『ソウル7日間徒然日記』 1999年7月9日(金)記


 
第23号


3日目の7――キャンディは国境を越えたのに、
             わたしは国際電話がかけられないっ!? の巻

1999年11月5日(金)発行

 

■ 雑談

 
 食事を終えて外に出る。やや強く雨が降っていたので、わたしが上海のヤオハンで買った54元(約760円:1999年1月当時のレート)也の折りたたみ傘をさす。

 「喫茶店にでも行きましょう」というユンさんの提案で、ミョンドンを喫茶店を探して歩く。確か近くにドトールがあったので、「ドトールは?」と聞いたら、「あそこは騒がしいし、長くいられないから」とのことなので別の店を探す。
 ちなみにこのドトール、ガラス張りの壁に「おいしいコーヒー」だの「好吃的珈琲」(※実際には「王」へんではなく「口」へんだったと思う。中国では「口」へんだから)と書いてあった。

 途中、コンビニのミニ・ストップを発見。む、ミニストップなんてローカル(ジャスコが出資している日本系コンビニのはず)なコンビニまであるんだ。
※Atteniton! 調べたら、1990年に、海外第1号店としてソウルに出店したそうです)

 そのミニ・ストップの脇を抜け、しばらく歩いた先のビルの2階に、ユンさんは上がっていった。ドアを開けて入った店内は、ほどよく押さえた暖かみのある照明に、ふかふかのアンティークっぽい椅子が置かれた、まさに「喫茶店」という言葉がふさわしいような内装だ。神田神保町に、こんな感じの古い有名な喫茶店がなかっただろうか?

 席に着いて、ユンさんが紅茶を、わたしがアイス・コーヒーを頼む。

 ここで、どのくらい時間を過ごしただろう。2時間ちょっとくらいか。
 いくらなんでもその内容を全部ここに再録するのは不可能だが、まあ、くだらない話から真面目な話まで、内容は多岐に渡った。

 くだらない話(?)代表は、『キャンディ キャンディ』だろう。
 若い方は知っているだろうか? わたしの年代(20代後半)だと、小学生くらいの頃に爆発的に大ヒットした少女マンガだ。

 何でここで『キャンディ キャンディ』が出てくるかというと、韓国映画で、邦題が「つぼみ」(原題は「光州事件/花びら」か「花びら」だったと思う)という、1980年に起きた光州事件を取り扱った作品があるのだが、この映画の冒頭で、男性が寝っころがりながらマンガを読んでいるシーンがあって、そのマンガの表紙がどう見ても昔懐かしい『キャンディ キャンディ』だったのだ。

 はて、絵がそっくりだけど、タイトルが読めないし(ハングルになっていたと思う。この頃は読めなかった)、あれは一体何なんだ? と思っていたので、何かの話が出てきたはずみにユンさんに訊いてみた。
 そうしたらユンさんは笑いながら、「ああ、『キャンディ キャンディ』ね」と懐かしそうに言った。なんと、子供の頃によく読んだそうである。
 ええ? 『キャンディ キャンディ』を?

 話を聞くと、『キャンディ キャンディ』は韓国国内でも大ヒットして、驚くことにその続編が、韓国国内で独自に描かれたそうな。

「あのマンガの中に、メガネをかけた機械好きの男の子が出てきたでしょう」
「うん、うん」
「あの男の子は、飛行機が海に落ちて死んだことになっているけど、海に落ちただけで、本当に死んだかどうか、はっきりとはさせていないんですよね」
「あー、確かに」
「なので、実際は生きていたことにして、その続きを描いたものもあるんですよ」
「そうなんですか・・・」

