古代から中世にかけて、書物は1冊1冊、人間の手によって書き写されることにより作成されてきましたが、しかしそれは非常に手間とコストがかかり、限られた部数しか作成できませんでした。一部に、木版による印刷はありましたが、これはいわば版画と同じで、簡単な絵とかチラシのような限られた印刷しかできませんでした。
この問題を解決したのが、15世紀ドイツのマインツという町に住む金属加工職人ヨハネス・グーテンベルクでした。彼は、個々のアルファベットごとに鋳造された金属活字を組み合わせて版を作り印刷するという近代的な印刷技術を発明し、実用化しました。これによって書物は、写本による時代から印刷による時代へと発展し、大量の書物や印刷物が世に出回ることが可能となったのです。
マルチン・ルターによって始まった宗教改革運動が成功した背景には、新しい思想がパンフレットに印刷され、それをヨーロッパ中の人々が直接手にとって読むことができたことが大きな要因として挙げられますが、それもグーテンベルクの発明した活版印刷技術によるものだったのです。彼の発明がなかったら、宗教改革は失敗していたかも知れません。
グーテンベルクは様々な苦労や工夫を重ねて、ようやく実用に耐える印刷技術を確立したのですが、彼が最初に印刷した書物が聖書でした。それは当時のカトリック教会で公式に使用されていたウルガタ訳で、1ページが42行に組まれていたので「42行聖書」とも呼ばれています。
この聖書は1455年に印刷が開始され、約180部が製作されたと言われていますが、現在、製本された形で残っているのは48部に過ぎず、日本では1987年に丸善がオークションにおいて7億8000万円で落札し、1996年に慶応義塾大学に納品したのが唯一のものです。
グーテンベルク聖書は、基本的に文字のみが黒で印刷されました。一部、赤い文字の部分が印刷された場合もありますが、2色刷は非常に手間がかかるため、赤い文字の部分は空欄にしておいて、後から手書きで書かれたようです。また、各書の最初のページを見ると、最初の文字が巨大な飾り文字になっており、さらに余白には非常に美しい装飾が描かれていますが、これらも全て手書きです。これらの手書きによる追記は、購入者が自分で職人に依頼して描かせたものです。製本についても同様で、グーテンベルクは印刷した聖書をバラバラの状態で出荷し、購入した人が自分で職人に依頼して製本したのです。ですから、現在残されているグーテンベルク聖書には一つとして同じものがありません。
その意味で、グーテンベルク聖書は完全な印刷本というよりは、手書き本と印刷本の中間のようなものかも知れません。実際、グーテンベルクは、版を伝統的な写本の場合と同じ様式で組んでいるので、一見すると写本なのか印刷なのか区別ができないほどです。
ちなみに、印刷によりコストは大幅に削減されたとは言え、現在のような大量印刷ができるわけでもなかったため、写本に比べて安価になったとは言え、販売価格は決して安いものではなく、現在の価格に換算して百万単位の値段だったようです。
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