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たくさんの子供たちとのふれあいの中で 大事な物を みつけたような気がするの。 一つ一つがメッセージ 子どもから大人への・・・ 大切に 受け止めるべきでは? 三つ子の魂百までもといわれるように 子ども時代は短くて 濃厚な時間なのだから・・・ きっと 深〜い何かが見つかるはずです。 |
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施設内で 赤ちゃんクラブが行われていて これは お母さんたちの自主的なクラブなんだけど たまに 時間が重なって 見れるときがある。 そうすると 異様に小さいわけ 赤ちゃんが・・・!かわいくって!! ああ こんなだったんだ! 小学一年生といえども 彼らの無邪気さにはかなわない。 満面の笑みも 片言の言葉も 全てが無垢のこの時代のかわいらしさに 匹敵するものなどない! その愛おしさには 格別なものがある。 しかも たぶん この気持ちは こどもと共に育ってきた者 子育ての不可思議を経験した者 成熟し得た者 人として生きて死んでいく流れの何たるかをなんとなく感じ得た者 ちょっと悲しくて おかしくて そんな子育てをしてきた者 にとっては すごく奇妙な感覚を持って感じるのだ。 つまり 忘れていた過去との体面かな? 戻る事のできない後悔と大変な時を乗り越えてきた物だと言う自負と なつかしさと・・・・ だからこそ 伝えたい。今を大切に!!! 非行少年たちの中にも 幼い時の愛された記憶のゆえにこちら側へ 戻ってこれる子達もいる。 彼らも 可愛いその時代を過ごし 愛されていた時代の自己愛が 自信につながり 自分を大切にできるようになるのだから・・・ 幼い時のかわいらしさは 生まれてきたものの財産だ。** |
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2002年3月
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園では 5,6人に1人の 割で先生がついていた。 朝 9:00から 夕方6:00まで 延長して預けられていた。 夫婦共稼ぎで 金銭的には裕福な家庭だ。3歳からは 保育園に移った。 小学校に行き始めると 彼は 学校内の 施設に預けられた。家ではまだ 1人で留守番ができないからだ。 ここでは 40人に1人の指導員とお手伝いが共同保育の形で やとわれていたが 学校が終わってから 5:00頃まで生活して それぞれの自宅へ帰る。 彼らは大半が 帰っても 7時 あるいは9時ころまで 留守番する子たちだ。 家庭での生活時間は 少なく あっても 仕事から帰ってきた 疲れた親に 自分の心を預ける事も出来ないまま中学生の思春期を迎える事となる。 子ども達は この時点ですでに あきらめると言う事を 学んでいた。 日々の 喜怒哀楽に含まれる 子ども時代の大切な 家族との共有時間を持つ事も 自分自信の中にある 不可解な寂しさや憤りさえも 呑み込んでここまで 成長してきたのだから・・・・ あるいは 彼らは友人を作るのに 金銭で釣り上げようとする。 または 連休に海外旅行に行った事など お土産など持参で吹聴する。 それ欲しさに 群がる子達も まあ いるが・・ そのような子は その時だけであとは 友人のゆの字にも当てはまらない連中である事は おおむね おわかりのこととおもうけど・・! けれど 彼には合点がいかない。 こんなに良くしているのに 自分には 友人が出来ないと考える。 内在的な不安は 彼にとっては急に生まれたものではなく 積み重ねられた 自己愛の欠如 愛されたという幼少期の欠落 そうして ある日 突然の 衝動に狩られて (突然ではないかもしれないが・・) 暴力的に走ったり 内在化=引きこもり状態になったり してもおかしくはないのでしょう。 施設に来ている 中学生の中には 家に帰りたくないというこが多い。 学校の授業が全くわからず おもしろくないとも言う。 中学生になる前の段階で 大人は 彼らの何を 見てきていたのだろう? 彼は 荒ぶれてはいないが 心寂しい成年になって うまく 友人と付合えない。 いじめられたこともある。 先生の口添えで なんとか 学校生活は クリアできたが 社会の中では いつも そう守ってくれる者がるとは言えない。 学校に行けなくなるか 行っていても形だけの空洞人間 卒業の先にあるのは・・・・? 彼も もうすぐ 中学生になる。身体は大きくなったが いつまでも こころは幼い。 この アンバランスの中で思春期を迎えることが どれだけ 危険な事だろうか。 彼がこれから 出会う事象の中に 彼を救える なにかが 起きる事を願っている。 (人との出会い 保護者のきずきなど・・・)** |
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2002年2月
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子どもの命の重みが分からない大人達 そうして自分の力の無さにつぶされそうな私** |
