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新学年の初日は特別?
まるぞうも今年から年中さん。
フランス語で言うとMoyenne Section(モワイエンヌ セクション)に進級。
入園式のない、あまりにもあっさりした去年の入園初日が印象的だったので、新学年の初日というのに夫も私も緊張感がまるでない。
担任の先生は変わるが、まるぞうの幼稚園は1学年1クラスしかないので、クラス替えがない。
引っ越しなどで若干名の入れ替わりがあるにしても、基本的に子供たちは3年間同じ顔ぶれ。
我が家はいつも、私が送り迎えを担当しているので、いつもどおりラフな感じでまるぞうとふたりして登園した。
園についたら、去年までの門から一番近い年少の教室ではなく、番奥まったところにある年中さんの教室まで廊下をずずっーと進む。
奥に進むに従って、年長さんの子供と親たちと、年中さんの子供と親たちであふれかえる廊下は大渋滞。
さすがに初日は遅れてくる人もほとんどなく、皆さんとってもポンクチュエル。一時にどっとみんな登園してくるのでこうなるのでしょう。
廊下には子供達のマントかけもあるので、上着を脱がせてたりしている親子もいるし、教室に入るために列を作っている親子もいる。
まるぞうの幼稚園では、教室入り口まで親が付き添うという決まりになっている。
担任の先生にご挨拶して、子供を引き渡すのだ。
教室前までたどり着き、私もまるぞうの上着を脱がせて、まだ名前のついていないマントかけの空いているところにかけ、
列の最後尾に並んだ。
ようやく順番がまわってきて、まるぞうと私は今年の担任の先生(マリ・ピア)と、補助のイブリンヌに始めましてのご挨拶。
まるぞうと”アトゥタロー(また後でね)”のビズをして、初日朝のママンのお役目は終了。
よく見てみると、今日は全体の半数の子供には両親がついてきていた。どうりで、廊下の人口密度が高いわけだ。
しかも、いつももっとラフな服装のママンやパパたちの、ジャケットやスーツなどの着用率がかなり高いようにお見受けした。
入学式や始業式などセレモニーをしないフランスでも、やっぱり初日はちょっぴり特別な日だった。このページのトップへ
担任の先生が2人
今年のまるぞうのクラスには担任の先生が2人いる。
月・火曜日がマリ・ピア先生、木・金曜日がシルビー先生。
彼女たちは、いわゆるフランスでよくある労働形態、mi-temps(ミトン)で働いているのだ。
日本語で言うと(っていうか英語?)ハーフタイム勤務、辻本清美風に言うと”ワークシェア”ということになる。
ミトンで働いているのはだいたい、まだ小さい子供がいる女性だ。
マリ・ピアもシルビーも、それぞれ小学生の子供、赤ちゃんを持つママだ。補助のイブリンヌ(定年間近のご年輩)は、一週間とおして勤務だそうな。
「今年は担任の先生が2人いる」ということを、まるぞうは抵抗無く受け入れたようだ。
私としては担任が2人と知った時、正直「いかがなものか?」と若干のとまどいを感じてしまった。
マリ・ピアは明るい性格で、子供への対応は良く言えば鷹揚、悪く言えば大雑把。
反対にシルビーは少し神経質、子供のイマジネーションを伸ばすというより、型にはめて安心するタイプ。
まったく個性の違う先生に、曜日によって合わせなきゃいけないなんて子供も大変だし、親だって疲れるというもの。
2人の先生は「お互い密に連絡をとっているし、うまく連携して担任するのでご心配なく」とおっしゃるが、連絡をとるといってもアクティビティがバッティングしないようにするという程度で、個々の子供のきめ細やかな情報については連絡し合っていないのは明らか。
たとえば、月・火曜日と病欠していても、木曜日の先生はそのことを知らないし、
金曜日の夕方からバカンスに突入して、月曜日からまた幼稚園が始まるようなカレンダーで、バカンス明けの2日間はまるぞうを休ませるような場合、うっかり月・火の先生に言うのを忘れていて、金曜日の先生にその旨を月曜日の先生に伝言してくれるようにお願いして置いても、伝わっていなかったりする。
雑誌なんかでも、「子供がミトンの先生のクラスになったなら」などという見出しの記事を見かけるところをみると、多くのフランス人も不安を抱くことに違いない。
でも、クラスの他のママンに「先生2人って、どう思う?」などと聞いてみたところ、
あからさまに不安や不平を言う人は見かけられなかった。
皆さんとっても理解があって、寛容。
「去年ミトンの先生に当たった子のママンと話したけど、問題なかったって言ってたわよ。」などなど。
よく考えてみると、ミトンで働く先生は私たちと同年代。
小さい子供を持つ親同士だ。
まるぞうのお友達のママにもミトンで働く人が沢山いるし、今は働いていなくてもそろそろミトンで仕事を再開しようと目論んでいるママン、数年後に下の子供が幼稚園に入ったらミトンの仕事をしたいと思っているママもいる。
