コウノトリがやって来た!

’97.12月 不妊治療の末、赤ちゃんを授かりました。が、下腹部痛がひどく切迫流産の可能性があると言われ、手放しでは喜べませんでした。
1ヶ月が経ち、心拍確認、赤ちゃんの部屋も大きくなっていて、つわりもあるので大丈夫だろうと、母子手帳をもらってくるように言われました。嬉しくってとんで区役所に行きましたが、手帳に発行日が押され、あと3日待てばクリスマスだったのでちょっぴり残念でした(どうって事はないんだけどね)。予定日は8月4日です。

治療中は超音波では卵巣しか見れず、でもこれからは赤ちゃんの部屋が見れる! 
治療中は待合室で羨ましく聞いていた心拍音が、今ママのお腹から聞こえてくる!
つわり・・クリスマスケーキは食べられなかったけど、気持ち悪くってもへっちゃら!  なんて幸せなんだろう・・・。胎児名は”あかさん”になりました。


安静、安静・・・

’98. 1月 順調だけれど、お腹の張りはとれず、安静の日が続きました。
飲み過ぎても吐いたことのないママが便器を抱える毎日。
食べてないから、出るものがなく、涙だけがポロポロ流れてくる。
でもとっても幸せ、だって赤ちゃんを授かった証拠なんだもん。


うっ、動いたぁ!

’98. 3月 転院、出産が出来ない病院のため、里帰り出産となりました。
しか〜し、転院先の先生がとっても怖いのでした。
つわりで体重が減ってるにもかかわらず、叱られちゃった。 ・・・ドウイウコト!?
恐怖でまたお腹が張り始めちゃいました。そしてその夜、胎動を感じました。
あかさんも応援してくれてる!やっぱり、幸せ。
あかさんにオチンチンがみえたよ。 ・・・キャー!


どうなっちゃうのォ!?

’98. 4月 子宮が大きく、羊水の量が多くなり過ぎて、赤ちゃんの奇形や脳の障害が考えられると言われちゃう(ふつう、そういうこと言う?)。そのため、むくみがひどくなりました。
翌日お腹の張りと痛みが強くなり、切迫早産の可能性があり、実家で寝たきりの生活が始まりました。 ・・・アカサン、ガンバッテ!


おしりに異変!

’98. 5月 安静のかいがあり、羊水の量もだいぶ落ち着いてきて一安心 だけど痔になっちゃったぁ!貧血もひどい、血液乳汁が出て、頸管炎も見つかり、どんどん薬が増えていくぅ。 ・・・ツギカラツギヘト!


愛しのお腹のあかさん!

’98. 6月 貧血の数値が更に悪くなり、お腹の張りも変わらず、薬の副作用ののためドウキが起こり、頻脈になっているのでした。またもや布団から出られぬ日々。ベビー用品を買いに行きたいなぁと思いつつ、布団の中で通販カタログとにらめっこ。
モコモコ・ボコボコ・グニュグニュ動くあかさんはとってもかわいい。愛しくて愛しくてたまりません。女性のみが味わえる幸せ。女に生まれてよかったぁ。 


痛すぎるオ・シ・リ!

’98. 7月 里帰りをひかえ、家の大掃除をしたのがいけなかったぁ。 
むくみがひどくなり、靴がはいらなくなってしまいました。体重もドドーンと増え、当然叱られたのでした。
もう臨月なのに、吐き気がおさまらず、ソーメンまで戻してしまうんだぁ。もう慣れちゃったけど。突然、痔が悪化の上悪化!立つことも座ることもできなくなってしまいました。また布団へ逆戻り。


もうすぐお別れ、でもすぐ会えるね!

’98. 8月 予定日、”おしるし””陣痛”それとも”破水”???とあかさんが出てくるのを何が知らせてくれるんだろうと楽しみにしていたんだけど・・・全くの気配なし。それより、自然妊娠ではないため、遅れるのはいけないという事で、誘発剤を使う事が決まり入院となりました。
入院前夜は不安とお腹のあかさんとの別れでブルーになっちゃいました。もう少し、いっしょにいたかったなぁ。もう少し独占していたかった。お腹の中でボコボコ動き回るあかさん!とっても愛しいよ〜。

 
その時は来た!!

