2000年 Boston日記
題名が黄色の話は、ヒッポおよび言葉や文化についての話で
黄色以外の色は、それ以外の話です。
適当に選んで読んでってください。他人に不快感を与えようとする意図は全くありません。
不適切表現または何かご指摘がありましたら
ここまでご連絡をいただけるとうれしいです。
なお、下のほうが古いです。
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カウントダウン
大晦日のところで、日本では除夜の鐘で新年を迎えるというような事を書いたけど、最近では、日本でもカウントダウンする催しが多くなってきたようです。時差の関係で本家アメリカ・ヨーロッパよりも先にカウントダウンを行えるということもあり、「21世紀最初の」ということにこだわる人もいるようです。慶応大学では午後6時から世界で最初のカウントダウンをするとかで、こうなるとフライングというかもう完全にずるっこの世界!世界最初のためには、なんでもありかい!
さらには、客船で日付け変更線のところまで行って、21世紀の初日の出を世界で最初に見ようというツアーもあるそうで、毎年のボジョレーヌーボー騒ぎもそうだけど、まったくもう初物好きの人が多いこと!もちろんCharlieも、世界初とか世界一とか大好きですが・・・。
今年はどこにも出かけずSallyと2人で家で過ごすので、初詣も初日の出も無し!ま、来年はヘビ年でもあるし、「屁、ビッ!」と出して「初屁の出」って小学生並みの下ネタで今年はおしまい。
除夜の鐘
メキシコに行ってきたとき、クリスマスシーズンということもあってか、あちこちに7つの突起が出たくす玉みたいのがつるしてあったんだよね。この中にはお菓子が詰まっていて、子供達が目隠しして棒でたたいて割るというスイカ割のような行事があるんだそうですよ。で、壊れると中からお菓子が出てきてみんなで拾い集めるそうなんだけど・・・。この7つは、悪い事・考えなどを表しているっていうような事を言ってたんですね。(なにしろ、スペイン語での会話なので正確ではないけど・・・)。キリスト教でも、「汝、殺す無かれ」などで有名な十戒つまり10の戒めがあるけどメキシコでは7つなんだって思っちゃった。つまりアメリカ人より、3つ少ないんだ!でも、何が少ないのかは不明!
さらに、日本人が除夜の鐘を108回鳴らすのは108つの煩悩を表していて日本には悪い行い・考えが108つもあると話したら、日本人はメキシコ人よりもずっと悪いこと考えるんだって!笑ってた。
逆に考えると、メキシコ人って7つ以外の残り101の悪いことはし放題なんだろうか!?「101匹悪ちゃん」
大晦日
今日は大晦日!一年のおしまいの日です。今回は特別20世紀最後の日ということもあり日本では盛り上がってますけど、ボストンではmilleniam(千年)や2000年問題があった昨年ほどには盛り上がっていないようでした。
さて、この「大晦日」というのは国語辞典にも「年の最後の一日」ってあって最後の締めくくりなんですね。この一年を振り返って厄を落とすみたいな縁起かつぎもいろいろあって、年が明けてからすると縁起が悪いなんてこともあります。年越しそばも、年を越えてから食べると縁起が悪いというところもあるようです。
日本では、除夜の鐘を聞きながら年越しをするのがむかしからの風習ですが、アメリカでは広場とかに集まってカウントダウンをして花火を打ち上げてお祝いするというのが最近の流れのようです。(アメリカでは公園など公共の場でお酒を飲んではいけないんですが)お酒類を紙袋に入れたものをもって飲んでいる人が沢山いて、警察もこの時ばかりは見て見ぬふりのようです。で、花火が打ちあがると"Happy New Year!"とかいいながら周りの人たちとハグ・ハグです。
で、このお祭り騒ぎをなんて言うかというと"First night"なんですね。
日本では初夢は元旦の夜にみた夢ということで1日から2日にかけてが年のはじめての夜としているようですが、アメリカは1日になったとたんはじめての夜になるんですよ!これって、日本人とアメリカ人の意識の差だなって感じるんですよね。お医者さんから病名を告げられた時、日本人の多くは「何が悪かったのか」その原因を聞いてきますが、アメリカ人は「どうすれば良いのか」解決方法を聞いてくるという話をきいたことがあります。まさに、後ろ向き思考の日本人と前向き思考のアメリカ人ではないかってね。
日本人は「イエローモンキー」なんて言われるけど、ほんと「反省!」の好きな民族だこと・・・
クリスマスイブ2
今回の帰国に際し、ボストンーシカゴはユナイテッド、シカゴー成田は全日空で帰ってきました。ボストンでは搭乗口のところのカウンターにサンタの格好をした係員が来て、いろいろ手続きをしたり暇なときは"Ho, Ho, Ho~!"って愛嬌をふりまいていた。さすがアメリカだなって思ったけど、こういうのシカゴから全日空に乗り込むときには気がつかなかったので、もしかするとアメリカだからというよりもアメリカの航空会社だからだったのかな。加えて、全日空の機内食はシーフードかビーフシチューということで、クリスマスをまったく考えていないもの。ケーキなんてこれっぽっちも考えていなかったね。サンクスギビングデーにターキーの選択を出していたユナイテッドとは大違い!