先生2人態勢を批判することは、ミトンで働く女性の立場を危うくすることになりかねないので、そういう発言はできっこないのだ。
フランスではミトンの制度が一般的に受け入れられているとはいうものの、やはりミトンの仕事を見つけるのはフルタイムの仕事に比べて簡単ではないらしいし。同じ立場の女性として寛容にならざるを得ないということか。このページのトップへ
お稽古もスタート
まるぞうは年少さんの時から幼児向けの体操教室に通っている。
彼女の意思を確認したところ、今年もやりたいとのことだったので継続申し込みをした。
幼稚園は9月の頭に始まるが、お稽古ごとはだいたい9月の中頃か下旬からスタートするところが多い。
私も、9月に入ってまるぞうが幼稚園に行っている間に、今年分の申し込み手続きをしに行った。
まるぞうの体操は地区のメゾン ド カルチエ(公民館かカルチャーセンターみないた感じの場所)の講座。
毎年9月に新年度が始まり、申し込みと同時に一年分の支払いをするようになっている。
一年分前払いといってもフランスの公立のお稽古事は、日本のお稽古と比較すると、費用がビックリするほど格安だ。
今年はもう一つ。満4歳になったまるぞうに、そろそろ音楽のお稽古もどうかと、探し始めた。
ボルドーでは、Eveile Musicalといって本格的音楽教育をおこなう前段階の幼児音楽講座を、満4歳から開講しているところが多いのだ。
体操をやっているメゾンドカルチエでも音楽講座はあるが、ポストに入っていたチラシで家の近所にも私立の音楽学校があることがわかった。
音楽学校の方はがんばれば徒歩でも行ける距離が最大の魅力で、早速電話をかけて問い合わせた。
・教師は国家資格のある若い女性
・講座内容は歌が中心で、まだ楽器の演奏はしない。
・時間は水曜の午前
先生が若い女性というのはポイントが高い。
まるぞうは女の子のくせに、きれいなお姉さんがめっぽう好きなのだ。
しかもレッスンは水曜日の午前なので、午後はお友達と昼食やグテを共に出来る。半日を自由に使うことができるのは大きい。
電話に出られた女性に、試しに一度行ってみて様子を見てから申し込みたいと伝えると、OKだった。
初回は体験レッスンで参加することに。
当日行ってみると、幼稚園の同じクラスのお友達・ルイとその妹のジャンヌも来ていた。
子供は全部で10人弱。レッスンは、ピアノのあるこぢんまりした部屋で。
ルイがいることで安心したまるぞうは、リラックスして楽しく体験レッスンを終えたようだ。
担当のキャロリーヌ先生も、まるぞうはよく参加して、とってもいい感じだったと言ってくださった。
何より、まるぞうが「来週も来たい」といったので、その一言で受講決定!
彼女にとっては、先生のピアノに合わせて歌を歌うのが新鮮で、とても素敵なことと感じたようだ。
フランスの幼稚園では、日本のように先生のオルガン伴奏などはないので。
早速、申し込みの手続きをとった。
申込用紙には、親の職業やら、出生地まで記入する欄がある。校長先生(女性)はとても感じがよく、外人である私たちに興味があるよう。
私が書類に記入している間、まるぞうに日本語を教えてもらっていらっしゃる。
この学校には、インドネシア出身の女の子も来ているそうで、「我が校もインターナショナルになった」と彼女はかなりご満悦。
国の認定音楽学校とはいえ、一般の住宅を改装した小さな小さな学校なのに、校則まであってきっちりした印象。
でもま、私としては、今の彼女の年齢ではまだ音楽に厳しさは必要ないと思っているんだけど。
とにかく音楽の楽しさを知って、将来何かの楽器を始める入り口になればいいなと願いつつ。。。このページのトップへ
新学年度の父兄懇談会
今年も、新年度の父兄の集まりがあった。
フランス語では REUNION(レウニオン)というが、日本語にするとやっぱり「新学年度懇談会or説明会」といったところか。
今年は、新学期がはじまって第2週目の木曜日の夕方5時からだった。
平日の夕方なので、だらだらと人が集まってくるので、きっかりには始まらない。
参加しているのはほとんど母親。
フランスの学校行事は両親で参加することがほとんどだが、新年度の懇談会は”片親で十分”という扱いのようだ。しかも、まったくの普段着。
「学校行事には少しはこざっぱりとした装いで行くものだ」という日本の感覚がいつまでも払拭できない私は、カジュアルながらもジャケットなどを羽織ってみた。
かなり人が集まったところで、先生方が大教室(サル
ド ジュ)に入りはじめ、それに従うように保護者たちもおもむろに大教室に入る。
先生方は保護者の方へ向かって横一列に椅子に座る。
保護者は並べられた椅子の適当な場所に座る。
先生のすぐ目前の最前列を避けるように席が埋まっていくあたりは、日本と同じ(笑)。
この日ばかりは幼稚園の関連スタッフが全員同時に集うという、希な機会だ。
