『ソウル7日間徒然日記』 1999年7月13日(火)記


 
最終号


7日目――雨の成田でソウルを実感/日本帰国の巻

2000年3月2日(木)発行

 

■ 帰国

 
 朝5時40分起床。
 いつもは目覚ましが鳴っても、しばらくベッドの中でぐずぐずしてしまうのだが、今日ばかりはとび起きた。
 何しろこれからホテルをチェック・アウトして、自分の足で地下鉄を使って空港へ行かなければならないのだ。飛行機に乗り遅れたりしたらシャレにならん。

 洗面後、しばらくぼーっとしながらTVを見ていると、KBSで昨日の夕方も見た、放送の始まりを知らせる映像が流れていた。これも今日で見納めか。

 着替えのあと簡単な荷造り。スーツケースが閉まらなくてややあせる。
 自分としてはそれほど買い物をしたつもりはないんだけど、どうやらかさばる物が多かったらしい。スーツケースの上に乗って根性で閉める。

 6時40分、忘れ物がないか最終チェック。
 実は以前、香港に行った時、同行の友人がホテルの部屋に7万円くらい入った財布を忘れたまま帰国してしまったことがあるのだ(もちろん取り戻した。ちなみに悪いのはわたし(^ ^;;))。
 否が応にも忘れ物チェックには熱が入る。毛布からシーツから全部ひっくり返して確認。
 うん、大丈夫だな。机の引き出しにも何もなし。よっしゃ、OK、OK。

 スーツケースを引っ張って6階のフロントへ移動。
 ちょうど日本語を話せるスタッフがいた。ありがたい。
 もっとも、YMCAホテルの宿泊計算書は、韓国語、英語、日本語の3か国語が並記されているので、日本語が話せるスタッフがいなくても、計算書に間違いがなければ言葉が通じなくても問題ないと思う。
 ただ、韓国は台湾・香港と同じで漢字が繁体字だから、「支払」が「支拂」とかになっている。おかげで、ちらっと目を通しただけの時には「拂」と「佛(=仏)」を見間違えて、「『支える仏』? いったい何じゃ、そりゃ?」と朝からひとりでボケるはめになったけど。

 さて、料金。
 部屋から何度か市内電話をかけたので、いったい合計いくらくらいになるんだろうか? とドキドキしていたのだが、結果は部屋代6泊W228,000(約24,516円)+電話代W240(約26円)。
 なーんだ。たったのW240か。ほっ。
 ううう、まだまだわたし、香港のトラウマをひきずっているなあ。(※『上海6日間★徒然日記』第26号参照)

 支払いを終え、お世話になったお礼を告げて、エレベーターで1階へ。外に出る。
 時刻はまだ7時前。さすがに巨大繁華街チョンノ[鐘路:Chongno]といえども、この時間では人通りは少ない。車道を走る車の数も、昼間とは比べものにならないほどわずかだ。
 そのせいだろうか、心なしか空気がきれいで清々しいような気がする。いつもは強烈なまでに照りつける日差しも、いまはまだ朝のさわやかさを保っていて気持ちいい。気温も低くて快適。昼の喧騒も熱気も、まるで別世界のことのよう。
 ソウルに7日間いて、こんなチョンノは初めてだ。

 そのチョンノを、人気がないのをいいことに、写真を撮りながら歩く。
 そういえば街の写真はあまり撮らなかった。いま思えばもっと撮っておけばよかったな。

 サミルノ[三一路:Samilno]を横切り、タプゴル公園前を通り過ぎ、地下鉄5号線のチョンノ・サンガ[鐘路3街:Chongno‐samga]駅を目指す。初めてチョンノに来た時通った道を、そのまんま逆にたどっていく。
 ああ、ここのファミマ(ファミリー・マート)の店員さんに、日本語で「ありがとう」って言われたんだっけ。今日も元気に働いているかなあ。

 初日には方向を見失って、途方に暮れたチョンノ・サンガ駅到着。迷わずここに来れるようになったなんて、我ながら成長したもんだ。

 地上から改札までは階段しかないので、スーツケースを持ち上げてえっちらおっちら降りる。その後はホームまでエスカレーターがあるので楽。
 電車もすぐやってきた。車内はがらがらでラッキー。遠慮なく席に座る。でも、座ったとたんに汗が出てきた。ふう、やっぱりスーツケースを持って移動するのは大変だな。
 こういう時、ホテルまでの送迎があるツアーはいいなあ、とちょっと思う。
※Attention! 空港←→ホテル間送迎のオプションもありますが、あんな高いもの頼むくらいなら、やっぱりわたしは地下鉄に乗るでしょう)

