題名が黄色の話は、ヒッポおよび言葉や文化についての話で
黄色以外の色は、それ以外の話です。
適当に選んで読んでってください。他人に不快感を与えようとする意図は全くありません。
不適切表現または何かご指摘がありましたら
ここまでご連絡をいただけるとうれしいです。
なお、上から日にちの順にしました。
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21世紀
とうとう夢の21世紀になりましたね。子供の頃21世紀って言ったらもう夢の世界。SF大好き少年だった僕は、それこそ腕時計型のテレビ電話とか、
宇宙ステーションとかのイメージが21世紀でした。今21世紀になって、当時描いていたもののうち、まだまだ無理そうなものもありますが、その多くが
現実となってきているあるいは現実に向かって発展しているのには驚きます。最近のそういった話題の中に、韓国の企業が開発した翻訳機がありますよね。
マイクつきのイアホーンで話すと、コンピューターが同時通訳をして違う言語に直して話すというものなんだけど・・・
日本語だと、だいたい今使っているワープロでさえ変な誤変換をよくするのでちゃんとチェックして直さなければならないのに、
音声だけの情報では沢山意味がありすぎて、そのうちどの意味の言葉を使っているのか自動的に装置が翻訳するにはまだちょっと無理がありそう。
しかし、こういった通訳の問題は特にヨーロッパでは深刻らしい。EUで会議があるとものすごい数の通訳が必要で、それにかかる費用もバカにならないとの事。
EUは通貨の統合が出来たけども、言葉はその国の文化であり絶対にゆづれない部分ということで言葉の統合など問題外らしい。日本から帰ってくる飛行機の中で
読んだんだけど、EUでは2001年を多言語の年として他の国の言葉の習得に目を向けようとする動きがあるらしい。
一方アメリカ人は、自分の国の言葉がいわるる世界共通語のようなところがあるため、旅行をしてもあまり困ることが無いし、
一般の人たちは、他の国の言葉を話さなければならない必然性に迫られることはほとんどないんではないだろうか?
外国人と話すとき、通常は相手のほうが英語ではなそうとしてくる方がずいぶんと多いような気がする。
こういうところで、ヒッポのような多言語活動を理解してもらうのは非常に大変だと思う。むしろ、もともと多言語の要素があって、
さらに必要に迫られてきているヨーロッパの方が受け入れる土壌はあると思うんだけどね・・・。ま、いろいろあるからね。
「ひっぽ、さまざまや!」(フランス語調でね!)
土地の名前
先日セバスチャンが家に泊まっていろ〜んな話をしたんだけど、その後の2日間もまさぜんの家にmidnightまでおじゃまして一緒に話しをしてたんですよ。
そこでモントレーの話が出て、まさぜんがモントはマウント?って気がついたんだよね。後半は「王様の」という意味という事で、王様の山って意味なんだって。
帰ってから、スイスにあるモンブランって山はもしかしたら白い山だろうかってふと思ったんだけど・・・だとすると、なぜフランス語?
アメリカでは、マサチューセッツとか地名の多くがアメリカインディアンの土地の名前から来てるんだけど、これは、
北海道の長万部(おしゃまんべ)がアイヌ語から来ているのと同じですね。で、セバスチャンが言ってたんだけど、カナダっているのは
カナダに来た白人が、そこに住んでいたインディアンに(この土地の名前は)何ていうのか?って聞いてところ、そのインディアンは
そこにあった家のことを聞いたと思い「家(小屋?)」という意味の言葉を教えたらしい。それがカナダだったんだって。
それを聞いて、オーストラリアでカンガルーに名前がついたときも、誤解からついた名前だって聞いたことがあるのを思い出した。
あとマンハッタンって、白人がそこに住んでいたインディアンに酒を飲ましてたった20ドルでその土地を買ったんだけど、
それは酔っ払ってたときの契約だから無効だってインディアンが主張してその酔っ払いって言う意味のインディアン語がマンハッタンなんだって。
でも、「マンハッタン」って「まん・はったん」て書くと京都弁みたいだよね。
飲みすぎ
いや〜、セバスチャンが家に泊まった13日は、ヒッポの後、僕の部屋に集まって飲み活をしたんですよ(写真のページ参照)。
セバスチャンを囲んで話をって思ってたんだけど、結局みんなそれぞれに話をして・・・でも、それも結構楽しかったし、こんな感じで飲みながら
話をするのは久しぶりって楽しんでいってくれた人たちが多かったから、これはこれでよかったかなって思うんですよ。で、みんなが帰った後、
セバスチャンと2人でいろいろな話をして、面白かったです。気が付いたら3時を回っていて、時間が過ぎるのはあっという間でした。
翌日から、セバスチャンはまさぜんのお宅にスティということでしたが、次の日はCharlieも一緒に中華街で飲茶して、BUもMITも一緒に回り、夜11時過ぎまで
まさぜんの家で飲んでました。翌日も、ヒッポの後まさぜんのお宅におしかけ、たこ焼きパーティーに参加して12時過ぎまで飲んでました!
まったく、飲みすぎ!というか、お邪魔虫!
で、月曜日ヒッポのときにセバスチャンが、話の途中で「子音」って何て英語でいうんだっけ?って聞いてきたとき、一瞬僕の頭の中では
「試飲?なんでここで試飲の話が!」って思ってました・・・ははは、だから飲み過ぎだって!
食べすぎ
セバスチャンがボストンに来たとき、まさぜんのうちで2日間一緒に夕食をご馳走になったんだけど、
その一日目に、食事中に座ってた椅子が突然ばらばらに分解してひっくり返ってしまった!繋ぎ目のところが外れたという感じだったんだけどね。ということで、また組みなおして座りなおしたんですよ。ところが2日目には、そのことすっかり忘れて同じ椅子に座ってたんですよ。そうしたらとうとうその椅子がぽっきり折れて壊れてしまった!修理不能だ、まさぜんごめん!
