新約聖書は「福音書」「使徒言行録」「パウロ書簡」「使徒書簡」「黙示録」から構成されています。福音書は4つあり、またパウロの手紙は、文字通りパウロが著者である手紙と、パウロの名前による(別の著者の)手紙に分類することができます。
これらの新約諸文書のうち、最も初期に書かれたのはパウロの「テサロニケ人への第一の手紙」で、紀元50年頃だと考えられています。主イエスが十字架に掛けられたのが紀元30年頃ですので、その後、20年近くが経ってから初めて新約聖書の一部が書かれたのです。手紙よりも福音書の方が早く書かれたのではないかと思われる方もおられると思いますが、福音書が書かれたのは更に遅く、福音書の中で最も古い「マルコによる福音書」が書かれたのが紀元65年頃なのです。
最初期のクリスチャンにとって、主イエスは、直接身近に接したお方であり、主イエスの直弟子である使徒たちがまだ存命だったことや、昇天された主イエスがすぐに再臨されると信じていたことなどの理由で、主イエスの教えや公生涯の記録を文書で残す必要性はあまり感じなかったのではないでしょうか。
しかし、10年、20年と時が過ぎ、主イエスと直に接した第一世代のクリスチャンたちが年をとり天に召されていく一方で、主イエスはなかなか再臨しないし、またローマ帝国による迫害による殉教も身近に迫ってくるという切迫した状況の中で、パウロは諸教会を立て上げ、教え、励ますために手紙(手紙というよりも一種の回状)を書いて信徒を教育し、力づけ、また、福音書の記者たちは、主イエスの十字架と復活を頂点とする公生涯の物語を記します。
そして次第に教会が形作られてくると、それをより体系化、組織化するための規則のようなものが生まれて文書化され、手紙という形で回状が書かれて諸教会に送られる。また、教会の信仰告白文が手紙の一部に書かれたりします。
更に一世紀の終わり頃になると、ローマ帝国の迫害も激しさを増して、以前の皇帝ネロによる迫害のような悪魔的な状況を帯びてきたため、信仰のゆえに死の危険にさらされている信者を励まし、希望を与えるためにヨハネの黙示録が書かれたのです。
これらの新約文書が書かれたのとほぼ同じ時代(紀元1世紀〜2世紀初め)には、現在、新約聖書となっている文書以外にも多くの文書が執筆されました。それらは、現在、「新約外典」や「使徒教父文書」として残っています。
4つある福音書のうち、マタイ福音書は、マルコ福音書をベースにしてマタイ独自の資料と、Q資料と呼ばれるイエス語録資料をもとに執筆されたと考えられています。同様にルカ福音書は、マルコ福音書とルカ独自資料、そしてQ資料をもとに執筆されたようです。このQ資料は現在では残っておらず、あくまでも仮説なのですが、マタイとルカだけに共通の語録資料としてその存在が想定されています。
ヨハネによる福音書はマタイ、マルコ、ルカの共観福音書とは別の流れに属しています。以前、ヨハネ福音書は、その史実性に疑問が持たれていましたが、現在では史実の信憑性が見直されてきています。
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