 ちなみに、独自作成の続編は1作品だけでなくいくつもあって、ユンさんも2、3作品読んだそうな。

 そっかー、『キャンディ キャンディ』って有名なのかあ。
 そういえば、どこかの外国でも、アニメが流れていたもんねえ。
 それにしても、続編まで描かれていたとは。

 マンガの話ついでに、『クレヨンしんちゃん』の話も出た。
 なんでも、『クレヨンしんちゃん』はアニメがテレビで放送されているけど、マンガは18禁なのだそうな。

 うん、これは何となくわかる。
 日本人のわたしだって、親の名前を呼び捨てにするマンガを、子供に読ませるのはいかがなものか? と思うもん。

 別にくだらない話じゃないけど、遊園地の話も少しだけした。
「ちはるさん、ロッテ・ワールドは行かないの?」
「んー、ひとりで行ってもねえ(^ ^;)」
「そうだね。ひとりで行って、きゃーきゃーする所じゃないね(^ ^;)」
「ユンさん、日本でディズニー・ランド、行きました?」
「1回だけね。でも、韓国人はああいうところ、あまり面白くない」
「なんで?」
「だって、激しい乗り物がないでしょう」
「スペース・マウンテンとか、ビッグ・サンダー・マウンテンとかあるじゃないですか」
「あんなのじゃダメ。韓国人は、もっと激しい乗り物でないと」
 そ、そんなあ(^ ^;)。あれでもだめなの?
 この温厚そうなユンさんをしてそう言わしめるなんて、いったいロッテ・ワールドの乗り物ってどんなのだ?
※Attention! ロッテ・ワールドは、横浜あたりに作る予定があるらしいです)

 真面目な話もいろいろした。
 もっともこちらの方は、わたしの知識不足で、あまり話は弾まなかったかもしれないけど。
 前から気にはなっていたけど、やっぱりわたしは自分の知識に偏りがあるよなあ。これもこれから解決していかなければいけない課題だな。

 こうして話は、夜11時過ぎまで続いた。

            ・・・・・・・・・・・

 

 店を出て、まだまだ人でにぎわう明るいチョンノ[鍾路:Chongno]へ向かって歩く。雨がいっそう激しく降っている。

 ふと思い出したように、ユンさんが「ガンダーラ展とか見に行ってみますか?」とわたしに訊ねた。ああ、ポンウンサ[奉恩寺:Pong‐unsa]でポスターを見たけど、場所がわからないからあきらめていたやつだ。
 「行きます」と答えると、「じゃあ、調べておくから、明日事務所に連絡下さい」ということになった。
 何でも、美術館やら音楽ホールやらが集まった、複合センターみたいな所でやっているそうなのだが、もよりの地下鉄駅がよくわからないそうな。

 「毎週土曜日は近くのホールで伝統芸能の公演もやっているから、一緒に見てくれば?」とのこと。うん、そうそう、韓国の古典音楽は絶対こっちで聞こうと思ってたんだよね(日本で聞くと高いから)。

 わたしの手持ちのガイドブックには、あまり細かい地図とかが載っていないあたりにあるらしいので「観光客はあまり行かないんですかねえ」と言ったら、「ちはるさん、あまり観光客がいかない所にしか行かないじゃない」と言われてしまった。
 はい、返す言葉もございません。
(※いや、決してそんなことはないはずなのだが)

 ユンさんとは、チョンノの下をくぐる地下道の入り口で、「それじゃ、また」みたいな感じで別れた。
 これが、わたしたちが実際にソウルで顔を合わせた最後になった。

 これが大昔の話だったら、もうそれこそ「今生の別れ」に近いものがあったんじゃないかと思うけど、インターネットを使えば、またすぐにユンさんに連絡ができるし、機会があれば今度は東京で、あるいはソウルで会えるかもしれないわけで。

 世界って、概念の中では物理的な距離が縮まっているんだな、なんてことをちょっと思う。

 何にせよユンさん、3日間お疲れさまでした。

  


  

 

■ ダイヤル???を回せ!

 
 3日目の終わりに、わたしの国際性のなさ暴露するくだらない話をちょっとだけ(これが実質、「今回の韓国MEMO」です)。

 何しろ今回は初めてのひとり旅だし、家族に心配をかけてはいけないと思い、用もないのに家に電話をすることにした。

 上海では公衆電話から国際電話をかけられなかったが、ソウルはどうだっ!? と見てみたら、うほほー、かけられる(^ ^)。
※Attention! YMCAは客室内から国際電話をかけられなかったのです)

 というわけで、さっそく日本から持ってきた、KDDの国内・国際電話用プリペイドカード、「スーパーワールドカード(SUPER WORLD CARD)でかけてみようと試みた。
 これは、ただ単に持ってるけど全然使っていないからもったいないし、でも「日本から」だけでなく「海外から」もかけられるので、ソウルから電話をかける時に使おう、と持ってきたものである(「韓国からもかけられる」と説明には書いてあった)。
 ちなみにこのカード、やはり客室内の電話からは使えなかった。よって、どうしても公衆電話からかける必要があったのだ。

