第4回「70人訳(セプトゥアギンタ)」

故国イスラエルを離れて外国で暮らしていたユダヤ人のことをディアスポラと言いますが、当時の国際語はギリシャ語であったため、彼らは次第に母国語であるヘブル語の読み書きができなくなりました。また、外国人でユダヤ教に改宗した人たちも当然のことながらヘブル語は分かりませんでした。

そのため、エジプトのアレキサンドリアを中心に、紀元前3世紀の中頃から紀元前1世紀にわたって、ユダヤ教の聖書(タナック)がヘブル語からギリシャ語に翻訳されました。これを「70人訳(セプトゥアギンタ)」と言います。伝説によると(旧約偽典の「アリステアスの手紙」に詳しい話が書かれています)、有名なアレキサンドリア図書館を建設したエジプト王プトレマイオス2世の命令でユダヤの国から招かれた72人のラビが、ちょうど72日間で「律法(トーラー)」の翻訳を完成したため、この名がついたと言われています。

もちろん、これは神格化された伝説で、実際には、もっと長い時間をかけて少しずつ翻訳されたと考えられますが、それを差し引いても、70人訳の持つ意味は非常に大きなものがあります。

70人訳には、ヘブル語のタナックの他に、ヘブル語原典がないオリジナルの文書も含まれており、これを「アポクリファ」と言います。紀元90年頃に開催されたユダヤ教のヤムニア会議でユダヤ教の正典が決定されたとき、アポクリファは正典には入れられず「外典」とされました。

しかし、新約聖書を書いたパウロたち初代のクリスチャンたちは、旧約をヘブル語のタナックではなく、ギリシャ語の70人訳で読んでいたため、初代教会は旧約と共にアポクリファも聖書として採用し、そのような経緯があって、カトリック教会で用いられる聖書には、現在でもアポクリファが「第二正典」「旧約続編」として含まれています。

このあたりの事情については、私のHPの「新共同訳新共同訳聖書と旧約続編(アポクリファ)」をお読みくだされば、詳しい経緯が載っています。

「新共同訳新共同訳聖書と旧約続編(アポクリファ)」を読む




聖書の成り立ち目次ページに戻る



最初のページに戻る