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最終号 | |
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7日目――雨の成田でソウルを実感/日本帰国の巻 | |
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■ 帰国 | |
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洗面後、しばらくぼーっとしながらTVを見ていると、KBSで昨日の夕方も見た、放送の始まりを知らせる映像が流れていた。これも今日で見納めか。 着替えのあと簡単な荷造り。スーツケースが閉まらなくてややあせる。 6時40分、忘れ物がないか最終チェック。 スーツケースを引っ張って6階のフロントへ移動。 さて、料金。 支払いを終え、お世話になったお礼を告げて、エレベーターで1階へ。外に出る。 そのチョンノを、人気がないのをいいことに、写真を撮りながら歩く。 サミルノ[三一路:Samilno]を横切り、タプゴル公園前を通り過ぎ、地下鉄5号線のチョンノ・サンガ[鐘路3街:Chongno‐samga]駅を目指す。初めてチョンノに来た時通った道を、そのまんま逆にたどっていく。 初日には方向を見失って、途方に暮れたチョンノ・サンガ駅到着。迷わずここに来れるようになったなんて、我ながら成長したもんだ。 地上から改札までは階段しかないので、スーツケースを持ち上げてえっちらおっちら降りる。その後はホームまでエスカレーターがあるので楽。 車内に人影は本当にまばらだったので、誰に気兼ねすることもなく日記書き。しかし、そのために途中で自分の現在地がわからなくなってしまった。 途中駅で、犬を抱いた中年の女性と、制服姿の高校生らしい女の子のふたり連れが電車に乗り込んできた。母娘かな? 犬がかわいかったので、日記を書きつつちらちらと見ていたら、その隣に座っていた制服を着た女の子が、突然静かに泣きはじめたのが視界にうつった。 やがて女の子は、母親と別れて途中駅で電車を降りた。しかし、その女の子だけが、他のホームに降り立った女の子たちと制服が違っていた。 そんなことを考えているうちに、次の駅が金浦空港だった。日記と筆記用具をバッグにしまい、問題なくキンポ[金浦:Kimp’o]空港駅にて下車。 ちょっと暗めの地下道を、行きと同様動く歩道に乗って空港まで移動。 大きな荷物を持った人々でざわつく出発ロビーに到着。 空港利用券は向こうで売ってるよ、という案内にしたがって窓口へ。 すごい、ここまで何の問題もなくするする来ちゃったぞ。 どうなってんだ? と思って3、4人前にいる一番前の人を見ると、子供を連れた白人家族4人連れがカウンターを占拠していた。耳をすまして話の内容を聞いてみると、どうやらチェック・インの時間が遅かったため、家族4人がばらばらの席になってしまったので、なんとか4人まとまった座席に変更してくれないか、とアシアナの女性職員にゴリ押ししているのだ。 それは無理じゃないの? もう他の座席は発券済みなんだからさ。 しかし、白人御家族御一行様は、何がなんでも4人がまとまって座れる席を確保するまで、カウンター前から動くつもりがないらしい。何度も何度も、同じセリフが父親とアシアナの女性職員の間でくりかえされている。 うーん。 気分よく出国したかったのに、かなり不機嫌になってしまう。 気がつくと、もう列に並んでから20分もたっていた。 その後、別の列でまたしても延々と並び、よーやくどーにかチェック・イン完了。 こんなに時間がかかるとは思わなかったから、早くホテルを出てよかった、と思うと同時に、これじゃ残り時間が中途半端で、早くホテルを出て来たかいがないよ、とも思う。もうっ。 しかし、いつまでも気分を悪くしていたらもったいない。 免税店では買い物しないわたしだが、実は商品自体を眺めるのはけっこう好きだ。免税店ならではの商品を見るのもおもしろいし、街中で売られている商品と値段を比較して、「けっ、あそこの店の方が安いぜ」と心の中でほくそ笑む楽しみもある。何にせよ、根が暗い&ケチくさい趣味ではある。 さて免税店。さぞかし規模が大きいのかと思ったら、ロッテの免税店があるだけだった。 