’98.8月10日 9:00AM 入院・諸検査後すぐに点滴開始。片手は固定され、体中には器具が巻きつけられ、一度始まったら身動きが全くとれないの。その辛いこと辛いこと。寝返りがうてないのがこんなにキツイとは思いませんでした。 

          18:00PM 結局陣痛は付かず、点滴を取り外す。体が固まってしまって、しばらく動けませんでした。針をさす場所が悪かったらしく、大きな内出血ができてしまい、筋肉痛のように痛く力が入りません。 ・・・ホンバンハ、ダイジョウブ?
看護婦さんは痔のことを心配していました。今こんなにひどいと、出産するとものすごい事になるって。 ・・・ドウナッチャウンダロウ、ママノオシリ
面会時間ギリギリにパパが来てくれたんだぁ、花束持って。まだ生まれてないのに恥ずかしかったけど、嬉しかったんだぁ。興奮していてなかなか眠れなかったのでした。


まだ、まだぁ〜!?

’98.8月11日 5:00AM やっとウトウトしたところを、たたき起こされちゃう。洗顔も歯磨きもさせてもらえないまま、朝食もないまま点滴開始。ボーッとしたまま固定され、たまにウトウトしてしまいました。 ・・・ヨユウネ!?
早く出産しないと!という事で点滴を落とすペースが速くなりましたが、依然変化なし。
  
          10:00AM とりあえず、陣痛室に移動。再びペースを速めました。陣痛室のベッドのかたい事かたい事。  


じっ、陣痛だぁ!

           10:45AM 「ベッドがかたいなぁ、痛いなぁ・・」と思ってたところに、軽い陣痛が付きはじめました。看護婦さんは「軽い」と言うけれどママには”生理痛の最高にヒドイの”と思えたのでした。

           11:00AM 「お腹がすいたでしょ」と看護婦さんが昼食を持ってきてくれました(パスタだったような気がする)。食事ができるようにと体に巻いていた器具を外してくれます。が、ジッしていられない程の陣痛が付いていました。ジッしていられない痛みのはずなのに、痛みがくると動けないのだぁ。ばーばが来てくれたぁ。

           12:00PM 結局昼食は食べる事ができず、陣痛の間隔も2分をきっていました。 いきなり2分間隔ってどういうことぉ!
「まだまだ」と言われ、ばーばを帰してしまいました。ちょっと腰をさすってもらえばよかったぁ。 

           13:00PM 1分間隔になっていましたが、子宮口が開かず「まだまだ、全然、これからよ」と言われちゃう。痛みよりイキミをのがす方がキツイ。いきなり強い陣痛がつき体も頭もパニック。喉はカラカラだけど、何も喉を通らない。子宮口が追いつかないので、点滴を外すことになりました。力が入っていたので、点滴の針のあとの内出血が広がり、ズキズキ痛い。

           14:00PM 看護婦さんに支えてもらったがトイレに行けず、導尿。陣痛の間隔も30秒〜20秒になっていたので分娩室へ移動しました(ズルズル引きずられていたような)。
とにかくイキミをのがすのがキツイ。どうしていいかわからないのに看護婦さんは来てくれません。
この頃になって、ばーばとパパに連絡が入ったらしい。「今日出産になるかわからない」と言われていたらしく、ばーばは大慌て。 


つら〜い、つら〜い分娩室!

