■待望の妊婦さん


●最終生理
1月7日
最後の生理

●妊娠発覚
2月10日  
ふと、妊娠しているような気がした日。妊娠検査薬を購入したが、反応はなし。当然である。
ちょっと、検査の時期が早かった(笑)
2月15日  
まだまだ妊娠の疑いを拭えず病院へ。現在の産婦人科の妊娠検査方法って、超音波で子宮を写して確認する方法。
診察台に横になってお腹を写した所・・…いました(^o^)でも、見えているのは赤ちゃんではなく、赤ちゃんが入っている小さな袋らしい。
嬉しい反面、私は過去に2度の妊娠を経験。2回とも流産しているので、不安が大きかった。
先生にも「安心はできない」と言われた・・…。
「頼むから無事に産まれて頂戴!」それだけの祈っていました。

●3ヶ月目
3月16日
超音波には、赤ちゃんの姿がバッチリ見えた!頭と、胴体! そして、尻尾?
尻尾はなくなるらしいけど・・…不思議。手と足もまだない。
この時期、凄く眠い! 大事を取って仕事もお休みして、ずっとお布団で寝ていたけど、いくら寝ても寝たりないくらい眠かった。それと、軽いつわり・…。今回が3回目の妊娠ではあるが、1度目は4ヶ月目で流産。2度目は2ヶ月目の早期だった。だから、つわりは今回が2度目の経験。1回目の時のつわりは、とにかく「グレープフルーツ」などの柑橘系と「冷麺」が無性に食べたかった。食べられないほど気持ち悪いわけではないが、とにかくそればっかり。そのおかげでグレープフルーツの酸味と、冷麺の辛味で胃を悪くしてしまった事があった。しかし、流産後、パッタリとこの2つには見向きもしなくなる。グレープフルーツに関しては今でも食べたくないほどです(笑)


●4ヶ月目

4月1日
超音波でみる赤ちゃんには、手と足が生えてる(おたまじゃくしか!?)
なんだか、くまさんのぬいぐるみみたい。すごくかわいい!
でも、この写真片手にみんなに見せびらかしていたら「親ばか」って言われちゃった。本格的なつわりがやってきた。食べたら吐くというほどではないが、吐き気がする。まるで、二日酔いでご飯を食べたくないような気持ち悪さ。まだまだ油断は出来ないが、安定してきていると言われたので仕事へ復活。ちなみに、仕事は今の旦那が経営していた会社だったので、その点は融通がよく効いた。



●5ヶ月目
5月10日
超音波でみる赤ちゃんは、もう人間らしい形になってる。
足も長くなっているし、どこから見ても人間の形になってる!お腹も少し目立ち初めて来た!
55月14日
この日初めての胎動を実感!「ポコン! ポコン!」とお腹の中で空気が弾けているような間隔!
しかも、定期的にポコン!ポコン!となってる。
後で知ったが、これはお腹の中で赤ちゃんがシャックリをしているらしい。この時期、4日程便が出なかった。
私は元々便秘体質ではないので、4日も出ないのは初めて。
でも、いつか出るだろうと思っていたら、1週間頃友達が・・…「何のんびりしてるの? ウンコが出ないと大変なんだよ! 早く病院へ行ってきなさい」と言われ、焦って病院へ。
先生もビックリして「2〜3日出ない時は早く病院へ来ないと大変な事になるよ!」と……。
だったら最初の注意事項で言ってくれ・…( ̄∇ ̄;) しかし、この先生。
とっても評判がいい。何ていうのか、とにかく優しい感じ。
目を見て話しをしてくれるし、笑顔も優しい。先生が優しいから、看護婦も親切で応対がいい。
この時期、つわりが治まりかけているけど、まだ気持ちが悪い。妙にお寿司が食べたい気分に。
しかし、実際食べると吐いてしまうのはわかっていたので我慢する毎日でした(笑)

●6ヶ月目
6月10日
遂に安定期に突入。流産の心配は免れたヽ(^o^)丿そして、超音波でみる赤ちゃんには・・・・・・・。
なんと!おチンチンが見えてる(笑)