家に帰って体重計でチェックしたら、いや〜、太った太った・・・200パウンドこえちまってたぜ!
あ〜あ、毎晩飲んでるのが悪いんだろうな。あんなに飲まなきゃ良かったな。
このところ、おなかいっぱい夕食食べたあと、たくさんつまみも食べてたしな。あ〜あ、食べなきゃ良かったな。
おなかいっぱいに食べ過ぎたときは、さっさと8時頃でも寝ちゃってるもんな。食べてすぐ寝なきゃよかったな。
仕事場まで3分しかなくて、ほとんど運動してないのが悪いんだろうな。もっと運動すればよかったな。
悔いすぎ!?
おやじ狩り1
インターネットで日本のニュースを見てたら、中学生だか高校生がおやじ狩りと称して@@@@さん(32歳、会社員)を襲い現金を奪った事件がありました。でね、2つ思ったんですよ。
一つは、「おやじ」って何歳からなんだろうかってこと。もっとも、小学生からおやじみたいなのはいたし、決して年齢ではないよね。一言では言い表せないけど、どんくさそう、不潔そう、頭の回転悪そう、根暗そう、ケチ臭そう、そのうえ下品で下心丸出し・・・みたいな、その人の持っている雰囲気かな。その点僕は、年齢的にも、体型的にも、雰囲気も立派なおじさんだから、迷いなくおじさんなんですよ。それも3高!高身長・高学歴・高収入ではなくて、高血糖・高血圧・高脂血症の成人病的3高(ハハハ)。ただ、面と向かっていわれるとちょっと寂しいものがあるけどね。一方、女性の方は若くても子供産んだら近所の子供からすぐ「おばさん」扱いだから、「私はまだおばさんじゃない!」って心で叫んでいる人も沢山いるんだろうね。もっとも、子供から言われるのと、大人から言われるのでは全然違うけどさ。なんだか、「おばさん」を一言で言い表せば「ずうずうしさ」が漂い始めたらそうかなって思うんだけどね。「じゃ、そうじゃない中年の女性は何ていうのっ!」って言われたら、「おばさま」かな。なんとなく品がある感じ。でも、いわないっつーの!とすると、男の場合は「おじさま」が品のある呼び方?男性も女性も「さま」がつくんだね。
どうせ僕にその呼び方は、「さま」にならないですよーだ!
おやじ狩り2
おやじ狩りのニュースをみて思ったもう一つのことなんだけど。被害者の名前だけ実名で出てたんだけど、加害者の人権を配慮して加害者の名前は公開しないくせに、被害者の名前はどうどうと出しているってことに疑問を感じません?自分でおやじだと意識していなかったら、自分が「おやじ狩りにあった」って事だけでも相当ショックだとおもうけど、それをマスコミがおまえは「おやじ」ってお墨付きを与えて、全国的(いやボストンで見てるんだから世界中って事かな)に名前を公開しちゃってるわけでしょう!これは、事件そのものよりもずっとショックかも。悪友にはバカにされるかもしれないけど、そのうえ「ああーっ、やっぱりおれはおやじだったのかぁっ!」って、思い知らされるってことでしょ。英語で"I got it!"(アイ・ガリットって聞こえる)って、「わかりました!」とか「理解しました!」って意味だけど・・・
おやじが理解したって言うのは、「おやじ・ガリット!」
情報の自由
帰る前に、きゅうばの女医さんと彼女の国の事についていろいろ話をしてたんですよ。彼女の国では、インターネットができるところは限られているんだそうです。それを使える人でもアクセスできるサイトは決められていて、たとえば彼女の場合アクセスできるのは文献の検索のサイト一つだけだったそうですよ。そのため、普通の人に入ってくる情報は政府が全てコントロールしていて、情報を自由に手に入れれる国は素晴らしいって言ってるんだよね。これって、ぼく達にはあたりまえのことなんだけどね。ま、実際には政府が全ての情報を公開するなんてことはどこの国でもないだろうから、あるていど国益を考えた情報制御をしているんだろうけど、それでも彼女の国に比べればはるかに自由だよね。逆に情報が氾濫しすぎていて、なにが本物かを見分ける力も必要なんだけどね。僕なんか、すぐにガセネタを信じて踊らされる方だからね。
信じるものは、(足を)すくわれる!?
フィギュアスケート
てなことを話していたら長くなっちゃって、USフィギュアスケートチャンピオンシップを見に行こういかなって思ってたのにやめちゃいました。ミッシェル・クワンって言う女性が今すごいらしいんだけど、だんご鼻だからな〜って、顔を見に行くんじゃないの!でも、フィギュアスケートもダンスもそうだけど、どこがすごいのかはやったことのある人しかわからないんだろうなって思うんですよ。どの技が難しくてどの辺がすごいのかってね。特に芸術点なんて、その基準は僕には全く不明。その点テレビだといろいろと解説してくれるし選手のアップがみれる。だから、テレビで見たほうが絶対わかりやすくて良いはずなんだけどなぜか会場に行ってみたくなるんですよ。なんというか、本物を生でみるということの満足感というか、あるいは会場との一体感みたいなものを感じたいんでしょうかね。実際に会場で窮屈な椅子に座って遠くの選手を見るよりも、ビール片手にチップスでもかじりながら見たほうが楽なんだlどね。
そのときのビールは、もちろん、”本物の生” by asahi beer (でも僕は Sapporo黒生!)
