『ソウル7日間徒然日記』 1999年7月11日(日)記


 
第30号


5日目の1――空も大地もひろびろ/宗廟の巻

1999年12月4日(土)発行

 

■ 楽園市場周辺

 
 8時10分、自然に目が覚める。
 しまったっ! 目覚まし、7時半にセットしたのに、スイッチをONにするの忘れてたっ!(よくやるんです)
 今日は朝早く起きて、観光に出かけるつもりだったのにっ!

 あわててとび起きて洗面、着替え。8時45分には部屋を出る。

 今日の予定はチョンミョ[宗廟:Chong‐myo]とチャンギョングン[昌慶宮:Chang‐gyong‐gung]、チャンドックン[昌徳宮:Chang‐dok‐kung]の3つ。
 ただしチャンドックンはガイド付きの見学ツアーに参加しないと入場することができない。ガイドブックには、見学ツアーは10時半、12時半、14時半の1日3回(実際には16時半もあって、合計4回だった。16時半は日の長い夏だけかも)と書いてあるので、12時半の回に加わることにする(予約不要)。
 それまで1時間くらい、チョンミョをふらふらするか。

 ホテルを出ると、外はピーカン。日差しがまぶしい。
 しかし、日曜日のまだ朝早い時間のせいか、通りを走る車は少ない。
 夕方から夜にかけて、歩道の片側をうめつくす屋台も、この時間帯はまだひとつもいない。おかげでいつもより道が広く見えた。

 楽園市場の近くにあるセブン・イレブンでいつものコーヒー(森永のカフェラテに似ているやつ)を購入。
 ここのセブン・イレブンは、いままで行ったソウル市内のコンビニの中で一番広い。また後で買い物に来よう。

 コーヒーを飲みつつ、ついうっかり楽園市場の西側の道を北に向かって歩いていたが、チョンミョの入り口は現在の進行方向とは逆のチョンノ[鐘路:Chongno]の方にあるんだった。
 思い出して楽園市場の裏側をまわり、チョンノの方へ戻ることにする。

 そして楽園市場の裏側の交差点まで来ると、そこに韓国の伝統菓子の店を発見!
 そうだ、お土産に韓国のお菓子を買って帰りたいってユンさんに言ったら、楽園市場のあたりにいくつかお店があるよって教えてもらっていたんだっけ。
 うひょー、あるある、写真で見たのと同じやつが。

 どんなものかというと、日本の「おこし」によく似たごま菓子などを筒状(もしくはリング状)に積み上げながら、その表面に色違いの同じお菓子で「寿」とか「喜」というおめでたい文字(漢字)を描いているのだ。うーん、職人技。
 その他にも、30cm×40cmくらいのバスケットに、揚げ菓子のユミルグァ[油蜜果]や、いろいろな色のごま菓子などをぎっちり詰めこんだものもある。へえ、こんな風にしても売っているんだ。

 さすがに筒状のものは大きくて高いので買う気にはならないが(そもそもが慶祝時用で、お土産向きではない)、ユミルグァはばら売りで売っているし、タシク[茶食](落雁(らくがん)みたいなもの)の小さな詰め合わせや、草餅のような餅菓子のパックもある。

 ユミルグァや餅菓子はいかにもお店で手作りしました、という感じの出来なので、今買うと固くなっちゃったりするかもしれない。
 帰国前日の明日ぎりぎりに買いに来よう、と決意する。

  


  

 

■ チョンミョ[宗廟]

 
 チョンノは何度も通っているから、いつもとは違う道を歩いてみる。

 しかし通り沿いの店はほとんどしまっていた。日曜日だからかな?
 途中2軒ほど、ものすごく伝統的な趣の建物が2つあった。表にお店の名前らしきものを漢字で書いた看板がかけられていたけど、はて、何屋さんだったんだろう?