私の通っている産婦人科の先生は、性別を教えてくれない先生でした。
「産まれるまでのお楽しみ」と言うことで内緒にしちゃうらしい。
それは以前に友たちから聞いていたので、あえて先生には聞かなかったけど、先生は密かに焦ってた(笑)
超音波の位置をずらして、顔を強調! きれいにおチンチンが写っていたけど、わざと顔を強調した写真をくれた。
でも…うっすらとおチンチンが見える(笑)男の子が産まれるんだと思うと・・…。
本当は女の子が良かったけど、まあ元気に産まれてくれれば、どちらでも一緒!
ちなみに、女の子が欲しかった理由は「お手伝いをしてくれる」そんな理由でした(笑)
つわりから、完全に解放された。お祝いにお寿司を食べたよ!
この時期から、マタニティ用の服じゃないと入らなくなってきた。
腹帯をしたりするらしいが、私はそう言えば何もしなかった・…。
元々、ブラジャーもしないタイプだったし、体を締め付けられるのが苦手なので、下着はマタニティ用の大きなパンツのみ買いました。

●7ヶ月目
7月9日
この日初めて旦那と一緒に超音波の赤ちゃんを見た。
赤ちゃんにはもうしっかり背骨が出来ていて、成長も順調らしい。
なかなか目立たなかったお腹が一気に大きくなってきた。
今月から、診察は月2回。結構病院へ来る日が楽しみな私。
赤ちゃんの成長振りを超音波で見れるのがすごく楽しみでした。
7月23日
この日は、赤ちゃんが指しゃぶりをしている所が見えた。
胎動も激しくなって、とっても元気!この時期、仕事などのストレスにより、止めていたタバコを吸い始めた・・…。
本数も、妊娠前とあまり変わらず・・…2箱位・…。
タバコを吸っていると、低体重児・早産・流産の危険性が高くなるらしいが・…。
この時期、実家の母から里帰り出産を勧められるが・…。仕事が残っているため、里帰りはしなかった。

●8ヶ月目
8月2日
赤ちゃんのおチンチン。もろに超音波に写ってる。
もう先生も隠しようがないらしく、わざとらしく位置をずらしながら笑って誤魔化してる(笑)
そのリアクションがおかしくて、私もあえてその話題には触れずにいた。
そろそろ、お産の準備をするように薦められた。だけど・…、「暑い!」あまりの暑さに何もする気になれない。
家のクーラーは、効きが悪く、毎日車でドライブ。車のクーラーで涼みながら、毎日毎日ドライブ(笑)
車の振動って、あまり良くないみたいだけど・…。
しかし、この暑さのせいで、私の血圧は80を切ることも多くなり、家事ができない状態にまでなっていた。
しかし、高血圧と違って、低血圧は治療のしようがないため、諦めるしかないらしく、家事放棄宣言をしてゆっくりしてました(笑)そう言えば、マタニティ体操や、乳首マッサージ。あれもしなかった。
だって、あまりの暑さに体が全く動かない。タバコは吸ってる、体も動かさない。
こんな調子でいったい・…と、何度も不安が襲ったのも事実。
しかし…無理してストレスになるよりいいかなと思い、気楽に過ごしました。
8月30日
この日、あかちゃんのおじいちゃん(旦那のお父さん)が亡くなった。
お腹の赤ちゃんもショックだったのか、お腹が張ってきたけど、大丈夫でした。
おじいちゃんも楽しみにしていてくれたけど・…とても残念でした。

●9ヶ月目
9月13日
日この時期、私の体は既に赤ちゃんに占領されている感じ。体も重く、体重も一気に増えた。超音波では、赤ちゃんの内臓の様子まで分かるらしく、とても順調らしい。初期の頃は小さめだった赤ちゃんも、この時期には一気に大きくなりすぎた感じ。先生からも「あまり大きくなるとお産の時大変だよ」と言われたが・…。食欲が止まらなくなっている状態の私。 夜中に近所の焼き肉屋さんに行くのが日課になっていた。そろそろ色んな準備をしなければならない時期。ベビー用品とか、ベビー服とか色々。でも・…。何をどの位買ったらいいのか迷ってしまう。とりあえず、ベビー服は全種類の下着を2枚ずつ購入。ミルク類は、母乳の出具合をみて考える事にした。勿論、ベビーベットや大型のものも、一切買わなかった。色んな情報で、あれは無駄だったなどと、無駄なお話しばかりを聞いていたので、何を買ったらいいのか迷ったので、全て産まれてから考えることにしました。そういえば、この頃、ものすごくうつ伏せで寝たかった(笑)