ワインエキスポ
Boston Wine Expoというのがありまして、広告によれば「450以上のワイナリーから集められた1800本のワインの試飲、ワインのエキスパートによるセミナー、有名シェフによるデモンストレーションと食の祭典が繰り広げられる2日間!」
当然行って来ましたよ!それこそスパークリングワインからポートワイン、アイスワイン、日本酒やブランデーを扱っているところもありました。 入場するときにワイングラスを一つもらってそれで飲むんですが、各テーブルにはバケツと水がおいてあってちょっと飲んだら残りを捨ててそれですすいでいたんです。(結婚披露宴の時に新郎新婦の席の下に、注がれたお酒を捨てるバケツが置いてあったのを思い出しました。はじめそれに気が付かなかったので、披露宴ではずいぶんと飲んだ記憶があります。) グラスについでくれるときそのワインの説明をしてくれるんですが、なにかメモしながら飲んでいる人もいて、そういう人の近くにいるととっておきのワインを奥から出してきたりして、知っている人は強いと感じましたね。ただ残念だったのは、確かにシェフのデモンストレーションをやっているコーナーがあったけど、あとはチーズとクラッカーだけ!そのため、空きっ腹で4時間にわたりいろんなワインを飲みまくり、帰ったらすぐにダウンしてしまいました。
もうしばらくお酒ワ、イ(ン)らない!?
ファーストレディー
今日は、朝といっても昨日の飲みすぎもあって昼ちょっと前にテレビを付けたら、ホワイトハウスから中継とかやってて、なんだろうってインターネットで調べたら大統領の就任式でした。このブッシュさん、チンパンジーに似ているということでここ(クリックするといけるよ)のPICKSというところをクリックすると、彼の表情とチンパンジーの顔が並べてあって大笑い。
で、アメリカじゃ大統領の奥さんってファースト・レディーっていうでしょ。でもそれを知らなかったら、日本語だとfirstもfastも区別しずらいし、
1)(たくさんの中の)一番目の女性、2)一流(最高級)の女性、3)はじめての女性、4)速い女性、5)せっかちな女性、6)(手の早い)ふしだらな女性
のどれかだと思うんだろうな。
ところで、もし、4年後にヒラリー夫人が大統領になっちゃったら、ご主人のクリントンさんはなんて呼ばれるのかな?ファースト・ジェントルマンかな?それとも、レディーに対してジェントルマンなら、ファーストに対してラストだから、ラスト・ジェントルマンかな?これって、今はもうあまり見かけないけど、いまだにいる貴重な本物の紳士とかいうニュアンスにもなりそうだね。でも、セクハラで弾劾裁判まで受けた人なのに、ほんとかいな!
ああっ、怒らないで!ひらに(ヒラリー)お許しを!
みどりさん
今日有名なバイオリニストのMidori(五嶋?)さんが3時からシンフォニーホールで演奏をするって書いてあるのを雑誌で見つけたのが、テレビをみながら昼ご飯を食べ終わった2時。今日は7時半からオペラ座の怪人を見に行くしどうしよっかなって思ったんだけど、そのあと夕食を食べて移動すればちょうど良い時間。ということで、あわてて着替えして行く事にしました。もちろん、バイオリンなんて聞きに行ったことはないし、Midoriさんに関しては以前テレビかなんかでみたことがあるって言う程度。日本では絶対行かないだろうけど、暇だし、いつもの野次馬根性で出かけたんですよ。で、15分位前にホールについて窓口で当日券ありますかって聞いたら、48ドル、42ドル、・・・の席があるよって言われて、さっきまで一番安い席でいいと思っていたのにおもわず48ドルの席を買ってしまいました。僕みたいなそれほど関心の無い人は末席で良いのに、せっかくだからって思っちゃうんでよね。で、なんと前から6番目でむかって右から5番目。これがどういう席かというと、みどりさんがこっち向いて演奏して、彼女の指の動きがはっきりとわかる席。これ、バイオリンをやっている人なら本当に感激ものの席ですよ。きっとずっと前から楽しみにして予約してきた人より良い席で、当日券があるかなってふらっと来た僕がこんな席にすわって良いのかなって感じ。で、「ハァ〜上手だな。」っというのが感想。お腹いっぱい食べた後でクラシックをこれだけ長く聞いて、よく寝なかったなというのも正直なところ。ということは、素人の僕でも聞き入ったので、やはり凄かったのかも。
ま、これは絶対にみたい!ってものでなければ、当日券の方が席はよりどりみどり!?
オペラ座の怪人
アメリカに来て4ヶ月がすぎましたが、この間ミュージカルはアニーとエビータをみたので今回は3つ目のミュージカル。ミュージカルは好きなんですよ。生で聞くと素晴らしい声で。やっぱり音楽がよかった〜。なんというか、ザワザワッて鳥肌が立つような感覚です。数年前にみた劇団四季の怪人はもっと低音に張りのある声の人だったんだけど、今回は高音 の方が綺麗な人でした。クライマックスでは後ろに座ってた女性が泣いていましたが、僕はそこまで感情移入できなかったんですよ。これは英語力のせいかも。昔、劇団四季のを見た後ちょっとはまって映画とかもいろいろ見たんですが、BBS放送の制作した連続ドラマがよかったです。連続ドラマだとかなり長い時間をかけてその背景だとか心の動きを表現することが出来ますので。その点、ミュージカルだとどうしても上映時間の問題があるので全てを表現するのは難しいですよね。ところで、友人とこれを見終わった後にこのミュージカルの主題はなんだろうって話になったんですが・・・ 。この話では、いろんな形の「愛」が描かれていてそのせつなさに涙するんだろうと思うんですが、あらすじを単純化して表面だけでみると、
1)男は顔 、2)お金をもっている若い男の方が勝ち 、3)うじうじ裏にこもっているような性格の男はダメ
みたいなとらえ方もできるんじゃないかって・・・ハハハ。でも、現実にはこっちの方がありがちのような気がしません?残酷だけど。
怪人より、女性の方がずっと恐い!?