でももしかしたら、これってよくある日本人の考えすぎから来てるのかなってちょっと考えてしまった。「いろいろな宗教の人がいるんだからキリスト教のお祝いをこういうところですると、気に触る人がいるんじゃないか」っていうようなどこかで聞いたことがある話。「お祝い」の部分を「SADA」に変えると、CD化に伴うSADA削減の言い訳そっくり。だいたい、本家本元のアメリカの航空会社では宗教的なお祝いを機内でやってるんだから良いじゃないか!って思うんだけどな。(もっとも向こうの人は、ちょっと自分の価値観を押し付ける傾向があるけど。)でもなんと、全日空羽田ー千歳便に乗り込むときはサンタの格好をしたお姉さんが搭乗口にいた。(「サンタはおじさんだろっ!」)ということは、日本では良いけど外人に気兼ねしていたのかな!?まったくもう日本人ったら!
もっとも、今回は(格安航空券だったけど)シカゴでラウンジを直前まで使わせてもらってあわてて搭乗したのでサンタの件は単なる見過ごしで、もし余裕があったら気が付いていたかも。
12月24日の「クリスマス if」でした。
日本人研究者
アメリカに来ている日本人研究者って基本的に日本に帰る人がほとんどだし、アジアの国やロシアから国を捨てて来た人たちと背負っているものが違うって思ってたんだけど・・・。アメリカの研究の多くは、アメリカ国外からの研究者によって支えられているって言っても過言ではないような気がするんだよね。特にアジア系からの留学者。でもいろいろ話しているうちに、僕の世界以外の人たちはけっこう留学期間終了後に辞職して自分の道を行く人や会社を辞めてきている人がいるのを知ってびっくりしたんですよ。そういう人たちって必死ですよね。今の研究の成果が次の仕事に直結することになるし、だいたい今後の生活の保障が無い!自分の立場が守られている自分と何て違うことか!こういう人たちが成果を残して日本に帰れることが出来たら、きっとこれからの日本を支えていく原動力になるんだろうなって思うね。
逆にこういう優秀な人材がアメリカに流出しているっていうのは、日本の制度に問題があるのかも・・・。社会主義国から来ているある女医さんは本国にご主人と子供を残してきている。これは、亡命しないための一種の人質らしい。
生活水準がかなり違うし、家族で来ると亡命する危険性はかなり高いそうだ。せっかく最先端の知識・技術を学ばせても、亡命されちゃかなわんというところだね。
背負っているものの大きな人たちと、ますます腹の出てきたCharlieとでは、真剣さが違うね。「背に腹はかえられない」のかな!?
turtledove2
Turtledove って単語をたまたま調べてみたら、キジバトって書いてあった。なんでも、雌雄の仲が良いことで有名なんだって。だから愛と友情の象徴なんだね。「12の贈り物」で、というかクリスマスで、なぜ普通のハトじゃなくてキジバトなのかこれで納得。ま、普通のハトでも平和の象徴だから良いんだろうけども。
じゃ、ついでにfrench henは何かって調べたけどその組み合わせでは書いてなかった。単語の意味からはフランスのめんどりと言う意味だけど、フレンチというのを単語の頭につけて使う場合ちょっと失礼な意味だったり品のない意味になったりしている。これま、むかしイギリスとフランスが仲が悪かった時代の名残なのかな。だからここは、単にフランスのという意味なんだろうね。で、この「hen」って「めんどり」という意味の他に女性(母親)らしさの象徴って書いてあって、面白いのでは「口やかましい中年女」って言う意味もあった。
な〜んか変(hen)!?
クリスマスイブ
いろいろあって「今年のクリスマスイブは日本へ向かう飛行機の中さ!」ということになりそう!なんだかな〜。飛行機の中でクリスマスケーキでも出るのかな?今回は全日空をつかうんだけど、そういうのってアメリカ系の飛行機会社の方がやりそう。この前サンクスギビングデーのときはユナイテッドを使ったんだけど、メキシコ行きの国際線の中で食事のとき通常チキンの選択肢があるところ、そのときに限ってチキンのかわりにターキーになってて、サンクスギビングディナーっていう感じの食事だった。今回はクリスマスディナーが出るかな?じゃ、チキンを選択しよう!っと。
それよりも、まどの外にサンタがトナカイさんに引かれたそりに乗って飛んでいるところ見れるかな?
turtle dove
今、ホームアローン2をみてたんだけど、主人公の子がおもちゃ屋さんで寄付をして、店員さんからクリスマスツリーの飾りをあげるといわれて、twin の turtle dove をもらうシーンがあったんだけどturtle dove は friendship とlove の象徴なんだって。で、その人は主人公に twin つまり2つくれたんだけど、一つは自分でもう一つは大切な人にあげるんだって。お互いにそれをもっている限りは、ずうっと友達なんだって。ふ〜ん、そういう意味があったんだね。「12の贈り物」の歌詞が頭をよぎったよ。
The second day of Christmas my true love sent to me, two turtle dove 〜
測定
今いる部屋のちょうど真下で数日前から工事をしているんだけど、最近夕方になると工事してるぞって格好をしたお兄さんが来て頭にマイクのようなものがついたレシーバーのようなものを机の上に置いていってるんだ。良く見たらなにか測定しているらしくってメモリもついているしなんだか雑音も聞こえている。こりゃ、放射能を測定するガイガーカウンターか!?ってちょっとあせった。最近日本では、放射性元素をばら撒いた人がいたそうで、ここらへんにも放射性物質を簡単に手に入れられる人がバニャバニャいて、ある意味恐いですよ。でも聞いてみたら、どうやら空気中のアスベストを測定しているみたい。なあ〜んだ、じゃ肺癌になるだけだ。
「ガイガーカウンター」ならぬ「肺癌カウンター」ってね。かえって恐い!?
