『ソウル7日間徒然日記』 1999年7月9日(金)記


 
第18号


3日目の2――雨に降られて奉恩寺参りの巻

1999年10月20日(水)発行

 

■ 奉恩寺への道

 
 サムソン[三成:Samsong]駅到着。インターコンチネンタル・ホテルがある方だよな、とおおよその目安をつけ、英語の案内にしたがって進む。

 駅構内の壁には、映画の宣伝ポスターなんかが貼られている。あ、日本では「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」なんていう原題まったく無視のタイトルがついてた映画のポスターもある(原題は「THE MUMMY」。ハムナプトラは映画の中に出てくる都市の名前)。

 そういえばユンさんと映画の話をしている時、いまソウルでは「ミイラ」も上映されているって言ってたな。「ミイラ」だなんて、こっちでは原題に忠実なタイトルをつけているんだなあ、と思いつつポスターのハングルのタイトルを読んでみると・・・え、「ミイラ」? 

 えー、なんで韓国で「ミイラ」なの? わたしはてっきり、ユンさんがわたしにわかりやすいように、英語の「MUMMY」を日本語に直して言ってくれてると思ってたのに。
 そんじゃ「ミイラ」って何語なんだっ!?
※Attention! 日本に帰ってから調べました。ポルトガル語でした。考えてみれば、「ミイラ」が日本語のわけないわな)

 そうかー、韓国でもミイラは通じるのかー、とひとりで妙に納得する。

 方向案内に「アーケード」という英語の表示があるので、インターコンチネンタル・ホテルの地下アーケードだろうとあたりをつけて先に進む。するとやはりその通りで、左右に小さなお店がずらりと並んでいる。しかし、そんな光景を眺めながらずんずん歩き続けていたら、いつのまにかかなりの距離を移動してしまったようだ。焼きたてのパン屋さんや、ファーストフード店が見える。
 いかん。これは早いとこ地上に出ないと、地下で迷ってしまうぞ。

 どうにか地上には出たが、ここがどこかなんてさっぱりわからなかった。目の前には、とりあえず車がびゅんびゅん走っているけっこう大きな道がある。ふりかえったら、わたしが出てきたビルはヒョンデ[現代]デパートという看板がかかっていた。
 あれ? インターコンチネンタル・ホテルはどこにいった?
 しかも、わたしの持ってる地図には、ヒョンデデパートが載ってないぞ。

 しまった。もう迷っちゃったよ。
 まいったなあ。このあたり、ガイドブックに細かい地図がないんだよね。目の前にある道の名前もわからないや。

 困った、とは思うものの、相も変わらずわたしには、見知らぬ人に声をかける度胸がない。太陽で方向確認しようにも、今日はくもりなのでそれもできない。
 永東大路って道に出ればいいんだけど、これ、韓国語では何て読むんだ? 読み方がわからなきゃ、ハングルもわからないじゃん。
 役に立たないなあ、漢字表記のみのガイドブックって。
※Attention! 後で調べてみました。ヨンドン・デノ[Yongdong‐deno]になると思います)

 んー、としばらく悩んだ後、とりあえずデパートを出て右の方に行ってみる。しかし、途中でわたしの野性の勘が、「こっちは違う」と告げはじめたので引き返す。
 そして出発点まで戻って、今度は左方向に歩いて行ってみたら、やがて大きな道との交差点にぶちあたった。もしかしてこれがヨンドン・デノ[永東大路]か?
 ふっと左側を見上げると、大きなビルが2つ見える。

 よくわからないけど、たぶんこの道で、あの2つのビルがある方へ歩いて行けばいいんだろう、と半分以上疑いながらも足を向ける。奉恩寺路ってのとぶつかれば正解なんだけど・・・
 はっ。「奉恩寺」の韓国語読みも知らないぞ、わたし。
 いままでの経験からすると、漢字の標識がないのは用意に想像がつくし。