●臨    月
10月1日
とうとう、臨月に突入!やっとでここまで来れた喜びと不安が入り混じってちょっと、複雑な心境。自然分娩の形をとっている病院では、お産の時の呼吸法などの指導もなし。その代わり、呼吸法のビデオを借りることが出来るのだが・…モデルのお姉さん。優雅に呼吸法の説明をしてる。 この優雅さが、お産の時の大きなギャップとなった(笑)だって、いきみの練習法でも優雅に軽くやっているから、こんなモノかと思っていた(笑)この時期、私は1年で一番忙しく、過酷な時期。会社の決算をしなければならなく、毎夜徹夜で、タバコ片手に決算を頑張ってた。こんなんで無事に赤ちゃんが産まれるのかと不安な反面。今産まれたら仕事が・…という思いも。臨月なのに・・…。この時期の赤ちゃんは、かなり元気に動きました。お腹を蹴られるのが痛いとくらい(笑)時々、ひゃっくりしてたり、多分お腹の中で伸びているらしく、お腹が縦に伸びたり、横に伸びたり・…(^o^;) グルグルお腹の中を回っているような時もある。子宮口の方を蹴られると、尿道がしびれる感じもしました(笑)でも、臨月に入っただけで些細な変化で、すぐに「産まれるかも」「陣痛かも」と思っていしまう(笑) 検診の時に、先生から「破水をする可能性もあるので気をつけて下さい。特に、小さな破水は気付かないことが多いので、下着の湿り具合には特に注意してね」と言われたその夜。下着が湿っている気がして来た。先生は、最初からあまり多くの注意事項を言わない。多分、言うことによって気になってしまう人も多いからではないかと思う。それを証明するかのように、私はもう、下着の湿り具合が気になって気になって、今日の検診で先生が言ったことは、既にそういう兆候が見えていたからではないかとまで考えていた。と、言うことで、夜中なのに電話をして病院へ。幸い破水ではなかったが、先生はとっても眠そう。明らかに今まで寝ていた顔・…それなのに、先生も看護婦さんも「心配になったらいつでも来て下さい」って、笑顔で応対してくれた。この時、この病院にして本当に良かったと実感。(本当に優しい先生や看護婦さんたちだったので、産後の小児科探しに苦労(笑)みんな、応対が悪く見えて、結構病院探ししました(笑)

●予 定 日
10月28日
遂に予定日の日。妙にドキドキしていたけど…病院へ行っても、まだ生まれる気配なし。しかし、赤ちゃんは、きちんと子宮口に頭を突っ込んでいつでも産まれてくる準備が出来ているらしい。ただ、私の方が・・…(* ̄∇ ̄*) 子宮口が硬く、今日、明日には産まれる気配なし・…と言われた。ホッとしたような、ガッカリしたような気分で岐路に・・…予定日ともなると、出産への痛みを生々しく想像してしまう。痛いとは聞いているが、いったいどこが痛いのか・…? 母やおばは腰が痛かったと言っていたし、生理痛に似ているとも聞く…しかし、私は生理痛の経験がない。中学生の頃、生理痛の酷い友達がいたけど、彼女はお腹が痛いとしゃがみ込むこともしばしば。その時、必ずと言っていいほど、「生理痛って、出産の時の陣痛の訓練だ」と言っていた(笑)「出産の痛みは、この10倍くらい痛いんだって」と・・…。 鼻から、スイカが出てくる痛みとか、人格が変わる痛みとか・…(笑)ただ、そんなに痛くなかった、と言う人もいたし、分娩台に上がる前に産まれてしまったという人も・…(笑) とにかく、ココまで来たのだから頑張るしかないと思ったのは確か。だけど、本当はあまり考えないようにしていた。お産の本も読んでいなかったのが事実。読むと、ちょっと不安と恐怖が・…(笑)
10月30日
今日も、病院へ。それでも産まれる気配なし。やっとのことで決算も無事終了したお陰で、私の精神はお産へ集中。1分1秒後には、陣痛が来るような気持ちがあった。この時の旦那の気持ちはと言うと・…「本当に産まれるのかな?」だったそうです(笑) 朝起きたら、大きなお腹は小さくなっていて、何事もなかったかのようにまた、元の生活に戻るような気がしていたとか…(笑)
11月1日
まだまだ、子宮口が硬く、産まれる気配なし。もう、いつ産まれてもいい状態。これからは、胎盤が古くなっていくだけなので、これ以上お腹の中にいてもいいことはないらしい。赤ちゃん自体の準備は万全。と、言うことで、私は子宮口を柔らかくする注射を受けた。安産の条件とは、まず、子宮口の開きと同時に赤ちゃんが出てくる準備をしていること。難産の中には、赤ちゃんがなかなか出てこない場合がある。それは、赤ちゃんが子宮口に頭を入れていないかららしい。子宮口が開いているのに、上の方で呑気に遊んでいるから時間もかかって、難産になると聞かされた。その点私の赤ちゃんは、半月も前から、しっかりと出てくる準備が出来ているお利口さんで、「安産が期待できるかな」と言われた。しかし…、そんな言葉には騙されない( ̄∇ ̄;) ハッハッハッ 多分、難産になると固く信じていた(笑)この日、注射をされた帰り道。車の中で何だかお腹が張っているような気になった。単純な私は、注射をされただけで、もう産まれてくる気持ちがいっぱい。家に帰っても産まれそうで、お腹が気になって無言状態(笑)しかし、夜中・…。お腹が張っているような気持ちに。でも、すんなり入眠してた(笑)
11月2日
珍しく早起きをした。朝の6時。陣痛らしきものが…。そう、陣痛でした。




