遂にあめりかへ たけちゃんを追いかけて遂に来てしまった……。思い起こせば1991年初めてシカゴに来て以来、まる5年の歳月が流れていた。当時は私も若干二十歳。しかも初めての海外ということもあり、目に映るすべてのものが新鮮で日々感動の連続。親のすねかじりの身であることを忘れつつ、夢にまで見たアメリカでの留学生活をおもいっきりエンジョイする私であった。 3ヶ月のロックフォードでの英語学校を終えテキサスの学校へトランスファーすることになり、シカゴを去る飛行機の中で、“アメリカに来ることはあってももうここに来ることは一生ないだろうな……”となぜか直感的に強く思ったのを今でもよく覚えているが、私がそのシカゴにまさか住むことになろうとは一体誰が予期したであろうか? しかもたけちゃんと結婚し、さらに子供を産むことになるなんて……。人生何が起こるかわからないとはこのことである。 初めてたけちゃんに会った5年前のあの時も5月、そして今回もまた5月である。当時は単なるお友達同士の付き合いにすぎなかった私たちだが、この間大人になる過程でお互いにいろんな経験を重ね、成長し、そして再会、2年間のアメリカと日本での遠距離恋愛を経て、ついに一緒に住むことを決意。“Love is blind” とはまさにこのことで(若いって素晴らしい…!)、私は仕事も辞め、何もかも投げ捨てて、スーツケース一つ抱えてやってきたのである。そんな私を周囲の者たちは“チャレンジャー”と呼んだが、そう私はまさに人生の賭けにでたのだった、ここアメリカで…………。 同棲生活スタート こうして私たちの新婚生活ならぬ同棲生活が始まった。遠距離恋愛時代の毎日の手紙、(そう、我々は以外にもアツイ奴らだった)なけなしの貯金をはたいてのデートの渡航費用、国際電話代、時間がかかりやっとのことで取得したビザの手続き、その他諸々のこれまでの苦労を考えるとこの二人きりの甘い生活はまさに“ばら色”といったところだ。勿論、その苦労をひとつひとつ2人で乗り越えてきたからこそ今の幸せがあるのだけれど……。毎日好きな人のそばにいられ同じ空間の中で同じ瞬間に感情を分かち合える喜びをかみしめながらハッピーライフを送る私たちであった。 HOME SICK、葛藤 そんな幸せなアメリカでの生活に慣れ始めて1ヶ月ぐらいたった頃だろうか。次第に私の心の中でいろいろな葛藤が芽生え始めてきた。日々の自分の生活スタイルに何か物足りなさを感じるようになったのある。日本にいる時は自分の生活のリズムというものがあり好きな仕事をしながら、余暇にはショッピングやドライブに出かけたり、友達や同僚の仲間たちとお茶したり、家族との団欒を楽しんだりと忙しいながらもそれなりに充実した生活を送っていたが、それらのことから一切断ち切られ一日の大半をひとりきりで過ごさなければならないことにどうにもならない憤りを感じるようになった。要するにアメリカと日本での生活のギャップに耐えられなくなったのだ。馴れない家事をしながら次第に私はストレスがたまるようになり、毎日残業でへとへとに疲れて帰ってくるたけちゃんに、その怒りをぶつけるようになってしまった。知人のいない異国の土地で私が唯一知っている、感情をぶつけることができる相手だった。そんな私の気持ちを知ってかしら知らずか、たけちゃんは私が何を言っても黙って聞いているだけ。でもそのたけちゃんの優しさがかえってますます私を自己嫌悪に陥らせることになり、私の精神状態は次第に悪化していく一方だった。このままではいけない……いつもそう思うのであるが何をするというあてがあるわけではなくただ途方に暮れる毎日を送るのであった。 トラが我が家へ> そんな私のさびしい生活に潤いをもたらしてくれたのがこのトラである。私もたけちゃんも子供の時から猫を飼っており大の猫好きであるが、たけちゃんにねだって誕生日プレセントに買ってもらったのだ。初めてペットショップでトラを見たとき私は一目で気に入ってしまった。ふさふさのりすのようなしっぽに長いおひげ、耳からもたくさん毛が生えており、足の先はまるで長靴を履いているかのように真っ黒。でも体はりっぱなトラ模様だ。ちょっと高級そうなアメリカンショートヘアの猫ちゃんたちの隣で、まんまるとした愛くるしいまなざしで、すわってじっとこちらを見つめている。よく見るとなかなかハンサムだ。10週間と子猫にしては少し大きくなっていたので、きっともう少しで保健所に送られてしまうところだっただろう。私たちはすぐにその猫を飼うことに決めた。店員がダンボールの中へ入れようとした時、トラは猛ダッシュで店内を駆け回り捕まらないよう必死に逃げ回っている。店員も苦笑しながら“この瞬間ビデオにとってファ二エストビデオの番組に送ろうかしら”などとジョークをとばしていたが、見た目よりかなり凶暴で元気がいいらしい。 ネーミングについては、アメリカンチックなしゃれた名前も考えてはみたが、この猫にはやはり“トラ”という平凡で日本的な名前がどうしてもふさわしいように思え、そう名づけることにした。トラが我が家に来て最初の3日ぐらいは、おびえたようにソファの後ろに隠れてなかなかでてきてくれずわれわれを心配させたが、徐々に家の中を探検し始め、えさもきちんと食べるようになり、私たちにも少しずつ慣れてきてくれた。というわけで今もなおトラは私たちにとってかけがえのない大きな存在となっており、日々慰められている。 ちなみに我々がトラを買った近所のペットショップはなんと数週間後に姿を消していた。 そう、トラにとっても私たちとの出会いは運命的だったのかもしれない。 このページは です 無料ホームページをどうぞ