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第9号 |
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2日目の3――キムパで休憩/国立中央博物館・後編の巻 |
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■ クンニプ・チュンアン・パンムルグァン[国立中央博物館]:地下 |
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最初の展示室は小さな仏像がメイン。真っ先に目に入ってくるのが、入り口正面一番奥に展示された弥勒の半跏思惟像。 ううん、不思議な微笑だ。 今回の旅行の目的のひとつをじっくり堪能し、満足したところで別の展示にも目を向ける。 この部屋のとなりにはもうひとつ仏像用の展示室がある。広く、天井が高く、んで薄暗い。展示物の保護のためだろうか? それにしても、意外に鉄でできた仏像も多かった。傷がついたところがさびているので、すぐそれとわかるのだが、日本に鉄製の仏像なんてあったかなあ。とりあえずわたしには思い出せなかった。 仏像の展示室を出ると、隣には鉄器の部屋があった。歩き疲れてしまっていたので、あまり真剣に見るつもりはなかったんだけど、鉄製の舎利や梵鐘、密教具などの仏教関連グッズが多く、けっこうしっかり見てしまった。 売っていたら買いたくなるくらい美しい銀・金・水晶製の舎利容器や、やはりわたしを「うおー、ほしいー!」とうならせたマッチ箱くらいの大きさのミニお経&匣(はこ)、素晴らしい造りの独鈷杵・三鈷杵・五鈷杵などをじっくりと見て展示室を出た。
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■ 博物館:1階、休憩 |
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日本人の利用も多いのだろう。ガラス張りの入り口の壁には、日本語で「うどん W2,000(約215円)」とか、「キムチうどん W2,500(約269円)」、「コーヒー、アイスコーヒー W2,000(前出)」などのメニューが紙に書かれて貼られている。 日本に比べるとやけに安いなあ、と疑問に思いつつも、うどんでも食べるか、と中に入ったのだが、従業員がいるカウンターの上にキムパ[kim‐bap]が置かれているのが目に入る。おお、これは韓国に来たら食べてみようと思ってたもののひとつではないか。 キムパとは、キム[kim]=海苔(のり)、バ(ッ)[pap(語中なのでbapと発音)]=ごはんの意味で、いわゆる日本の海苔巻きのような食べ物だそうである。 これはぜひ試すべきでしょう、というわけで、コンビニで売られているお寿司のように、白い発泡スチロールのトレイにのせられ、ラップで包装をされたキムパ(W2,000)(約215円)をカウンターに置き、さらに飲み物も頼む。寿司にコーヒーもなかろう、と思ったが、どうしても飲みたかったのでアイスコーヒー(値段は上記参照)にする。 一瞬、アイスコーヒーで通じるのか? と考えたが、思い切り日本語発音の「アイスコーヒー」で通じた。 何にせよ無事注文と会計を終え、トレイにキムパと紙コップ入りのアイスコーヒーをのせてもらってから席に移る。店内には、わたし以外にはまだ客はいなかった。 さて、キムパ。直径はほぼ日本の太巻きと同じくらいだけれど、厚さは日本の太巻の半分くらいで、ちょっと薄めにスライスされている。
このキムパはその後、街中のあちこちの飲食店の店先で、作りたてを売っているのを見かけた。中に入っている具も店によってまちまちで、店ごとにウリがあるんだろうなあ、などと思った。 食事をしつつ休憩、日記書き。そこそこ人が入ってくる。 古地図があった。韓国のものばかりでなく、中国や沖縄のものもあって、へえー、と思う。 その他、朝鮮通信使の説明コーナーもあった。日本ではあまり取り上げられないけど、こちらでは博物館に資料が展示されているんだな。 あとは1階も含めて焼き物ばかりなので、ごっそり見学は割愛する。 2階に戻って、受け付けで音声ガイドと引き替えにパスポートを返してもらい、久しぶりに外に出る。朝と違って、空はちょっと曇っていた。まあ、外を歩き回るにはちょうどいい。 おわり
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■ 今回のMEMO ■ |
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江戸時代の日本は鎖国していましたので、当時交流のあった外国というと、長崎の出島で貿易をしていたオランダくらいしかなかなか思いつかないかもしれませんが、その鎖国状態の日本で、徳川幕府と唯一正式に外交関係を結んでいた外国の人々がいます。それが、この朝鮮通信使です。
13世紀の初め頃(日本の平安時代終わり頃)から、当時の韓国・中国は、沿海地方を荒らす倭寇(日本の海賊)の被害に悩まされていました。 こうして始まった外交は、秀吉の朝鮮侵略の時期を除いて、1867年までおよそ460年間続きます。1404年から1568年(だいたい室町時代)の164年間の間では、その回数は60回以上におよびました。 秀吉が起こした戦争が終わり、日本が徳川政権に変わった後の1605年、徳川幕府はイシ・チョソンとのあいだで講和条約を結び、秀吉のために断絶していた国交が、これで修復されました。 一番最初の使者がやってきたのは、1607年、修好回復のためでした。 日本の学者たちは通信使の宿舎を訪れ、中国やイシ・チョソンの話を聞いたそうです。この日本の訪問者はひっきりなしだったようで、「食事をする間もない」と通信使のひとりである学者、シン・ユハンは書き残しています(大変そう・・・(^ ^;))。 また、この朝鮮通信使は、学者や幕府の人々に限らず、一般の人々にとっても、とても関心・興味のあるものだったのでしょうね。当時のお江戸日本橋を行列する通信使を、沿道に並んだ庶民が物見高く眺めているという構図の浮世絵が、現在も残っています(神戸市立博物館蔵)。
参考文献:(参考にした文章が多い順)
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■ 今回のおこづかい帳 ■ |
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●今回の小計:W4,000 (※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)
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■ 編集後記 ■ |
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1階は本当に焼き物onlyなので、きっとお好きな方にはたまらないでしょう。わたしも歴史資料が展示してあるコーナーの隣りに、個人名を冠したコレクションのコーナーがあって、そこをちょっとだけのぞいたのですが、桃の形をした水滴(硯に水を足すための器)は、透き通るような青みがかった白い肌がたまらなくきれいでした。博物館内のお土産やさんにレプリカが売っていれば買って行きたかったのですが、残念ながらなかったです。惜しい。 それでは、また来週、次号でお会いしましょう。
★Special Thanks!★ 今回「キムパ」に関しては、ユン・ドクジュウさんが『まぐまぐ』から発行しているメールマガジン、「韓国、何でもQ&A」のNo.26のQ2から一部テキストを引用させていただきました。ありがとうございました。
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2日目の1――貧乏人は今回の旅行でも歩いてます/ | ||||||
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2日目の2――見どころ満載/国立中央博物館・前編の巻 | ||||||
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2日目の3――キムパで休憩/国立中央博物館・後編の巻 | ||||||
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2日目の4――いろいろ気付かぬにぶい自分を反省/クァンファムン前にて、の巻 | ||||||
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2日目の5――そこにはいまでも花が手向けられていた/キョンボックンの巻 | ||||||
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2日目の6――チャジャンミョンとはなんぞや?/ソウル、そぞろ歩きの巻 | ||||||
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2日目の7――本屋はパラダイス! Part2/本屋さんめぐりの巻 | ||||||
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2日目の8――韓国料理が目白押し/白花酒幕の巻 | ||||||
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2日目の9――白花酒幕で夜は更けて/日韓話題あれこれの巻 | ||||||
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2日目の10――オープン・カフェでパッビンスの巻 | ||||||
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