2003/9/21

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RINRINがやってきた!


57    深夜の母子同室
2003/08/26 
この日は、最後の夜なので、深夜も同室することにしました。
退院してから慌てないように、経験しておく為です。
3時間おきに授乳なので、携帯で目覚ましをしました。
授乳は前後1時間ちょっとかかります。ふぅ。
片付けて横になり、少しでも眠ろうとするのだけど、ちょっとしたマトンの寝息とかでハッと目が覚めてしまう。。。
いやいや、大変だ!
結局よく眠れないまま、朝を迎えました。
これが、毎日続くのかぁ〜。
早く慣れなきゃ、体が持たないぞ!
 

58    最終日です。
2003/08/26 
いよいよ、退院の日です!
朝、赤ちゃんの診察がありました。
お母さんが一人一人呼ばれます。
マトンは・・・全く異常なし、との事!よかったね!
聴力、ビリルビン値もOK!血液型はA型!
退院に際してのおっぱい指導がありました。
毎日マッサージをしてくれていた助産師さん、「まだオッパイは張ってる?」
「張ります。乳輪も硬くなります。でも、授乳後は少し柔らかくなってます」
「そっか。じゃあ、だいぶ軌道に乗った感じね。」
そして、オッパイを見た後、
「母乳外来、予約しなくても大丈夫そうね。でも、何かちょっとでも不安があったら、予約して来てくださいね」と。
この病院では母乳外来もあって、個別に30分ずつ診てくれるらしいのです。
私もマッサージに通う事になるのかと思ってたのだけど、大丈夫との事。
授乳の手順は、
@乳頭圧迫→A前絞り10cc→B授乳5分×5分(×5分)→C1日1回、スッキリ後絞り!
基底部マッサージがなくなり、後絞りも1日1回になって、かなり楽になる感じ!
「保冷剤で、オッパイをしっかり冷やしてあげてね」
その後、病院では2週間健診があるので、その予約と、『赤ちゃんサロン』という集まりの予約をしました。
その後、沐浴をさせて、部屋へ。
沐浴も、マトンがおとなしいので、ちょっと自信!
 
 

59    産後のいろいろ。
2003/08/26 
さて、お隣さんのKさん。
いろいろお話もして、仲良くなりました。
体重と血圧の測定に一緒に行き、体重が減っていない事に2人でショックを受けました!
マトンの体重と、胎盤やら羊水やらの分で、5キロくらいは減っているかと思ったのに、全然減っていない!
マトンの体重分も減ってないんです!
出産直後なら減っていたのかもしれないけど・・・。
それから、ビックリするくらい、むくみがヒドイ!
特に足がひどくて、まるで象の足なのです!足首を動かすのも痛いくらい・・・。
足まくらを借りていましたが、全然効果なし。
「産後1週間くらいは、しかたないのよ。ホルモンの影響だから」といわれました。
でも、これは、ゼッタイ写真に撮っておくべき・・・。
後でゼッタイに笑えます!・・・撮っておかなかったことを後悔・・・。(>_<)
後は、後陣痛の痛みと、会陰切開の傷の痛み。
痛み止めをもらって飲んでいたので、楽だったけど、薬が切れた時は、座れなかった・・・^_^;
院内にはあらゆるところに円座があり、産婦はこれをしいて、座ります。
しいていないのは、切開をしなかった人か、帝王切開の人。
でも、帝王切開の人は、おそらくもっと術後の痛みがあったでしょうね・・・。
 
 

60    お隣さん2
2003/08/26 
いよいよ、退院ですが・・・。
オッパイ指導の後、Kさんと話していました。
すると、「ウチ、今日は私だけ退院なの」と・・・。
新生児黄疸が出て、光線療法をする様です。
「ホント?ちょっと黄色いかな?とは思ってたんだけど。」
「私、全然気づかなかった〜」
赤ちゃんは明日退院するそうで、「せっかくダンナは仕事休んで、退院に来てくれたのに、明日なんて・・・。私一人で、どうやって退院したらいいかなぁ」
そりゃー大変だぁ!
でも、彼女、予定日より一ヶ月早く出産になった為、家には赤ちゃんの用意をほとんどしていない、と言っていたんです。
「でも、今日の間、準備ができるじゃない!」
「うん。それは助かったよ」と・・・。
彼女の赤ちゃんは、時々入院になる様で、搾母の冷凍の仕方を教わっていました。
退院後も、時々連絡を取り合える様、メールを交換しました。
誕生日が同じ、マトンの初めてのボーイフレンド(?)だものね!
2週間健診で、会いましょう!

61    退院です。
2003/08/26 
さて、退院のために、ダンナが迎えに来ました。
私が退院準備をしている間に、お金の清算などをしてきてくれました。
婦長さんが部屋に来ました。
「退院、おめでとうございます。入院生活はどうでしたか?」
「大変だったけど、楽しかったです」
「よかった。でも、これからはキツイ事もあると思うから、無理しないで頑張ってくださいね。ご主人も、ママの体はまだ本調子ではないから、気遣ってあげてください。マタニティブルーで、ちょっとした事でイライラしたり、涙もろくなったりするかもしれないけど、わかってあげてくださいね」と・・・。
さて、退院の時のマトンのお洋服!
フリフリのベビードレスを着せているお母さんもいました。
私は、実は白いスカート付きカバーオールを編んでいたのです。
サイズ通りの大きさで編んでいたのですが・・・イザ着せてみると、大きい大きい!
着せている、というよりは、カバーオールの中でマトンが泳いでいる、という感じ!
「せっかくだから、ま、いいか!」といいつつも、抱っこもしにくい!こりゃ、いかん!
たまたま、赤いストライプのコンビ肌着を、母が持ってきてくれていたので、結局それを着せる事にしました・・・。
そして、荷物をダンナが持ち、マトンを抱っこして、ナースステーションへ。
退院手続きをします。
「ごめんなさいね。担当の助産師、今日は夜勤なのでお休みなんです。」
・・・あぁ〜残念。お会いしてお礼を言いたかったのに。
「よろしくお伝えください」
その助産師さんが、玄関まで見送りに出てくれました。
マトンちゃん、初めてのお外だよ!〜って、風が強かったので、慌てて車へ・・・。
ダンナの実家の車に着けたチャイルドシートに、マトンを乗せます。
これが初めてのこと。装着にも悪戦苦闘!
私も助手席ではなく、後ろに座りました。
「お世話になりました!」
 