 「寺」って漢字を「サ[sa]」って読むのは知ってるけど、「奉」と「恩」がわからん。
 しかし、そこで思い出したのが、韓国語と中国語の類似性。

 中国語を勉強したことのある人ならご存じとは思うが、中国語には「―n」で終わる音と「―ng」で終わる音がある。まあ「聞き取る」のはなかなか難しいのだけど、「見分ける」ことはけっこう簡単にできる。
 なぜなら、中国語で「―n」で終わる漢字は、日本語で漢字を音読みした時も「―ん」で終わるからだ(もちろん例外はある)。
 逆に、中国語で「―ng」で終わる漢字は、日本語で漢字を音読みした時、「―ん」で終わらない。

 実はこの法則が、韓国語のアルファベット表記にも当てはまる。
 ハングルで「└[―n]」で終わるものは、日本語で漢字を音読みした時も「―ん」で終わる。「〇[―ng]」で終わるものは、日本語で漢字を音読みした時に「―ん」で終わらないのだ(例外はあると思う)。

 というわけで、「奉恩寺路」のアルファベット表記はきっと、「〜ng

〜n sa no」のはず。そして「奉恩」の音は、日本語の「ほうおん」、

もしくは中国語の「フォンオン[Feng’en]」に近いのであろう。

 そんなことを考えながら、ヨンドン・デノを北西に進む。
 右手にKEPCOと書かれた韓国電力のビルが見えてくる。東京電力はTEPCOか・・・なんて思う。
 右手遠方にはDaily Queen(ファーストフード店)が見える。一時期日本でも流行ったなあ。最近のわたしの行動範囲内では、すっかり見なくなってしまったけど。

 左手には、工事中の大きなビルがある。このあたりは開発区なのかな?
 ヨンドン・デノの交差点から見えた大きな2つのビルに近付いて行ってみたが、ビルの名前は英語表記がなかったのでわからなかったけど、ガイドブックからすると、きっと韓国総合展示場と韓国貿易センターだと思う。

 そんなこんなで400〜500メートルくらい歩いただろうか。大きな交差点に行き当たった。
 頭上にある車用の青地に白い文字の方向案内標識を見ると、目の前に横たわっている道の名は「Pong un sa no」。

 やったーっ! 奉恩寺路だーっ!

 なるほど、韓国語で「奉恩寺」は「ポンウンサ」って読むんだな。

 ガイドブックを見ると、ポンウンサの入口は、交差点からもう少し先に行ったヨンドン・デノ沿いにあるらしい。
 すると、前方のあの緑がこんもりと茂っているあたりが奉恩寺か、とあたりをつけて、ヨンドン・デノを真っすぐ行く。道はやがて大きな、けっこうきつい坂となり、それをひーひー言いながら登る。

 道の向こうにヒョンデ[現代]のHouseing Centerなるものが見える。ふーん、ヒョンデって車以外にもいろいろなことをしているんだな(財閥だから当然か)。

 坂を登りおわって今度は下る。ああ、楽。
 坂を下りきったところに大きな交差点があるが、その手前に石作りの門が見える。お、これがポンウンサの門か? と思ったら、なんと寺ではなく学校だった。
 うそ、こんな苦労して来たのに違うのっ!?
 そういえば、ちょっと駅から離れすぎているような・・・

 あわててガイドブックを確認。
 う、確かに歩きすぎている。でも、ヨンドン・デノ沿いに寺の入り口はなかったぞ。
 くそう、またわたし、だまされたのか?
 どうしてこうガイドブックって、観光施設の入り口を正確に書いておいてくれないんだろう?
※Attention! 詳しくは『上海6日間★徒然日記』の3日目の8をご覧ください)

 あきらめて来た道を戻る。うう、またあの坂を登らなきゃいけないのか(平地に住んでて、生活圏に坂のないわたしにはかなりきつかった)。

 ふたたびひーひー言いながら坂を越え、ヨンドン・デノとポンウンサノの交差点に戻ってふと交通標識を見ると、なんと「ポンウンサはこちら→」という案内ががっちり出ていた。
 なんてこったい。見逃していたのか(反対側にはなかったかも)。
 さっきヨンドン・デノとポンウンサノの交差点に来た時、さっさと左に曲がればよかったんだ。

 


  

 

■ ポンウンサ

 
 道を曲がってしばらく行くと、ポンウンサの境内案内地図の看板があった。
 うわー、かなり大きな所らしい。こころして行かねば。

 このポンウンサは、詳しいことはよくわからないけど、1200年くらい前に建造された禅寺だそうで、精進料理が有名とか。

 


これが奉恩寺[ポンウンサ]

  

 ごく普通の門を入っていくと左手から、たくさんの人がどんつくどんつく太鼓をたたく音が聞こえてきた。
 地元の人に混じって、目が真ん丸のかわいらしい四天王がいる門をくぐる。すると、ピンクやオレンジ、黄色、緑色などの、ちょっと縦方向につぶしたまあるい提灯(ちょうちん)が、色別にずらーっと一列に並んで、正面の建物まで50メートルくらいに渡って吊されている。
 なんだろう? なんかお祭りでもあるのかな?