 ほどなく左右にえんえんと続く壁に行き当たる。これはチョンミョの敷地を囲む壁だろうか?
 だったら入り口はこっちだな、と見当をつけて右に曲がり、壁沿いに歩いて駐車場を抜けていくと、チョンミョの正門に出た。Bingo。

 チケット(W700:約75円)を買って中に入る。
 門の中に一歩足を踏み入れると、強烈な陽の光を反射して白く見えるアスファルトの上に、豊かに茂った木々の緑が黒く濃い影を落としている。
 右手には中央に小さな島がある池があって、その周囲に置かれたベンチには、木陰で涼みながらおしゃべりをしているお年寄りがたくさんの座っている。いかにも「憩いの場」といった雰囲気。

 すぐ近くに石碑のようなものがある。ハングルと英語だけだが、大きく書かれたハングルだけ読んでみると、「チョンミョ セギョユサン」と読める。なるほど、セギョユサン=世界遺産か。

 入り口の左奥にはチョンミョ内の地図もある。地図上の建物の説明は韓国語と英語だけだが、なぜかチョンミョの説明だけが、とってつけたような看板に日本語で書かれている。わざわざ日本人のために増設してくれたということだろうか。

 その説明によると、チョンミョはイシ・チョソン[李氏朝鮮]時代歴代の王と王妃(皇帝と皇后)の位牌を奉っている建物のことだそうな。1394年10月、イシ・チョソン[李氏朝鮮]王朝がソウルに首都を移した年の12月に着工して、翌年9月に完成。
 しかし、キョンボックン[景福宮]などと同様、1592年のイムジン・ウェラン[壬申倭乱]でほとんどが焼失してしまい、1680年代にようやく再建されたとのこと。
 総面積は56,503坪(だいたい19万平方メートル弱。参考:東京ドーム=約4.7万平方メートル)。この敷地内に正殿をはじめとして、別廟である永寧殿や典祠庁、王の遺品を並べた陳列館などが配置されている。
 世界文化遺産には1995年に指定されたそうだ。

 地図を見ると、建物は敷地の真ん中あたりに並べられ、そのまわりを層の厚い森が取り巻いている。
 どういう順序で見てまわればいいのかわからないので、とりあえず手前の建物から見ていこうと決める。

 というわけで、まず初めに行ったのが恭愍王神堂[Shrine For Kongmin‐Wang]。
 説明を読むと(日本語もあったか?)、ここに奉られているのはコリョ[高麗]時代の人で、中国の元の勢力を追い払ったことで功績があるそうな。

 建物自体は塀に囲まれて見えなかったような気がする。ただ、蝉の鳴き声が頭上から降るように襲いかかってくるように響いていた記憶がある。

 この建物を見ながら、なにやら熱心に話し込んでいる男性がふたりいた。
 残念ながらわたしは知らないが、きっと歴史上有名な人なんだろうな。
※Web版Attention! 歴史の本にも載っているコリョ時代末期の有名な人でした)

 この近くに遺物陳列館なるものがあるはずなのだが、どういうわけか見つからなかった。ただ、これが遺物か? と思えるような宝物の写真が何枚か貼られた掲示板が近くにあった。説明がなかったのでよくわからなかったけれど、もしかしたら遺物陳列館は工事中なのかもしれない。
 ちなみに、恭愍王神堂はチョンミョの事務所になっていた。

 恭愍王神堂を離れ、頭上に生い茂る木のおかげで影になっている歩道を道なりに進んで行くと、今度は正殿[チョンジョン:Chongjon]の敷地に出た。
 門の前には「神位奉安図」という立て札があり、正殿に奉られている人が一覧表になっている。

 その「神位奉安図」を見ると、正殿内はいくつかの部屋に分かれているらしく、第1室には誰と誰(たいていは王と王妃、もしくは皇帝と皇后)、第2室には誰と誰と書かれていて、第19室まである。
 第1室には、イシ・チョソンの初代である太祖高皇帝、第3室にはハングルを制定したことで有名な第4代セジョン[世宗]大王、第18室にはミョンソン[明成]皇后の名前も見える。

