■うどんとホルマリン

(ホーチミン市で)

PHO(フォー)と呼ばれるうどんのようなものをベトナムでは毎日必ず一回は食べていた。米から作った麺が鶏ガラだしの効いたスープに入っており、「フォー・ガー」と言えば鶏肉入り、「フォー・ボ」と言えば牛肉入りのものが出てくる。私が食べていたのはもっぱら鶏肉のもので、好みに応じて香草や唐辛子を加えたりスダチを絞ったりしてアクセントをつけていた。

そして絶対に忘れてはいけないのが魚を発酵させて作った「ニュクマム」と呼ばれる魚醤だ。ニュクマムにはペースト状のものと液状のものとがあり、少なくとも私が食べたあらゆるベトナム料理に合う調味料だった。大抵のフォー屋のテーブルにはその店ごとに異なる味わいを持ったニュクマムの瓶が置かれているので、これを匙ですくってこれでもかとばかりにスープの中に放り込む。人によってはツンと鼻を突く癖のある匂いが気になるかもしれないが、私は初日から依存症にかかったようで店のオバチャンが喜ぶくらいバンバン入れていた。私にとってはあの匂いがすなわちベトナムの匂い。ニュクマムと同様のものはタイにもあり「ナンプラー」といい、日本では醤油の起源と言われている「しょっつる」がこれに近いのか。って、そんなことはどうでもいい。とにかくウマイ。

ひたすら歩き回ったハノイでは空腹を感じると「PHO」と看板を掲げている店にふらふらっと入って、日本の風呂屋の椅子みたいなプラスチック製の小さな腰掛けに座ってこれを頼んでいた。うどんに比べるとコシの弱い麺をズズッと啜り、高血圧なんかはすっかり無視してスープはごくごくとすべて飲み干す。数分で食べ終わってしまうので煙草を一服して地図を広げて次の目的地を決める。値段は5000ドン(約35円)程度。日本で言えば立ち食い蕎麦屋で腹ごしらえをするような気軽さで多くのベトナム人がこれを食べている。

と、このようにフォー三昧の日々が続いて正月三日に帰国して数日後、新聞の国際面の見出しが目に留まった。
(2000年1月6日付け読売新聞朝刊)


「めんにホルマリン混入」
「ハノイ うどんパニック」
「名物”フォー”客足遠のく」



新年早々、私の体内ホルマリン濃度はおそらく他のあらゆる日本人よりも高かった。

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