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物には命は無いと言う。子ども達に私は言う。 もし これに(投げつけた筆箱 えんぴつ ノート 本 おもちゃ・・・ ) 目や鼻や口が あなたと同じようについていたらと 考えてごらん。 真っ二つに割れてしまった バインダー。 相当に固い物なのに 1年のK君は壊してしまった。 いつも 荒い子で 落ち着きが無く 危険な事も再々するので 親にも いつも施設での生活を知らせているのだが・・・。 親から 一生懸命さは伝わってこない。 友達とも うまく 付合えない。待つ事も 人の話しに耳を傾ける事も出来ない。何かあると思う。 学校の先生とも話し合ったが、先生も親に面と向かって言えないような事を言われる。 親がきずいてくれればと思う。 自分は間違っていない。これは子どもの個性だと考えているようだ。 しかし個性の前の問題だと私は思う。 プライバシーだの個性だの人権だのと いろいろ 足かせがある中で どうやって 知らせつづけて行けるだろう? わたしもそろそろ 力尽きそうだ。** |
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2001年12月
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施設の中でぐったりしていた日 親に迎えに来てもらってたが 次の日には また 施設に来ていて 来たとたん ヒーターのそばで 横になって 眠ってしまう。 また 次の日 クリスマス会に来ていて チック症状起こす。 顔色も悪く 熱を計ったら 38度。すぐ 家に帰るように言う。 それから 数日セキをしながら施設に来る。 親は仕事で稼ぎどき。体の具合に気がついているのかいないのか。 毎日来ていた。今日 肺炎になったと 親より連絡があった。 普段から ほったらかしの子育て。 施設に行ってくれていれば 安心の 子どもの心の見えない 見ようとしない 子育て。 子どもが好きで仕事をしている私達は ただ 悲しい。** |
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2001年12月
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2階の部屋にロッカーがある, しーんとした階段が見える1階の玄関フロアー T君が 靴をげた箱に入れて 二階に上がる ”フンフンフン ルンルンルン ああ 今日もいい天気” 静けさは寂しさにつながる, 自分でわざと声を出してみる ”おかえりなさい””ただいま”少し恥ずかしそうな様子のT君 他の子達が帰ってきた 急に活気づく施設 元気にふるまうT君だけど でも 家に帰ったら 一人で遅くまで留守番しなくちゃならない 雷が怖いから家に帰りたくないと言ったT君 大雨の日 だーれも迎えに来ないよとはぶてていたT君 帰って行く時の後姿がとっても寂しい 友達がいっぱいいて にぎやかな時 人一倍 大騒ぎしていたT君 静かな所が大嫌い だから いつも 大騒ぎしているT君なんです** |
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2001年11月
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Rちゃんは とっても 心配なことがあるんです。 それはね ママの おっぱいが ちいさいことなんですって お乳が沢山でなかったら どうしようって 真剣に考えていたんです。 Rちゃん 大丈夫よ。もう少し待っててね。 お腹の中の赤ちゃんが ママに合図を送ったら だんだん膨らんでくるんだって 優しい子だね。ママのことも 生まれてくる赤ちゃんのことも 心配してるんだね。 大好きなんだね。** |
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2001年9月
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| 4月から新しく施設でみることになった60人ほどの1・2年生たちも 集団で過ごすことに 保育所や幼稚園で慣れているせいか 早くに馴染み 日々が過ぎていくなか、6・7才児にもなると 自立心の芽生えや 体の成長に伴う自信などで 一見 わがままとも言える行動をとり始めた。保護者の人に伝えると 往々にして信じてもらえなっかったり 取り合ってもらえないことも多く 変化している子どもの姿を 見つめていない 見つめられない 余裕の無い子育て 教育に 危機感を感じています。経済の不況の中、愛されない(正しく保護されない)子ども達の行方は何処なのでしょう。最近の青少年の事件も わたしにとっては ひとごとではなく この子達に関われる一人の人間として なんにもできないふがいない自分にストレスを感じています。 世の中は働け働けで進む中、リストラで仕事を失う人も多く、求人も無く 小・中・高の教育現場も混沌としている現状で 多く広く情報が手に入れられる生活の中で 唯一 私の心の救いは 家族にあります。 主人のリストラに始まり、姑の介護の問題、自分の仕事の危機感、こどもたちの受験戦争 ほか 6人家族であることで問題は山積してはいるけれど、みんな仲良く お互いの人生について語り合える団らんの時間が持てることに 安堵感と 信頼感を感じています。 この子達にも穏やかで ゆったりとした時間を、自分が愛されているという実感の持てる時間を 与えてあげたい。大人の前で萎縮したり うそをついたり 笑えなかったり、泣けなかったり・・・・自由に心のままに過ごしてほしいと思っています。 |
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2001年4月15日 20時30分28秒