 車内に人影は本当にまばらだったので、誰に気兼ねすることもなく日記書き。しかし、そのために途中で自分の現在地がわからなくなってしまった。
 飛行機の時間まで余裕があるとはいえ、駅を乗り過ごすのはごめんである。逐一駅名を確認しながら乗る。おかげでちょっと落ち着かない。

 途中駅で、犬を抱いた中年の女性と、制服姿の高校生らしい女の子のふたり連れが電車に乗り込んできた。母娘かな?
 それにしても、いつだったか覚えていないが、やはり犬を抱いて電車に乗っている人がいた。韓国では動物をゲージに入れずに乗っていいのか。ふうん。
 犬も電車に乗るのに慣れているのか、吠えもせずおとなしく女性に抱かれていた。

 犬がかわいかったので、日記を書きつつちらちらと見ていたら、その隣に座っていた制服を着た女の子が、突然静かに泣きはじめたのが視界にうつった。
 うお、どうしたんだっ!?
 隣に座っている母親とおぼしき女性が、涙をふいてやりつつ、穏やかな声で女の子をたしなめている。

 やがて女の子は、母親と別れて途中駅で電車を降りた。しかし、その女の子だけが、他のホームに降り立った女の子たちと制服が違っていた。
 転校したばかりで学校になじめない子供を、その母親が駅まで送ってきてあげたとか、そういうシチュエーションなのかなあ。ドラマだ。

 そんなことを考えているうちに、次の駅が金浦空港だった。日記と筆記用具をバッグにしまい、問題なくキンポ[金浦:Kimp’o]空港駅にて下車。
 ここの駅にはエスカレーターあったっけ? と一瞬悩んだが、さすが空港、当然あった。エレベーターはあったかな? 覚えていない。

 ちょっと暗めの地下道を、行きと同様動く歩道に乗って空港まで移動。
 来た時にも見た温泉やKDDの公告を、なんとなく懐かしい思いで眺める。
 ほんの一週間前に見たばかりなのに、なんだかものすごく昔のことのように思える。

 大きな荷物を持った人々でざわつく出発ロビーに到着。
 さあ、これからチェック・インだ。おっと、その前に空港利用券を買っておくか。

 空港利用券は向こうで売ってるよ、という案内にしたがって窓口へ。
 いろいろな国の人で混み合う窓口で何としゃべったかは覚えていないが、気がつくと手に空港利用券を握りしめていた。お値段はW9,000(約968円)。安い。

 すごい、ここまで何の問題もなくするする来ちゃったぞ。
 アシアナのカウンターもまだ空いてるし、こりゃあ早く空港に来たかいがあったもんだ、とひとり喜んでいたら、そのカウンターで問題が起こった。なぜか列がまったく前に進まないのだ。

 どうなってんだ? と思って3、4人前にいる一番前の人を見ると、子供を連れた白人家族4人連れがカウンターを占拠していた。耳をすまして話の内容を聞いてみると、どうやらチェック・インの時間が遅かったため、家族4人がばらばらの席になってしまったので、なんとか4人まとまった座席に変更してくれないか、とアシアナの女性職員にゴリ押ししているのだ。

 それは無理じゃないの? もう他の座席は発券済みなんだからさ。

 しかし、白人御家族御一行様は、何がなんでも4人がまとまって座れる席を確保するまで、カウンター前から動くつもりがないらしい。何度も何度も、同じセリフが父親とアシアナの女性職員の間でくりかえされている。

 うーん。
 文句ははっきり言う。家族を大切にする。
 君のその姿勢の正しさは確かに認めるけどさ、場所を考えろよ、場所を。
 家族のしあわせには心くだくことができても、他人の迷惑にはまったく気がまわらんのか、お前はっ!!(激怒)

