16世紀のはじめ、ドイツでは宗教改革者のマルティン・ルターが新約聖書と旧約聖書をドイツ語に翻訳しました。
ルター以前にもドイツ語に訳された聖書はいくつかあったのですが、当時のドイツは全国統一されておらず、多くの諸侯の領地に分かれていて、言語も数多くの方言があり、例えば、ある地域のドイツ語は別な地域のドイツ人には理解されないといった具合でした。
そのためルターは、国中の誰でも同じように読み、理解することができるように、特定の地域の方言ドイツ語ではなく、全国的に通用する標準ドイツ語による翻訳を行いました。このルター訳聖書の誕生は、標準ドイツ語の普及に役立ち、ドイツ語の統一という分野でも大きな貢献をしたのです。
また、ルター訳聖書がそれまでのドイツ語訳と違っていたのは、ウルガタ訳(ラテン語)からの重訳ではなく、直接、聖書の言語(ヘブル語、ギリシャ語)からの翻訳だったことでした。
これによりルターは、ウルガタ訳に含まれている旧約聖書の中に、ヘブル語の原典が存在しない文書がいくつかあることに気づきました。それがいわゆるアポクリファ(旧約外典)と呼ばれる文書です。そのためルターは、それらの文書を旧約聖書と区別して取り扱い、これがきっかけでプロテスタント諸教派においては、旧約の正典と外典の区別を明確に意識するようになったのです。
しかし、プロテスタントで用いる聖書においても、それ以降もアポクリファ(外典)はそれまでと同様に収録され続け(一部で除外した聖書も散発的に発行されましたが)、現在のように新旧正典のみの聖書が公式に発行されるのは、1827年に英国聖書協会と米国聖書協会は聖書からアポクリファを除くという決定を下すまで待たなくてはなりませんでした。
ルター訳聖書は1522年に新約聖書が完成し、その後も旧約の各巻が順次翻訳されていきました。そして全巻の翻訳が完成した後も、引き続いて改定が繰り返され、それはルターの生前だけでなく死後も行なわれ、現在に至るまで続いています。従って現在出版されているドイツ語聖書には「ルター版」と書かれていますが、最初にルターが翻訳したときと全く同じではありません。
聖書の成り立ち目次ページに戻る
|