出産に対する私の想像


本を読み漁る限り、出産とは、長期戦!
陣痛の合間にご飯を食べたり、陣痛が襲ってくるたびに、旦那様に腰をさすってもらったり、マッサージをしてもらったり…。 
それでも、痛みが酷くて、下手くそな旦那のマッサージに文句をつけてケンカをしてみたり。
私の母親が、すごい難産だったため、遺伝で私も、長時間苦しむものだと覚悟をしていた(笑)
しかも、夜型人間の私の場合、出産も夜中だと信じていた。
そして、あまりの長時間のため、帝王切開へ・・…
そんな想像をめぐらしいたのが下記に記しております(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

●午前3時頃 陣痛に気付く 間隔は、1時間間隔
お風呂に入って、体を洗う。
長期戦のため、軽く食事をとる。
入院準備の最終チェックをする。
合間に陣痛に苦しむ。
育児書を読んで、勉強をする。
呼吸法のおさらいをする。

●午前6時頃 陣痛の間隔が少し短くなり、痛みが強くなる
陣痛の間隔は、まだ、40時間位。
陣痛の最中でも、まだ少し余裕で笑ってる。
性格上、冷静に痛みの分析をして、周囲に伝える(笑)

●午前11時頃 陣痛は、30分間隔。痛みがすごくなる
とりあえず、病院へ電話をして、指示を仰ぐ(「病院へ来て下さい」と言われると予想)
病院へ向かう途中で、コンビニにより、食料と飲み物を調達。

●午前12時頃 病院へ到着
病室に通されて、先生と看護婦の指示をもらう。
陣痛の合間に軽く、食事と、入院用の荷物を整理。
陣痛が強くなり、旦那に腰をさすってもらう。

●午後2時頃 陣痛の苦しみと闘う
陣痛の間隔が短くなって、笑顔も消える。
痛みのあまり、変な体制になる。
旦那の軽い口調や、行動に腹を立てる。
旦那の誠意のないマッサージに怒り、ちょっとしたケンカをする(笑)

●午後5時頃 そろそろ、分娩室へ向かう
母の経験上、腰に激痛が走り、いきめなくなりかなり難産と言うことで、私もかなりの難産になると覚悟。
いきみたいのに「まだ、いきんじゃだめ」と言われ、苦しむ。
その間の体力消耗は激しく、失神寸前。

●午後10時頃 なかなか産まれないために・・・・
「帝王切開にして下さい」と叫ぶ(笑)
  (帝王切開は楽というイメージが強かった。しかも、保険&生命保険も使えるし(*≧m≦*)
それでも最初は「頑張れ」と言われるが・…

午後12時頃 とうとう、帝王切開へ
夜中、我が子は誕生する

と、まあ、こんな感じで、私の出産は進む予定でした(笑)

しかし、現実は・・・・




■いざ出産


●午前6時      陣痛が始まる
1時間間隔と思い、少し余裕をかまして、のんびりしていた私。
しかし、陣痛の合間…つまり、食事をとったり、お風呂に入ったりするほどの、痛みに対する余裕がない(すごく痛かったわけではないが、常に陣痛のような感覚があった)
そのせいか、陣痛が始まってしばらくは、半信半疑のまま陣痛の間隔を確認しがてら、本を読み漁り確認してた。
しかし、本を読むと・…、まるで、自分の症状は、既に陣痛20〜15分間隔のような気がして来たので、病院へ電話。「10分間隔なら来て下さい」と言われた。
しかし、何分間隔なのか、まだ良くわからなかった私。でも、とりあえず、病院へ。

●午前7時30分      自宅を出発
自宅から、病院までは、車で約20分。しかし、時間はちょうど、朝の通勤ラッシュに重なる。
でも、まだ余裕? いや、間に合わないかも! という、不安が行ったり来たりしてた。
この時の不安の一番は、処置をしてもらう前に、生まれてしまう事。
処置をする前に赤ちゃんが生まれて来ると、産道に負担がかかり、後の処置が大変になると聞いていたから、それが一番の不安だった。