 気分よく出国したかったのに、かなり不機嫌になってしまう。

 気がつくと、もう列に並んでから20分もたっていた。
 並びはじめた頃は空いていたカウンターも、いまではどこも長蛇の列だ。
 列を変わったほうが早いか、ここで待っていたほうが早いか、判断しあぐねてふとカウンターを見たら、かの父親を根気よく説得している女性職員と目が合った。その目が「列を移動した方がいいですよ」とわたしに訴えている。
 OK、しゃーない。移動すっか。

 その後、別の列でまたしても延々と並び、よーやくどーにかチェック・イン完了。
 手荷物検査、出国審査、ともに混んでいたわけでもなかったのに、妙にイライラしてしまった。
 結局、空港到着から出国審査を終えるまでに、いっさい寄り道しなかったにもかかわらず、45分もかかった。

 こんなに時間がかかるとは思わなかったから、早くホテルを出てよかった、と思うと同時に、これじゃ残り時間が中途半端で、早くホテルを出て来たかいがないよ、とも思う。もうっ。

 しかし、いつまでも気分を悪くしていたらもったいない。
 気持ちを切り替えてキンポ空港免税店チェックだっ!

 免税店では買い物しないわたしだが、実は商品自体を眺めるのはけっこう好きだ。免税店ならではの商品を見るのもおもしろいし、街中で売られている商品と値段を比較して、「けっ、あそこの店の方が安いぜ」と心の中でほくそ笑む楽しみもある。何にせよ、根が暗い&ケチくさい趣味ではある。

 さて免税店。さぞかし規模が大きいのかと思ったら、ロッテの免税店があるだけだった。
 こりゃまたえっらい小さいな。上海の虹橋空港の方が大きいんじゃないか?
 ソウルといったら免税店、みたいなイメージを旅行代理店から植え付けられているので、ものすごく意外(まあ、あれだけ市内に免税店がある街もめずらしいとは思いますが)。

 しかも、どういうわけか、店内の商品は全部アメリカドル($)のみで表示されていた。何でだろ?

 まず最初に人参キャンデー発見。会社にこれが大好きな人がいるんだよね。
 値段はどれくらいするものなんだろう、と見てみたら、なんと9ドル。この頃1$=¥120くらいだったはずだから、換算すると1,080円になる。
 何いっ!? たったこれっぽっちで1,000円以上もするのかぁっ!?
 即刻購入却下。自分用にもこんな高い食べ物、買ってないわい。

 伝統菓子もあった。名前は「韓菓」となっている。
 浅草の雷おこしみたいなお菓子が、きれいな箱につめられていて、値段は8ドル(960円)〜12ドル(1,440円)くらい。
 わたしが4つW1,000(約108円)で買ったのと同じユミルグァ[油蜜果]は、6つで8ドル(960円)だった。たっけー(高い)。

 キムチ、海苔、焼肉と何でも売っているが、プルコギ38ドル(4,560円)、カルビ47ドル(5,640円)という値段を見るなり興味を失う。
 いっそ、焼き肉のたれだけ韓国で買ってって、普通に日本で肉を買って味付けした方がいいんじゃないの?
 韓国だって日本に負けず劣らず食料自給率低いんだからさ、ここで売ってる肉だって、韓国産じゃなくアメリカ産かもしれないじゃん。違うのは味で、肉は日本でも手に入るかも知れないのに(もっとも、国によって肉のさばき方が違うので、一概には言えません)。

 まあ、そんな風に商品をけなしながら免税店内をうろうろしていたのだが、ここがロッテだからなのか韓国だからなのかはいまひとつ不明だけど、ちょっとでも足をとめようものなら、すぐに店員さんがダッシュで寄ってくる。他の国の免税店で、こんな積極的なセールスを受けたこと、わたしはない。うう、ゆっくり品定めできないよう。
 もうちょっと自由に商品をお客さんに見せた方が、売り上げよくなるんじゃないかなあ。
 アメフト選手さながらのフットワークで店員さんの猛烈セールス攻撃をかわしながら商品を物色していたわたしだが(嘘)、いい加減イヤになったので店を出る。

 免税店の向かいの2階にカフェがある。時間があるので入る。

 日本行きの飛行機が多い時間帯のせいなのか、単なる国民性なのか、カフェには日本人の姿が多い。
 入り口前に置かれているメニューには日本語があったけど、店内のメニューは韓国語と英語のみだった。飲み物だけでなく、食事メニューも揃っている。
 物価の目安の参考になるかと思って、メニューと値段の一部を控えてきてみた。ちなみにわたしが頼んだのはアイス・コーヒー。

