『ソウル7日間徒然日記』 1999年7月10日(土)記


 
第26号


4日目の3――ソウルで仏像三昧/ガンダーラ展の巻

1999年11月17日(水)発行

 

■ ガンダーラ展

 
 芸術の殿堂に到着したものの、はて、美術展はどこでやっているんだろう?
 何しろ、建物が大きく、敷地は広い。右に行けばいいのか、左に行けばいいのか、はたまた上の方に行くのか。目印となるはずのガンダーラ展のポスターも全然見かけないし、訊ねようにも人はいないし。

 どうしよう、とうろうろしていると、壁の所どころに英文が何行か書いてあるだけの白い紙が貼ってある。
 何だろうと思って見てみたら、「ガンダーラ展はあっち→」と英語で書いてあった。
 おう、外国人も見に来ることを想定して貼り紙してあるのか。これはありがたい。

 その案内に沿って階段を昇ると、(確か)オペラハウスと書かれた建物が目の前にそびえたち、その前に広場があった。大きなテントを張ったオープン・カフェみたいな軽食屋の出店が出ていたが、先程まで雨が降っていたので商売しづらそう。お客さんの数よりも、従業員の方が多い。

 そしてその広場の片隅に、ガンダーラ展のポスターを貼ったチケット売り場を発見。さっそく買いに行く。大人ひとりW8,000(約860円)。
 日本でガンダーラ展を開催したら、やはり料金はこれくらいか、もう少し高いくらいかな?
 輸送料やら何やらあるだろうから、さすがにこれはものすごく安い、ということはなかった。

  


ガンダーラ展の入場券。めずらしく(?)漢字入り

  

 このチケット売り場の右手に美術館はあった。ガラスの扉を押して中に入る。
 入った所の階では、何やら物品の販売と、左側の展示室で「ギル展」なるものがやっていた。「ギル展」の方は中には入らなかったけど(別途お金がかかるので)、外の壁にいくつか作品が出ていたので見てみる。
 「ギル」(キル?)は「道」とか「通り」という意味らしくて、車のライトがいくつも光の線を描く都会の夜の道や、すすきが生い茂る川沿いの道など、韓国中のいろいろな道の写真が展示されていた。ふむふむと見る。

 ガンダーラ展は上の階でやっているらしい。階段を昇って、お客さんを待ちかまえていたスーツ着用の男女ふたりのもぎり係にチケットをもぎってもらい中へ。

 展示室内に入ると、全体的には照明をおさえ、展示してある仏像やレリーフなどだけに照明を強く当てていた。
 説明書きは、最初はもちろん韓国語だけど、英語もそえられているので、だいたい内容はわかる。

 でも仏像の名前の方は、ちょっとだけハングルを読んでみた。
 ミルク[mi‐ruk]はきっと「弥勒」、ボサル[bo‐sal]は「菩薩」の韓国語読みだろうなあ、などと推測する。
 ちなみにガンダーラ仏は、「何とか仏」とか「何とか菩薩」という種類があまりない(はっきりしない)ので、Buddha(仏陀)とBodhi‐sattva(菩薩)とMaitraya(弥勒菩薩)という3つサンスクリット名を覚えておけば、だいたいことが足りるみたいである。

 お釈迦さまの生涯を描いた仏伝図の方は、まあこちらは英語の説明がなくても、マーヤー夫人の脇腹から太子が生まれた場面や、立っている太子が水をかけられている場面、樹下で瞑想している場面と、見ただけで意味はわかる問題なし。
 言葉がわからなくても理解できる物があるってちょっといいかも、なんて思う。

 エアコンの効いた室内に人影は少ない。
 よって、展示物をひとつずつゆっくり眺めながら歩く。
 時おり、小学生の団体や、ボーイスカウトの集団がわーっとやって来てはわーっと去っていた。
 学生風の見学者たちは、やはりみんな熱心に見ていく。
 メモをとる女性と、ばしばし写真を撮る男性の組合せもいた。ここは撮影禁止だと思うんだけど・・・関係者だろうか? よくわからん。
 クンニプ・ミンソク・パンムルグァン[国立民族博物館]でも写真は撮りまくり(撮られまくり?)だったからなあ。ま、いっか。

 灰色の作務衣(さむえ)のような服を着ている、男2人女2人で合計4人組みのお坊さんもいた。あれこれとおしゃべりしながら見学している。にぎやかだ。

 展示会場は2階に分かれていて、階段を使って移動する。
 展示の最後の方は、これらの遺物が発掘された国々の紹介が写真のパネルでしてあった。なんか、展示内容の水増し? という気もするが、なかなか良いアイデアのようにも思う。

 一番最後には、すべての展示物の画像を焼いたCD−Rを売っていた。それに4人組みのお坊さんが群がっていた。買っていってお寺で見るのかな?