分娩台に上げられて(これが、なかなか上れないのだ)、寝かされました。また点滴も始まるが、内出血のところを避けるとさす所がなく、反対の腕にすることになりました。腕に力が入らないよ〜。
陣痛の間隔が30秒、息つくヒマもなくイキミが次々に襲ってくるけれど、子宮口は3cm。
よく痛みをのがすために歩いたり、座ったり、楽な姿勢を!っていうけど、ママは”まな板の上の鯉”状態。あお向けに寝かされたまま動かしてくれません。看護婦さんは二人ママの両側に立ってるけど、訳わかんない話に夢中でママの事なんて知らん顔。ママの頭の上で「あ〜だこ〜だ」話してるんだよ、頭にきた!ヒマなら腰くらいさすってくれ〜!!本には看護婦さんが”腰をさすってくれた”とか"つぼを押してくれた”とか書いてあるのに、「そんなのウソだー! バルーンのウソツキー!」と、のたうちまわりながらも思っていたのでした。
「いきんでしまったらどんなに楽なことか!」と思いつつも、「看護婦さんが何にもしてくれないなら、ええ〜い!」と両手で股を押さえちゃった。「もしいきんでしまっても出ちゃいませんように」ってね
これだけでも、とっても楽になったのだったぁ。そんな姿をチラッチラッと横目で見ながらも話しに花を咲かせる看護婦さんだったのでした。「笑うならわらえ〜!」 「バルーンのオオウソツキー!!」
でも、イキミをのがすのがこんなに辛いって知ってたぁ?友達も誰も教えてくれなかった〜。 


こんにちはっ、あかさん!

           16:00PM 午後の診察を終えた(お盆のため、早く終了)先生がやっと来てくれました。先生が内診したところ、子宮口9cm、看護婦さん達は「え〜、もうそんなにぃ?」とびっくり。「何をしてたの?」と言いたかった。まだ全開じゃないけれど、ママの姿・両手で股を押さえている姿(園児がオシッコをがまんしている姿とも言う)を見てGOサインを出してくれました。 
頭はスカッとはっきりしているのに、体に力がはいりません。自分でもびっくりしちゃった。このごにおよんで先生に「いきみが下手だ」「産道がなんでこんなに狭いんだ」と叱られ、麻酔の注射も切開も感じること無いまま(多分、感覚がマヒしてたんだろうな)、気が付いたらあかさんはママのお腹の中から、ママの腕の中へと・・。先生が来てから20分、ママは本当のママになったのでした。 ・・・オチンチンガツイテタヨ! 


やめてくれ〜、後産!

生まれてすぐまだ産湯にもつかる前に抱かせてくれましたが、なんの感情もわいてきません。またすぐに、「濁った羊水を飲んでいるので処置をする」と、あかさんは連れて行かれちゃいました。
そして、パチッと頭も体も目が覚めました。先生がギュッギュッとお腹を押しているのです。子宮の中に残っているものを出すといってがんがん押しています。あかさんが出てくる感覚は全くなかったのに、後産のあの感覚はハッキリわかりました。そして、縫合、「ギャー」と叫びそうになっちゃった。「すぐ終わるからがまんがまん」と麻酔をしてくれません。その時初めて看護婦さんが手を握っていてくれました。交代したばかりの優しい看護婦さんでした。 


それから、それから・・・

ママもあかさんも処置が済み、パパが呼ばれ三人で記念撮影をしてくれました。あかさんはブルーのおくるみに包まっていました。あかさんは小さくて軽くて、何を抱っこしてるかわからない感じだったよ。その時のパパの顔は忘れられないなぁ。
パパは生まれる少し前に病院に着いたんだって。1時間半あれば来れるのに2時間以上かかったらしい。何故かって新幹線に乗ったからなのでした。新幹線でビュッと20分で小田原に着き、乗り換えて二宮まであと15分だというのに、電車が来ない。小田原で30分以上待ち、結局新幹線に乗らない方が早かったとか。でも間に合って良かったね。
夕食は豪華な祝い膳がでたよ。パパと半分こして食べたよ。吐きはしないけど、まだつわりの様な吐き気は続いてました。仕方ないらしいけどね。
そして、16時はちょうど看護婦さんが交代の時間で、看護婦さん全員があかさんが生まれてくるのを見とどけてくれたんだって。嬉しいやら、恥ずかしいやら。

入院中は「もう二度と出産なんて・・」と思っていましたが、”産みの苦しみ”って忘れちゃう。”母は強し”なんですね。妊娠・出産ってとっても素敵。女に生まれてきてホントに幸せだぁと感じたのでした。


つづく・・