 プルコギ定食 ・・・・・W10,000(約1,075円)
 Pokumpap ・・・・・・W 7,000(約753円)
 カルビタン ・・・・・・W 7,000(同上)
 ピビンバ  ・・・・・・W 8,000(約860円)
 ムルネンミョン ・・・・W 8,000(同上)
 しゃぶしゃぶうどん ・・W 6,500(約700円)
 Twikimうどん ・・・・W 6,500(同上)
 スープ ・・・・・・・・W 3,000〜(約323円)

 コーヒー&トースト ・・W 4,000(約430円)

 コーヒー ・・・・・・・W 3,000(約323円)
 アイスコーヒー ・・・・W 3,000(同上)

 「Pokumpap」は、「Fried Rice」という英語が当てられていたから、きっと日本で言うところの「焼き飯」とか「チャーハン」なんだろうな(pap=飯だし)。
 「しゃぶしゃぶうどん」・・・うーん、まあ、想像はつく。でも「Twikim」って何だろう?
 当然ながら全体的に、街中より値段は高かった。

 日記を書きつつ待つことしばし。アイスコーヒーがやってきた。
 しかし、店員さんが運んで来てくれたそのアイスコーヒーを見て、わたしは思わず「えっ?」となってしまった。
 なんとこのアイスコーヒー、色がにごっていたのだ。

 むう・・・普通、ドトールとかで飲むアイスコーヒーって、透き通っているよねえ。何なんだろう、このアイスコーヒーは。
 そういや、インスタントのコーヒーを水に溶かすとこんな色になるぞ。まさかそうじゃあなかろうな。

 疑惑を持ちつつ飲む。う、味も薄い。
 いままで飲んだアイスコーヒーは普通だったのにー。なぜ?
 しかし、文句は言わずに飲む。我ながら日本人。

 9時10分くらいに席を立ち、ふたたび空港内を探索。
 待合いロビーの一角の床に、10メートル四方の広さにわたって、何やら荷物が置かれていた。まるで、JR東京駅の新幹線乗り場でよく見かける修学旅行生のバッグのようだ。

 なので、「韓国に日本の高校生が修学旅行にでも来ているのかな?」と思っていたのだが、実際に近付いてその荷物を見てみたら、どれもこれもぱんぱんにふくれあがったロッテやシルラ[新羅]の免税店の袋だった。
 はあー、すげー。圧巻。

 日本人以外にも、免税店で買い物をする外国人はいるはずだから、これが全部日本人の買い物の結果とは思わないけど、でもやっぱ何と言うか、お金ってあるところにはあるんだなあ。

 空港内は、その他には小さな売店と飲み物の自動販売機があるくらいで、こじんまりとした感じだった。
 煙草は喫煙室なる部屋の中でしか吸えないようになっている。わたしのような煙草を吸わない人間には快適。

 窓の外には青空が見えるけど、すれちがった日本人の年配の女性たちが、「日本は雨だってヨー」、「成田に着いたら、かばんの底にしまった傘、出さなきゃネエ」などと話している。
 雨? ソウルはこんなに晴れているのに?

 出発時刻の30分前にあたる9時35分を10分くらい過ぎてから、ようやく搭乗が始まる。
 席は前が壁の窓際だった。足がのばせないし、スクリーンも見えないのでやや不便。まあ、窓際だからいいか。

 トイレを済まし、雑誌入れにあったNews Weekを手に入れて席に戻る。
 そういや行きはばたばたしていて、座席の前に置いてあるアシアナの機内誌を全然読めなかったな。どんな本があったんだろう? いざ、Check、Check、Cheーck!
 いわゆる普通の機内誌の他に、『SEOUL REINBOW』なんていうアシアナが編集した、日本語英語並記のソウル紹介の小冊子がある。
 げ、こんなものがあったんだ。帰りに気付いたってしょうがないよう。行きに見ときゃよかった。

 本を読んでいたら、となりの席に赤ちゃんを連れた女性が座った。赤ちゃんは、もう最初から大声で泣きっぱなしである。うーむ、子供ながらに、機内に流れるこれから空を飛ぶ緊張感が伝わるのであろうか?

