240mlの哺乳瓶
3人の男の子に囲まれて、フッと思ったことなどを綴っていきたいと思います。
本当は、『育児日記』と、行きたいところなんですが、
子どもの頃から『日記』は、三日坊主なもので・・・(^^ゞ

現在、我家にある哺乳瓶は自分で買った240mlのが3本あるだけです。以前は姪・甥のお下がりの50ml・120ml・150ml・200mlと、バラエティーにとみ、子供達は適量・適サイズで飲んでいました。三男が全盛の時に友人のところに第1子が生まれたので、お下がり分はあげてしまいました。(だって、家は4人目は考えていないし、使ってくれる人に譲った方がいいでしょ?)さて、この残った240mlの哺乳瓶・・・智哉が使わなくなったあかつきにはどうしようか?と、只今思案中なんですが、実は、あまり使われていないようで・・・確かに、お下がりにも240mlはなかった。
そもそも、拓哉の時に200mlでは足りない!!と、泣くので買ったものなんです。1度に200ml以上は挙げ過ぎ?と、思われるかもしれませんが、新生児の頃から飲む回数が少なかった(普通、入院の時で2〜3時間おきなのが彼の場合、4〜5時間おき)ので大丈夫なのか?と、思いあげているうちに1度に大量に飲む子になってしまったみたいです。−−−いちお、間隔を短くするのに少なく挙げたこともあるけど、それでも間隔が縮まらなかったので−−−
そういえば、裕哉も拓哉と同じ間隔の子だったけど、240mlを飲んだ記憶が無い!!
瓶の形が好きで出掛ける時に使ってはいたけど、たいがい200ml作って、飲み干すことはまれな子でした。
そして、智哉は・・・というと、間隔は兄ちゃんたちと一緒だけどやはり、200mlで足りている。1日に1回200mlで足りないことがあるかないかだ。普通は、200mlの瓶で足りるものなのかなぁ〜〜〜。
しかし、こうやって、書き出してみると、私はとても楽な赤ちゃんに恵まれたのかもしれない・・・だって、3人とも生まれた時から授乳間隔の長い子ばかりなんだもの。確かに、友人は「2〜3時間おきで何も出来ない。」「早く間隔長くならないかなぁ。」と、皆言っていました。しかし、私は2〜3時間おきを知らない。なにせ、入院中から看護婦さんや助産婦さんに「起こしてもいいから飲ませてください。」と、3人とも言われたのだから。−−−1度、拓哉の時に言われたとおりやって、その晩一晩夜鳴きされ、翌日には起こすのを止め、以後、「起こしても・・・」を言われるたびにそのことを言い続けた。−−−夜も、生後1ヶ月にはちょっと遅めに本日ラストのミルクタイムをすれば翌朝無理のない時間に泣く・・・という子供達でした。
間もなく、智哉も1才になり、哺乳瓶卒業もあとわずか。(実際、もうあまり使ってないけど)誰か、使ってくれる人いませんか?
家の子供達は私の事を「お母さん」と、呼びます。それは、拓哉が生まれた時に主人と「男の子なんだからお父さん∞お母さん≠ニ、呼ばせよう。」と、決めたからなんですが、正直なところ2人ともパパ∞ママ≠ェ照れくさい・・・と、言うのが本音です。
主人いわく、「まさは、お母さん≠ニ、言うよりもかあちゃん≠フほうがピント来る・・・」と、まで言っております。(自分でもそう思う・・・けど、あまりにはまっていそうなのでイヤだ。)しかし、最近ママ友が増えるに従って、互いに「○○ちゃんママ」「××くんママ」のようにママ≠つけて呼ぶようになったためか昔の様にママ=$ヤ面・・・と、言うのはなくなりました。でもやっぱり、子供達には「お母さん」と、呼ばれたいかな・・・
さて、最近思うこと・・・「○○ちゃんママ」「××くんママ」と、呼んではいるものの兄弟でお友達の場合、同じ人をさしていても呼び方が違うんです。何故って?それは、子供と同じ年のお友達の子の名前の後にママをつけるから・・・だから拓哉の友達にとっては私はたくちゃんママ@T哉の友達にはゆうくんママ£q哉はともくんママ≠ネのです。無意識に名前が出ているので普段は混乱しないんだけど、フッと思う時にあれ?と、こんがらがってしまう・・・私だけかなぁ?