 さて、展示内容で何が一番良かったか? と訊かれれば、迷わず入り口付近にあった柔和な顔の弥勒と威風堂々とした菩薩の立像(りゅうぞう)と答えるが(どっちも顔は濃いけど)、後でよく日記を読み返したら、弥勒の方は「Stanging Maitraya」となっているので問題ないけど、それともうひとつ「Seated Bodhisattva」というメモが残っていて、どうやら菩薩の方は立像じゃなかったらしい(^ ^;)。
 むう、一番気に入ったもののはずなのに、よく覚えていないんだな、わたしは。

 日記を書かなかったら、行った記憶すら残っていないんじゃなかろうか?
 我ながらちょっと情けない。

  


  

 

■ 休憩所

 
 お腹も空いたので、美術館内の休憩所へ。
 レストランとかあるかも、と期待していたのだが、簡単な軽食コーナーしかなかった。まあ、仕方ないか。

 商品構成はクンニプ・チュンアン・パンムルグァン[国立中央博物館]の休憩所とほぼ同じ。
 というわけで、またまたキムパ[kimbap](W2,000:約215円)と、今度はオレンジジュース(W2,000)を手に入れる。

 座席の方は、4人用のテーブルが5×3列で合計15個くらいあったと思う。先客はふたりだけ。
 韓国ではあまりひとりで食事はしないというが、この時いたふたりは、両人ともひとりで食事をしていた。何となく安心。だが、そのふたりもあっという間にいなくなってしまい、わたしひとりとなる。
 すると、席を立ったふたりと入れ替わるように、先の4人組みのお坊さんたちがやってきた。そして、なぜかわたしの隣のテーブルに座る。

 Why? なんでこんなに席が空いているのに、わざわざわたしの隣りに座るんだ? 普通こういう時って、間隔開けて席に着くもんじゃない?
 それとも、ひとりで食事をしているわたしがさみしくないように、そばで食事をしてあげようとか気を気遣ってくれているのだろうか? などとあれこれ考えてみる。

 しかしこのお坊さんたち、椅子の上に足を投げ出したり、ケータイ(携帯電話)で大声で電話したり、売店で売っていたお菓子を食い散らかしたりと(もちろん買った後に)、なんだかやたらに庶民くさい。どうも日本のお坊さんとは何かが違う気がする。
(※もっとも、日本のお坊さんもお寺の庭先で、電気ひげそり機で頭そってたりしますが)

 食事を終えて席を立ち、この休憩所のすぐ隣にある売店をのぞいてみる。
 美術書などもあったが、映画のポスターのポストカードや子供向けの小さな絵本なども売っていた。美術館そのものとはあまり関係なく、ただお土産品を売っているという感じ。ざっと見て店を出る。

  


  

 

■ オペラハウス

 
 時計を見るとまだ3時。5時まであと2時間もあるが、どうせわたしのことだ、伝統芸能の公演をやっている国立国楽院に行くまで、道に迷うに違いない。
 早めに移動しておこうということで美術館を後にする。

 美術館を出るとすぐ左手に丸い建物がある。オペラハウス、と入り口に書いてあったと思う。この時は、ここで何をやっていたんだっけな?
 写真を見ると、ミュージカル[musical]の「FAME」(フェイム)の垂れ幕がかかっているから、「FAME」だったのかも。

 ためしに中に入ってみる。天井が高く、中2階にカフェがあったりと造りがこっている。
 どんな催しをやっているのだろう、と公演案内のチラシをいくつかみたら、「T−SQUARE」のチラシを発見。
 えー、T−SQUAREって韓国でコンサートやってるんだ。
 そっか。フュージョンだとヴォーカル(vocal)ないから、歌詞の意味がわからなくてつまらないってこともないもんな。んー、やっぱり器楽曲はいいのう。
 でも、人気、あるんだろうか?

 階段を昇って上の階に行ってみると、小さなお店がいくつも集まっているフロアがあった。
 オペラハウスらしく、楽譜屋に楽器屋、CD屋、花屋などがある。写真屋とドラッグストアもある。
 しかし、何でここにオーダーメイドの洋服屋があるんだろう? こんなところにわざわざタキシードやスワローテールを作りに来る人がいるのかな?

 このフロアの奥には、ロッテデパートの地下にあるような(あるいはダイエーにあるような)、簡単な食事のできる軽食屋もあった。けっこう席はうまっていた。

 他に見るところもないので外に出る。
 芸術の殿堂は、東から西へ向かって建物が点在している。というわけで、西に向かって移動する。
 途中階段があるので昇ると、今度は右手にミュージック・ホール[Music Hall]、左手に例の「芸術の殿堂」という看板がかかった建物があらわれた。

 この建物のさらに奥に国立国楽院があるんだよなー、と思いつつ先に進んでいったら、「ここで行き止まり」といわんばかりの土手と、その上にそびえ立つ工事中の現場を囲っている壁に行く手を阻まれてしまった。どうやらこの先に道はない様子。

 あれ? 国立国楽院はどこだ?