全員の名前と役割が紹介された。
次ぎに、園長先生(ディレクトリス)から、寄付、校則、今年度の行事予定、今年度予定されている改修工事などなどについて簡単に説明があり、
その後、給食の責任者と、放課後のギャルドリ(延長保育)責任者からそれぞれの説明が簡単になされた。
これで全体の会合は終わり、その後は各クラスに別れて個別会合だ。
クラス毎の教室に入った保護者たちは、まず最初に年中さん用の教室内を見学した。
教室内には子供たちが作業をする低い丸テーブルが3つあり、各10脚くらい椅子がある。
その他に、図書コーナー、ままごとコーナー、黒板とそれを取り囲むベンチのコーナー、水道のあるアトリエのコーナーなどがオープンスペースで装備されている。
その後、子供用の小さな椅子に座って先生と懇談。
先生からは、子供たちの1日のアクティビティについて説明があった。年少さんの時と同様に15分刻みでみっちりと時間割が組まれている。
それから、今年から学校での「おやつ」と「お昼寝」は無くしますという説明があった。
市の教育委員会の意向なのだそうだ。
この幼稚園ではディレクトリス(園長先生)の判断で、去年までは朝と午後のおやつがあったが、
ボルドー市内の他の幼稚園では既に「おやつ廃止」になっているところが多かった。
朝のおやつは、朝ご飯を食べてこない子供のためで、
午後のおやつは好き嫌いで給食をあまり食べなかった子供のためだったのだが、
どちらもまるぞうには当てはまらないので、私はおやつ廃止にまったく異議なし。
ただ、お昼寝の廃止の方は、ちょっぴり心配。
お昼寝を無くした分、昼食後のしばらくの時間は、椅子に座ってテーブルに突っ伏した状態で静かに休息するしているらしいのだが。。。
年少さんでは、午後のお昼寝は全員強制的にしなければならなかったので、当然まるぞうも寝ていた。
でもま、週末は自宅でお昼寝をしなくなったので「ま、大丈夫だろう」と思うようにした。
他のママもこの点は心配している人が多く、質問が集中した。
結局、疲れている子供のみ隣室の簡易ベットでお昼寝できることになった。
先生曰く、まるぞうは休息の時間に眠ってしまうことがあるので、まだお昼寝した方がいいかもしれないとのこと。やはりまだ必要だったか。。。
その後、次週の火曜日に予定されているピクニックにについての説明があり、自由な質疑応答があり、懇談会終了。
今年は2年目で保護者も慣れているせいもあってかわりと短くて、6時半には終了した。このページのトップへ
夜のピクニックとトンボラ
まるぞうの幼稚園では、新年度が始まってすぐに、懇親のためのピクニックがある。
ピクニックという言葉から私は「お昼」を想像してしまうが、幼稚園のピクニックは夜。
幼稚園の庭にテーブルと椅子をこの字型に並べて、自宅から持ってきた料理を皆で食べる。
今年は各自1or2品を持参してビュッフェ形式にすることになった。
良く言うと、持ち寄りガーデンパーティといったところ。
幼稚園というコミュニティーに新たに仲間入りした家族が、他の家族と知り合いになり、懇親を深めるという趣旨で毎年恒例の行事だ。
今年は9月の第3週の火曜日、夕方6時半のスタートだった。
ピクニックには、トンボラというアトラクションがある。
最初に「トンボラ」と聞いて「?」と思ったが、「くじ引き」のことだった。
ピクニックの数日前から幼稚園でトンボラの参加チケットが販売される。
1枚50サンチーム。参加する人は、5枚、10枚と購入する人が多い。
トンボラの収益は学校の経費になり、備品購入にあてられる。
父兄の側としては、楽しみのためと寄付をするという意図もあってか売れ行きは上々。
もちろん、こういった行事に参加しない派の家族もいるにはいるが。。。
我が家は夫が出張なので、まるぞうと私の2人で参加するということもあり、トンボラのチケットは5枚だけ購入。持参するお料理は、まるぞうのリクエストにより、ピザとケーキに決定。
当日は、挽肉をちりばめたちょっとボリュームのあるピザと、アーモンドとチョコレートチップを入れたケーキを焼いた。
それと、子供たちのウケを考えて、Kidibooという子供用のチーズ食品を持っていった。
クリームチーズがアイスキャンディーのようにな形状になっているものだ。
私のこれまでの経験からすると、ビュッフェ時にフランス人の子供たちに人気があるのは、サラミなどのおつまみ系食品か、こういったチーズなどスナック感覚で食べられるものだ。
私とまるぞうは6時半ちょうどに幼稚園に行ったが、きっかりの時間に来る人はやはりまばらだった。
テーブルなどのセッティングは先生たちによってほとんど終わっていたので、
プラスティックコップやお皿などを配置する手伝いをし、後はやることもないので、少ない中から知った顔を探して世間話をして時間をつぶす。
そうこうするうち次第に人が集まり始めた。