結婚1
以前E先生の家でパーティーをしてたときの話なんだけど、Q先生がアラブの方から来た大変お金持ちの患者さんに気に入られて、「家の下の娘を嫁にもらわないか」って言われたって話をしていたんだけど、へ〜そんなこと今の時代でもあるのかってびっくりしたのもそうだけど、その娘14歳と聞いてもっとびっくり。え〜って驚いたら、アメリカでも州によって法律が違うものの12歳から結婚できる州もあるらしい!「子供じゃない!」って驚くのは僕の道徳観・価値観であって、その土地その土地の価値観があるのだからそれはびっくりするようなことではないのかもしれない。あるいは、日本でも昔はそういう年齢で結婚してたし20歳をこえたら女性はすでにお局様だった時代もあるので、時代によっても価値観はかわるものなんだろうけどね。寿命が問題なのかもしれないけど、もしかすると昔の人はそれだけ小さいときから大人だったって事なのかな?そういえば、ロミオとジュリエットの話はロミオ12歳ジュリエット14歳くらいの年齢設定なんだって。そうなると、今の僕の価値観からすると両家の親が結婚に反対するって言うのも当然で、純愛物語とか悲恋物語というよりも、もっと幼稚な恋物語に見えてきちゃうんだけどな〜。
「結婚相手は、(自分の年にかかわらず)若い方がいい!」?って言うけど、それじゃ若すぎ!
結婚2
でね、娘の結婚を自分の意志でさせるのではなく、お父さんが自分の持ち物のように人にあげちゃうって言うのもすごい習慣だよね。ぼくもいいとは思わないけど、なぜそういう風習が出来てきたのかを知るには、どういう必要性があったのかその文化・歴史を知る必要があるよね。こういうのに対しては、アメリカ人はそういう人たちの背景・文化を無視して、宗教でも制度でもとにかく自分と違うものに対して自分の今の価値観を押し付けて行くのが得意だからあちこちで戦争を巻き起こしているんだと思うんですよ(この話はいつか別のところで)。一夫多妻制だって、貧富の差の大きな世界で、多くの男達が貧乏のため自分ひとり生きていくのがやっとの状況で、奥さんをやしなっていけるような経済力のある男が経済力に見合った数の女性と結婚するというところから来ているって聞いたんだけどね。ま、その制度が今もリーズナブルなのかどうかはわからないけど。
ま、若い男が金は無いけど好きだった女性の結婚式に押しかけてっていう話は、そういう世界でなくても映画とかでありそうだよね。ナイフ持って暴れて、血だらけになって・・・血痕式!
ハーレム
ハーレムと聞くと酒池肉林というか男性がたくさんの女性に囲まれていい思いをしているのを想像して、男性にとっては「いいな〜」なんて思っちゃう夢の世界ですよ。でもね、猿とかゴリラとか動物の世界ではよくあるシステムだそうで、ライオンなんかの研究をみるとボスになったりボスに気に入られなければ群れから追い出されてしまうんだそうですよ。で、戦いによって新しいボスが誕生すると、以前のボスは当然群れから追い出されて新しいボスのハーレムとなるわけ。つまり、ハーレムというのは、オスにとってボスになると良いけど自分がなれない場合は悲惨、メスにとっては新しいボスになびいているうちは安泰なわけで数年毎に新しくて生きの良い若いオスがやってくる世界。じゃメスにとってよい世界かって言うと、子供がいるメスははじめ新しいボスになびかない。そこで、新しいボスは子供のライオンを殺してしまうんだそうです。そうすると、今までなびかなかったメスライオンも新しいボスになびくようになるんですって。ほんと残酷ですね。表は素晴らしいように見えても、何事にも裏があるようで・・・。
裏といえば、浦島太郎。そこに描かれている竜宮城の世界も、男性にとってのハーレムそのもののような気がするけど・・・乙姫様は出てくるけど男性は太郎だけの酒池肉林の世界。結局最後は残酷な結末が待っているよね。
ハーレムって、マジに死ぬほど良いものかもね。ってほんとに死んじゃうけど。
夫婦
最近、DNA鑑定という検査方法が発展してきたおかげで、動物学の世界もいろいろと新しい発見がされてきて、たとえばハトはとっても夫婦の仲がいいということで知られているんだけど、DNAで調べると意外と旦那さん以外のDNAを持った子供がいて結構浮気しているらしい。なんだかイメージダウン。
その点、韓国映画のシュリに出てきたキッシングフィッシュって、「つがいで飼ってて一匹が死ぬともう一匹も悲しくて死んじゃう」って映画の中で言ってたけど、なんだか悲しいけど良いなって思っちゃうんですよ。
ま、「あまちゃん」ですな。甘くて甘くて、夫婦ぜんざい。
宗教
いや〜、よく言われることなんだけどヒッポが宗教っぽいって事。というか僕もはじめそんなうさんくさそうな感じを持っちゃったのであまり言えないんだろうけど・・・。でも日本でも、講演会とかオープンファミリーのはじめに「この団体はいかなる政治団体、宗教とも関係がありません。」って、ちゃんと説明しているのにこの日本語を理解できない人たちって沢山いるよね。日本語を習いたての人に、このあと「つまりこの団体は政治団体や宗教団体に関係しているのかYES/NOで答えよ」って問題を出したらほとんど正解すると思うんだけどね・・・。こっちでも以前のオープンファミリーで、しんじ君とその他に家族が来てくれたんだけど、しんじ君は帰る途中、「宗教でしょうかね?」って聞かれたって言ってた。で、昨年の忘年会でしんじ君が言ってたんだけど、宗教らしく感じる三つの点があるって。
一つは、教祖がいて経典のようなものがあること。って、さかっちゃんが教祖?経典はソノコとカバジン?