こうして、私の入院生活は終わりました。
 

62    退院後
2003/08/28 
退院後、まずはダンナの実家へ行きました。
義母が、「お疲れさま〜」と迎えてくれました。
家には、ダンナのおばあちゃんや、おばさん達が集まっていて、みんなでマトンと写真を撮ったり抱っこしたり・・・。
マトンは人が多いのでビックリするかと思ったけど、意外と平気な顔で、スヤスヤ眠っていました。
私も夜はほとんど眠れなかったので、ちょっと眠らせてもらうことに・・・。
マトンが眠っている間に、別の部屋で横にならせてもらうと、あっという間に爆睡におちていたみたい・・・。
少し眠っただけでもスッキリ!やっぱり赤ちゃんが眠っている時は、体をやすめなきゃダメだね!
おばあちゃん達が帰った後も、ご近所の方たちが、次々にマトンを見に来てくれました。
お祝いもたくさんいただき、本当にありがとうございます!
夕食にうなぎをゴチソウになり、義父が帰るのを待ちながら、マトンの名前を考えます。
私とダンナの中では、ほぼ決定なんだけどね・・・。
義父も帰り、しばらくしてから、私の実家に帰りました。
ダンナは明日は自宅に戻るので、しばしのお別れ・・・。ダンナの方が名残惜しそう。
でも、マトンの為にも、お仕事がんばってね!

63    マタニティブルー
2003/08/28 
さてここで、マタニティブルーのお話。
出産で胎盤が出て行ってしまうことで、体内のホルモンバランスが大きく変わってしまうので、おおかれ少なかれ、どの産婦さんにも起こる事ではないかと思います。
私も、この時期には実は自分がマタニティブルーだとは感じていませんでした。
でも、後になって考えると、やっぱりマタニティブルーだったな、と感じます。
普段なら何でもないことなのに、ちょっとした事でイライラしたり、涙もろくなったり・・・。
私の場合は2週間くらいがピークだった気がします。
その間、一番大変だと感じたのは、子供の名前をつけなければいけないということ。。。
ダンナと私の間では、実はほぼ決めていた名前がありました。
でも、母に反対(・・・と言う程ではないけど(^_^.))されたんですね。
その時に、普段なら、どうしてその名前を付けたいのか、どういう意味でつけたいのか、と言う事で説得する事ができるのだけど、この時は、それをしようとすると、涙がポロポロでてきて、うまく説明できなくなるんです。
そして、「こんな風に言われるなんて、ホントに変な名前なのかもしれない・・・」と言うような、マイナス思考にどっぷりはまってしまいました。
まぁ、私の場合はそんなに大反対を受けた訳ではなかったけど、大反対されたりすると、きっともっと辛くなったと思います。
マタニティブルーは、ひどい場合は病院にかかったりすることもあるとか・・・。
病気ではないのかもしれないけど、結構ツライ事もあるので、産婦さんの周りの人の支えとか、理解が必要なんだな、と思いました。
そのためにも、マタニティブルーの事を、事前にダンナ様とかと、話し合っておくべきなのかも・・・!

64    命名
2003/08/28 
さて、そんなこんなでアタフタした命名ですが・・・。
私が退院した日にダンナと話し合い、結局初めから決めていた名前に決定する事にしました。
それは、私が妊娠前、いやいや、結婚前から「女の子が産まれたら、この名前をつけたい」と思っていた名前。
字も響きも気に入っていたし、こんな女性になってほしい・・・と言う様な思い入れもありました。
ダンナも賛成してくれたし、妊娠してから字画を調べた所、なかなかいい字画でもありました。
反対されて、一度は「変な名前なのかもしれない」と思ったり、「将来、それでいじめられるかもしれない」と不安になったりしたのだけど、その時、ダンナが一言。
「いじめられても、そんな事でへこたれない様に、この名前にしたいんじゃないの?」
そうか・・・そうだった・・・!
このダンナの一言で、私も決めました。
母に意を決して、(でも涙ながら、だったけど・・・(^_^;))この名前にすることを話すと、もう母も反対しませんでした。
母の為に付け加えておくと、母も元々、そんなに大反対だったわけではなく、ただマタニティブルーだった私が「反対された!」と受け取ってしまっただけなんだと思います。
退院の翌日、自宅に戻ったダンナは、その日の午後、区役所へ行き、出生届を出してくれたのです。
そして、記念に・・・と、新しく一人加わった住民票を一枚とり、それをFAXで送ってくれました・・・。
結婚して2人の住民票になったときも何だかくすぐったかったけど、3人になった住民票もくすぐったい感じ・・・。
 
こうして、マトンはRINRINになりました。

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