アメリカらしい?
車の免許を取りに行った時の話なんだけど、なにげなくいろいろな書類を手にとってみてたんですよ。で、記載事項の変更届けみたいのがあって、姓の変更(結婚などで)、住所の変更、仕事先(連絡先?)の変更、そしてなんと性別の変更というのがあったんですよ!まったくすごい!日本じゃ、こんな項目があるなんて考えられないね。アメリカならではって言うか・・・
電話ボックスとかスーパーとかに、いろいろと無料の雑誌が置いてあるんだけど、そこに恋人募集のページがあって、自分のアピールとどういう人を望むかって言うことが数行書いてあるんだけど、それぞれ女性が女性の、女性が男性の、男性が女性の、男性が男性の恋人募集と、カップルがカップルの募集もあって、いろいろだな〜って感心してしまう。何を感心しているかって言うと、そういうこと自体は日本でもあるんだろうけど、スーパーに置いてあるような雑誌で、自分の連絡先まで載せておおっぴらに書いてあるってことがすごいと思うんだよね。
ところで、女性が「私を食べて」って言うと、日本でもありそうで結構エロティックな印象だけど、男性が「僕を食べて」って言うっていう感覚は持ってなかったんだよね。これ「僕の○○○を○○して」って意味で、かなり直接的な意味合いになそうだけど、これってかなりセクハラ的らしい。それも、男性・女性両方に対して・・・日本にいるときはあんまり男性が男性に対してとか女性が女性に対してとか同性のセクハラって考えもしなかったけど、こっちじゃそれも考えなくちゃならないみたい。ほんとにこんがらがっちゃうね。でも、同性同士ってそんなに良いんだろうか?
"Mui bien!"ならぬ"Les bian!"・・・っていまいち?
動作2
さっき、職場の人と話してて気が付いたんだけど、日本人って自分のことを指さすのに「僕?」とか言いながら、顔というか鼻先に指を持ってくるよね。アメリカ人とかメキシコでもそうだったけど、自分を指すのに"Me?"とか"Yo?"とか言って胸をさすんだよね。胸を指すのは、自分の心を表したり自分自身の表現だってなんとなくわかるけど、なんで日本人は鼻なの?もしかしたら、西洋的には心は胸(ハート)にあるという考えとは違い、戦さで相手の首を取ってくるというように首から上すなわち顔がその人を表すという考えから来ているんだろうか。
でも、アメリカでは鼻は性的なシンボルだったり、鼻の周りで手を動かすと良くない意味のことが多い。たとえば鼻が伸びるような動作は、ピノキオからきたのか、うそつきという意味だし。鼻の横をこすると、ごますりという意味になる。ごますりのひどい言い方は、ブラウンノーズって言うんだけど、つまり茶色の鼻って言う言い方。なんでもこびへつらう様子を「靴にキスする」とか「尻を舐める」とか言うけど、これもその流れの一つ。ケツの穴を舐めて、う○こが鼻についた状態をいうらしい。
ハナはだ、過激な表現ですな。
連想
先日メキシコにホームスティしてたときの話なんだけど、マードレと話していて「妹のアンヘリカ」って言うときには”ミ・エルマ・メノール Angelica”だって言うんですよね。ヒッポのテープ聞いていたときには、お姉さんも妹も”ミーヤママーヨノ シンシア”とか全部”ミーヤママーヨノ”に聞こえてたんですよ。ああ、これは”ミ・エルマ・メノール”の3つに分かれるんだなってはじめて一つの言葉が3つの単語に分かれたんですよね。で、お兄さんとかお姉さんはと聞くと”マイヨール”だって。ふ〜んそうか、下の兄弟はメノールで上がマイヨールかってなんとなくわかったら、突然「マイナー」と「メジャー」だって気が付いたんだよね。そういえば"j"は"y"で発音するようだしとか思って、なんだか発見するって面白いね。帰ってきてからテープ聞いたら、これまで区別つかなかったのがちゃんと違って聞こえるようになってた!スゴイ!!
僕達の世界では、マイナーな科目とメジャーな科目っていうのがあって、よく使ってたからそういう発想が出来たのかなって。きっと連想とか逆に聞き違えとかは、自分のもっている知識とか・興味のある事あるいは持っている語彙・言語から来やすくて、それが多ければ沢山ひっかかってくるんだろうなって思うよね。
世界史をとった人はわかると思うけど、「カノッサの屈辱」と呼ばれている出来事があって、昔、それを題名にした深夜番組があったんだよね。日本でのお菓子とかの流行すたりの歴史を本物の歴史になぞらえて説明する今で言うオタク的な作りをした番組だったんだけど、これが結構面白くて気に入ってたんだよね。で、それが本になって発売されるということで、Sallyに頼んで買いに行ってもらったんだ。で、Sallyが店員さんに「”カノッサの屈辱”って本ありますか?」って聞いたんだって。
そしたら、店員さんは「”看護婦さんの屈辱”ですか?」って・・・
う〜ん、僕も知らなかったら、同じような発想をしていたかも知れナース!