二つめは、その集団でしか通じない用語を内輪で多用すること。たしかに「大波で」とか言っても他の人に通じないし・・・。
三つ目は、ホーリーネームを持っていること。たしかにニックネームは奇異かもしれないけど凄く良いアイディアだと思うんですよ。でも、西日本ではあまり使ってないって聞いたけどね。
でもこれって、たとえば「高校野球」でも通じるんじゃないかって思うんですよ。監督という教祖がいてルールブックがあって、タッチアップとか専門用語があって、ピッチャーとか自分の名前以外の名前がついていて・・・だけど、だれも高校野球が宗教だとか言わないよね。だから、精神論的に宗教のような感じだという意味で「ヒッポって宗教だよね。」って言うのも、現実には違うわけだからとてもおかしいと思うんだよね。
その人、ヒッポがレリージョン(宗教)というイルージョン(幻覚)を見たんだね。
フレンドシップ
フランクがFriendshipという題名で、いろいろな言葉を16送ってくれたんだ。そのなかに次のようなのがあったんですよ。
"If you live to be a hundred, I want to live to be a hundred minus one day, so I never have to live without you." -Winnie the Pooh
わお、クマのプーさんだ!とっても愛情にあふれていて良い言葉だよね。この気持ちはすごくわかる。でもね、ちょっと見方を変えてみると、もし相手も同じ想いなら自分が先に死ぬって言うのは相手に悲しい思いをさせてしまうことになるよね。これって、すごく自分勝手で相手に対して残酷だってとらえ方も出来るよね。自分が悲しい思いをしたくないから先に死にたいって言うのはさ・・・。相手をすごく大切に思っているから出る言葉なんだけど、逆に相手を慮る余裕が無いって言うか。
こういうこと、好きな人から言われたらうれしいけどショックかな。フレンド・ショック!
Chinese New Year春節(旧正月)
旧正月という事で、中華街はこの日ほとんどの店がお休みになるという。ま、中国から来た人たちって、全く周囲に流されずに生きていけるのはすごいなって思うんですよ。この前行った飲茶のワゴン運んでいるお姉さんはまったく英語がだめだったし、この中華街にいればまったく英語が話せなくても生きていける。どこの国でも中国人だけでかたまって大きなコミュニティーを作っているでしょう。で、行事もそのなかで盛大にやるんですよね。もちろん、日本人だって自分達の行事を楽しんだりしますけど、日本人だけ集まって大きな街をつくったり盛大に行事をやろうというのが中国人に比べると少ないような気がするんですよ。逆に、ある程度流されちゃうって言うかそこに馴染んじゃう傾向があるんじゃないかな。
僕の知っている範囲では、中国人って自己主張が強くて相手の話を聞かないというか容易に受け入れない人が多い。日本人は逆に、自己主張をあまりせず、外の文化に馴染んだり取り込んだりするのが上手なんじゃないかと思う、優柔不断なのかもしれないけど。ま、それで損をすることが多いのでそれが良いとは思わないけどね。
「今日何食べる?」って聞かれて、日本人なら「なんでもいい」、中国人なら「中華がい(い)!」
ファースト・ジェントルマン
25日付けのasahi.comによると、フィリピンの新しい大統領、アロヨ大統領の夫はフィリピン史上初の「大統領の夫」として注目が集まっていて。「ファースト・ジェントルマンではなく、マイクと呼んでほしい」と言っているそうなんだけど、やっぱり「ファースト・ジェントルマン」だった!。
ファーストレディのところで話したように「ファースト」をカタカナにしちゃうといろいろな意味にとれるけど、男性の場合もう一つ「早い」ってのが加わるかな。
奥さんに頭が上がらないって感じとともに、なんとなく情けない感じにて 早漏候。
カストロ
今日の夕方www.cnn.co.jp を見てたらキューバのカストロ議長がブッシュ大統領のことを、「前途有望でない奇妙な男性が、大国のリーダーシップを握ることになった。見た目ほど馬鹿じゃないことを願う。また、マフィアのようだった前任者たちのように振舞わないよう願う」と国営テレビで演説したそうなんだけどね。 すごいね、まるでけんか売ってるみたいだものね。一国の頂点にたつ人がその立場でこんなことを言うなんて、日本だったらすぐに責任問題だね。アメリカも、キューバだからこんなこと言われても何も言わないんだろうな。でも、ほんと、クソみそに言っているよね。
カストロの名前見て、スカトロを連想した人、あなたの感性は正しいかも。
医療制度
こちらの医療制度は、保険が複雑なのでいまいち不明な点があるんだけど、そのなかでも研修医と研修を終えた医師では診療代が異なるというのは日本と明らかに違っている。歯医者でもそうだって聞いていたんだけど、この前なにげなくちらっとあるカルテを見たら、fellowがレーザーをしているのでNo chargeって書いてあるのをみてびっくりした。「やっぱりそうなんだ!」ってね。ま、こっちの制度が良いとは全然思わないし、確かに初診料だけで10万円とられてもお金の払える人は30分も1時間もかけてみてくれるこちらの制度になれて、日本に帰ると「日本の医者は!」なんて言うけど、こっちの医者は一日多くても14〜15人位しか見ない。それで、別荘を持って優雅な生活をしている。日本では、患者の支払うお金ははるかに少なくて誰でも気軽に病院へ行ける。そのせいもあって、日本の医者は忙しい所だと一人で一日100人以上診なくてはならないし証券マンの方がはるかに高給取りだ。ま、医療費が高いところでのひとつの方法なのかもしれないけど、日本みたいに医療費が安いところでこんな制度を導入したら、研修医にはだれもかからないだろうな。
医療の話をするのに、本来の医療のあり方だけで理想は言えない。医療保険制度の話は避けて通れず、保険制度の全く違う国の医療のあり方を並列に考えるのは無理がある。比べることで欠点だけが目立ってしまう。「隣の芝生は蒼く見える」
Salome