●午前8時頃 通勤ラッシュに巻き込まれた車中では…
陣痛の間隔は、な…なんと、15分間隔。
早すぎると言うのが、本音。
そして、痛みも強くなってきた。痛みを表現するなら…、「鼻からスイカが出るような痛み」などと聞くが、そんな現実離れした表現ではなく、
「スイカ…いやメロンほどの大きくて硬いウ○コが、出そうで出ない。出したくてもトイレがなくて、我慢していなければいけない。もれそう」って感じ(笑)
その感覚と同時に、ちょっとキツメの電気風呂で、腰を当てているような痛みというか、ビビビッ! ビビビッ! という感じの痺れのような感覚もあった。
その時、お腹の下の方は(子宮)は、明らかに硬くなってた。これが、張っているという、お腹の状態なんだと実感。

●午前8時30分 やっとで、病院へ到着!

私の状態は、もう顔面蒼白・冷や汗状態。下痢を我慢しているような感覚にも似てた(笑)
先生の問診と内診を受け、「いよいよだね。頑張ってね!」と言われ、顔面蒼白・冷や汗状態でありながらも、笑顔で頷いた。多分笑顔は引きつっていたと思うけど(笑)

●午前9時 さあ、病室へ
病室へ案内されてから、20分。看護婦さんは来ない。
それなのに、陣痛の感覚は、益々縮まっていく。
やっとで来てくれたと思っても、入院の説明や、電話の使い方などの説明をはじめる。
その時、私の中では、「もう、産まれます」と言いたくなるような感覚だった。
それでも、通常朝の6時に陣痛が始まってその3時間後位では、そうそう生まれないと思って、病院側が余裕をこいているのだと思っていた。
だけど、説明の最中も陣痛は続く。しかし、私は初産。あまり、騒いでいると、大げさだと思われそうでなかなか言い出せない…。
でも、本当に今にも産まれそうな感覚にかなり焦っていた。
陣痛が耐えられないとか、怖いっていう事ではなくて、出産前の準備には、「消毒」「導尿」「会陰切開」などあるけど、これは理由があるから行うものと認識。
しかも、導尿は、膀胱に尿が入っていると、出産時の圧迫で膀胱が破裂する危険性があるから必要なのだと聞いていたし、会陰切開の前に産まれると、
産道がギザギザに裂けてしまい後々まで処置が大変だと、友達からの生証言も聞いていたので、その恐怖が強かった。
大げさに痛がるのは好きじゃないけど、ここは、ちょっと大げさにするしかないと思い、話も聞けない位痛いという態度を密かに示した。
と言うより、陣痛の来る感覚も短く、一度来るとしばらく痛かった。
その効果があってか、「じゃあ、分娩室へ行きましょう」と言われて、一安心。いざ分娩室へ

●午前10時 分娩室へ
子宮口は、まだ開ききっていないらしく、「お昼過ぎかな…」と言われた。
でも、ずっと陣痛が来ているような状態。休む間もなく、次から次と襲って来る。
正常なら、我慢できる痛みではあった。この時の不安は、子宮口がまだ、完全に開いていなくても、赤ちゃんはもう、出てきたがっているのか、子宮口を一生懸命押している感じ。
その勢いに負けて、完全に開いていない子宮口をこじ開けて出て来るのではないかという、不安があった。
とにかく、ちょっとでも、子宮口や、産道に負担がかかり、後々残りそうな気がして、それが怖かった。
しかし、分娩室の中。年老いた助産婦と、看護婦が1人。2人とも、私を無視して何か、作業をしている・…。
もう、私の心の中は「そんなことしてる場合じゃないよぉ! 今すぐにでも産まれそうだから、ちゃんと見ててくれ!」と叫びたい感じ。
だから、通常は我慢強く痛みに耐える私も、ちょっと大げさな息使いで、痛みをアピール(笑)「まだ産まれないから、安心しましょうね」とか、「落ち着きましょう」と言うような言葉でもあれば、大分痛みも違ったと思う。
だけど、状態としては、もう出て来そうな感じ。でも、「いきんでいい」という許可が出るまでは、いきんではいけないと、学んでいた私ですが、心持ち密かに、いきんで見たりしてた。
いきむと少し楽になれる。お産の苦しみの一番は、いきみたいのに、いきめないとも聞いていたので、それを実感できる瞬間でもあった。
そんな、密かな私のいきみをどうやら、助産婦さんは、気付いていたらしく、「いきんで楽ならいきみなさい」と言われた…が、しかし、この助産婦さん…助産婦というより、産婆さんみたいな感じの高齢の方。
昔の人は、お産に対しては適当な気がして不安になる。(お産は、病気じゃないとか、放っておいても生める…みたいな感覚)実際は、結構親切だったけど、やはり、初心者。
様々な不安が頭をよぎる(笑)