ビンボ臭い
日本での話なんだけどね、以前「くたばれ専業主婦」って言う題名の本を書店でみかけて、自分で買う気はなかったので図書館でリクエストした。で、図書館から連絡が来たので取りに行ったんですよ。「頼んでいた本が届いたって連絡が来たんですけど」って言ったら名前聞いて「えーと、”くたばれ専業主婦”ですね」って、半分笑いながら本を取ってきてくれたんですが、まったくもう、はずかしいたらありゃしない。そんな大きな声で本の題名を言わなくてもいいだろうに、だいたい笑わないで欲しいね。でも、電話口で相手からの問い合わせとか注文とかを確認のため繰り返す必要のある場合があるよね。で、電話に出た女性に。繰り返すのもはばかれるような品のない単語を並べて復唱してもらうっていう、いたずら電話の話を聞いたことがあるけど・・・。
で、中身についてはSallyは怒ってたけど、ま、過激だけどそういう見方もあるなっていうところもあって、Charlieはふんふんと読み飛ばしていたんだけど、ちょっとひっかかったキーワードがある。
ビンボ臭い!
う〜ん、考えてみると、僕は主婦でないけどけっこう“ビンボ臭いぞ!”空き瓶や紙袋を何かに役立つかもと思って取っておいたり、何か送って当たるためのマークを集めたり、いらなくなった箱をごみ箱の代わりにしてたり・・・だいたい図書館で本を借りる行為自体“ビンボ臭い!”。単身赴任で自炊している今の自分の生活を見回すと、けっこう“ビンボ臭い”自分に気がついて面白い。ハハハ、今の自分のキーワードは“ビンボ臭い”に決定!
でも、今は低収入で借金だらけ。“ビンボ臭い”ならぬほんとの「貧乏」。トホホ
学会
学会っていうと僕の世界では医学の学会で、自分の研究を発表しに行ったり専門領域の人たちの発表を聞きに行くところなんだけど、そればかりではないようだね。1-2年前に仕事で数日ボストンに来たとき、日本にいた事がある人の家でパーティーがあるということで、珠ちゃんに誘われて行ったんだけど、その時「学会で来ました」って言ったら「えっ、学会ですか?」と怪訝な顔をされた。その人は、僕が”創○学会”の集まりでアメリカまでくる熱心な信者かと思ったんだって。そういえば、友達の先生がアメリカの医学学会に出て帰国するとき、飛行機の中で隣にすわった日本人にどこに行ってきたのか聞かれ「学会でどこどこへ行ってきたんですよ。」というような返事をしたら「そうですか、実は私も学会で・・・」って言われ、いろいろ話をしてたらなんだか話がおかしい。よく話していたら創○学会の人だったって。自分の常識で使っている言葉って、違う環境では違う意味になる事があるんだよね。自分の常識にとらわれないでいるってむずかしいよね。
「そうかっ!」ってすぐに違いがわかるようにならないと・・・
レッテル
アダルトチルドレンのところで話したことにつながるんだけど、子供が育った環境に強く影響を受けるのはあたりまえだよね。特に家庭の環境ってとっても大事だよね。お母さんが家の中でお父さんの悪口を冗談でも言っていると、そのうち子供まで同じようにお父さんの悪口言ったり、軽蔑するようなるし、最も近い人の影響を受けるのはあたりまえなので、これは、周りの大人が注意しなければならないことだよね。他のHPで言ってた事なんだけど、子供って友人達からあいつはこんなやつだとか言われると、知らないうちに仲間内ではその役を演じてしまうようになるんだって。もちろん両親や、先生からのレッテルは大きな意味を持ってくるらしい。僕はこういう人間なんだって、自分でもそのレッテルを内側から貼ってしまうって。この子はダメだって言われつづけると、だめな子供を演じちゃうので良くないけど、かといって、逆に、いつもえらいえらいって言われすぎると、優等生を演じようとしちゃうんだけどそれがストレスになっちゃう子もいるみたいで難しいものだね。でも、どうせ貼るなら、ポジティブなものにして欲しいよね。
でも、世の中には、レッテルを貼るのが好きな人がうじゃうじゃ。あいつはどこの出身だからとか、どこの高校を・大学を出たとか、何々を習っているからとか、なに人だからとか、肌の色がどうだとか、男だから・女だから・・・多くは人を見下したり、攻撃するのに使われるんだけど、まったく困ったもんだよね。
もっとひどいのは、自分の中の常識で、ここはこうするべきこうなるべきというものを持っていて、全てを決めてかかる人。自分が常識の中心と思っているから、時には不用意な言動をして他人を傷つけ精神的に追い込んでも、自分が加害者でいることに全く気が付いていないからどうしようもない。「そういうものなんだから」って、それはあんたの狭い常識。