金曜日の夜だというのに何も予定が無かったので、映画でも行こうかなって思ってちらちら情報誌を見てたら、オペラのサロメが今日から始まると書いてあった。オスカーワイルドの原作を元にしたオペラで、ドイツ語での公演。はじめに公演された時は、ニューヨークで公演禁止になったといういわくつきのスキャンダラスでショッキングな内容とのこと。オペラなんて見たこともないし、僕には関係ないって思ってたんだけどね、なんだか、映画はみれるけどオペラはそうそう観れるもんじゃないって思ったら行きたくなった。で、7時30分開演なのに部屋を出たのが6時50分。でも、何とか間に合って当日券があるか聞いたら、約110ドルから約30ドルの席があるといわれたんですよ。今回も一番末席で良いとは思いながら、せっかくだから前の方が良いかな、かといって一番高いのは・・・なんて事が一瞬頭の中をよぎり、結局2番目に高い約90ドルの席を買ってしまったんですよ。で、オーケストラのまん前の真中の席!どっひゃー、映画行くつもりだったからセーター着てきたんだけど、まわりはちゃんとスーツ着てドレスアップしてきた紳士淑女の皆様方!まったく場違いでした。で、オペラはドイツ語で、両横のスクリーンに英語のキャプションがついてたんだけど、これが席が前過ぎてみずらい!みるのに大きく首を振らねばならず、演劇に集中できない!内容は、お盆に載せたヨハネの首の髪から血がしたたり落ちるかなりショッキングなもの。隣の女性は、このシーンでは顔を伏せていました。あれは、公演中止になるわな。
オペラなんてはじめてみたけど、僕にはもう「ヨゥハ、ネエ」。
記念文集
ボストンにヒッポが出来てから3年になるというので、昨年の秋に文集作らないかって提案したんだけどね、ちょうど同じ時期にホタルも同じような提案をしていて、その話し合いを今日のクラブ(ファミリーのこと)でしたんですよ。目的は?とか誰に向けて?とかいろいろあって、ま、出来たら書こうと思うことはいろいろあるんだけど、驚いたのが文集に関すること。こっちの人は、何周年記念とかパーティーを開いたりとかするけど、日本人のように卒業文集みたいなのを書いて残すような習慣がないみたいなんですよ。やっぱり違うんですね。だから、記念に何か書こうって言っても「何で?」というところから説明が必要。もともと議論の好きな人たちなだけに、もっとお互いによく知りたいんであれば直接会って話したほうがいいとか・・・たしかにそうだけど現実的には、日本と違って飲み活もほとんどないし、結局時間の問題もあって話をする機会ってないのが現実。文章として何かを残すのに、責任が生じるとかなんか危機感のようなものを感じているのだろうか?ただ単に、面倒なだけなんだろうか?
ちゃんと文集ができますように。祈念文集!
映画1
もともと映画が好きなんだけど、今回の渡米後はじめて映画を見に行きました。で、映画といえばコークとポップコーン!アメリカの映画館では(日本でもそうだけど)、シートの肘掛の先端に大きな紙コップを置くための円状の凹みがあって、コークを飲んでポップコーンを食べながら映画を楽しむという正式な(?)映画の見方が出来るようになっているんですよ。で、このポップコーン、大きなサイズだとほんとにでかい!分厚い電話帳くらいの大きさの紙袋にめいっぱいポップコーンが入っている。しかも驚くなかれ、今回はそれにバターをかけるかと聞いてきた。もちろんいらないって断ったけど、他の人を見てると溶かしバターをポップコーンの上からたっぷり!このバターの脂肪の量って、マック等のハンバーガーの3〜4個分に相当するそうだ。「今回は」と書いたのは、以前入った映画館ではキャラメルをかけるかと聞かれたことがあるから。う〜ん、どちらにしても身体に悪そう!
でも、映画の時だけだから、「まあ、ええがな」
映画2
で、上映30分前に映画館に入るとすでに3人のシスター(修道女)達が入ってたんですよ。で、頭をよぎったのが
「Three sisters are sitting on the seat in the Cinema theater.」
はじめのthは「ス」だけどsi, se, ciと最後のtheはカタカナで書くと全て「シ」。発音の練習になるかなって・・・ハハハ、「まあ、ええがな」
映画3
映画は「Crouching Tiger, Hidden Dragon.」っていう、「アンナと王様」の主役をしていたチョウ・ユン・ファが出てる香港(?)映画で、中国語(これがマンダリン)で英語のキャプションが付いていたんですよ。簡単な中国語、たとえば‘ニイハオマ?’‘ハオ’みたいな中国語が聞こえてきて、ちょっとうれしかったりしたんだけど、前半部分で時々周囲が笑うんだけどこれがなぜ笑うのかわからん。中国語もよくわからんし、英語は大体の意味はわかるんだけど正確にはわからないうえあっという間に消えてしまう。ま、しぐさで笑わせるものは笑えるけど・・・だから、以前コメディを見に行ったときは、かなり周りから取り残された感じで、周囲の大爆笑を聞きながら何が面白いのかわからなかった。だから、言葉で笑わせたり、感動させたりするものは難しいなって思った次第。でも、この映画はよかった!
細かいところの描写はわからなくても・・・「まあ、ええがな」
映画4
この映画に出てくる死生観も主人公達の生き方も結構東洋的で、近代の西洋的な感覚で理解できるのかなって思ったんですね。映画の終わり方も決してハッピーエンドじゃなくて含みを持たせるような終わり方なんですよ。以前「フランダースの犬」が映画化されたとき、原作のベルギーと日本では原作どおりに、アメリカではネロとパトラッシュが生き返えるラストシーンにして公開したそうです。ハッピーエンドでなければ受け入れられにくいという変な理由で。もっとも、子供向けの映画ということもあったんでしょうけど、僕にはあの切なさ・やりきれなさっていうのが子供心にも感動を与えていたと思うんですがね。だから周りにいる多くのアメリカ人たちがこの映画を絶賛しているのを聞いて、アメリカも少し変わってきているのかなって思ったんですよ。もっとも、アクションシーンは少し笑えるところもあるけどスピードもあって楽しめるので、こっちで評価しているのかもしれないけどね。
「まったく若い娘は周りを振り回して、人に気を遣うことができないんだから・・・」ってな感想もあったけど。「まあ、ええがな」
映画5
実はこの映画を観るのに、この寒い中映画館を探して小1時間もボストンをうろうろ歩いたんですよ。で、12時からの予定なのに着いたのが12時20分。ところが、今日は1時からとなっててラッキー!で次の上映は2時40分からとなってて変更無し。あれっ?そんな短い映画だったかな?って思ったんだけど、映画が終わって時計を見たら3時過ぎてた。まったく時間に無頓着なんだから!