 女性はそんな赤ちゃんをあやしながら、機内をきょろきょろと見回している。あきらかに連れを探しているようだ。しかし、隣の席にはわたしが座っている。
 もしや、とは思ったが、案の定スチュワーデスがもうひとり子連れの女性をともなってやって来て、韓国語でわたしに話しかけた。言葉が通じなくてもわかる。席を変わって下さい、ってことでしょ? はい、はい。
 そしてわたしは2列後ろの真ん中の席へ。そして予想どおり、子連れの女性同士は知り合いだった。

 行きも母娘に席の交替をお願いされた。キンポ空港の出発ロビーでは、家族ひとかたまりの席を手に入れるために、数十分に渡ってカウンターを占拠している男性がいた。そして今もまた、わたしは席の交替をお願いをされて、それを受けた。

 ううん、わたしは友達と離ればなれの席でも、席の交替をお願いしたことがない。別に長くても3時間程度のことだし、変わってもらうほどのことでもない。
 わたしが冷たい人間なのか、外国人が情に厚いのか。悩む。まあ、どうでもいいか。

 たいした遅れもなく飛行機は離陸。眼下には、ソウルの街からは想像もつかないような田園風景が広がっている。
 田んぼが見えるところが成田空港の近くの風景に似ているな、と思ったが、田んぼのすぐ近くには、成田では決して見ることのない立派な山並みが見える。
 ここはソウルなんだな、と平野育ちのわたしは強く感じる。

 水平飛行に入ると、あわただしく機内食のサービスが始まった。内容は焼肉とご飯、パン、海老のカクテル、生フルーツ。行きの食事よりもおいしい。

 窓から外を見ると海が見える。遠浅の海とそこに点在する島が、太陽の光に鮮やかに映えてきれいだった。

 しかし、日本上空に入ると一転して空は雲だらけ。キンポ空港で日本人の女性たちが、日本は雨、と話していたのを思い出す。やがて、大きな雨の粒が窓の外ををたたきはじめた。

 わたしの右隣、窓際に座っていたスーツ姿のぱりっとした年配の男性は、日韓のバイリンガル(bilingual)だったので、わたしには日本語で、わたしの左隣の韓国人男性には韓国語で、それぞれ「すごい雨だよ」と窓の外を指さしながら気さくに教えてくれた。

 本当に雨だったのか。しまったなあ。わたしは傘は持っているが、荷物がけっこうあるので歩いて帰るのは面倒くさい。
 仕方ない。自宅近くの駅からはタクシーで帰るか。

 飛行機が高度を下げはじめたらしい。鼻がつまっているので、耳抜きできなくてちょっと痛い。
 耳の痛みをとるために、あくびをしたり鼻をふんふんしているうちに日本到着。
 ああ、無事に帰ってきたよ。よかったー、これでひとり旅ってことで心配かけた親にも申し訳がたつ。

 入国審査もバゲージも税関もスムーズに通過。
 到着ロビーの椅子に座って少し休憩した後、12時45分頃、スーツケースをひっぱって電車乗り場へ。

 空港内は空調がきいているので全然大丈夫だったんだけど、エスカレーターを降りて電車のホームに降りていく途中、だんだんと自分の全身がしっとりと湿(しめ)っていくのがわかった。
 肌だけじゃない。髪も服もバッグもスーツケースもだ。帆布でできたバッグなんて、湿気を吸い込んですっかりくたくたになってしまっている。
 何なんだ、この湿気は? ひー、気持ち悪いー。

 湿気はホームが近付くにつれてひどさを増し、へたすりゃ水滴となってしたたり落ちそうなほどだった。最終的には水をあびながら道を歩いているのと変わらないほど、わたしの全身はぬれそぼっていた。
 うそ、どうしちゃったの、この湿度。今年は異常気象だろうか?