しかも、どういうわけか、店内の商品は全部アメリカドル($)のみで表示されていた。何でだろ? まず最初に人参キャンデー発見。会社にこれが大好きな人がいるんだよね。 伝統菓子もあった。名前は「韓菓」となっている。 キムチ、海苔、焼肉と何でも売っているが、プルコギ38ドル(4,560円)、カルビ47ドル(5,640円)という値段を見るなり興味を失う。 まあ、そんな風に商品をけなしながら免税店内をうろうろしていたのだが、ここがロッテだからなのか韓国だからなのかはいまひとつ不明だけど、ちょっとでも足をとめようものなら、すぐに店員さんがダッシュで寄ってくる。他の国の免税店で、こんな積極的なセールスを受けたこと、わたしはない。うう、ゆっくり品定めできないよう。 免税店の向かいの2階にカフェがある。時間があるので入る。 日本行きの飛行機が多い時間帯のせいなのか、単なる国民性なのか、カフェには日本人の姿が多い。 ●プルコギ定食 ・・・・・W10,000(約1,075円) ●コーヒー&トースト ・・W 4,000(約430円) ●コーヒー ・・・・・・・W 3,000(約323円) 「Pokumpap」は、「Fried
Rice」という英語が当てられていたから、きっと日本で言うところの「焼き飯」とか「チャーハン」なんだろうな(pap=飯だし)。 日記を書きつつ待つことしばし。アイスコーヒーがやってきた。 むう・・・普通、ドトールとかで飲むアイスコーヒーって、透き通っているよねえ。何なんだろう、このアイスコーヒーは。 疑惑を持ちつつ飲む。う、味も薄い。 9時10分くらいに席を立ち、ふたたび空港内を探索。 なので、「韓国に日本の高校生が修学旅行にでも来ているのかな?」と思っていたのだが、実際に近付いてその荷物を見てみたら、どれもこれもぱんぱんにふくれあがったロッテやシルラ[新羅]の免税店の袋だった。 日本人以外にも、免税店で買い物をする外国人はいるはずだから、これが全部日本人の買い物の結果とは思わないけど、でもやっぱ何と言うか、お金ってあるところにはあるんだなあ。 空港内は、その他には小さな売店と飲み物の自動販売機があるくらいで、こじんまりとした感じだった。 窓の外には青空が見えるけど、すれちがった日本人の年配の女性たちが、「日本は雨だってヨー」、「成田に着いたら、かばんの底にしまった傘、出さなきゃネエ」などと話している。 出発時刻の30分前にあたる9時35分を10分くらい過ぎてから、ようやく搭乗が始まる。 トイレを済まし、雑誌入れにあったNews
Weekを手に入れて席に戻る。 本を読んでいたら、となりの席に赤ちゃんを連れた女性が座った。赤ちゃんは、もう最初から大声で泣きっぱなしである。うーむ、子供ながらに、機内に流れるこれから空を飛ぶ緊張感が伝わるのであろうか? 女性はそんな赤ちゃんをあやしながら、機内をきょろきょろと見回している。あきらかに連れを探しているようだ。しかし、隣の席にはわたしが座っている。 行きも母娘に席の交替をお願いされた。キンポ空港の出発ロビーでは、家族ひとかたまりの席を手に入れるために、数十分に渡ってカウンターを占拠している男性がいた。そして今もまた、わたしは席の交替をお願いをされて、それを受けた。 ううん、わたしは友達と離ればなれの席でも、席の交替をお願いしたことがない。別に長くても3時間程度のことだし、変わってもらうほどのことでもない。 たいした遅れもなく飛行機は離陸。眼下には、ソウルの街からは想像もつかないような田園風景が広がっている。 水平飛行に入ると、あわただしく機内食のサービスが始まった。内容は焼肉とご飯、パン、海老のカクテル、生フルーツ。行きの食事よりもおいしい。 窓から外を見ると海が見える。遠浅の海とそこに点在する島が、太陽の光に鮮やかに映えてきれいだった。 しかし、日本上空に入ると一転して空は雲だらけ。キンポ空港で日本人の女性たちが、日本は雨、と話していたのを思い出す。やがて、大きな雨の粒が窓の外ををたたきはじめた。 わたしの右隣、窓際に座っていたスーツ姿のぱりっとした年配の男性は、日韓のバイリンガル(bilingual)だったので、わたしには日本語で、わたしの左隣の韓国人男性には韓国語で、それぞれ「すごい雨だよ」と窓の外を指さしながら気さくに教えてくれた。 本当に雨だったのか。しまったなあ。わたしは傘は持っているが、荷物がけっこうあるので歩いて帰るのは面倒くさい。 