でも、ま、そのおかげで映画をちゃんと観れたし・・・「まあ、ええがな」
フィギュアスケート2
映画から帰ると、先日フリートセンターであったUSチャンピオンシップの様子をテレビでやってたんですが・・・いや〜、行けばよかった!このアパートから歩いて3分だし。なんだかよくわからなくても技が決まるとすご〜いって感じ。テレビではペアの様子を見たんだけど確かに美しいね。てなわけで、今しか出来ない事が周りにゴロゴロ転がっているので、そのチャンスを見逃さないようにしなければと思った次第でした。
ま、家でゴロゴロしてたら、太っちゃうしね。
ドラゴン
龍年を記念して、夕方5時から中華街の門のところで電球3000個使って作ったドラゴンを飾るっていうような情報を得たので行って来ました(写真の項目のBoston生活のところ)。中華街に近づくとものすごい爆竹の音。で、たくさんの獅子舞みたいのが一軒一軒お店をまわって、その前でお供えしてあるレタスや果物をかじって粉々にして半端じゃない量の爆竹を鳴らしていました。だから、獅子舞たちが通ったあとは、野菜のくずやら爆竹の紙やらでごみだらけ。そのあと、暗くなってきてから電飾のドラゴンが中華街の門に向かって練り歩きましたが、まわりでは「ハッピーニューイアー!」ってなんだか時期はずれというか間抜けな感じ。ドラゴンの前には子供が白い玉をもっていて、よく観光地で見かける玉を龍が追いかけるあの設定。あれは、なにかの物語から来ているんだろうけどわからん。ま、そのうち誰かに聞く機会もあるでしょう。で、女の子が何か配っていたので僕にも頂戴ってもらったら、お年玉袋みたいのにアメとなんだか格言だかポエムのような紙が入っていて、よくみると子供達を中心に配っていた。
子供のお年玉とって、ごめんチャイナ。
おばさん
夜帰ってきてから思ったんだけど、この前おやじ狩りの話で「僕は立派なおじさんだ」なんて書いたけど、最近めっきり「おばさん」っぽくなっているのに気づいたんですよ。なんだかこまごましたものを集めたり新聞のチラシに目を通したり「ビンボ臭い」のところで書いたとおりなんだけど、このビンボ臭さに加えちょっとずうずうしさが出てきて、日本にいるときはどうでもいいやって思ってたことを「ちょっと僕にも」って感じで行動に出すようになってきた。数年前から居酒屋で飲んだくれたりおやじ化した女性いわゆる「おやじギャル」の出現が目立ってきたけど、逆に妙に生活感あふれるというかこまごました「おばさん化おやじ」も出てきているような気がする。もともと、男性って金銭的にもあまり無頓着で大雑把なんじゃないかなって思うんだけど違うのかな?ま、社会人としてちゃんと経済感覚が出てきた証だから良しとすべきなのかもしれないけど、なんだか悲しい。でも、普段こまごま節約しても結局飲んだりしてパァーっと使っちゃうんだよね。これがまた、おやじらしいとこ。
半分だけおばさんなので「おば半」。
コンサート
せっかくボストンにいるのに、レガッタバーにJAZZも聞きに行ってないしコンサートも行ってない。先日友人がチックコリアを聴きに行ったと聞いていいなって思ってたんだけど、その友人が金曜日の夜にスカラーズに行くって聞いて、今度行く時誘ってねってお願いしたんだけど、今日聞いたらなんとアールクルーだった!それなら今度じゃなくて今回ぜひ行きたかったのに!ってもう遅いって!でも、音楽関係のコンサート情報の入手が下手!昨年ジョージウインストンのコンサートがあるってわかったときには、ちょうどその日の日本行きの航空券をすでに購入済みだったし、まったくついていないって言うか・・・。でも、ま、ものすごく熱心なファンというわけではなくてただのミーハーなのでショックもそれほど大きくないだろうって?
「え〜ん、そうかい!」
ウインク
こっちの人と話していると、男性でも上手なシャレとか言った後にウインクしてくることがある。いわゆる目配せじゃなくてウインク。昔友人(男)でウインクする人がいて、はじめてやられたときはびっくりというかとまどってしまったんだよね。なんていうかさ、どうリアクションしていいのかわからなかった。日本人がそれをやるととってもキザだし、内心「何だこいつは」みたいに思ってたんですよ。でもこっちに来て見ると、結構ウインクする人がいるんですよ。ま、合図といえば合図なんだけど、僕には到底できないね。きっと、やろうやろうと思ってチャンスをうかがっていないとできないだろうし、いざやるとなると顔面痙攣というか「目にごみでも入ったの?」って言われそう。でも何の合図?「うまい事言ったろう!」って自己アピールだったり、「うまくやれよ!」または「まかせとけ!」の意思表示だったりいろいろ使い分けてるみたいなんだけどね。で、こっちも、ウインクされたらちょっと笑顔をみせて頷いたりして・・・。でも、女性にウインクされたらもうドキドキもん。相手はたまたまこっち見ながらまばたきしてたとしても、気があるのかなってちょっと勘違いしちゃいそう!