園庭には、真ん中にお料理を置くための紙のクロスをかけた長いテーブルが設置されている。
それを取り囲むようにして、食事用の長テーブルが置かれている。
到着したママたちは、真ん中のテーブルにお料理を置いていく。
ピザやキッシュのコーナー、チーズのコーナー、デザートのコーナー、サラダのコーナーなど、
お料理の種類ごとにディスプレイされて、美しいビュッフェコーナーが完成した。
最初に園長先生から開会の言葉があり、彼女から「始めて下さい」と促され、徐々に父兄たちはテーブルに移動。
ビュッフェだから席は自由。
こういうとき、日本人同志だと「一緒に座りましょう♪」などと誘い合って席に着くような気がするが、ここでは誰もそんなこと言わない。
転校生のママンはまだ知り合いが無いようでポツンとしているが、誰も「こちらへどうぞ」などと気遣う様子もない。
1人がイヤなら自分から輪の中に入っていかなければならないらしい。
ティミッドな私としては、誘われてもいないのに隣りに座っていいのかしら?などと下らない考えがよぎってしまうが。。
2年目になったので、少しは幼稚園ママの交友関係というか、派閥みたいなものがわかってきたが、自分がどれかの派閥に属しているという認識はなし。。。
かといっって知っている人がいるのにポツンとしているのも変なので、
それまで世間話をしていたママン連中の群と一緒に動くことにした。それは正解だった。
言葉がたどたどしい以外は、割と周りの空気に馴染んでいる私。
「来る者は拒まず、来ない者は無視」というのが、このコミュニティのやり方らしい。
決して排他的という訳ではないが、積極性は必要なようだ。
まず子供たちを席に座らせ、好きなモノを選ばせて食べさせる。
が、興奮して大した量は食べない。チーズやほんの少しのピザなどを食べると、ほとんどの子供は園庭で遊びだした。
そうなると、子供たちは放牧状態。園の門は閉じられているので安心だ。
こんどは親たちが椅子に座ったり、立ったままお食事。といっても大人も大して食べない。
おしゃべりに夢中。
おもしろいことに、そのうちファーストネームの発表会になった。
2年目で、しかも顔見知りでも、結構お互いに名前を知らなかったりするのだ。
名前を知らなければ”だれそれちゃんのママン”と呼べば事足りるからだ。
ただ、フランスではママ友同士では「山田さん」などと名字では決して呼ばないし、子供たちもお友達のママンをファーストネームで呼ぶ。だから、ちょっと親しくなるとファーストネームを知ることはとても必要なのだ。
この頃には仕事が終わってから駆けつけたパパたちも多くいて、宴もたけなわという感じになってきた。
ちょっとリラックスしたママンたちは、モクモクとたばこを吸い始めた。
フランス女性の喫煙率は高くて、私の周囲のママンたちの半数は喫煙組。
日本の感覚だと「幼稚園の行事の最中にママが喫煙」というのはかなりマズいように思うが、フランスではそれほどマズくはないようだ。。。
ただ、ひとりのママンが「タバコ吸いたいんだけどいいかしら。。。」と遠慮がちに言うと、
他のママンもそれまで遠慮していたのか「私も」「私も」という感じになったところをみると、
フランスでもこういう場面ではあまり堂々と喫煙してよいものではないらしい。
嫌煙派の私は、さりげなく場所替え。
視線をすばやく周囲に走らせて、さりげなく話し相手を物色。
前から気になっていたイゴーという男の子のママンを近所に発見。
普段、私と同じ専業主婦のママンと世間話をする機会は多いが、フルタイムのお仕事をしているママンで、特に男の子(まるぞうは女の子なので)のママンとは話す機会がほとんどない。
気になっているのに、普段話す機会のないそういうママンとも今ならお話しできる。このチャンスを逃す手はない。
ということで、彼女のお隣りに腰を下ろす。
子供がいる親同士はとっかかりの会話には苦労しない。
「Ca se passe bien ? (イゴーちゃんは、新学期始まってどう?うまくいってる?)」みたいなことを言えばいいのだ。
イゴーちゃんのママンとは、まともに会話したのはこの時が初めてだ。
彼女の仕事に始まり、イゴーのパパはロシア人(外人)であることや、イゴーちゃんのママもボルドー出身ではないが、ボルドーが気に入ったのでココに住むことに決めたことなど。我が家と共通点(外人・よそ者だがボルドーが好き)もあり、非常に会話が弾んだ。
後日談として、この行事の数ヶ月後、イゴーちゃんの家のソワレ(夜の集まり)に夫と共に招待していただいた。このピクニックでの会話がきっかけであることは間違いない。挨拶以外のことを話したのはこれ一回きりだから。
そういう意味で、このピクニックは「親同士の出会いの場にする」という目的を、見事に達しているのだ。
母が雑談に興じている間、我が娘は、一番の仲良しのマノンと一緒に、彼女のパパにじゃれついて遊んでもらっていた。