●午前11時 いきみ開始
とりあえずいきんでもいいという許可がでたので、そこからは、無我夢中でいきんでた。
でも、子宮口はまだ、完全には開いていなかったらしい。
だけど、いきむと少し楽になるので、どうしてもいきんでしまう。と、いうか、体が勝手に、いきむように反応してしまう。

●午前11時30分 先生が来た!
外来の診察の合間に、先生が来た。
そろそろか…と思い、ちょっと安心。しかし・…、助産婦と先生が、何かヒソヒソ話・…。
も…もしや、ヤバイ状態!?( ̄□ ̄;)
しかし、私には、まだ冷静に受け答えが出来る、体力と気力があり、笑顔を見せる余裕すらあった。

●午前12時頃 本格的にいきみ開始!
看護婦さんの交代の時間でもあり、看護婦さんが続々と分娩室に入ってきた。
その頃には、もう、苦しみのピークだったような気がする。
ただ、いきみっぱなしでもあったせいか、意外と楽な気もした。

●午前12時30分? そろそろ!?
午前の診察を終えた看護婦さん達も続々と分娩室に入ってきて、旦那も呼ばれた。そろそろかと思いつつ、頭の半分はもうろうとしていた。
痛みが来るたびに体は硬直して、目を閉じてしまう私に、看護婦さんたちは目を閉じないように薦める。
目を閉じると痛みに集中してしまう為らしい。とにかく目を開けて呼吸法!
「赤ちゃんの頭が見えてきたよ!」と助産婦さんの言葉に、いつの間にか多勢の看護婦さんたちに囲まれ、口々に「頑張って」とか、「もう少しだよ」と励まされた。
この時、いきみの感覚というか、手応えは感じていたが、私の感覚としては、子宮口から頭が見えているものだと思っていた。しかし、実際は既に頭は産道に入っていたらしい・・…。
しかも、私はいきみ方が下手くそだったみたいで、なかなか産まれて来ない。
「うんこをするようにいきんで!」と、しきりに言われたけど、実際、私は便秘をしたこともないので、うんこの時にいきんだ事がない。
だから、その感覚がイマイチつかめず、必死で気張ってみても、看護婦さんいわく、「顔でいきんでる」との事(笑) 顔ばっかりが真赤になって、顔が充血してるとまで言われた。
しかし、私はその言葉にも笑顔を見せる余裕はあった(笑)
だけど、なかなか上手にいきめないせいか、看護婦さんは赤ちゃんを出すために、私のお腹を強く押したり、お腹の上に乗っかってみたり、苦しむ私の背中や腰をさすってくれたり、いよいよ、本格的になってきた。
私も、苦しみで、体を横にしたり、握りこぶしを強めて見たり。
分娩台の脇にある、いきむときに握る棒のようなもの。あれとの相性は、悪いようで、私はもっぱら、自分の握りこぶしを頼りにいきんでいた。
自分の握りこぶしを強めることで、いきみへの精神を高めている感覚でいるのに、看護婦さんは親切に、「ここを握りなさい」と、私に棒を握らせる。
その度に、私のいきみのペースは崩れ、赤ちゃんが引っ込んでいく感じがした(笑)
でも、最後には、看護婦さんも諦め、私の自由にさせてくれた。

●午後1時頃? ラストスパート!
午前の診察を終えた先生が、分娩室へ。
助産婦さんとまたまた、ヒソヒソ話・…。
気…気になる・…。
しかし、時は既に、いきみに入っている状態。
看護婦さん達も、「頑張って」と、いきみを促す。
下手くそないきみで、無駄な体力を消耗していた私は既にお疲れ気味・…。嫌な予感すらしていた。
この状態があと、1時間続いたら、多分もういきめないだろうと思う位、体に力が入らなくなっているのもわかった。
それでも、休みなくいきんでいた私に、ついに…先生が!

