは東を見る、ということになり
ます。
 で、午前中に行くと太陽はまだ東側にありますから、アンコール・ワットは逆
光になってしまっているのですね。

 当然これは見づらいので、ツアーだとアンコール・ワットは太陽が西に傾いた
午後に観光を組まれていることが多いようです。

 とはいえ、せっかくアンコール・ワットを道すがら見るのに、その前を素通り
されるのはつらいッス。

 そのせいなのかどうなのか、南大門の観光は、自分的にはちょっとフヌケてい
ました。

 それではまた次号でお会いしましょう。

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