マノンのパパのシリルは、子供と遊ぶのがとても上手だ。助かります♪
日が暮れて、ようやくトンボラが始まる。
園長先生がマイクで、トンボラをはじめるとおっしゃって、子供たちが彼女のまわりへ集まる。
手にはしっかり、あらかじめ購入しておいたトンボラのチケットを持って。
みんなの前で、年少クラス、年中クラス、年長クラスと書かれた袋の中から、それぞれ1枚の紙を選び出す。
園長先生がその紙に書かれている数字を読み上げ、同じ数字のチケットを持っている子供が「当たり!」。
みんなの拍手の中、商品を受け取るという栄誉に浴することが出来る。
まるぞうはシステムがどうしても理解できないようで、自分は商品をもらえなかったことをいつまでも愚痴っていた。
トンボラが終わると、ようやくピクニックもお開き。
全員参加で、あっという間に手早くお片づけ。
それでも、子供にとってはかなり夜遅い時間になっていた。
何と言ってもフランスの幼稚園児は就寝時間が早い。
だいたい8時台には寝るので、子供たちは普段ならもうすでにベットに入っている時間のはず。
翌日は水曜日で幼稚園がお休みだからって、終わるのがちょっと遅すぎやしませんか?
まるぞうはいつももっと寝るのが遅いので眠くはないはずだが、はしゃぎすぎでお疲れ。
薄暗い道を、疲れた娘を励ましながら徒歩で帰宅した。 このページのトップへ
ハロウィンパーティ
10月の中頃、スーパーマーケットでばったりルイのママのサンドリーヌに会った。
立ち話で、「10月末の金曜日空いている?」と聞かれる。
何やら小さなフェットを企画しているらしい。
別に予定もなかったのでその場でOKしたが、フェットの趣旨や時間を聞くこともできずに別れた。
私はまるぞうを連れていたし、彼女はルイとジャンヌを連れてきていたのだ。
子供たちは思いがけない場所でお友達に出会ったことに超興奮し、スーパー内ではしゃぎ出したため、ゆっくり立ち話しするどころでは無くなってしまったのだ。
詳しいことはサンドリーヌから連絡があるのだろうと思っていたが、その後彼女からは連絡もなく、学校でも会わないままToussain休みに突入。当日が近づいてきた。
仕方なく、2日前になってサンドリーヌに電話してみた。
彼女は連絡を待っていたようだ。
「他の子もまだ来るか来ないかわからない子が多いの」と言っているあたり、
声をかけておけば、出席できるかどうか向こうから連絡してきて当然だと考えていたようだ。
うーん、コミュニケーションって難しい。。。
フェットは3時半くらいからで、パーティーの趣旨はハロウィンだそうだ。
「ハロウィンの仮装をして写真でもとれば、子供たちのいい思い出になると思うの。」ということだ。まったく同感。
仮装は想定していなかったので、早速翌日まるぞうとトイザラスに行って黒いとんがり帽子のついた魔女の衣装セットと小道具のほうきを購入。
当日の午後3時半ごろ、仮装をした子供たちが徐々にルイの家に集合し始めた。
ハロウィンなので仮装はホラー系なのだが、悪魔や魔女や吸血鬼、骸骨たちは、小さくてほんとうに可愛らしい。参加した子供は全部で10人くらい。
ルイの家にはフルタイムのお手伝いさんがいて人手は足りているが、時間のある数人のママは子供と一緒に残ってフェットのお手伝い。というより、目的はおしゃべり?私も残った。フランス人のママンたちが大勢集まった時のお茶&おしゃべりは、正直なところ私にはまだ少しツライ。皆、私と1対1で話すときとスピードが全然違ううえに、聞いたことのない単語がポンポン飛び出す。いわゆる「話し言葉専用単語」のオンパレードになるからだ。でも、こういう場ではママンたちのホンネトークが炸裂して興味深いし、フェットでどんなことをするのかにも興味がある。結局、好奇心に勝てず、私も同席することにしたのだ。
全員集まるまでは、子供たちはルイとジャンヌの部屋をいったり来たりして何やら遊んでいた。
その後は、お天気に恵まれたので、サンドリーヌが準備してくれていたゲームを、綺麗に整えられた芝生のお庭で。
まずは、宝探しゲーム。
子供たちは2つのチームに別れて、庭にあらかじめ隠してあるお菓子や小さなおもちゃを探すのだ。どちらのチームがより沢山の宝物を探し出せるかを競う。
この時のチーム分けの仕方が独特だった。サンドリーヌはルイとシャルルをチームリーダーに任命して、それぞれ自分の好きな女の子を選ばせた。次ぎに、男の子を1人選ばせて、また女の子という流れ。私的には、最後まで選ばれなかった子が可愛そうな気がするし、男の子と女の子という性別を意識する必要もないように思ったが。ソコがフランス人なのだな〜。常に、しかも自然に「男・女」を意識しているからすごい。
ルイの意中の女の子であるまるぞうは、一番に選ばれたので問題ないのは当然だが、最後まで残った子供も気にしている様子は全く見受けられなかった。私が気にするほど、子供は気にしていないということか?