 YMCAのロビーには、公衆電話が2台あった。わたしがかけに行った時は、1台は使用中だったので、空いてる方を使おうと思ったら、なんとこれがジャパン・ダイレクトという、オペレーターを介したダイレクト・コール専用電話だった。
 いくらかかるかわからないので、もう一方の電話が空くのを、ソファに座ってテレビを見ながら待つ。
 この時の人は何語を話していただろう? ちょっと覚えていないが、この他の日にわたしが聞いたのは、ロシア語、英語、日本語、どこかの中近東語。とにかくまあ、国際色豊かであった。

 だいぶ待って、ようやく電話が空いた。ソウルから日本にかける場合、まずコインがひつようなので入れて(後で戻ってくる)、ソウルから日本へアクセスする番号を押して、カードに書かれた番号を押して、日本の電話番号を市外局番から押して・・・「なんたらかんたらなんたらかんたら」。はあっ? 英語のアナウンスが流れてくるだけで、つながんないじゃん。

 よく聞いてみると、番号が変わったので、韓国KDDに電話してくれ、みたいなことをアナウンスは告げている(よくわかりません)。
 ちょっと待てよ、勘弁してくれよ。それって日本語で対応してくれるわけ?

 試しにもう1回、同じようにかけてみたが、結果はバツ。だめだ、日本につながらないや。

 くっそー、何なんだよ、KDD。サービス内容が変わったなら変わったで、ちゃんと売る時にお知らせしろよ。
※Attention! よく考えてみると、実名ばしばしに出しているな。怒らないでね、KDD様)

 こんな所で、ひとりで怒っていても仕方がない。あきらめてジャパン・ダイレクトの方でかけてみる。
 したら、こんどはコール音が鳴るだけで、オペレーターが全然出ない。
 なめくさっとんのか、くらあっ!?
※Sorry! 下品ですみませんm(_ _)m。これが地なので)

 落ちつけ、落ちつけ、と自分を静め、しばらく待ってからもう一度ジャパン・ダイレクトのボタンを押す。またしてもかなり長い時間待たされたが、ああ、ようやく出てくれたよ。
 クレジット・カードの番号を告げ、それが正しいかどうかの確認作業で待たされ、ようやく日本につないでもらった。
 しかし、ほっとする間もなく、受話器の向こうから聞こえてきたのは母の声ではなく「あんた、誰?」という野太い男の声。
 ふっざけんなよ、間違い電話じゃんっ!!(爆笑)

 国際電話で間違い電話? ダイレクト・コールで間違い電話?
 いったい今のでいくらお金かかったんだ?
 金返せっ! ジャパン・ダイレクト!
※Attention! ひー、怒らないでー、KDDジャパン・ダイレクト様)

 あわてて詫びを言って電話を切る。
 考えてみれば、あのおっちゃんも国際電話がかかってくる当てがないなら、受信を拒否してくれればよかったんとちゃう?
 くっそー、なんにしても腹立つな。

 しかしここまで来たら、もう意地である。何としてでも家に電話をかけてやる。

 そうしてかけた2度目のダイレクト・コールは、無事に家につながった。しかし、違うオペレーターが出たので文句は言わなかった。

 まあ、どうにかこうにかなったけど、あともう一ヶ所、友達に電話をする予定があるのだ。そう何度もダイレクト・コールでかけるような金銭的余裕はわたしにはないぞ。
※Attention! けっきょくこの2回のダイレクト・コールでかかったお金は、約1,800円でした。ひええ〜〜、高過ぎっ!)

 どうしよう、と悩んでふと、「テレフォンカード、買えばいいんじゃん?」ということに気付く。
 だけどどこで売っているんだろう。だいたい、テレフォンカードで通じるのか?

 困った時は、とりあえずホテルのフロントだ。さいわい、ちょうど日本語ができるスタッフの人がいて、「テレフォンカード、ありますか?」と訊いたら、「5000ウォンのならありますよ」とのことだった。
 5000ウォンっ!? と思わず桁の多さにお決まりでびびったが、よく考えてみれば約500円(正確には約540円くらい)のテレカとなる。今後のために買っておくか、と即購入。

 だが、わたしがカードを買っている間に、カードが使える唯一の公衆電話が使われてしまっていた。
 なので、おとなしく電話が終わるのを待っていたのだが、これが終わらない。なかなか終わらない。全然終わらない。
 おいおい、いつまでかけてんだよ?