●午後1時30分頃
「もう少しだから頑張って」優しい先生が、そういってくれた時、私は、いきみ続けていた自分に少し、休憩時間をあげた。
と、言っても、30秒位の間だったと思う。呼吸を必死で整えて、その準備が出来た頃合で、タイミングよく、「はい、いきんで!」と、先生が言った。
その時、確かに、子宮口で引っ掛かっていたものが産道へすべるように出てきた感触がした。
でも・・・・これ以上、いきむのが苦しいくらい、体が疲労していた。それでも、周囲から「もう少し!」「もう少し!」と言う声援を受けて、最後の力を振り絞った。
体は、疲労のせいか、いきみながらがくがくとケイレンのように震えてきて、最後の一踏ん張り・…、と言う時には、もう頭が真っ白! 痛みじゃなくて、疲労が体を襲っている感じ。
自然といきみを促すように声も漏れてくる。
その時、私の視界に赤ちゃんの頭が・…・
後は、惰性でスルスルと産道を通り過ぎる感じ。
でも、最後に・・…ビリッ!  私、反射的に「イタッ!」と、一言。
大きな息子は私の産道の上部を裂いて出てきたらしい。
この痛みが一番痛かった気がする(笑)

●誕    生
午後1時38分 誕生
体重 3462g
身長   51p
元気な男の子が生まれました♪
(やはり、エコーで見えた通り、男の子でした)

そうそう、忘れていたが、我が家は立ち合い出産でした(笑)
旦那は、何をしていたかというと、一言「頑張れよ」その後は、ただただ分娩室の隅で立ち尽くしていた(笑)
時々手を握ってくれたりしたが・…存在はうすい(笑)
ただ、私の目的は、とにかく立ち会って、子供が産まれる瞬間を見て欲しかった。
父親としての自覚と、責任感を持ってもらいたかったという気持ちだけだったので、問題なし。
気の利いた言葉なんかより、これから先、子育てをしていく上での第一歩から協力してもらいたかっただけ。いつか、旦那の口から、子供に出産の時を伝えて上げれたらいいなって、思った。




■産後の私


●ご対面! 出産直後って…
10ヶ月目にしてやっと、我が子とのご対面。
私の想像では、産まれた瞬間に溢れんばかりの母性愛…ってモノを想像してたけど、ちょっと違う。
産まれたばかりの我が子は、大きな泣き声。テレビなどでよく、産まれてすぐに母乳を飲ませる(本来はまだ母乳が出ないので、赤ちゃんに加えさせるだけだが)行為をするが、それはなかった。
ただ、先生の「触ってあげなさい」と言う言葉に、恐る恐る足を触ってみた。
しかし、ものすごい感動と言うものは訪れない。 それって、私だけかしら?
ただ…、心のどこかで「感動! 感動!」と自分に言い聞かせていたような気もする。
だけど…先生ったら、感動を呼び起こす前に一言「頭の形は治るから」と笑顔で言う(笑)
そう、私の息子は頭の形がいびつだった。そんな事、気にも留めていなかったが、よく見ると確かに、変形したおにぎりみたいな形・…。
実は、いきみが出来ず苦しんでいる間、赤ちゃんの頭がずっと産道に入っていたかららしい。
頭が産道に入っているとわかっていたら、もっと気合を入れていきんでいたが・・・・。
私の感覚では、頭が産道に入ったら後はラストスパートだと思っていたので、意外。
更に、その時の感触を思い起こせば、頭は子宮口で出たり入ったりを繰り返している感じだった。
しかし、その時点で、既に頭は子宮口を通過して、私が出たり入ったりしていると思っていたのは、赤ちゃんの肩だったらしい。
一瞬のご対面を済ませ、赤ちゃんはすぐに分娩台の隣のベットへ移され色々な処置をされていた。
私は後産(胎盤が子宮から出てくる)の最中、不思議な感じで我が子を見つめていた。
後産の痛みが激しい人もいるらしいが、私は全く感じなかった。赤ちゃんが出た後は、体の筋力なくなった感じで、ものすごい脱力感。体の感覚もどこか別物のように遠くに感じた。
でも、頭はバッチリ冴えていて、元気に泣いている我が子をずっと見つめる。
頭のサイズや胸のサイズを計測したり、検温したり。検温は、赤ちゃんのお尻の穴に体温計を挿す方法だったが…、私の息子と言えば、お尻に体温計を挿された瞬間、ピタリと泣くのを止めて大人しくなってる(笑)
後産の最中にも関わらず、ついつい笑ってしまった(もしや…将来はオカマになる可能性も…って)
何はともあれ、無事に産まれてよかったと思う気持ちは強かった。
だけど、出産直後にも関わらずあの痛みはもうない。その代わり、出産の感動もあまりない(笑)
なんか、何が起こったのかな?っていう感じ。体の疲れは、限界に挑戦した長距離マラソンの後のような、筋肉の疲れだけが残ってた。
こんな調子でこの先赤ちゃんを育てていけるのかと、ふと不安にもなった。
もの凄くかわいい とか、私の子供だ とか、お母さんになった とか、そんな感動は・…ない。
でも、普通はないらしい。それは、後で知ったのだが、あの時は本当に、自分の冷めた様子に少し不安と驚きがあった。