時間をかけてチーム分けをした割には、ゲームの最中はめちゃくちゃになってしまったのはご愛敬。子供たちお菓子やおもちゃを探し出しては、誇らしそうに大人に報告したり、本当に嬉しそうだった。
お次は、ゴミ袋ぴょんぴょん競争。
子供たちは大きめのゴミ袋に入って、庭芝生の端からもう一方の端のゴールまでぴょんぴょんと跳ぶ。途中で転ぶ子も続出したが、みんな直ぐに自分で起きあがって、遅い早いの差はあれ全員みごとにゴールした。
次は、この日集まった子供たちの中で一番年上のジュリエット(6歳)の提案でお絵かきをする事に。庭のテーブルでハロウィンのカボチャの絵を描く子供たち。といっても、この年齢の子供の集中力はそう長くはもたない。
お絵かきにも飽きてきたところで、お待ちかねのおやつタイム。子供たちを芝生の上に座らせて、ひとりひとりにコップと紙皿を配って、おやつを配る。おやつは、パウンドケーキ、キンダーチョコ、ココナッツ味のメレンゲ菓子など。それと、フルーツジュース。おやつの一番人気はやっぱりキンダーチョコ。おかげで子供の指はチョコでどろどろ。あー、ホントにお庭で良かった。晴天に感謝。
おやつを片づけた後は、子供たちを自由に遊ばせて、ママンたちはお庭でティータイム。
フランスでママン同志のお茶というと、だいたいとてもラフな感じでサーブされる。
お茶は大抵ティーバッグだ。サンドリーヌのやり方は、しかも、セルフ。
ティーカップをそれぞれに配る、そしてお茶のティーバッグを何種類かテーブルにどさりと置いて、
次ぎにお手伝いさんがやかんを持ってきて熱々のお湯を皆のティーカップに注いでしまう。
各自は好みのティーバックを選んでお湯の中へ。というかなり乱暴なやり方だ。
私の経験からして、駐在員マダム同志のお茶会ではティーバック&セルフなどあり得ないので最初は面食らった。
ただ、人間の「慣れ」というのはすごいモノで、近頃ではこのラフなやり方の方が自然に思えてきたが。。。
大人用のチョコやおやつの残りのお菓子などをつまみながら、お茶を飲み始める。
口々に「10年前なら、ハロウィンって全然やらなかったよね」などと言っている。
フランスではハロウィンはアメリカからの外来カルチャーなのは知っていたが、
私が思ったより歴史が浅いらしい。
私は10年以上前に日本で仮装ハロウィンパーティーをした記憶があるので、日本の方が古いのかしら?