この前も、反対から歩いて来るママ友をみつけ、智哉に「○○ちゃん(拓哉と同い年の子の名前)のママだね。」と、言った後にそうだ、今彼女が連れているのは智哉の友達だ・・・(智哉と同い年の子もいるんです)と思ったとたんに「△△ちゃん(智哉と同い年の子の名前)のママだね。」と、言い直す自分・・・なんでだろう・・・おまけに智哉はまだしゃべんないんだからそんなのいいじゃないのねぇ〜。と、頭のどこかが言っている。きっと、君のお友達の名前は△△ちゃん≠ナ、今目の前にいるおばちゃんはそのママなのだよ・・・と、教えているのだろうか?
そういえば、子供達も同じおばちゃんをさしてもそれぞれの友達の名前付のおばちゃん≠ナ呼んでいるものなぁ〜〜〜。そういえば、私も無意識に理解していたわ。今は、まだ片言しかしゃべらない智哉とそのお友達・・・あと、1年もすれば、「ともくんのおばちゃん」と、話し掛けてきてくれるんでしょう・・・ちょっと、楽しみかなぁ・・・(^o^)
時々、見たり聞いたりする中に「○○ちゃんのママ」「××さんの奥さん」と、言ったように自分の名前で呼ばれないのが云々・・・と、言う話があります。確かに、普段公園でママ友と話をしていると「まさ」と、読んでくれる人はそういない・・・しか〜し、私の場合、学生時代からの友達が同じMSに住んでいるし、他の友達ともわりと行き来しているので、彼女達に会うとお互い「○○チャンのママ」ではなく、「まさ」と呼んでくれるのでありがたいのかもしれない。おまけに子供が同世代なので毎日の様に公園でも会うし、家にも行き来しているので前記のような話はないです。とっても仲良くなっているママ友でも苗字で呼び合っている程度だものね。ママ友で「まさ」と、呼んでくれるようになったら、それは最高!!もう、ずっと、貴女とは友達よ(^o^)。。。なんでしょうね。
昔、祖父に「最近の子は、さ・し・す・せ・そ≠ェちゃんと言えてないけど、まさ○は言えるかい?」と、言わされた事があったっけ・・・
その時、ちゃんと言えたので祖父は満足していたようだったけど、私は内心『あったりまえジャン、家は○○〜サ行で始まる苗字〜なんだから・・・』と、思っていました。
以前、何の行だったか忘れたけれど友達が「家の子言えないのよ。」と、言って目の前で子供に言わせて見せてくれたことがありました。確かに、言えてなかった・・・で、家の兄ちゃんずに言わせたところきちんと聞き取れたので、『あぁ〜、家は言えるんだぁ。』と、思ったのを覚えています。その時は、それでおしまいだったんですが、フッと気づくと、家の兄ちゃんずは、な・なんと・・・
ら・り・る・れ・ろ≠ェ言えないんです。何度聞いてもだ・でぃ・どぅ・で・ど≠ノなっている。裕哉だけならまだ『3歳だしな。』と、思えるのだけど、拓哉も(少しはましだけど)同レベル。
2人と話している時は、ちょっぴり可愛いんでしょ。と、思い母も一緒になって、だ・でぃ・どぅ・で・ど≠ナ話したりもするんです。(本当は、よくないんだろうなぁ)でも、最近、ちょつとまずいかな・・・とも思ったり。
ちゃんと、大きくなったら言える様になるんだろうか?でも、私の周りの大人で『この人カツゼツが悪いわ・・・』と、思う人が居ないし、きっと、言えるようになるんだろう。ならば、今のうちに兄ちゃんずのだ・でぃ・どぅ・で・ど≠楽しんでおこう!と思うおバカな母なのでした。
だんなと私は何を隠そう第1子同士なので子どもの頃から写真≠ェ多くてあたりまえっ。まっ、だんなの両親は(うちの両親よりも)ずっとマメなのでアルバムもびしっと作ってあります。結婚してだんなのアルバムだと言って渡してくれたもの以外にも見せてくれたのだからそれぞれの息子達のアルバム以外に親用も用意してあるのでしょう。さすがです。。。(あっ、別にヨイショしているわけではありません)
私のうちの場合は撮りっぱなしの写真が箱の中に沢山入っていたのを弟と小学生の時に「コレは私の。」「コレは僕の。」と分けた時に弟が自分(ひとりで写っている赤ちゃんの写真)のがあまりにも無さ過ぎで泣き出したくらいでした。そのせいか、長男が生まれ、次男が生まれた時に「下の子の写真も上の子みたいにたくさん撮ってやれよ。」と、言ったくらいです。それもあってか裕哉までは、たぁ〜くさん写真をとりまくりました。拓哉の時にハイハイが出来るようになった頃フィルム1本分、連続写真でハイハイシーンを撮ったから・・・と、言って裕哉にも同じような写真を撮りました。だから、(ちょっとは劣るけど)裕哉の写真の量はよその第2子君より多い筈です。