  


かわいらしい四天王

 


門へと続く色とりどりの提灯
ビアガーデンではない(笑)

  

 さて、いきなり正面の寺務所みたいな建物に行くべきなのか、それとも、参拝に来ている地元の人が行く、右手の坂を登っていった方がいいのか。
 とりあえず無難に地元の人にくっついて行くコースを選ぶ。そうしたら、登りきったすぐの所に飲み物の自販機のある簡単な休憩所が、左手奥の方には白い大きなテントがある。
 何のテントだろう、と思ったら、ハングルでシクタン[食堂:sik‐tang]と書いてあった。
 ああ、そっか。このお寺、精進料理で有名だから。

 でもよく見たら、まかないはお寺のお坊さんではなく、一般の信者の人たちがやっているようだった。すぐ左手にある本堂らしい建物の炊事場で、洗い物などもしている。圧倒的に女性が多い。
 ふうん。一般の人がああいうこともするんだ。

 食事の内容は詳しくは見なかったのだが、ご飯用やおかず用のくぼみがある1枚のプレートに盛られていた。
 白いテントの中で食べてもよし、その近くに腰掛けて食べてもよし、だったようだ。

 寺務所の裏、本堂前の広場が見える位置に来ると、今度は白い提灯が縦横にすき間なくびっしりと、頭上1メートルくらいの所に吊されていた。一列に100個くらい吊されているのが、30列以上あったのではなかろうか。
 思わず「うわー」と声を上げたくなるほど壮観な眺めだ。

  


「極楽往生」と書かれた白い提灯。壮観。

  

 白い提灯にはすべて同じ文字が書かれている。後で調べたら、「極楽往生」と書いてあったことがわかった。
 どれもこれも汚れておらず真っ白で、最近吊したばかりのように見える。何か行事があるのかな?

 本堂の外側の壁には、ブッダの一生を描いた、たて80cm、幅1.8mくらいのパネルが貼りつけられている。うん、言葉がわからなくてもこれはわかりやすい。

  


ブッダの生涯が書かれたパネルたち

  

 柱や屋根の裏側には、キョンボックン[景福宮:Kyongbokkung]で見たような丹青がほどこされているが、おもしろいことに鬼瓦のような意匠の丹青もあった。お寺だなあ。
 でも、鬼瓦の中に描かれているのが、わたしにはどうみても竜のようなひげの生えた虎にしか見えなかった。何だったんだろ?

 本堂右手には、日本の農家の家屋のような、建物の周囲をぐるりと縁側がとりまいている建物があった。
 その縁側にはびっしりと人が座っていて、みんな長い時間腰を落ち着けて話しを楽しんでいるようだ。なんかみんな、まるで自分の家のようにくつろいでいる。
 日本のお寺とは違うなあ、と強く感じる。

 のどが乾いたので、先ほどの自動販売機が置いてある休憩所に戻る。さっぱりした物がよかったのでぶどうのジュースを買ったのだが、飲んでもなかなか中身が出てこない。
 なんで? と思って缶の中をのぞきこみと、大きなぶどうの粒がはいっていたのだ。なるほど、日本で言うところの「つぶつぶぶどうジュース」なわけである。
 だが、ぶどうの粒が飲み口よりも大きなため、ジュースが出てこないのだ。

 ぶどうを飲み込むつもりで、がっと息を吸い込みながら飲んだら、当然のごとく気管にジュースが入ってむせた。
 うう、これでは鼻からぶどうになってしまう(下品ですみません)。