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| 施設に良く来ている中学生に 話しかける。ちょっとしたことから 始まって いろんなこと 言ってくれるようになって・・・・「家にいても おもしろくない。一人だから 親がお金はくれているし自由にできるから楽だし、そういう仲間がいるし・・・」みんな お金で好きなお菓子を買って 立ち食いしている。ゴミもそこらに捨て放題!これでいいのか?親達よ!家庭が機能していない。家庭の役割って 包容することではないかしら?このままでは この子たちにとって 休める場所って どこになるのか?心の寂しさに漬けこんで 間違ったことに巻きこまれやすくなるのではないかしら?心配!!!!! |
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2001年03月04日 21時10分30秒 |
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| 子ども達が小さかったころの食卓で、飲み物をこぼした子に、私がひどく怒った時 一緒に食事していた姑が お茶をこぼしてひとこと! 「お母さんはおばあちゃんがこぼしたときはおこらんのにね___。」 むかっ!!!大人と子どもは違うんだ。食事中の躾とか、いろいろあるのに 勝手なこと言わないでッッッッ!______んん?でも ちょっと待てよ。 どこかが違う。子どもなんだもん、失敗はつきものよ。自分の気持ちだけで こどもにあたっていたような・・・・ いま 施設の中でそういう子どもの失敗に おおらかでいられるの。 自分のことは自分でという態度で接しているので 物を壊しても、こぼしてもこどもたちと一緒にかたずけたり、直したり・・・・けんかの仲直りだって 子ども同士でできるだけ考えてもらうようにしているから。 子どもの時って なんだって 学びの場になる。ひとつひとつが 大事な時間なんです。 |
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2001年01月28日 20時30分0秒 |
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| みんなでお弁当楽しいな。いろんなお弁当の箱の中に いろんなおかず。パンの子もいる。麺の子もいる。だけど・・・・・・。 お弁当会食の後を見ると、 ハムがコロコロ、ご飯粒がコロコロ、ビニールがボソッ、箸箱が置き忘れ___。 お部屋の中がきたな______________い!もうちょっと きれいに 食べれないかなあ?!自分がこぼした物、出たゴミは自分の手でかたずけることも大事な自立の一歩です!!!!!一歩一歩を大切に・・・・ これは小学一年 二年生の保護者宛てに書いたものです。いかがですか? |
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2001年01月21日 21時30分20秒 |
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| 子供達を預かって一緒に過ごす中で思うこと、それは どんなにお金をかけて 施設が良くなろうと、指導員、先生の人数や質が良くなろうと 子供達が本当に望んでいるものは 家庭の暖かさであり 無償の愛・・・母の愛であり 他人の手では補えないものであるということ。この補えないものはやっかいな物、 人間が母から生まれるものであること、 知恵を持ち 哲学的な思考を持って自分探しを始める思春期に 必ず 個人に影響を与えるもの。 この補えないものを 科学の力 人間の知恵で いつか補える未来が来るのだろうか? |
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2001年01月08日 20時35分25秒 |
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| 私は恵まれている。何がって自分が愛されていることに子供時代に気づいていたから。怖かった父のことも 高校生のころには 自分が我が強くて いつも 心配させていたからだと理解することができたし ・・・・・. 祖父母がとても大事にしてくれたことで コンプレックスの塊だった自分を 許すことができた。小さい時、体も弱く勉強もできず、取柄のない私だったが 田舎では 自由にあるがままに過ごすことができた。自分はこのままでいいのだという自信が持てたからだと思う。今、我が子に望むことは たくさんあるけれど、感謝しています。 自分で考え悩んだり喜んだりしている子供たちの姿をたのもしく見れることを・・・. 仲良しの家族でいられることを・・・. |
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2001年01月06日 22時55分09秒 |
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ヒヤシンスの水栽培をしたことがありますか? 根っこが大事、立派に育つと、緑豊かに葉がなり、薫り高く 鮮やかな花が咲くの。 急いではだめなの。ゆっくり しっかり そだてなくちゃ、枯れてしまうの。 子育てもいっしょです。根っこの部分がとても大事。根っこに愛情を・・・・! 小さきものに 愛情を・・・・・! いつか 豊かに実るために・・・・・! |
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2001年01月05日 23時36分07秒 |