ヘルペスが完治してから・・・ 

 

***  何をして過ごしていたのかな?  ***

シャントの手術や、ヘルペスでの入院の後、これ以上しんどい思いをさせまいと、
必死で毎日を過ごしていたように思います。
でも、すぐに具合が悪くなって病院に駆け込んでいました。
子供って調子が悪くなるのも、良くなるのもこんなに早いんだなぁと思いました。
お兄ちゃんは健常だったので、風邪をひいてもそんなに悪くなることはなかったのに、
ゆかぴーはあれよあれよと言う間に、すごい重症になってしまっていました。
主治医には『こんなに悪くなる前に連れておいで。』と言われるし。
「あれ?おかしい。」と思った時には、かなり悪くなっているんですもの。
「あれ?おかしい。」と思う前に、「おや?怪しい。」と思う見極めが必要だなぁ、と思って
何回かしんどい思いをさせて、やっとこさその見極めが出来るようになりました。
それからは、入院の回数も減って、家で過ごせるようになりました。
でも私は、体調管理に必死になって、肝心な事を知らずにいました。


友達と電話 


ある日、大手前で一緒だった友達と電話で話しをしていたら、いい訓練施設があると言うので
聞いてみると、家から20分ぐらいの所にあると言う。
電話を切ってから、速攻その施設に電話して、『そちらの施設がいいと聞いたので、通いたい。』と
半ば強引に診察の予約を取って、それから主治医にそれまでのいきさつを説明して、
紹介状を書いてもらいました。主治医には『おかあちゃん、強引やなぁ。でも、子供の為にはそのぐらいでいいんちゃうか。』
なんて言われて、やっぱり強引やったんや・・・。と思いましたが、やったるでー!と言う意気込みで、突き進みました。



あさしおえん 

待ちに待った診察の日。これでDr.の指示が出れば通える・・・。
でも、心の中では『重度な子供やし、大丈夫かな。』なんて、こっそり考えていた悪者でした。
診察の結果、その頃はまだ1歳半で、体力もあまりなかったので、外来訓練から始めましょうと言われて、
週1回45分の理学療法を外来で受けることになりました。
ただ、以前通っていた大手前とは訓練法が違うので、子供が混乱するので、どっちか1本にした方が
いいと言われました。なんて言って止めよか・・・と困ってしまいました。
とりあえず、第一関門突破だな・・・と、あさしおえん母子通園に向けて、走り出したのでした。
そこで、強行突破する技を覚えたのでした。



あさしおえん・2 

外来訓練を始めて半年、やっと母子通園部に入ることになりました。
たくさんのお友達と入園・進級式に参加して、仲間入りです。
同じ悩みを持った友達がたくさん出来ました。
それからは、ほぼ毎日通園して、保育や訓練、遠足、みかん狩り、南港プールなど、楽しいイベントがいっぱいありました。
年末には忘年会(ゆかぴーはお留守番。)、飲み会、今まで閉じこもりがちだった生活が
一変して、楽しみのある生活になりました。
毎日、あさしお園に行くことが、生きがいになっていました。



それから2年。 

機嫌よく通園して2年が、過ぎました。その頃、また、私の耳に北摂は福祉がいいらしいと言う話が入ってきました。
ちょうど、家も手狭になってきていて、もう少し広いマンションを探していました。じゃぁ、北摂に引越ししよう。
と、いう訳で、年末に吹田市に引越ししてきました。
年度始めに合わせるように、3月末までは1時間以上かけて、あさしお園に通っていました。
その後は当然、大好きだったあさしお園の通園をやめて・・・。



わかたけえん 

吹田に引っ越して来て、4月から友香と私にとって新しい施設である『吹田市立わかたけえん』母子通園することになりました。
初めての通園は緊張しました。流れについて行けずに、何日かはトイレにも行けないぐらいでした。
大阪市内と違って若干田舎なので、もの凄い渋滞もほとんどなく、通園には園のバスがありました。
コースは2つあって、家の近くまでバスが迎えに来てくれて、母子共に乗り込んで、園に行くというものです。
給食は学校給食のような物で、母親も1回200円で給食が出ました。
自分で作らないし、すべてが手作り。旬の食材や、時には若い人が普段食べないであろう食材が並びました。
言うまでもなく、好き嫌いがほとんどない私は、給食が楽しみでした。
一番大きい子のクラスは母子分離保育なので、配膳はそのお母さんと、給食の先生がしていました。
園での生活も、色々な工夫がされていて、とても楽しいものでした。



わかたけえん 

わかたけに通い始めて2年。とうとう卒園の時がやってきました。
楽しかった園での生活、いやな事もあったけど、頑張ってきたと思う。
園にいる間にも何人かのお友達が、天使になってしまった。
障害を持っていると、私たちには何でもない風邪が
命取りになることだってある。本当に悲しいこと。
でも、たくさんの人から愛情をもらって、
親もたくさんの愛情を注いで、不自由だったけど、
きっと幸せだったはず。
余談だけど、私がいつも思う事は、友香は私が死ぬ1日前に
亡くなってくれたら、何も心配しなくていいのになぁと。

わかたけでお世話になった先生やスタッフの方たちに見送られて、
4人仲良く卒園しました。4月からは1年生よ!

・・・続く・・・