戦後になって、聖書の翻訳をそれまでの文語訳から、分かりやすい口語訳にしようという気運が高まり、明治時代から日本での聖書の出版事業を行なってきた北英国聖書協会、英国聖書協会、米国聖書協会の日本支社を引き継ぐ形で、日本聖書協会が設立され、口語訳聖書改訳委員会が組織されて、1954年(昭和29年)に新約聖書が、1955年(昭和30年)に旧約聖書が出版されました。
この時期には、キリスト新聞社の「新約聖書口語訳」や、カトリック教会の「バルバロ訳」も出版され、これらのいずれも「口語体」で翻訳されていますが、一般に「口語訳聖書」と言うときには、日本聖書協会のものを指します。
しかし、この協会版「口語訳」聖書には、二つの方面から批判が起きました。まず、それまでの文語訳に親しんできた世代の人々から、「口語訳は、文語訳の荘厳な文体と比較して余りにもダラダラして締まりがなく、礼拝で語られる神の言葉としてふさわしくない。それ以前に、まともな日本語にさえなっていない」と酷評されました。
更に、聖書信仰を掲げる福音派陣営からは、「口語訳聖書の翻訳には、近代高等批評学を重視する自由主義的立場の傾向が強く、イエス・キリストの神的権威が故意におとしめられている」という批判が起こりました。
このように前途多難な出発をした口語訳ですが、この当時には、それまでの文語訳聖書と、新たに翻訳された口語訳聖書の他には、プロテスタント教会の礼拝で使用に耐える翻訳がなかったこともあり、文語訳に代わって日本の諸教会で次第に広く使用されるようになり、やがて文語訳を知らない戦後世代が増加するに従って定着してゆきました。福音派の諸教会においても、翻訳に不満はあったものの、他に使用する聖書がなかったこともあり、口語訳を使用せざるを得ないのが実情でした。
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