●産後の決意
これからの子育てに向けて気合充分。
ダラダラ過ごす事は止めようと、固く決意。その手始めに、産後2日目から洗濯を開始(笑)
なぜなら、人間ダラダラ過ごすと、ダラダラ病になって、いつまでもダラダラしてしまうから(私は常にダラダラしている)シャキシャキ過ごすのと、ダラダラ過ごすことの違いは、本当に小さな気持ちの持ちようで全く違うものになる。充分な睡眠後、寝ていたいのも我慢して、シャキシャキ動いていると、眠気も忘れ気分も爽快になる。
しかし、寝ていたいときにダラダラ寝ていると、いつまで経ってもダラダラした感覚が抜けない。
子育ては、ダラダラ=苛立ちと思った私は、今後シャキシャキ人間になろうと、この時から決意していた(笑)
産褥体操も2日目から始めたが・…半月も続けないうちにいつの間にかやらなくなっていた(笑)

●母乳
特に、母乳育児にこだわっていたわけでもなく、最初から混合で育てようと思っていた。母乳だと、自分が大変そうだし、混合だけだと物足りないと言うのが理由。
しかし、母乳は通常産後2〜3日頃からおっぱいが張ってきて、母乳が出始める。
初産なら、お母さんにとっても初めての経験。まして赤ちゃんにとって初めての経験と言うことだが、初めて同士どうも上手くいかない。赤ちゃんも最初は下手くそらしく、乳首は切れてしまった。
それを警戒した私は、一時母乳をストップ(自己判断です)
それが・…、最悪の結末に。3日目から張り出したおっぱいは、4日目にはカチカチに固くなってしまった。
それを揉み解さなければ大変な事態になるらしく、看護婦さんによる母乳マッサージを施された。
これがまた、たまらなく痛い。
出産時の痛みよりも、私は痛いと思った。自分で言うのも何だけど、普段からとても我慢強いつもりの私ですら、何度も看護婦さんにストップをかけた。
いっそのこと、母乳は止めてしまおうと思ったくらい痛くて辛かった。
そんな苦痛のマッサージが2回続き、3度目の時、「いやだ」とか「痛い」とか考えないで、「子供の為に」と言う風に、プラス思考でマッサージを受けていたら・…不思議!
あんなに固くなってなかなか出てこなかった母乳が徐々に出てきて、その分おっぱいも楽に!
楽になったら、今度こそしっかり赤ちゃんに吸ってもらうことに。
この時、なんとも言えない、快感と幸せが押し寄せてきた。
赤ちゃんに吸われる度に楽になっていくおっぱいに、子供の愛を感じた(笑)
しかし、私の母乳はその後、充分なほど出て、時々おっぱいが張ることもあった。
でも、赤ちゃんに母乳を飲ませることはとても幸せで、何よりも楽!
泣いたらすぐに加えさせるとOKだったし、お出かけの時も身一つで充分。いつどこで泣こうが、一緒にいる限りおっぱいを飲ませちゃえば眠ってしまう。本当に楽でした。
5ヶ月頃になると、恥ずかしそうにおっぱいを飲んでみたり、乳首をちょっとかじっては、私の方をチラッと見て、ニヤッと笑ってみたり、あの時諦めないで本当に良かったと思ってる。

●母性愛
産後すぐに母性愛を感じることが出来なくて、不安に思っていた私ですが、退院までの間には溢れんばかりの母性愛が芽生えていました。
と、言うのは大げさで、まだまだ実感が湧かない。でも、「もうこの子を手放せない」「かわいい」「泣いてる。心配」とか、些細な事で気になる。これが、母親の愛なんだと思った。
しかし、1ヶ月もしないうちに、既に親ばかにまで発展するから不思議。
2ヶ月もすると、「何でこんなにかわいいのにあの時は気付かなかったのか」と疑問にすら思えてくる。
今では、産まれたばかりの子供の"かわいさの価値"がわかる気がするので、よその子を見ても本当に赤ちゃんはかわいいって思える。