おわり

  

 今回の仏像MEMO  

ガンダーラと仏教・仏教美術

 
 「韓国MEMO」のネタがないんで(^ ^;)、ま、たまには趣向を変えて、ということで。
 耳学問というのでしょうか、きちんと勉強して得た知識でないところもありますので、参考程度に読んでみて下さい。

               ◆  ◆

 

 仏教は紀元前6世紀〜5世紀頃、東インドで興隆しましたが(諸説ある)、それにともなう「仏教文化」が発生したのは、さらにそれから2〜300年後、紀元前3〜1世紀頃といわれています(これも諸説ある)。

 仏教美術の作品にはいろいろな種類のものがありますが、古代インドにおいては、仏陀の生涯などの仏教的図像を描いたレリーフ(浮き彫り)が主でした。
 しかし、その図像の中に仏陀の姿は描かれていません。

 これは、古代インドの人々が、仏陀の像を作ることを良しとしなかったためです(畏れ多いからだったかな?)。
 そのため、初期の仏教美術の作品中に仏陀の姿はなく、その代わりとして聖樹や法輪、仏足跡などが彫り込まれ、仏陀がそこにいることを暗に表現しています。

 よってこの時代には、そのものずばりの「仏像」が造られることもありませんでした。
 また、だいたい紀元2世紀初め頃までは造られなかったと考えられています。

 ではなぜ仏像が造られるようになったかというと、クシャン族の仏教徒たちが人間の形をした仏像を必要としたからです。

 クシャン族(大月氏)とは、中央アジアからインド亜大陸の大半を征服し、クシャン朝を建てたイラン系の遊牧民です。紀元前1世紀頃には、現在のパキスタン西北部にあるガンダーラ地方を征服しています。

 このクシャン族の人々は、もともとは拝火教(ゾロアスター教)に近い宗教を信仰していました。
 その宗教の中では、極楽と地獄の存在が信じられていたのですが、死後に極楽へ行くか地獄へ行くかは、生前の善行の多寡によって決められ、しかも生前にいくら善行を積んでも、必ずしも極楽へ行けるわけではないとされていました(きびしー)。

 そこでクシャン族のもとへ仏教の布教に来た仏教徒たちは、「生前の善行が不十分であっても、お布施によってお釈迦さまの功徳の一部を分けてもらえば極楽へ行ける」と説き、クシャン族の人々を仏教へと改宗させていきます。
 このようにして、クシャン族の人々は仏教を信仰するようになっていきました。

 そしてまたこのクシャン族の人々は、自らの王の姿を像に刻んで飾る(奉る)ことによって、その力に自分たちが守られると考えていましたので、当然仏教を信仰するようになった人々は、仏陀の姿を刻んだ像を身近に置くことを求めました。
 こうした事情により、「仏像」は造られるようになったのです。
(※これはガンダーラ派説。同時期に発生した中インドのマトゥラー派[仏教美術の諸派のひとつ]で、最初の仏像が造られたのではないか、という説もある)

 こうした理由により、初期の仏像というのは、インド文化圏よりもイラン文化圏の影響が強いわけです。

 また、ガンダーラ地方には、アレキサンダー大王と共に東征したギリシア人が樹立したグレコ・バクトリア王国によってヘレニズム美術が、クシャン朝とローマ帝国東部(エジプト)との海上貿易を通じてローマ美術がもたらされました。
 そのため、ガンダーラで生まれた仏教美術は、ギリシア・ローマという地中海地方の美術の影響も受けています。
 時々、仏伝図のレリーフの中に、なぜか天使が飛んでいたりするのはこのためです。

 純インド的であるだけでは、世界的に普及していくのが難しかったであろう仏教美術(と仏教そのもの)は、このようにガンダーラ地方において様々な文化の影響を受けたことによって、世界中へと拡がっていったのでした。

 

参考文献:
・シルクロードのみほとけたち
(神奈川にあるシルクロード研究所から発行された本です)

 

※このコーナーは突発です。

  

 今回のおこづかい帳  


地下鉄:W8,000
昼 食:W4,000

今回の小計:W12,000
支払い総計:W105,100(約11,290円)+34,591円

(※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)

 

 編集後記 

 
 芸術の殿堂&ガンダーラ展リポートでした。いかがでしたでしょうか?

 この間、上野にある東京都美術館でやっている「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」という美術展に行ってきまして、やはりガンダーラ仏や仏伝図のレリーフが何点か展示されていたのですけど、「どうみてもこれ、ソウルで見てきたやつだよなあ」と思われるものもいくつかありました。きっと、世界中をぐるぐる回っている仏像もあるんでしょうね。
 いつかまた、イギリスやドイツ、あるいは奈良や京都で再会するかもしれません(苦笑)。出土した場所でないってところが、残念ですけど。

 それではまた、次号でお会いしましょう。

  


  

4日目の1――音声ガイドとボケ&ツッコミ/国立民族博物館の巻

4日目の2――あれは何? あぶられた丸い和紙の巻

4日目の3――ソウルで仏像三昧/ガンダーラ展の巻

4日目の4――やったね、タダだ!/国楽博物館の巻

4日目の5――パーカッションのリズムに感動/伝統芸能鑑賞の巻

4日目の6――MISSION−「N」の巻

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