飛行機が高度を下げはじめたらしい。鼻がつまっているので、耳抜きできなくてちょっと痛い。 入国審査もバゲージも税関もスムーズに通過。 空港内は空調がきいているので全然大丈夫だったんだけど、エスカレーターを降りて電車のホームに降りていく途中、だんだんと自分の全身がしっとりと湿(しめ)っていくのがわかった。 湿気はホームが近付くにつれてひどさを増し、へたすりゃ水滴となってしたたり落ちそうなほどだった。最終的には水をあびながら道を歩いているのと変わらないほど、わたしの全身はぬれそぼっていた。 そこではっと思い出したのが、ソウルで聞いたユンさんの言葉。 「ソウルは東京みたいに蒸し暑くないしね」 そうか、この湿気は異常気象なんかじゃなく、日本ではいつものことなんだ。ただ、ソウルがあまりにも乾いていたんで、そのギャップの激しさにわたしが驚いてしまっていただけなんだ。 もはやわたしにはサウナのようにしか感じられないホームに降り立つ。暑くはないが、とにかく湿気がすごい。 久々に見るキヨスクで、衝動的にお菓子を買う。 電車はすぐにやってきた。がらがらの電車に乗って東京へ。 車窓から見える雨にぬれた田んぼを眺めていると、さっき飛行機からから見たソウル近郊の田園風景が、ふっと目の前の風景と重なった。 残念なことに、次のわたしの旅行先は、きっと韓国ではないだろう。 しかしきっとまた近いうちに、わたしはソウルに行くと思う。 車内にはエアコンが効いているのに、なおも汗が噴き出してくる。 そうか、わたしはまさにソウルを肌で感じてきたんだな。 そこは、雨の降りしきる緑の田んぼの真ん中を、ガタゴトと走るまぎれもない日本の電車の中だったけれど、暑く乾いた夏のソウルは、今もまだわたしのすぐそばで熱を放っているような気がした。 おわり
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■ 今回のおこづかい帳 ■ | |
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●今回の小計:W241,340+1,760円 (※レートは1999年7月当時、¥100=W930で計算しています)
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■ 編集後記 ■ | |
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それにしても、いやー、日本の湿気にはまいりましたね(笑)。雨の日だったので特に湿度が高かったせいもあるのでしょうけど、いますぐこのままソウルに引き返したいっ! という衝動に駆られたほど、日本の湿気は強烈でした。 しかもわたしは帰国後1週間以上、湿気に身体を慣らすことができず、「ううう、全身がべたべたしていて気持ち悪い〜」とずーっと悩まされ続けたのです。いやはや。 この時期に湿度の低い国から日本に観光に来る外国人は、相当な覚悟が必要ですね。 さて、『ソウル7日間★徒然日記』も、どうにか最終号を終えることができました。1999年8月下旬に始まって、2000年3月の今日まで約6か月半。足かけ2年の長い長い道のりでした。 今回の『ソウル7日間★徒然日記』では、ソウルに行ったことのない人にも、ソウルの空気を味わってほしくて、前回の『上海6日間★徒然日記』よりもいっそう街の描写を細かくしたりと、自分なりに工夫をしたつもりです。 しかしそのせいで、思っていたよりも文章が長くなってしまい、ちょっと冗長すぎるかなあ? と悩んだ時期もありましたが、「まあ、いっか」と突っ走ってしまうあたりがわたしですね。今さら書き方を変えられん、という不器用さもその原因のひとつでしたが。 何にせよ、前回と同じせりふですが、この日記が少しでも、みなさまのお役にたてたなら、それこそ「望外の喜び」というものです。本当にありがとうございました。m(_ _)m それでは、またどこかの街でお会いしましょう。 ちはる 拝
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7日目――雨の成田でソウルを実感/日本帰国の巻 | ||||||
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