両親が高齢だと、他の子供と同じいたずらしても「甘やかされて育ったから」って言われるし、一人っ子だと「兄弟いないからわがままに育てられた」って言われる。何のためにそんな事を言うのかわからない。誰を傷つけたいのか?自分の子供は、そんなレッテルに負けないで育って欲しいな。
「Let it be」って・・・「レッテル」と全然違う。
アダルト・チルドレン
これも、他のHPからの受け売りなんだけどね、アダルトチルドレンに関して書いてあったんだ。もともとはアルコール症家族の中で育った大人のことなんだけど、夫婦喧嘩、仕事中毒(!?)、ギャンブル、嫁姑関係の確執、親の長期不在など、子供が安心して育つことのできないような機能不全家族でも見られると言われるようになったんだって。機能不全の家庭では感情を率直に表現してはいけない 、いい子にならなければ愛されない 、自分勝手な子は愛されない、ありのままの自分には価値がない 、といった特徴がみられ、こうしたルールの中で作られる人間関係は、「他人から必要とされたり、評価されることで初めて自分の存在価値が認められる」といった共依存的なもので、ありのままの自分を表現ができず、なにげない人間関係がストレスとなる傾向が生まれるんだって。(???)Woititz博士は「13の特徴」を示しているんだけど、1.これでいいという確信が持てない 2.物事を最初から最後までやり遂げる事が困難である 3.本当のことを言った方が楽な時でも嘘をつく 4.情け容赦なく自分に批判を下す 5.楽しむことがなかなかできない 6.まじめすぎる 7.親密な関係を持つことが大変難しい 8.自分にコントロールできないと思われる変化に過剰に反応する 9.他人からの肯定や受け入れを常に求める 10.他人は自分と違うといつも考えている 11.常に責任をとりすぎるか、責任をとらなさすぎるかである 12.過剰に忠実である。無価値なものとわかっていてもこだわり続ける 13.衝動的である。他の行動が可能であると考えずにひとつのことに自らを閉じ込める。
なんだ、俺の事じゃないか!!
Nutcracker4
今日、たまたま他のホームページを見ていたら、Nutcrackerの事が書いてあったんだ。この話は、家に絵本もあったし、確かに読んだはずなんだけど全く内容を覚えていなかった。ある少女がクリスマスにくるみ割り人形をもらい、その人形と共にねずみの王様をやっつけると、人形の魔法が解けて王子様になる、というのが、この前見たバレエ前半の流れでした。ところがホフマンの原作はちょっと違うそうで、本来固いくるみは「打ち破ることが出来ない人生の悩み」を意味し、原作ではその固いくるみは両親の無関心・愛情の欠乏であり、その少女は、その状況を噛み砕き、幸せになるための「くるみ割り人形」を必要としていた。ということなんだそうです。う〜ん、深いね。僕なんか子供と同じレベルでただ表面的にしかみれてない。そこまで、深読みが出来ないのさ。
そんな自分に「超〜、不満」!
ホームスティ
ヒッポでは普通なんだけど、この年になってホームスティに行くというと結構「なんで?」あるいは「凄いね」というリアクションをされる事が多い。それも、英語圏以外のところに英語を片言しか話せないような(もちろん日本語はほとんどダメ)状況の場所に行く事に対しては、何しに行くの?というのが正直なところじゃないかと思うんだけど、実はこれが結構面白い。自分のこれまで生活してきた全てのもの、社会的な肩書きみたいなものを脱ぎ捨てて、職業も人種も話す言葉も全く違う世界の人たちと「まんまの自分」をさらけ出して、なんとか意思の疎通をさせながら短い間だけど一緒に生活していくのはとっても面白い。帰る頃になると、他人の話す言葉はわからなくても一緒に生活した家族が何を言おうとしているのかわかるような気がしてくる・・・。もっともその国の言葉は全く勉強していないけど、ヒッポのプログラムの中で、確実に自分の中に言葉が育っていたような気がする。また、自分の「常識」というものがいかに限定された地域あるいは狭い環境での「常識」なのか体験することができるのも面白い。自分の常識で物事を測って、自分の常識に合わないものに腹を立てていたこれまでの自分がとっても小さく見える。自分の常識が通用しない世界を、もっと楽しめるようになるようになると良いと思うんだけど、まだまだそこまではね。わかちゃんのように、言葉のよくわからない国でトランジット中に飛行機が遅れても、腹を立てるよりも、その成り行きを面白がっていれるようになれれば最高なんだろうなとは思うけどね。自分にとってマイナスに見える事を、プラスの面を探してポジティブに見れるようになれれば素晴らしいよね。
「人生楽ありゃ苦もあるさ〜・・・泣くのが嫌ならさ〜あ歩け!」ってちょっと暗いけど前向きな歌もあるし。で、これが「黄門さんのセンス」つまり「こ〜もん・センス(常識)」って無理ある?