 そこではっと思い出したのが、ソウルで聞いたユンさんの言葉。

「ソウルは東京みたいに蒸し暑くないしね」

 そうか、この湿気は異常気象なんかじゃなく、日本ではいつものことなんだ。ただ、ソウルがあまりにも乾いていたんで、そのギャップの激しさにわたしが驚いてしまっていただけなんだ。
 ひゃー、どうりでソウルにいた時、髪が妙にぱさぱさしたはずだよ。

 もはやわたしにはサウナのようにしか感じられないホームに降り立つ。暑くはないが、とにかく湿気がすごい。

 久々に見るキヨスクで、衝動的にお菓子を買う。
 別にお腹は空いてなかったんだけど、なんだか無性に日本語で買い物がしたかった。

 電車はすぐにやってきた。がらがらの電車に乗って東京へ。
 電車が地下から地上に出ると、灰色の空から雨はまだ降り続けていた。

 車窓から見える雨にぬれた田んぼを眺めていると、さっき飛行機からから見たソウル近郊の田園風景が、ふっと目の前の風景と重なった。
 ああ、ほんの3時間前まで、わたしはソウルにいたんだ。

 残念なことに、次のわたしの旅行先は、きっと韓国ではないだろう。
 中国か、あるいは中国語が通じる国か。
 よくわからないが、とにかく、無性に中国へ行きたい。

 しかしきっとまた近いうちに、わたしはソウルに行くと思う。
 彼の地には、まだまだやりたいことがいっぱいあるような気がするのだ(といっても観光がメインですが)。

 車内にはエアコンが効いているのに、なおも汗が噴き出してくる。
 それをハンカチでぬぐいながら、わたしはあのソウルのカラッと乾燥した空気を思い出した。

 そうか、わたしはまさにソウルを肌で感じてきたんだな。

 そこは、雨の降りしきる緑の田んぼの真ん中を、ガタゴトと走るまぎれもない日本の電車の中だったけれど、暑く乾いた夏のソウルは、今もまだわたしのすぐそばで熱を放っているような気がした。

おわり  

    

 今回のおこづかい帳  

 
 ホテル代:W228,000
  電話代:W    240
  地下鉄:W    600
空港使用料:W  9,000
 I.C.:W  3,500(アイスコーヒー)
  交通費:990円(成田空港第2ターミナル→都内自宅)
  お菓子:110円
 タクシー:660円

今回の小計:W241,340+1,760円
支払い総計:W545,560(約58,662円)+36,351円
      (※日本円総計:約95,013円)

(※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)

 

 編集後記 

 
 はい、帰国リポートでした。いかがでしたでしょうか?

 それにしても、いやー、日本の湿気にはまいりましたね(笑)。雨の日だったので特に湿度が高かったせいもあるのでしょうけど、いますぐこのままソウルに引き返したいっ! という衝動に駆られたほど、日本の湿気は強烈でした。

 しかもわたしは帰国後1週間以上、湿気に身体を慣らすことができず、「ううう、全身がべたべたしていて気持ち悪い〜」とずーっと悩まされ続けたのです。いやはや。

 この時期に湿度の低い国から日本に観光に来る外国人は、相当な覚悟が必要ですね。
 わたしは今までの経験から言うと、乾燥した土地とは相性がいいので(ゴビ砂漠、L.A.)、ソウル旅行は非常に快適でした。

 さて、『ソウル7日間★徒然日記』も、どうにか最終号を終えることができました。1999年8月下旬に始まって、2000年3月の今日まで約6か月半。足かけ2年の長い長い道のりでした。
 みなさま、本当にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 今回の『ソウル7日間★徒然日記』では、ソウルに行ったことのない人にも、ソウルの空気を味わってほしくて、前回の『上海6日間★徒然日記』よりもいっそう街の描写を細かくしたりと、自分なりに工夫をしたつもりです。
 どうでしょう? 少しは街の雰囲気が伝わりましたか?

 しかしそのせいで、思っていたよりも文章が長くなってしまい、ちょっと冗長すぎるかなあ? と悩んだ時期もありましたが、「まあ、いっか」と突っ走ってしまうあたりがわたしですね。今さら書き方を変えられん、という不器用さもその原因のひとつでしたが。

 何にせよ、前回と同じせりふですが、この日記が少しでも、みなさまのお役にたてたなら、それこそ「望外の喜び」というものです。本当にありがとうございました。m(_ _)m

 それでは、またどこかの街でお会いしましょう。

ちはる 拝  

  


  

7日目――雨の成田でソウルを実感/日本帰国の巻

1日目

2日目

3日目

4日目

5日目

6日目

TOPへ
  


『ソウル7日間徒然日記』

E-mail to : chihalu@geocities.co.jp

Copyright(C) 1999 Office EST3