話題は徐々に変わって、やっぱりママたちのホンネトーク炸裂。
槍玉に挙がったのは、幼稚園の今年の担任の先生たち、補助の先生、子供たちが将来通うはずの小学校と、一年生の担任の先生。皆さんなにかしらご不満があるようで、とても盛り上がる。
フランス人に人の悪口を言わせたら天下一品だ。。。
といってもご不満マダムズの集まりでもないので、近所の私立校の評判やら、子供のお稽古の話題やら、きちんと建設的な会話も当然する。
そして、屋外の空気が肌寒く感じる夕方になっても、まだお庭のプールサイドのテーブルから離れる気配なし。
途中、子供をお迎えに来た他の親に挨拶したりしながらお茶は続き、私とまるぞうが帰宅したのは結局7時近くなっていた。
まるぞうは、ルイとジャンヌにビズをし、サンドリーヌにビズをして、お土産の風船やお菓子を頂いて帰った。
帰りは、近所のヴィクトーも一緒だ。
彼のママンから前々日に電話があり、頼まれていたからだ。
「事情があってお迎えに行けないのだけど、ヴィクトーがとても行きたがっているので、帰り道お願いできないか」と。
ヴィクトーのママン曰く、「ヴィクトーはまるぞうが好きだから、まるぞうと手をつないで帰れたらすごく喜ぶと思う」とのこと。まるぞうモテモテ。
たしかに帰り道、まるぞうとヴィクトーに手をつながせて帰ったところ、彼の方ははとても幸せそうだった。
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フランス式小学校お受験
新学年度がはじまったばかりなのに、もう来年のお話し。
私立への入学手続きは、この時期から動き出すのだ。
ボルドーの私立幼稚園or小学校の場合、秋から募集要項&申し込み用紙の配布、受けつけが始まり、12月のノエル休暇前には合否が決定するという流れになっている。
我が家では遡ること約2年。
まるぞうが幼稚園に入園する歳になる直前に、ボルドーの私立幼稚園・学校情報を物色した。
その時、一つの学校が目に留まった。しかし、そこには幼稚園部門がなかった。
小学校の部が幼稚園の年長クラスからはじまるという、ちょっと変わったスタイルだ。
フランスでは、幼稚園の年長クラスから「読み書き」を始めるので、そういう意味では理にかなっているが。。。
結局、まるぞうは公立の幼稚園に通いだし、1年が過ぎた。
そして来年度は、まるぞうもこの私立校に入ることの出来る学齢に達するのだ。
新年度に入ってすぐに、夫が学校へメールで問い合わせ。
それによると、募集要項は9月末頃から配布とのことだったので、まるぞうが幼稚園に行っている間に、学校の様子を覗きがてら、書類をもらいに行ってみた。
何度となくこの学校の横を通ったことはあったが、幼稚園年長さんからプレパ(グランゼコール入学準備コース)までを擁するこの学校は、実際入ってみるとかなり広かった。
入り口の門も私の知るところ最低3カ所はある。
一番大きい門の守衛さんに、受け付けの場所を教えてもらい、受付事務所へたどり着いた。
彼女によると、書類は10月頭ごろから配布ということ。無駄足。
ただ、受け付け、守衛さんともに非常に感じが良く、テキパキと働いている印象。途中で出会った先生と思われる人たちも、皆さん一様に感じがよい。
これまでフランスに3年住んで、これほど好印象の団体(会社・ホテル・デパート・公共施設など含めて)は初めてだ。
書類はもらえなかったが、学校を実際に見たというだけで、割と満足だった。
10月中頃、再度訪問。今回は書類を受け取ることができた。
ノートに子供の名前と学年を記入し、それと引き替えにバインダーに挟まれた書類一式を受け取る。
サッと見た限りでも、書類はすごく沢山ある。読むだけでも大変そうだ。
今後の流れはというと、書類提出→審査→結果通知。
そうです、書類審査のみなのです。試験・面接は一切無し。
フランスのお子ちゃまは「お受験」ストレスを味わうことがなくて幸せです。
ただ、書類だけで判断されると思うと、親の方は、書類記入の時余計に緊張してしまうかも。
さて、我が家のフランス語担当である夫は「仕事が忙しい」と、書類を読むことすらしない。
仕方なく、それから数日は、辞書を片手に募集要項に目を通すことに。
一式書類には、提出する用紙3枚。記入方法の説明、申し込みから合格までの流れを説明した冊子、教育方針の冊子、校則の冊子、学費などの費用関連書類。あらゆる書類があった。
結局、提出しなければならないのは次の用紙と書類だった。
1)子供の情報を記入する用紙2枚。(証明写真を添付して)
2)家族の情報を記入する用紙。
3)レットル モチバシオン(志望理由を書いたお手紙。中学生以下は親が書く)
4)カルネ ド ファミーユのコピー(私たちは、戸籍謄本の翻訳のコピーで代用)
5)洗礼証明書、コミュニオン証明書、コンフィルマシオン証明書、またはカルネ
ド ファミーユ カトリックのコピー(私たちはクリスチャンではないので、どれも持ってません)
6)募集要項の代金として、17ユーロの小切手
7)切手を貼って住所を書いた、連絡用の封筒4枚