挨拶
ちょっと注意していないと、普段耳にしていることや話していることがつい口から出てしまうことがあって、言ってしまってから一人でその失敗を笑っていることが時々ある。習慣と言うのは恐ろしいもので、この前学会に行ってきたときパーティーの会場で"Hi, I'm Charlie!"って初対面の人に挨拶をしてしまって、失敗失敗!でもこっちでは日系人とかたくさんいるし、Charlieって言う名前は男の人の名前としては普通の名前なので、あまり変な顔はされなかった。実は前回(1998年〜)アメリカへ来て挨拶をするときに、無意識のうちに"I'm Janet Brown"って言ってしまってからあわてて訂正!という失敗をしたことがあった。そのとき相手の人は、”?”という感じで、すぐこちらも気がついたんだけど、「おまえはジャネットじゃないだろう!」って突っ込みが入りそうな会話だった。
もちろん、僕は「ジャネットじゃねぇ」っと!
動作
だいたい数の数え方にしても、日本人とアメリカ人とで違うよね。日本には「指折り数えて・・」という言い回しがあるけど、手を開いた状態から、一つ、二つと親指から折り曲げて数を数えることが多いんだけど、こっちでは、指を折り曲げた状態からOne・・・、TWO・・・と指を立てていくんだよね。なんだか、内側に向かって取り込んでいこうとする日本人と、外側に向かって主張していこうとするアメリカ人の気質を表しているようで、面白いね。
そういえば1から10までの数え方って、シンガポールの人たちがやってたのが変わってて面白かったね。なんだか、順番どおりじゃなくて・・・もう忘れたけど、なんだか複雑だった記憶がある。
そうそう、数ではないけど、「じゃんけん」を教えると多くのアメリカ人は手の甲を上にするんだよね。これって何かの動作をするとき、日本人は受け止めようとしてアメリカ人は掴もうとするってことの無意識の動作なのかな。でも子供もそうするので、そういう気質もDNAに組み込まれているのかあるいは自然習得か??
じゃんけんで思い出したけど、こっちの人って基本的に4拍子だよね。日本人はじゃんけんポンの3拍子でするけど、こっちの人って(たまたまかもしれないけど)ストーン、シーザー、ぺーパー、シュッってわけのわからないシュってのをつけてやるんだよね。ずるっこのおそ出しだ!と思ってみたら、ぼくのが買った目覚まし時計も、ボタンを押しても4分後に再度鳴るんだよね。日本の感覚だと、カップめんなんかも3分だし、目覚し時計もだいたい3分とか5分とかが多いけど、こっちで4分後というのがなぜなのかわからない。じゃどうして日本が3とか5なのかもわからんけど、もしかしたら奇数が節目になっているのは「節句」の考え方からきているのかもね。奇数の月の同じ数の日は節句と呼ばれていて、有名なのは3月3日の桃の節句と5月5日の端午の節句・・・
しゃれが思いつかないので、このまま「3・5の絶句」。
招き猫
先日日本へ一時帰国したときに、こちらでいろいろお世話になった人に何か日本的なものをお土産にと思っていたら、ちょうど可愛い「招き猫」の置物のミニチュアが売ってたのでこれは良いと思って買ったんですよ。で、こっちに帰ってきてから、これをなんて説明しようかなってぼんやり考えていたんだよね。そうしたら突然、日本人が人を呼ぶときは手の平を下にして上からおいでおいでをするけれども、アメリカ人は手のひらを上にして下からカモ〜ンだったことに気が付いたんですよね。で、あっちにいけは手のひらを下にして手を振って追い払う。このジェスチャーを遠くから見ると、日本人のおいでおいでを繰り返すと、アメリカ人にとってはまるでシッシッと追い払う動作に見えることに気が付いたんですね。てことは、この猫の動作は招いているというよりも、追い払うって事か!?幸運を招くのではなく追い払うのではしゃれにならんぞと思った次第。
でも、同じ動作が国によって意味が違うって言うのは面白いね。10月末にBeBeとCandyが来たときに、クリスチーナの家でその話で盛り上がってことがあるんだけど、Charlieが、ヨーロッパのある国ではYes/Noに対する首の振り方が他の国と違うところがあって、首を横に振るとYesという意味になるところがあるってのを聞いたたことがあるという話をしたところ、クリスチーナのルームメイトも知ってて、さらにクリスチーナは、あるインディアンの部族では顔を回すようななんだかYesかNoかはっきりしないような首の振り方をする部族があるということを知っていた。まったく自分の常識で行動していると混乱することが沢山あるよね。突然思い出したけど、昔の「笑いながら怒る人」っていうのを無能の人の監督をした竹村直人がやってたよね。あれくらい異様な動作があったら恐いね。でも、そういう人たちと話をすると、頭がこんがらがりそう!言っていることと、動作が一致してなくて、どっちなんだって!
これがほんとの、「言動の which? 」
きゅうばの女医さん
僕のとなりにいる女医さんは、きゅうばから来た先生なんですけど、なんでも、きゅうばからアメリカへ正式にフェローとして来たはじめての眼科医なんだそうですよ。ということで、政治的な意味でもとっても素晴らしいことなんだそうです。(パチパチパチ)
で彼女、基本的にスペイン語をお話になって、今のところ英語がまだあまりうまくない。ところが、同じ部屋のフェローの2人はスペイン語が話せるため(さすがエリート!)、彼女との会話はスペイン語でやってて、Charlieとしては、スペイン語が聞けてとっても嬉しい!!(スペイン語習いに行っちゃおうかなって思ったりして・・・効果ないって!)