 さて、ここは有名なところだから、門の中はさぞかし観光客でいっぱいだろうと思っていたのだけど、いざ中に入ってみたら人はまったくいなかった。韓国の建物にしてはめずらしく屋根の先が反ってなくて、さらに横に長ーい正殿前にひろがる広大な庭は、わたし以外に影をつくるものもなく、夏の日差しに照らされてひっそりと静まり返っている。
 ひょっとしてこれって、世界遺産を独り占め?
 うわー、それにしても広いな。

 しかし、瓦葺き屋根がついた石塀に囲まれたこの正殿は、特に何がある、というわけではなかった。

 朱塗りの丸い柱が、数メートル間隔でだーっと横に20本ほど整然と並んでいる正殿は、前面の扉はすべて閉められていて、中は何も見えない。
 その前に広がる、大きな石材を4層に積み上げてできた庭も、石碑や置き物のひとつもない。
 正殿前に立って入ってきた門の方をふりかえると、目に映るのは森の緑と青い空と白い雲だけだった。キョンボックンでは感じたソウルの街の喧噪は、ここからでは遥か彼方のことだった。

 けれども、その徹底的なまでの何もなさがかえって潔くて、この正殿の静謐で清浄な印象を強めているような気がした。

 でも俗人のわたしにはそんなことは関係なくって、「何でこんなに建物が長いんだ? ファインダーに収まりきらないじゃないかっ!」と撮影ポイントを求めてうろうろしていたわけだけど(^ ^;)。

 ここは何かを見るところなのではなく、場の雰囲気を楽しむ(?)所なのだな、とちょっと思った。

 この他に、青みを帯びた瓦をふいた屋根&左右の壁と柱しかないだたっ広い楽工庁、正殿を小さくしたような永寧殿[ヨンニョンジョン]、何かの準備所だったらしい典祠庁[チョンサチョン]、三角山[サムガクサン]に源を発するという祭井[チェジョン]などを見てまわる。

 チョンミョの敷地の一番奥には、道路をまたぐ橋がかけられていた。この橋を渡るとチャンギョングン[昌慶宮]に行けるらしい。
 この時点での時刻は9時半。チャンドックン[昌徳宮]の見学時間まであと1時間くらいあるし、チャンギョングンを30分くらいだけさらっと見て、それから移動するか、と考える。

 しかし、この判断は大きな間違いだったのである。

おわり 

  

 今回のおこづかい帳  

 
 コーヒー:W1,000
チョンミョ:W  700

今回の小計:W1,700
支払い総計:W136,400(約14,667円)+34,591円

(※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)

※今回の韓国MEMO(韓国語)はお休みです。

  

 編集後記 

 
  チョンミョその他リポートでした。いかがでしたでしょうか?

 チョンミョはお金を払って入るところなのですけど、本当にかなりの数のお年寄りがベンチに座ってひなたぼっこ(?)していました。何歳以上は入場無料とかあるのでしょうかね?
 毎日来ているのかな? だったらけっこうお金かかっちゃうんじゃないかな? と不思議でした。

 ここは大勢でわいわい来たら、また印象が変わるんでしょうね。わたしは晴れた日にひとりで来てよかったな、と思いました。

 それではまた、次号でお会いしましょう。

  


  

5日目の1――空も大地もひろびろ/宗廟の巻

5日目の2――大迷走チャンギョングン[昌慶宮]の巻

5日目の3――のんびりゆったりチャンギョングン[昌慶宮]の巻

5日目の4――街中の宮殿とあなどることなかれ/チャンドックンで山歩きっ!?の巻

5日目の5――お昼を求めて/里門ソロンタンの巻

5日目の6――國家指定韓國傅統食品とは?/ロッテデパートふたたびの巻

5日目の7――東大門市場でKnock out! の巻

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