 缶のハングルを読んでみる。すると、「サクサク」と書いてある。
 サクサクしてなくていいから、ぶどうの粒は小さくしてほしい。
 なんで、たかがジュースを飲むのにこんな苦労をしなくちゃならんのじゃ。

 むせた休憩を取った後、小さなお堂が山(丘?)の斜面に点在しているようなので行ってみる。
 お堂は、鮮やかな丹青に彩られたものと、灰色の瓦屋根にいま削りだしたばかりのような木の茶色と障子紙の白だけのシンプルなものの2種類があった。
 仏像の方は、あまりよく覚えていない。趣味に合わなかったのかな?
 ただ、どのお堂でも熱心な人々が、ていねいにお参りしていたのが印象的だった。

  


自然の中に点在するお堂

  

 寺務所もちらっと見てみる。部屋の中とかは入らなかったが、お知らせの掲示板とかがあって、美術展などのポスターも貼られていた。
 中に一枚真っ赤なポスターがあって、どうみてもガンダーラ仏と思われる顔の彫りの深い仏像が、絵だか写真だかで描かれている。
 ハングルを読んだら、そのまま「ガンダーラ(カンダラ?)」だった。おお、やっぱり。

 ガンダーラ仏は、最近では今年の3月に、東京上野にある国立博物館の東洋館で見たけど、特別展とかはここんとこ見てないなあ。
 どこでやっているんだろう? 近くだったら見に行きたいな、と思ったのだが、わたしはハングルは読めても意味がわからないので、どれが開催場所を示す文字なのかがわからない。残念。

 ふたたび境内をぶらぶらしていたら、雨が降ってきた。
 げ。傘、持って来てないぞ。スーツケースの中だ。
 ちょっと強く降ってきたので、どこかで雨宿りすることにする。
 ちょうど近くに鐘楼発見。3、4段ほどの小さな階段を昇って屋根の下に行くと、案の定雨が降り込んでこないので、しばらくここで休憩するか。

 階段のところに腰を降ろし、ひまつぶしに日記を書く。
 ふっと左横を見ると、葉が密生していて雨が落ちてこないらしい林の中で、40代くらいの女性たち4、5人が、芝生のような草の上にひいたシートに靴を脱いで座り込み、お弁当を食べたり飲みものをのんだりしながらおしゃべりを楽しんでいる。まるでピクニックに来ているみたいだ。
 日本の寺だったら、そういう施設を整備しているところ以外でこんなことをしていたら、きっと怒られるよな。

 お寺の庫裡で一般の人たちがまかないをしたり、お寺の施設で思い思いにくつろいだりと、お寺と人々とのつながりが、韓国と日本ではだいぶ違うように思える。韓国の方が、より人々との関係が密接な感じだ。

 もちろん日本のお寺にだって、そういう所もあるのかもしれないけど、わたしはあまり見たことがない。
 日本のお寺というと、お金を払わなければ入れないようなイメージもあるしなあ。観光地化しすぎなのかな?
 以前、日光のお寺に行った時、参拝料を払わなければ、門前の階段を一段たりとも昇らせない、というお寺関係の人の姿を見せられた時には、めちゃめちゃ腹がたった記憶がある(実話)。
 お寺ごとにいろいろ事情はあるだろうけど、あの姿勢だけはいただけなかった。

 そんなことを考えながら日記を書き、時折手をとめては目の前の覆いかぶさってくるような山と森の風景を眺める。
 日記を書くのにも飽き、ふりかえって木の柵に囲まれた鐘を見てみると、白く鈍い光を放つ黒い地金に、ふわりとした衣をまとった飛天が、雲に乗って軽やかに宙を舞っている。きれい。

 上海や蘇州でも鐘はけっこう見たが、八卦は刻まれていても、飛天はいなかった(ただしわたしの見た範囲内)。

 飛天、いいな。
 敦煌行きたいなあ、と懐かしく思う。

  


わたしに敦煌を思い出させた飛天

  

 さて、雨も小降りになってきたので、鐘楼から見て左手奥にある弥勒殿に行ってみるか、と立ち上がる。

 弥勒殿は1階が柱だけで、2階に参拝するための座敷の部屋がある構造になっている。
 座って額を床につけて立ち上がり、また座って額を床につけて立ち上がるという、韓国式のお参りをしているひとたちの姿が、弥勒殿の2階の大きな窓に、鐘楼で休憩しているわたしにも見えた。

