とりあえず、退院してから・・・ 

 

***  平成4年3月18日に大手前整肢学園に行く。  ***

訓練施設に通う事を勧められて、外来診察を受けに行きました。
受付を済ませると、今までに経験した事のない不安を感じました。
だって、そこの施設にいる子供達はみんな障害児で、変形したり、奇声を上げたりしていたんですもの。
いずれはゆかぴーもこんな風になるんだ〜って思うと、とってもショックでした。
それだけ、私は障害に対して差別意識があったからだと思います。
そこでは母子で1ヶ月入院して訓練法(ボイター法)を覚えて一日4回、家で訓練すると言う物でした。
すぐにでも母子入院する事を勧められました。
まだ退院して一週間しか経ってないのに、いきなり入院は不安すぎました。
考えて連絡すると言ってその場は逃げてしまいました。

それから、毎日ミルクを飲んだ量をノートに付け始めました。
初めは500CC前後だったのが、時々400ccを切る日があったり、一ヶ月経つ頃には360ccや、
280ccの日がほぼ毎日になってきて点滴をうつとまた、
復活してミルクの量が増えて、でもまた減ってくるの繰り返しになっていました。
とうとう5月に入って入院してしまいました。
一週間して退院したけど、また飲みが悪くてまたまた入院して、
今度は私が鼻からミルクを飲むためのチューブを入れる練習をするためのものでした。
最初はドクターがチューブを入れてくださいました。
今までいっぱい頑張ってきて、もう痛い思いはしなくていいんだと思っていたのに、ずっとチューブを入れてミルクを飲むなんて・・・
涙が止まりませんでした。
退院してチューブの入れ替えも慣れたので、6月に大手前整肢学園に母子入院しました。
入院して、今回の入院で期待する事を聞かれました。普通の子供にはなんでもない事だけど目標は、
@・手の存在を知ること  A・ある程度の時間、一人で寝ていられる事。でした。
毎日毎日、覚える事ばかりで、昼間は忙しく過ごしていました。
でも、夜はみんなでいろんな話しをして励まし合ったり、面白い話しをして大笑いしたりしました。
入院している間に、友香には色んな変化があったように思います。
声が良く出るようになったり、足をよく動かすようになったり、
今まで見た事のない笑顔も見られるようになりました。
でも、友香ぴーには体力がないと判断されて、みんなより訓練の種類も少なくて、
入院もみんなより一週間短くなりました。
退院してから家では一日4回の訓練と、週に一回の外来訓練を続けました。


またまた・・・ 


生後8ヶ月、CTを撮ったらどうやら頭蓋骨と脳を取り巻く膜との間に水か血液が溜まって、
脳を圧迫している事がわかりました。すぐに脳外科のある病院の外来受診をして、入院が決まりました。
病名は『両側慢性硬膜下血腫』。手術をして中に溜まっている血を出す事になりました。
手術の方法は、頭蓋骨に直径8mm程の穴をあけて、中に溜まっている血を出すというものでした。
急激に出すと、脳圧が急激に変って良くないらしく、しばらく管を外に出しておくことになりました。
例えるなら、昆虫の触角ってとこです。止血検査をしたり、
風邪気味だったこともあって、10日後に手術をすることになりました。
手術当日、朝8時15分を最後に絶食、11時と13時に睡眠薬を服用して12時半頃浣腸をして、
13時半に手術室に行って、18時半に帰ってきました。頭に細い管を付けていました。
その管の先からは頭の中に溜まっていた血が出ていました。それからしばらく様子を見る事になりました。
でも、やっぱり左側だけはいつまでも血が出るので、シャントと言って左側の頭蓋骨に開けた穴から、
左の耳の後→左首→左胸→腹腔へと管を入れる手術をしました。
さすがに一回目の手術とは違って術後はかなり辛かったようです。
麻酔が覚めてからは痛みがあったようで、ずっと泣いていました。
それでも頑張った友香ぴーは、何のトラブルもなく手術から10日後に退院する事が出来ました。


シャントの手術をしてからしばらくは元気だったのが、
何だか頭皮がアトピーを思わせるような状態になってきました。
アトピーに効く薬を塗ったけど、ほとんど効かず状態は悪くなっていきました。
暮れも押し迫る12月22日、とうとう入院しなければいけない状態になって検査をしたら、
『ヘルペス』と言う結果で、隔離入院になりました。
『ヘルペス』とは、小さな水泡がいくつも出来るもので、単純性疱疹ウイルスによります。
初めて感染するのは1〜5歳の間が最も多いらしいのですが、
ほとんどは発病せずに保菌者になるだけなんだそうです。
友香ぴーは色んなことがあって、体が弱っていたのがきっかけで発病したようでした。
お医者さんには、2年程前に特効薬が出来たから今は治るけど、
そうでなかったら亡くなっていたかも知れないと言われました。
その薬が高価な事!点滴に使う薬で一本5万円すると聞かされました。
でも、小さな友香ぴーは高価な薬も半量だけ使って、捨ててしまっていたようです。
もったいない・・・。着ている服も、別に洗って煮沸消毒していました。
この頃には私も入院慣れして、入院の準備も上手になっていました。
友香ぴーは初めてのお誕生日は家で迎えたものの、2回目のクリスマスも前年に次いで病院でした。
病棟のクリスマス会も、なんと言っても隔離の身であるので、参加できませんでした。
そして治療の甲斐あって、年末には何とか退院できました。お正月は家で迎えることが出来ました。


・・・続く・・・