準備はまず、簡単にできることから。写真撮影。
さすがにフォトマトン(証明写真の自動販売機のようなモノ)で撮るのはマズイだろうと思い、近所の写真店へ。
季節柄、写真を取りに来る小さな子供も多く、写真屋のお兄ちゃんも慣れている。ハズだが、四苦八苦。
まるぞう、ホントに落ち着きがない。どうしても、目線がはずれるか、口が開いてしまう。
「これで最後ですから」と言うこと数回。
申し訳ないほど何度も取り直ししてもらった末に、ようやく会心の一枚が撮れた。やれやれ。
ふだん落ち着きのないまるぞうだが、この写真だととても賢そうで、可愛らしい女の子に見える♪
次ぎに書類作成。
最初の問題は「Lettere de motivation (レットル ドゥ
モチバシオン)って何?」ということ。
早速 google franceのサイトで検索。便利な時代に生まれてよかった♪
「レットル ドゥ モチバシオンとはなんぞや」もわかり、ひな形も仏語サイトでゲット。
レットル ドゥ モチバシオンとは、志望理由などを簡潔に書いて、「私、応募します!」ということを宣言するお手紙のことだった。
ここで志望理由を長々と書くのは御法度。あくまで「簡潔に」がポイントだそうな。
しかし、ゲットしたのは就職用だったので、お受験用にするために修正が必要だ。
あからさまにお受験に適さないと思った表現のみ削除し、前後の文章と馴染むようにしてみた。
が、やっぱりおかしい。結局、私のフランス語の先生に泣きつくことにした。
次の問題は、宗教の問題。
この学校はカトリックのマリアニスト派なので、異教徒や異宗派が応募する場合は、「異教徒なのになぜにこの学校を志望するのか」理由を書かなければならない。
また作文!日本語でも、応募書類に書く文章なんて気を遣うってのに、さらに仏語!頭がイタイ。
フランス語の先生に協力をお願いするにしても、多少は自分で努力したところも見せなければ。。。
ということで、まず日本語で作文し、翻訳ソフトで英語に変換し、それをまた翻訳ソフトで仏語に変換してみた。(日から仏へダイレクトに変換できるソフトを持ってなかったので。)
さすがに2度変換すると、私の目にもあからさまに変なフランス語になっているところが多々あるので、少しは自分で修正。
しかし、まだなんだかおかしい。ぜんぜん自信がないので、これも仏語の先生に添削をお願いすることにした。
私の仏語のレッスンはマンツーマンなので、一回の授業をまるまる書類作成に捧げることになった。
レットル ドゥ モチバシオンは、まず、先生に志望理由についての私たちの考えを口頭で伝え、それを彼と共に公式書類に適した文章に整えるという作業の結果、満足のいくモノが出来上がった。
宗教に関する志望理由書は、やはりというか、かなり妙な表現があったようで、先生のご協力をいただいて根本的に文章を書き直し。これは、ホントに実用仏語のいいトレーニングになります。。
仏語の先生によると、応募しようとしている学校は長い入学待機リストを誇る”エコール プレスティジューズ”だそうで、申し込みが少しでも上手く運ぶよう、彼はそれはそれは気を遣って親身に協力してくださった。
こうして、まるぞう母(私のこと)の努力の結果そろった書類一式を持って、11月中旬頃また学校へ赴く。
学校受付で書類提出。受付の女性が記入漏れが無いかチェックしてくれ、その場で2カ所ほど記入&訂正。
彼女はまるぞうの証明写真に目を留め、「何と可愛らしい!」と感嘆の声を上げた。「ふっふっふ。会心の作なのよ。」と私は心でつぶやく。
そして、書類は受けつけられた。結果が通知されるのは約3週間後とのこと。
募集要項の説明やヌーベルオブゼルバトワールの記事によると、基本的に先着順に入学を受けつけているとのこと。
が、いくつか考慮&優遇されるポイントがあるらしい。
優先的に入学できるのは、まず、一族or家族の中にこの学校の卒業生や在学生がいる場合。
次ぎに、カトリックの他の教区から引っ越してきた熱心な信者。
次ぎに、カトリックの信者。最後に、学校の近くに住んでいる人。
我が家は異教徒(というか無宗教)だし、そもそも外人だし、あてはまるのは「学校の近くに住んでいる」くらいなものだ。
状況はかなり厳しい。しかも、巷の話では、競争率が非常に高いと言われている。
にもかかわらず、なぜだか不合格になる気がしなかった。
この予感通り、きっちり3週間後には無事、入学を許可するという通知が届いた。
入学諸経費の一部にあてらる予定の保証金の小切手を送付すると、入学許可が確定されることになる。
あと、新しい家族(この学校に子供をはじめて通わす家庭ということ)は、年度末までに学校のディレクターと面談することになっている。その後は6月に学内見学会があるのみ。
いずれにしても、入学できることが保証されたので、これでいちおう「お受験」は終了といえるかな。
短いようで長い2ヶ月だった。。。このページのトップへ
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