  


弥勒殿遠景

  

 どこにどんな仏像があるんだろう、と思っていたら、弥勒殿のさらにその向こうに、巨大な白い弥勒の像が立っていたのだった。
 ひー、でかいっ! 何十メートルくらいの高さがあるんだろう?
 JRの横須賀線に乗っていると見える、大船観音みたいだ(これもかなり大きい。ちょっと恐いくらい)。

  


これがうわさの弥勒

  

 しかもこの弥勒、形が変わっている。
 いや、世界各国いろいろな形の物があるだろうから、これをして変わっていると言ってはいけないのだろうけど、頭の上に白色の四角い板を載せている。何だろう、あれは?
 四角い板の四隅には小さな鐘が吊されていた。風が吹くとなるのだろうか。

 もう一度休憩所で飲み物を買ってのどを潤し、提灯などを写真にとってからポンウンサを出る。
 知識があれば、もっと楽しめただろうな、と思った。

おわり

  

 今回の韓国語  

オディ?[どこ?]

 
 わたしは「オディ?」は1回だけ、第15号のペクファ・ジュマク[白花酒幕]でイさんに対して使いましたが、残念ながら(いや、よかったのか?)それ以降は使う機会がありませんでした。
 わたし、迷子にはなりますけど、それほどひどい迷い方はしないので、けっきょく自力で解決できてしまうから、使う必要がないんですよね。

 いろいろ言い方はあって、「オディ?」(どこ?)だけだとぶっきらぼうだから、「〜です」という意味の「エヨ」(直前の名詞にパッチムがある場合は「イエヨ」)を付けてちょっとていねいな感じにして、

オディ エヨ? [どこですか?]

と言いながら地図を指さすとか、あるいは、

「場所」+オディ エヨ?

と言えば、だいたい通じるのではないでしょうか?

 もしくは、「あります」という意味の「イッソヨ/イッスムニカ」を付けて、

オディ イッソヨ?  [どこにありますか?]
オディ イッスムニカ?[どこにありますか?]

「場所」+オディ イッソヨ?

と地図を見せながら言えばOKじゃないかと思います。

※Attention! 「イッソヨ」は女性が多く使う言葉だそうなので、男性は「イッスムニカ?」の方がよいでしょう)

 「〜は」に相当する助詞とか、「右に曲がります」とか「真っすぐ行ってください」などの韓国語はバリエーションがありすぎてカバーしきれませんので、興味のある方は本を読んでみてくださいね。

 とりあえず、サバイバル(survival)道の訊ね方でした(^ ^)。
 後は度胸とBody Languageと必死の形相だっ!?

※このコーナーは不定期です

  

 今回のおこづかい帳  

缶ジュース:W600×2

今回の小計:W1,200
支払い総計:W64,200(約6,903円)+34,591円

(※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)

 

 編集後記 

 
 ポンウンサ・リポートでした。いかがでしたでしょうか?

 あんまり日本人観光客は行かないところなのでしょうか? 某『地球の歩き方』には、ポンウンサは地図に名前すら載っていませんでした。もったいないですね。あの、でーっかい弥勒の像だけでも、見に行くのはおもしろいと思ったのですが(大きな仏像はそれほど好きじゃないので、趣味には合わなかったけれど)。

 とにかく、お寺の在り方というものが、日本とまったく違う(ような気がした)のが強く印象に残りました。
 道に迷わず行けば(笑)、駅から歩いて本当に5、6分しかかかりません。お寺めぐりがお好きな方はぜひどうぞ(^ ^)。

 それではまた次号でお会いしましょう。

  


3日目の1――地下鉄2号線で大ショックの巻

3日目の2――雨に降られて奉恩寺参りの巻

3日目の3――団地を眺めてフェリー乗り場への巻

3日目の4――ついに謎が明かされるっ!?/演説おじさんの正体の巻

3日目の5――地下食品売り場めぐりは楽し/ロッテデパートの巻

3日目の6――石焼きピビンバはスッカラッで混ぜるべしっの巻

3日目の7――キャンディは国境を越えたのに、
             わたしは国際電話がかけられないっ!? の巻

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