 こりゃかなり長そうだな、とあきらめて、外の公衆電話にかけに行く。外はまだ、人がたくさん歩いている。
 しかし、YMCA近くの公衆電話は、若者たちが蟻のように群がっていて、とてもじゃないけど使えそうになかった。
 仕方がないので他の公衆電話を探したが、こういうときに限って見つからないのだ。だいぶ通りを歩いたが、他に公衆電話はなかった。
 それでも、チョンノを渡った向こう側にはあるようだが、その電話が空くのを待っている人もたくさんいるようだし、第一、向こうに行くには地下道を使って道を渡らなければいけないから、面倒臭いや。

 「急がば回れ」という言葉もあるし、YMCAのロビーでおとなしく待つか、とさんざん外をうろついた後ホテルへ戻る。そうしてどうにか国際電話をかけられた。

 なんてこった。最初からテレフォンカードを買えばよかったんだ。
 電話をかけるために部屋を出てから、もう50分もたってるよ。なんでたかだか電話をかけるのに、こんな苦労をしなきゃならないんだ? 香港以来、わたしは電話についていないなあ。
※Attention! 『上海6日間★徒然日記』の第26号の「帰国準備と国際電話」参照)

 ちなみに料金の方は、何秒ごとにかは忘れたが、国際電話の場合には、テレフォンカードの度数はW300(約32円)ずつ減っていった。1回の電話には、W900〜1,500(約97〜161円)もあれば十分だったと思う。
 市内電話の場合には、W50(約5円)ずつだった。

 このテレフォンカードは、ユンさんへかける電話やら、航空券のリコンファームのために旅行会社へ電話する時にも活躍した。
 というわけなので、韓国で国内・国際電話をかける予定のある方、テレフォンカードを買っておくと便利ですよ。記念にもなるしね。

 

 洗濯、洗面、シャワーで就寝。
 いちおう明日の予定は、チョンミョ[宗廟]とチャンドックン[昌徳宮]だ。

おわり

  

 今回のおこづかい帳  

 
     喫茶店:W6,000(2人分。わたしが無理矢理払った)
テレフォンカード:W5,000

今回の小計:W11,000
支払い総計:W80,600(約8,667円)+34,591円

(※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)

 

 編集後記 

 
 いろいろリポートでした。いや、電話は疲れた(^ ^;;)。
 本当は今回、「今回の韓国MEMO」では光州事件を取り上げる予定だったんですが、時間的に間に合わなくてあきらめました。いろいろな本を読んだのですけど、ちょこっとしか取り扱っていなくて、事件の全体像が見えにくかったんですね。
 いずれHPにバックナンバーを収録する際に、別途「今回の韓国MEMO」として載せる予定ですので、もしよければその時にまた参照してみてください。
(※まだやってませーん)

 また、今回はユンさんとわたしが話した内容については、だいぶカットしました。もともとプライベートな部分だから、そんな全部載せる必要はないわけなのですけど、実はあえて載せなかった内容もあります。それは軍隊時代のお話です。

 映画「つぼみ」の話から、ツツツとそちらに話が流れていってしまったんですけど、正直言ってユンさんにそんな話をさせて申し訳なかったかなあ、といまでも思っています。
 というのも、兵役というのは肉体的にも、そして精神的にも過酷なことで、人によっては兵役の経験によって、ノイローゼになってしまったり、PTSD(心的外傷後ストレス傷害)のために通常の社会生活がおくれなくなったり、最悪の場合には自殺にまで追い込まれてしまうからです。

 韓国の兵役制度がどんなものであるか、日本人は知らないし、だから知りたいと思う気持ちがあるのは仕方ないことかもしれません。でももしそれを韓国人男性に直接聞くのなら、上記のような心の傷を抱えている人たちもいるのだということを、まず思い出してほしいとわたしは思います。

 それではまた、次号でお会いしましょう。

  


  

3日目の1――地下鉄2号線で大ショックの巻

3日目の2――雨に降られて奉恩寺参りの巻

3日目の3――団地を眺めてフェリー乗り場への巻

3日目の4――ついに謎が明かされるっ!?/演説おじさんの正体の巻

3日目の5――地下食品売り場めぐりは楽し/ロッテデパートの巻

3日目の6――石焼きピビンバはスッカラッで混ぜるべしっの巻

3日目の7――キャンディは国境を越えたのに、
             わたしは国際電話がかけられないっ!? の巻

1日目

2日目

4日目

5日目

6日目

7日目

TOPへ
  


『ソウル7日間徒然日記』

E-mail to : chihalu@geocities.co.jp

Copyright(C) 1999 Office EST3