しか〜し、(智哉ゆるしてっ。)智哉は激減です。まっ、デジカメを購入したので全体数も減ってはいるけど、それにしても絶対兄ちゃんずよりも少ない・・・前記のハイハイシーン・・・1本分も無いっxxxあとxxx写真の量もそうだけど、アルバムの整理じたい最近半年に1度しかやっていないのでちっとも進んでいないxxx
昔、親戚のおばちゃんに「ゆくゆくはアルバムを子供に持たせるんだから、子供の分と親の分を作るといいよ。でないと、親の手元になにも残らないでしょ。」と言われ、確かにそうだと納得して家もそうしているんだけど、(そういえば、前記に書いたようにだんなの家もそうだ)2001年夏休み現在で、親の分は拓哉の生後4ヶ月で止まっているxxx拓哉は何とか2000年を終了。裕哉は2000年のGW。智哉はxxx(再びゆるしてっ。)アルバムは用意してあるものの1枚も貼っていない。これば絶対にやばいぞぉぉぉぉ〜。
そういえば、何度か、拓哉に「どうして、『智哉のおいたち』がないの?」と、聞かれたことがある。いいかげん、作らなきゃ。。。
1度やりだすと、コリコリに作るためか、やる気になるまで腰が重い。やりだしたら乗ってきて楽しいんだけど、(コチャコチャしたことするの、わりと好きだし)なかなか進まないxxxのもあって、どんどんたまっていくのでした。(T_T)
最近、三男のやんちゃぶりが日に日に増していきます。
兄ちゃんずが智哉の月齢の頃は、まだまだおとなしいものだったのになぁ〜、何でこの人はこんなにやんちゃなんだろう・・・と、思う今日この頃です。そこで、ふっと思ったこと。。。そ・れ・は・・・
兄ちゃんずはそろって、歩き出したのが1歳3ヶ月の頃でした。
拓哉は、つたい歩きをしだしたのがわりと早かったので「1歳前に歩き出すのでは・・・」と、言われていたにもかかわらず、超スピードでつたい歩きをしていたのにもかかわらず、手を離すのが怖かったらしく物につかまらずにスタスタ歩くと言うのは、1歳3ヶ月になってからでした。
裕哉は、もとから身軽だったので気持ち行動面の成長は拓哉よりか気持ち早かったです。が、ハイハイが大好きだったのでつたい歩きは(拓哉が早かったのもあるけど)遅かったのかな・・・そのせいか、「今度こそ1歳前かな?」の期待を裏切り、拓哉と同じ1歳3ヶ月の頃に歩き出しました。
そして、智哉は・・・と、言うと、のんびりなのか何かに着けやりだすまではとても遅いです。しかし、やろう!!と、本人の中で思うと習得するのに時間がかからない子で、兄ちゃんずが2週間かかってやれるようになったことは1週間で自分の技にしていました。だから、「ハイハイまだしないよね。」と、言っていてもやりだしたとたんあっという間に以前からやっていたようなスピードで家中ハイハイする・・・と、言った感じでした。だから、兄ちゃんずがつたい歩きをしまくっていた月齢になっても依然としてつかまり立ちのみだったんですが、つたい歩きをしだした翌週には歩き出していました。(なんか、気づいたら歩いていたので兄ちゃんずの様にやっと歩いたぁ〜という感動が無かったような)そのせいか、1歳チョット(人には1歳1ヶ月と言ってますが、たぶん1ヶ月までいってないんじゃなかったカナ・・・)でスタスタと歩き回っていました。
そうなんです。それが、智哉が兄ちゃんずよりもやんちゃに見える原因だったんです。
1歳4ヶ月の現在。兄ちゃんずの時は、歩けるようになって好きなところをチョロチョロする程度だったんですが、智哉の場合は違います。走るは、えんせき程度の高さ(最近は、MSのエレベーター前の階段1段分の高さもOKに)ならジャンプもするは・・・と、一人歩き暦4ヶ月の智哉にはお茶の子さいさいなのです。
しかし、聞き分けは兄ちゃんずの1歳4ヶ月の頃と同レベルなので生傷の絶えないやんちゃ坊主になってしまうようです。多少の生傷は男の子だから勲章だ!!と、思う母なのですが、あまり大怪我はしないでくれよ・・・と、「お母しゃん、行くぞっ!」と、言う顔つきでやりたい放題する智哉に願う毎日です。