先日、このフェロー部屋の人たちがフェローの一人E先生の家に招かれて、食事をごちそうになったんだけど、その時、彼がいかにもラテン音楽っていうのりの音楽をかけたんですよ。で、僕が「これはラテン音楽だね」って彼に言ったらその彼女「これは、ラテン音楽ではない。スペインの音楽だ!」って・・・Charlieには違いがわからんかった。ちょうど、北海道の人が関西弁がみんな同じに聞こえるのと同じだね。
で、先日ホームスティに行ったメキシコの家族に、文法も知らないのに手紙を書いたんだけど、ちょうどスペイン語を話すネイティブの人がいたと言うことで、文法知らないので書いたものをチェックしてってお願いしたんですよ。で、スティ中その家族一員として過ごしてきて、とってもいい思いをしてきたので、手紙にも「僕のメキシコの家族はPadreのAlfredとMadreのNormaと妹のAngelicaと僕です。また、メキシコに帰りたい!」みたいな事を書いたんですよ。ところが、彼女は「おまえの家族はメキシコにいるのか?」と聞いてくる。「本当の家族ではないけど、家族みたいに仲良くなったので、向こうのパパもおまえは家族だって言ってくれてるし、そう書きたいんだ。」って説明したんだけど、すぐまた、「AlfredとかNormaって、メキシコ人の名前のようだ。おまえは日本人なのに変だ。」って言ってくる始末。だから・・・って何度説明しても??結局、そう言いたいだけで実際本当にそうかどうかは関係ないって言っても、なんだか納得してくれない。でも、文法を見てくれって言ってるのに、どうして内容を直そうとするのか不思議??次に、「帰りたい」っていう表現が気に食わないらしくて、この用法は間違っているって主張。もちろん、普通は「もう一度行きたい」って表現するんだろうけど、「帰りたい」って表現を使いたいのっ!って説明しても納得しない。手紙をなおしてってお願いしたのは僕の方だけど、途中で切れそうになった!きゅうばには、ポエムとかラブレターとか無いんだろうか?
スペイン語を知ってる人が近くにいたので、急場をしのごうと思って頼ったのが間違い?まったく、爆発直前の「急場危機」でした。
フェロー部屋の先生
今いる部屋は通称フェロー部屋って言ってて、日本の感覚で6畳ちょっとのところに8人くらいが出入りしているんです。いわゆる「タコ部屋」状態。その中には、僕みたいに日本から短期で来た人もいれば、眼科のというか網膜専門の研修医としてちゃんと研修に来ている人もいるんですよ。サージカルフェローとしてきている2人の先生は、手術とかもやってて、ほんとに忙しそうなんですが・・・今日はその話。
ここに来ているフェローは2年間の研修で1年毎に1人ずつ変わるんだけど、なんと約150人のなかから選ばれた一人だって!つまり、ここにいる2人は、ものすごい競争を勝ち抜いてきたエリートってわけ。ひょえ〜!日本と全然違う!なんという差!僕なんか、最終学年の夏にそれまで小児科!って思ってたのに、Y先生に強く誘われて眼科医になったっていう、なんとも主体性のない人生選択をしたのに、こっちの人は「僕は眼科医になりたい!」というか「網膜の専門家になりたい」って強く思っても、研修施設が限られているためそう簡単にはなれないらしい。先日、ラスベガスでは網膜の専門家がなんと5人しかいないって話を聞いてびっくりしたんだけど、どうやら、どこかが研修施設を限ることで、眼科医(専門医?)の数をコントロールしているらしい。
で、2人のうちの一人Q先生はベトナム人なんだけどね・・・なんと、ものすごい暑がりやさんで、11月までものすごく大きな扇風機をこの小さな部屋でまわしてるの!それも僕のすぐ横で。風がもろに当たって、寒いのなんのって。たまりかねて、僕の方には、風を向けないでくれって言ったんだけど、それでも、すぐ扇風機まわすし大変だった。雪が降るようになって、やっと、扇風機まわさなくなったけど、彼の感覚は絶対に変!僕は北海道出身なので、「北海道の人は・・・」なんて言われたけど、実は北海道の人って寒がりだと思う。確かに旭川の冬は零下20度以下になるし、零下10度くらいだと「今日は暖かいね」なんていう会話をするんだけど、部屋の中は暖房を効かせてアイス食べたり、ビール飲んだり・・・。だから内地の人の家に遊びに行くと、寒いと感じる事が多いんですよ。(あ、北海道では、本州の事を”内地”と呼んだりします。)ということで、今、この部屋には暑がりのベトナム人と寒がりの道産子(北海道出身の人あるいは馬のこと)がいます。
しかし彼は、そのこと以外にも僕の机の上にカバンは置いてるし、たまに僕の後ろの机に座るとそのスペースの3分の2は占領して、僕の椅子にあたってくるわで、彼がいるときは、仕事がしずらいのなんのって・・・ここまで、自分の領域を占領しようとしているようなんだけど
「その手はクワンぞ!」
Nutcracker3
いや〜、F先生に「昨日、突然思い立ってくるみ割り人形見てきたんですよ」って話したら、「僕も行きたい!」ってことで、早速、バレーの主催しているとこや、チケットマスターに電話したんですよね。
実は、僕も以前来たときはそういうものがあるって言うのを聞いたのが、もうシーズンが始まっている時だったので、これから行きたくてもチケットは無理だろうなって、勝手に思い込んであきらめていたんですよ。でも、昨日は思い立って電話したらあっさりチケットを取れたので、やっぱり言ってみるもんだなって思いましたね。ま、もともとこの国は「言った者勝ち」見たいなところもあるので、日本に居る時と違いどんどん自己主張して、行動していかなければと思っていたので昨日はラッキーでしたね。ところが今日は、席が無いって断られたって言うんですよ。可哀想なF先生!