「目は口ほどにものを言う」って言うけど、言葉と同じように、結構誤訳があるようですな。
仕草
お辞儀ってまさに日本人らしい仕草だよね。遠くからみてても、互いにお辞儀しあっている集団があったらまず日本人だと思って間違いない。こっちでは、ちゃんと目を合わせて胸を張って握手だからね。あと、日本人にありがちなのは、手を後頭部にあてること。テレの表現なんだけど、こっちの人はまずしない。じゃ照れないのかって言うと真っ赤に顔を赤くしてたりするのでそうでもなさそう。でも、動作は伴わないことが多い。考えてみれば、挨拶の場合、お辞儀は相手に頭を下げて謙譲しているとか自分の弱い部分を見せているとか意味があって、握手も自分の利き腕を相手に預けることで敵意のないことをみせるとかいろいろ意味があるよね。で、テレの場合の動作はどこから来ているんだろうかね。驚いたときの「シェー!」なんて今はもうする人はいないけど、おそ松くんっていう漫画の影響で当時結構する人がいたからね。照れの動作も、もしかするとサザエさんのマスオ兄さんの仕草あたりからきてるのかもしれないね。
「照れび」の影響。
急患
今朝職場のE先生がちょっとだけ遅く来て、なんでも具合の悪い人がいたので救急車がくるまでそばについていたんだそうだ。こちらの人たちは、近くで誰か倒れているのをみつけて立ち止まって声をかけたらちゃんと救急車なりを呼んで、救急車がくるまでそばにいるのが義務のようなんですよ。もちろん人道的にはそうするべきだけど、法律的にもそうしないと捕るよって言われた。日本でも、たとえば酔っ払った友人をそのまま置き去りにしてその友人が死んだら犯罪になるけどね・・・旭川では毎年酔っ払いが凍死しているし。でも日本では、見てみぬふりをする人が多いんじゃないかな、特に朝の出勤時間で急いでいるときなんかは。E先生は今週2度目だとか言ってたけど尊敬しちゃうね。
で、いつも思うのは、旅行中に乗り物の中で病人が出たときの事。特に飛行機の中では十分な診療器具の無い状態で病人の状態を把握しなければならず、引き返すか、近くの空港に緊急着陸するか、あるいはこのまま目的地まで行くかの判断を迫られる。ここで、問題になるのが飛行機会社の対応。アメリカの航空会社では、私は医者ですといって出て行った人は法的に守られるんですよ。ところが日本のある大手航空会社は、その患者に何かあった場合全く責任は持たないつまり医者が出て行った時点でその医者に全責任があるという立場を明言しているんですね。ということは「お医者さんがいますか」と聞かれ、人道的立場から手を上げた時点から全責任がその人に負わされる。何科の病気かも不明で自分の範囲外の病気かも知れず、診療報酬も何も伴わない善意で行う無償奉仕に対する対応としてはどうなんでしょうかね。
「だから日本企業は国際的にまだまだなんだ!」なんていわれるのも、ANAがち当たっているかも。
ホッケー
はじめてホッケーを見てきました。だって、家から歩いて3分のところに大きな会場があるっていうのに、一度も行かないって言うのはもったいないでしょ!はじめて入ったフリートセンターは、すんごく大きくて素晴らしい!うれしいことに、ビールの見ながらの観戦(年齢を証明するものを見せなさいって言われたけどね)。で、ホッケーなんてテレビですら見たこと無いしルールも全く知らない。しょっちゅう試合が中断されて、どんな反則があったのかも再開する位置の決め方(赤い点のある場所が多かったけどそうでないときもあったし)もわからん。そのうえ、一度中断するとなんだか大きなスクリーンにいろいろと映し出されて中断時間がやたらと長い。そのうえ、しょっちゅう選手が入れ替わっているけど、どういう時に替わっているのかわからん。と、わからない続きだったんだけど・・・面白かった!そのスピード感と迫力!スケーティングテクニックもすごくて、よくあんなふうに動けてよく転ばないなって感心してしまう。ゴールするたびものすごい歓声で、一緒になって叫んでた!いや〜スッキリ!この一体感というか良いなって思ったね。ま、はじめは、あのホッケーゲームを思い出してたんだけどね。手元の棒で、くるくる選手を動かしてやるやつ。なんだか懐かしかった。
本当によかった。いままで食わず嫌いでした。「僕的にホッケーはオッケー!」
Aida
先日Salome観てオペラなんかもう行かないって言ったばかりなんだけどね、雑誌見てたら「ヨーロッパで最大のオペラツアーがボストンにやってくる!」なんてあったもので、今度はイタリア語だしいってみようかなって思って行って来ました。今回は50ドルの席でやや左よりだったけど小さめの劇場なんでOK。ほんとに格調高い「ああっこれがオペラだな」って感じの歌い方で、途中本格的なバレーあり知ってる音楽ありでとってもよかった。前回のサロメは廃退芸術というか前衛芸術というかで、今回のが本当の正統派オペラだったんだなって気が付きました。ということで、前言撤回。で、イタリア語で歌ってて舞台の上のほうに英語の字幕が出てたんだけど、2人で出るときは別々の、3人では3人3様の、たくさんではもういくつものパートが一緒に違う歌詞で歌うものだから、ただでさえ、イタリア語がわからんのに、そんな沢山でいっぺんに話さないでよっ!って感じ。ま、意味が不明だけど、その盛り上がり方はとっても良かった。
でもね、オペラだからなのかもしれないけど、あかんぼの泣き声とか飽きてしまった子供の声とか一切なし。いいね。日本で劇場に行くとそういった雑音がとっても気になるんだけど、こっちでは大人が外出するときには子供をベビーシッターに預けてくるからね。逆にこっちでは日中でも12歳以下の子供を一人で家において置いたら訴えられるから面倒だけどね。
で、このオペラの主題はというと・・・「愛だ!」
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