で、Charlieは、クインシーマーケットにBoxticsとかなんとか言う名前の券買所があって、当日のチケットを半額で(手数料は数ドルとられるけど)買えるのを思い出したんですよ。「今日のお昼は、時間が取れそうだから、お昼の買出しを兼ねて行ってみますか」って提案してみたんですね。彼は、その存在自体知らなかったらしくて「ぜひ」と言うことで行ってみました・・・
で、やっぱりあったんですよ!それも(やや左はじでしたが)前から12番目の席が!それも半額で!!Charlieが50数ドル払ったことを考えると、もううらやましい限り。F先生は大変喜んでくれたのでF先生良かったね」という気持ちと、「ああっ、昨日ここに来ないで失敗した!」っていう気持ちで複雑!本当は「得しなかった」だけなんだけど、なんだか「損した」ような気持ち。
決して「ぼられた」わけではないけど、なんだか「ボストンバレー」ならぬ「ボストン、ボラれ」って感じかな。
Nutcracker2
そうそう、なんで重い腰をあげて行こうと思ったかって言うと、もともと行きたかったことは行きたかったんですよ。最近は、テレビのコマーシャルでもやってるし・・・で、先日のK先生の誕生パーティのときに、H先生が行ってきたって言って、で、F先生とN先生も行くって言ってたんですよ。そしたらR先生が「ジャンプ受け止めるのは失敗なかったか?」って聞いてて・・・そういった話で、ちょい盛り上がりかけたんですよ(続かなかったけど)。その時、「あ、やっぱりみんなボストンの風物詩、冬のボストンバレー”くるみ割り人形”は見てるんだ」って思ったんですよね。「じゃ、僕も」って、子供じゃないんだから・・・全く、主体性がないと言うか、すぐ人に影響を受けると言うか・・・
で、バレー自体の感想は1で述べたとおりなんだけど、内容よりも気になったのが2点。
一つは、タイツを履いた男性のムチッとしたお尻。舞台の最前列の右端に座ってたんだけど、くるみ割り人形の男性が結構舞台の中央に向かって立っていたためか、目の前に、形のはっきりみえるむちっとしたおしりがあるのにちょっと**を感じちゃったんですよ。
(さて、ここでクイズ:**に当てはまるのは次のうちどれ。1抵抗、2色気、3興奮、4吐き気、5食欲)
二つめは、R先生の言った「ジャンプの失敗」に関して、いつどこでジャンプするのか気になって・・・でも、後半のインド風の踊りのところだと思うんだけど、今回は成功でした。聞くところによると、失敗したことがあったそうで。ま、大きなケガはしないだろうけどね。
劇場が「Wang Theater」だけに「Wound Theater」って、全然発音も違う!
(クイズの答え:1抵抗でした。)
Nutcracker
行って来ましたよ、冬のボストン名物!ボストンバレーが贈る「なっとクラッカー」!!
「くるみ割り人形」なんだから「ナッツクラッカー」って言うんだろうけど、今回はじめてスペルを見てこりゃ「なっとクラッカー」じゃな、と思った次第・・・
さて、前置きはこのくらいとして・・・
はじめて見たんですよ、本物のバレーって言うものを。ジュリアの子供達、リリーとエミリーのバレー発表会をはじめてみたときは、こりゃなんだ!?というか、お遊戯会の延長のように感じたんだけど。。。今回は、くるくる回ってとっても素敵だし、高く飛び上がって凄いと思うし、衣装もきれいだし、音楽だけでもわかりやすいし・・・
でも、Charlieには、やっぱりお遊戯会の高尚なものに見えちゃったんですよね。まさに、猫に小判状態!やっぱり、芸術はCharlieには似合わないのかも・・・と思ってしまった。思えば、ピカソ見てもその良さがわからないし、高価な茶器をみてもピンとこないので値札見てふ〜んと思ってしまう。ところがこういったものは、見慣れてくるとわかるって言うんですよね。見慣れていないCharlieは、それらに対する感受性が全然ない!全く無い!このバレーがロシア?で初演されたときは、ひどい評価を受けたと言うことですが、きっとその記事を書いた100年以上も前の記者と感性が一緒!F先生は感激してたけど、彼はもともと日本でも本物のバレーを見たことがあるようで、やっぱりバックグラウンドのある人と無い人では感じ方が違うんだなって納得でぃ!
「なっとく、落下」ってしゃれになってねー。
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